三上智恵さんの「沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記」でもたびたび伝えられているように、かねてから重い基地負担を負ってきた沖縄で、近年さらなる「軍事化」が急速に進んでいます。自衛隊拠点の建設、繰り返される米軍との共同演習……「島嶼防衛」の名の下で進むこうした動きに、アフガニスタンや東ティモールの紛争後処理に携わった経験を持つ東京外国語大学教授・伊勢崎賢治さんは強く警鐘を鳴らしています。「沖縄はむしろ、非武装化されるべきだ」──そう語る伊勢崎さんに、その理由をお聞きしました。
「ボーダーランド」の非武装化で「中立」を守る
──ここ数年、沖縄をはじめとする南西諸島の「軍事化」が急速に進んでいますが、伊勢崎さんはそれに強く反対されているとお聞きしました。
伊勢崎 今、日本政府は明らかに、中国、ロシア、北朝鮮を「仮想敵国」として想定していると思います。そうすると、そこにもっとも近い沖縄、そして北海道はいわば「ボーダーランド(国境地帯)」。だから要塞化して相手を威嚇するというのでしょうが、それでは対応としては「子どもの喧嘩」レベルです。相手の危機感を煽って、この先戦争が起こる危険性を増すだけだと思います。
僕はむしろ、沖縄や北海道は将来的に、米軍基地はもちろん自衛隊基地もなくして「非武装化」すべきだと考えています。
──そんなことができますか。
伊勢崎 参考になるケースをお話ししましょう。
世界には「緩衝国家」といわれる国がいくつかあります。敵対する超大国や軍事同盟のはざまで、その直接的な武力衝突を防ぐクッションのような役割を果たしている国のことです。見方を変えれば、実際に国土が戦場になって甚大な被害を出す可能性が、その敵対する双方の勢力よりもはるかに高い国だということでもあります。アメリカと同盟関係にある一方、それと対立する中国やロシア、北朝鮮を間近に臨む日本もまた、典型的な緩衝国家だといえるでしょう。
そして、ヨーロッパにおける代表的な緩衝国家が、ロシアと地続きの北欧諸国です。しかし、その一つであるノルウェーは、アメリカと長年の同盟国であり、NATO創立以来のメンバーでありながら、つい最近まで米軍やNATO軍の常駐を認めていませんでした。また、ロシアとの国境に近い「ボーダーランド」では、自国軍さえ軍事演習を行わないと定めていたのです。
──いわば「非武装化」を実現していたわけですか。それはどうして?
伊勢崎 もちろん、ロシアを刺激しないためです。アメリカとの同盟関係の一方で、それと対立するソ連、そしてのちのロシアとも、軍事的に刺激しないことで関係性を保ち、「中立」的な立場を守り続けたのです。結果として、東西冷戦中もノルウェーは、西側諸国の中でソ連とのパイプ役を果たせる数少ない国の一つであり、アメリカがソ連と交渉をする上でも、ノルウェーの力を借りざるを得ない場面が多々ありました。
「非武装化」を実現した北欧の国は他にもあります。アイスランドです。この国もNATOの創設メンバーですが、冷戦終結後、2006年にNATO軍を撤退させています。アイスランドにはもともと自前の軍隊がなかったので、そこで「じゃあ軍隊を作ろう」となってもよかったはずですが、そうはならなかった。今もアイスランドには警察や沿岸警備隊はあるけれど、国軍というものはありません(国際協力任務に限定した、外務省所轄の小部隊のみ存在する)。
つまり、自国が同盟関係にある国──アメリカと対立する国がすぐ間近にあるからといって、日本のように自分たちまでその国々を「仮想敵国」化し、ボーダーランドを軍事化して対立を深めていくだけが選択肢ではない。むしろそこを非武装化することで相手を刺激せず、武力衝突が起こる可能性を減らすという選択肢もあって、実際にそれをやってきた国があるのだということがわかります。
ちなみに、ロシアと長い国境を接するフィンランドも冷戦中、ボーダーランドの「非武装化」こそしていませんが、同じような形で「中立」を守り抜きました。資本主義経済と民主主義体制を維持しながらも、ソ連を刺激することは絶対にやらない、むしろ時には「ソ連寄り」と見える立場を取ることもためらわないという、したたかな政策を採り続けた。こうした手法は、フィンランダリゼーション(フィンランド化)として、一つの国際政治上の概念としても確立されています。
揺れる北欧。それでもなお、学ぶべきことはある
──ただ、そうして「中立」を標榜してきたフィンランド、そして同じ北欧のスウェーデンも、昨年のウクライナ戦争勃発を受けて「対ロシア」の姿勢を明確化し、NATO加盟を申請しました。そしてノルウェーも、米軍やNATO軍の駐留を「最近まで」認めなかった、とおっしゃいましたが……。
伊勢崎 はい。ウクライナ戦争以前に、2014年のロシアによるクリミア侵攻以降、北欧も状況がかなり変わってしまいました。ノルウェーでも、一部でNATO軍の駐留が許可されるようになり、国軍とNATO軍の共同軍事訓練なども増えています。
ただ重要なのは、「以前からずっとそうだった」わけではないということです。日本でも、「沖縄の米軍基地をどうすべきか」をめぐる世論が二分されているのと同じように、ノルウェーをはじめとする北欧の国々もまた「ロシア(ソ連)を刺激するべきではない」「そうはいっても怖いから軍事力を強めて対抗すべきだ」という二つの声の間で、常に揺れ動き続けてきました。最近ではクリミア侵攻、そしてウクライナ戦争と、何か動きがあるたびに世論は揺れ、それに政策も影響されるということを繰り返してきているわけです。
そして現状でも、ノルウェーがボーダーランドを日本の沖縄のような形で「軍事化」しているわけではありません。また、アイスランドが新たに国軍を創設したという話も聞かない。「中立」「相手を刺激しない」という国是がかなり危うくなっているのは事実だけれども、完全にそれを投げ捨てたとも言い切れないでしょう。少なくとも、かつてのノルウェーやアイスランドのような手法が緩衝国家としての一つの選択肢であることは確かだし、そこから私たちが学べることは大きいはずだと思うのです。
──日本に当てはめるなら、アメリカとの関係を保ちつつも、ロシアや中国、北朝鮮とも敵対はしないように、刺激せずに関係性をつないでいくということになるのでしょうか。
伊勢崎 そうです。これは何も、軍備を放棄するとか日米同盟を破棄するとかいうことではありません。「どの国とも仲良くしよう」なんていう理想論でももちろんない。「現実に戦争が起こる」可能性を少しでも削ぐための、現実的な方策なんです。
こちらが軍事力を強化していけば、当然ながら周囲の国々もまた軍事力でそれに対抗しようとする。互いに恐怖を煽り合うことで、終わりなき軍拡競争によって緊張が高まってしまう「安全保障のジレンマ」ですね。いま沖縄で行われているような軍事化、要塞化は、相手を刺激してこの「ジレンマ」を悪化させるだけです。
それだけでなく、軍事化が進めば軍事演習などの回数も当然増えますから、国境付近で偶発的な武力衝突が起こる可能性も格段に高まります。中国が尖閣諸島付近で、正規軍ではなく民間人の「武装漁船」による挑発行為を繰り返しているのは、何かの拍子に衝突が起こったときに「日本が民間人を攻撃してきた」と主張したいからですが、その「思うつぼ」にはまってしまうことにもなりかねません。
──それが、もしかしたら本格的な戦争につながってしまうかもしれない。
伊勢崎 もちろんあり得ます。少なからぬ戦争が「偶発的な──あるいはそれを装った──衝突」から始まっているわけですから。そしてそうなったときには、軍事化された沖縄は最初の標的になるでしょう。
さらに、緩衝国家である日本は、たとえばこの先、米中が戦争になったときにもアメリカ本土より先に戦場になる可能性が非常に高い。そうなる前に、アメリカとの同盟関係を維持しながらも、それと対立する国々への軍事的な刺激を避け、関係性をつくることで、本当の意味での「緩衝国家」、戦争回避のための緩衝の役割を果たす国になることを目指すべきではないのでしょうか。沖縄や北海道の非武装化は、その要になり得ると思うのです。
先ほどお話ししたノルウェーは、単に米ソ、米ロの「緩衝」であるだけでなく、全方位的な「平和外交」を展開してきた国でもあります。イスラエルとパレスチナの和平に関する「オスロ合意」(1993年)が代表的ですが、対立を超えた国際協調が必要な世界規模の問題を解決するための拠点に、何度もなってきているのです。それは「中立」を貫き、同盟関係にない国のことも刺激しないという政策を採ってきた国だからこそできることではないでしょうか。
ノルウェーをはじめ北欧の国々は、人権の問題についても非常に敏感です。難民の受け入れにも積極的だし、他国で起こっている人権侵害についてもいち早く批判を表明します。たとえばロシアで起こっている人権侵害に対しても、きっちりと抗議・糾弾はする。でも、だからといってロシアを軍事的に刺激するようなことは絶対にしない。そういう態度も、日本が学ぶべきところだと思います。
セキュリタイゼーションが広がる中、軍事力重視へと向かう日本と世界
──一方で、北欧の国々のみならず、ヨーロッパなどでも軍事費を増大させる国が相次ぐなど、ウクライナ戦争が始まって以降は世界全体が「軍事力強化」の方向に向かっているのも事実だと思います。
伊勢崎 世界中で、恐ろしいほどの「セキュリタイゼーション」が進行中だと感じます。セキュリタイゼーションについては以前もお話ししましたが、何らかの「脅威」が煽られることによって、政策や政治の方向性が大きく変わっていくことをいいます。
今も、「ロシア」という脅威が煽られることで、世界中が「軍事力重視」の方向に動いている。これほど強固なセキュリタイゼーションが広がるのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の後に、「イスラム」への恐怖が煽られて以来ではないでしょうか。ASEAN諸国やアフリカなどは比較的冷静ですが、アメリカやヨーロッパでは、政治・経済はおろか学問の場においてさえロシア人の研究者が排除されるなど、深刻な分断が広がっている。そして、日本でもこのセキュリタイゼーションは、猛烈な勢いで進行中だといえると思います。
──沖縄の軍事化もそうですし、防衛費倍増や「反撃能力」の保有といった、軍事力重視の政策が急速に進みつつあります。
伊勢崎 それに大きな反対の声が上がらないのは、従来の北朝鮮や中国に加え、「ロシア」という誰も否定できない脅威の存在が強調されているからでしょう。そして、そうしたセキュリタイゼーションの広がりに、政府与党はおろか「リベラル」といわれる勢力までもが加担している。こういうときに戦争は起こるんだと思います。
正直なところ、このまま日本ではセキュリタイゼーションが強化され、軍事力重視の流れがさらに強まって、本当に戦争に突入していくのかもしれない、という悲観的な思いもあります。それでも、黙ってしまうわけにはいきません。「このままでは、本当に戦争になりますよ」。そう言い続けるのが僕の使命だと思っています。
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伊勢崎賢治(いせざき・けんじ)1957年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。インド国立大学大学院に留学中、現地スラム街の住民運動にかかわる。国際NGOの一員としてアフリカで活動後、国連東ティモール暫定行政機構上級民政官、国連シエラレオネ派遣団武装解除部長、アフガニスタン武装解除日本政府特別顧問を歴任し、紛争後処理に携わる。現在は東京外国語大学大学院地域文化研究科教授(平和構築・紛争予防講座)。プロのジャズトランぺッターとしても活動中。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『日本人は人を殺しに行くのか 戦場からの集団的自衛権入門』(朝日新書)、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(布施祐仁氏との共著、集英社文庫)『非戦の安全保障論 ウクライナ戦争以後の日本の戦略』(共著、集英社新書)などがある。