飯島裕子さんに聞いた:中高年単身女性の貧困から見えるジェンダー不平等社会

昨年11月、中高年単身女性の自助グループ「わくわくシニアシングルズ」が、40歳以上の単身女性を対象に生活状況実態調査を行いました。そこで明らかになったのは、不安定な雇用、低収入、低年金、重い住居費負担、将来への不安など、これまで見過ごされていた中高年単身女性の厳しい暮らしの実情でした。「女性活躍」や少子化対策といった政策が大々的に掲げられる一方で、「貧困にあえぐ中高年単身女性は存在しないかのように扱われている」と話すのは貧困問題に長年取り組んできたノンフィクションライターの飯島裕子さん。見過ごされてきた困窮する中高年単身女性の実態について伺いました。

注目されてこなかった、「おひとりさまの貧困」

――昨年11月、マガジン9で連載している小林美穂子さんの「家なき人のとなりで見る社会」第24回で、「わくわくシニアシングルズ」の調査報告書を取り上げたところ、大きな反響がありました。「これは私のことだ」「将来の自分を見ているようだ」「私たちはここにいる、いないことにしないで」など、これまで聞こえてこなかった“声なき声”が、初めて可視化された印象があります。

飯島 そうですね、この調査は、全国の40歳以上・シングルで暮らす女性2345人からの回答を集めたものですが、これほど多く当事者の生の声を集めた調査はこれまでほとんどなかったと思います。
 リーマン・ショック前後は若年男性の非正規化が問題になり、その後、子どもの貧困が社会問題化しました。最近になってようやく「女性支援」の必要性も言われるようになりましたが、その中身をみると若年女性が念頭に置かれていることが多い。私も2016年に著書『ルポ 貧困女子』を出しましたが、20代、30代の若年女性が取材の中心であり、中高年の単身女性については、気になりつつ実態に向き合うまでには至りませんでした。
 ですが、一人暮らしの女性の貧困率が高いことは、これまでもデータで明らかにされていました。女性の貧困率は、20代以降はどの年代でも男性より高く、とりわけ高齢になると跳ね上がります。また家族構成別(世帯構成別)に見ると、単身女性の貧困率が高い。20〜64歳の単身女性では24.5%と、4人に一人が貧困、65歳以上になると46.1%と2人に一人が貧困というデータがあります。
 これらを総合して推計すると、65歳以上の高齢単身女性はもっとも貧困率の高い層だといえるのです。

不安定雇用、低賃金の先は低年金

――わくわくシニアシングルズの調査では、中高年単身女性が不安定な雇用のもと、低賃金で働き続けている実態も明らかになりました。

飯島 今回の調査は40歳以上と現役世代が含まれていることもあって、大多数の人が働いて自身の収入で生活を支えていることが分かります。
 「働いている人」の半数以上が非正規職員、自営業で、そのうちの半数は年収が200万円未満です。「正規雇用の仕事につけず、やむを得ず非正規・自営で働いている」という「不本意非正規」が半数以上という点も、見逃してはなりません。
 この数字から見えるのは「不安定で賃金の低い仕事にしかつけず、その危うい自分一人の稼ぎで生活を支えなければならない。日々のやりくりで精一杯で、いざというときに備えての貯金などできない」「死ぬまで働き続けなければ、生活が立ちゆかない」といった過酷な実態です。
 コロナ禍で多くの非正規雇用の人たちが仕事を失ったり、収入が減ったりしましたが、そのなかには、こうした中高年単身女性も多くいるのです。

――60代後半で66%、70歳以上の46%の人が働いているんですね。

飯島 そもそも日本は65歳以上の高齢者の就労率が非常に高い国です。高齢社会白書(2020年)によれば60代後半の48%、70代前半の32%が就労しており、労働人口に占める65歳以上の割合は年々増加しています。イタリアやフランスでは高齢者の就労率は3.4%ですから、日本の高齢者はその10倍も働いていることになります。
 それに伴って高齢者の労災事故件数も増加、21年には労災死亡事故の4割以上を高齢者が占めています。一昨年2月新潟県の製菓工場で深夜発生した火災事故を覚えていますか? この火事では、午後9時から午前2時の時間帯に清掃業務に当たっていた68歳から73歳の女性パート従業員4人が亡くなりました。働くことは生き甲斐にもつながりますが、経済的な理由から働き続けなければならないのだとしたら、その現実は肉体的、精神的にあまりにつらい。

――多くの単身女性が高齢になっても働き続けているのは、年金だけでは生活できないからでしょうか。

飯島 その通りです。わくわくシニアシングルズの調査では「無年金あるいは月5万円未満」が14%、「月5〜10万未満」が42%と、半数以上が月額10万円を下回っています。
 年金とひとくくりにいっても、未婚か夫と死別か離別かといった違いや加入していた社会保険によっても状況は異なりますが、年金だけで生活できる女性はまれです。40年以上働いて厚生年金に加入してきたのに受け取れる年金額が月10万円に満たないという女性も少なくありません。

――厚生年金に加入していたのに、年金がそんなに低いのはなぜでしょうか。

飯島 厚生年金は、現役時代の賃金が算定基準になっているので、賃金の低かった女性が受け取れる年金はおのずと低くなってしまうのです。また、単身女性の多くは契約社員、パート、フリーランス等を含む非正規雇用のため、国民年金にしか加入していないケースも多く、低年金になりがちです。
 男女間賃金格差、非正規雇用による低賃金がそのまま老後の年金に反映され、ずっと働き続けてきたのに、年金だけでは生活できないという理不尽が最も顕著に現れているのが単身女性であると言えます。
 さらには標準世帯をモデルに作られた年金制度の問題があります。女性は結婚して夫に扶養される存在とみなされて制度設計されているため、専業主婦を優遇する第3号被保険者制度などは積極的に導入された一方、単身女性は存在しない者のように扱われ、「死ぬまで働く」を余儀なくされているのです。

「男性稼ぎ主モデル」の崩壊

――女性は働いても賃金が低く、従って年金も低い。その背景には「女はいずれ結婚して夫に養われる存在」という「男性稼ぎ主モデル」があり、それが貧困の引き金になっていると飯島さんはおっしゃっています。

飯島 男性稼ぎ主モデルとは、男性が主な稼ぎ手として外で働き、女性が家事育児介護など、家庭内の労働を無償で担う男女による性別役割分業モデルです。
 それは長く続いてきた家父長制の意識にも符合し、国も配偶者控除や第3号被保険者制度などによって、「男性稼ぎ主モデル」を後押ししてきました。
 1990年代に入ると働く女性が増え始め、専業主婦の数を上回るようになりますが、その大半は「主婦パート」と言われる非正規雇用。家計を支えるのはあくまで夫で、女性の非正規雇用による収入は家計の足し、小遣い稼ぎとしか位置づけられず、自立に足る賃金や待遇は与えられず、雇用の調整弁として利用されてきたのです。
 実際、非正規女性のなかには、時間的にフルタイムでは働けないシングルマザーや自分一人の稼ぎで生活している単身女性もいましたが、彼女らはあくまで「例外」とされ、待遇の悪さが問題になることはありませんでした。

――女性の低賃金、その結果としての低年金の根拠となってきたのが、この「男性稼ぎ主モデル」だったのですね。

飯島 ところが今「男性稼ぎ主モデル」は実質的には崩壊しています。男性の雇用状況が悪化して、一人の稼ぎでは生活が立ちゆかないケースが多くなり、今や専業主婦は“ぜいたくな身分”にすらなっています。
 にもかかわらず、働く環境、賃金、社会保障制度などは昔の「男性稼ぎ主モデル」のまま。女性を一人前の労働者、世帯主と見ない制度が続いています。女性活躍が進む現在も、年金や税保障制度は何一つ変わっていないのです。制度の根拠となった実態は崩れているのに、それに代わる仕組みができていないのは深刻な問題です。
 この状態が続けば、将来さらなる困難が女性たちを襲うことになるでしょう。現在40代〜50代前半になる就職氷河期世代は、非正規雇用率および未婚率が高い世代です。氷河期世代の女性たちが老後を迎える頃、未婚または配偶者と離別した女性の約半数(290万人)が生活保護レベル以下の生活を余儀なくされるというデータもあります。しかし、やむなく低収入、不安定雇用に置かれた彼女たちの苦境は表に出ることなく、支援も今のところほとんどありません。

女性を子どもとセットでしか見ない社会

――それにしてもなぜ「中高年単身女性の貧困」は見過ごされてきたのでしょう?

飯島 ひとつには、中高年単身女性と言っても、夫と死別した人、離婚、生涯独身などさまざまで、それが「個人の事情」とされて社会構造上の問題にされにくかったという事情もあります。当事者自身も自分の生活が苦しいのは「自己責任」だと思いこみ、声を上げてきませんでした。ですが根本には、女性を子どもとセットでしか見ないジェンダーバイアスがあると思っています。
 政府はここ数年、女性活躍を声高にかかげ、子育て支援にも積極的に取り組んでいます。「女性を応援します」というスタンスに見えますが、一方で女性労働者の6割を占める非正規の待遇は低いままですし、コロナ禍で低所得世帯への経済給付は子育て世帯に限定され、単身世帯は対象外とされました。こうした政策からは、「子どもを産み育てる人は手厚く支援するけれど、そこに当てはまらない人は放置する」という本音が見え隠れするように思えてならないのです。
 だからといって、子どものいる単身女性への支援が十分かといえば、そんなことはありません。非正規・低賃金で子どもを育てているシングルマザーでも、子どもが18歳になると児童扶養手当の支給もなくなり、さらなる貧困に陥る人も少なくありません。
 社会の関心も、子どもの貧困に対しては集まりやすいのですが、その親に対しては、自己責任と言われがちです。
 こうした女性を妻、母としてしか見ない社会や政治のありかたが、単身女性を社会の隅に追いやり、自助努力を強いて、声を上げにくくさせているのではないでしょうか。

――中高年単身女性の貧困の実態が見えないのは、彼女たちへの世間のイメージとのギャップも、関係しているのではないでしょうか。

飯島 あると思います。バリバリのキャリアウーマンで年収も高く、タワーマンションに住んでいて……みたいな「おひとりさま」のイメージが(笑)。ですから私も中高年単身女性の困窮について記事を書くと、知らなかったと驚かれることが多いです。これはメディアの影響が大きいと思います。
 最近では、「年金5万円でも幸せに暮らせる」といった高齢女性のライフスタイルを取り上げた本などに注目が集まっています。「若い頃はそこそこ贅沢な生活をしていたけれど、いまは節約を兼ねて、自分で育てた野菜で料理をして楽しんでいます」など、低年金でも工夫次第で豊かに暮らせるというようなイメージが広がると、それができないほうが悪いと言われ、苦しい生活を送る人たちはますます声を上げづらくなります。
 でも、実際はそういう人は健康で持ち家があり、いざというときは頼れる家族がいるなど、どこかに安全弁がある場合が少なくないと思うのですが……。このようなおひとりさまのイメージが一人歩きしていることも、貧困の実態が見えない原因のひとつかもしれませんね。

困難女性支援法はどうなる?

――そこで期待したいのが昨年5月に成立した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(困難女性支援法)です。中高年単身女性にとって、希望の光となるのでしょうか。

飯島 この法律では「困難な問題を抱える女性」を「性的な被害、家庭の状況、地域社会との関係性その他の様々な事情により日常生活または社会生活を円滑に営む上で困難な問題を抱える女性」と定義しています。
 つまり年齢や理由等にかかわらず、困難な問題を抱える女性を包括的に支援するとしていることから、当然、中高年単身女性もその対象であるはずです。
 しかし、これまでは女性が家や行き場を失っても、その理由によっては保護の対象にならないケースが少なからずありました。自治体によって取り扱いが異なりますが、婦人保護施設や女性シェルターなどは、配偶者からのDVから逃げてきた女性を主な対象としているため、経済的に困窮して住まいを失った単身女性は利用できない場合があったのです。
 またシェルターなどはDVから逃れてきた女性の身を守るため、携帯電話が使用できないなど、さまざまな制約があり、配偶者からのDV以外の理由で利用したい女性にとって、使い勝手がいいものではありませんでした。
 結果的に、単身女性など、「妻」でも「母」でもない女性は制度のはざまに置かれ、利用できる支援は非常に少なかったのです。新法ではこのあたりも改善されるであろうと期待しています。年齢、既婚/非婚、子どもの有無などの属性で区切ることなく、すべての女性を受け入れる包括的な支援が必要であるはずです。

――第一条に「女性が日常生活または社会生活を営むに当たり、女性であることにより様々な困難な問題に直面することが多いことに鑑み」とありますが、困難な状況に陥るのは、女性の責任ではありませんよね。新しい法律ができても、なぜ女性が困難に直面することが多いのかという、その背景にある構造的な問題に触れなければ根本的な解決にならないと思います。

飯島 貧困や困難をなくすためには、女性の経済的自立が不可欠です。しかし、それ以前にある男女間賃金格差をなくすこと、雇用や家族形態によって不利益が生じないよう、税および社会保障の仕組みを変えていくこと、女は結婚して夫に養われる存在という時代遅れの前提をはずし、母でも妻でもないシングル女性を、一人の人として正当に社会に位置づけることなど、ジェンダー不平等な社会構造こそ変えていかなければいけないと思います。

――今後一人暮らしの老後を送る女性が増えていくことは確実で、現在の中高年単身女性の貧困は、人ごとではありません。社会全体の問題として、考えていきたいと思います。

(取材・構成/マガジン9編集部)

飯島裕子(いいじま・ゆうこ)東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者、雑誌編集を経てノンフィクションライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ 若者ホームレス』(ビッグイシュー基金との共著/ちくま新書)、『ルポ 貧困女子』(岩波新書)、『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち~深まる孤立と貧困~』(光文社新書)など。

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