橘民義さんに聞いた:リアルな議論の場を通じて、政治に変化をもたらしたい──「武蔵野政治塾」を始めたわけ

〈「議論の復活」によって、止まっている政治の再出発を目指したい〉。昨年10月に開講した「武蔵野政治塾」の設立趣意書には、そう書かれています。さまざまな分野の人たちが講師となって講演を行い、参加者も交えて活発な議論を展開するこの「政治塾」は、どんな思いで、何を目指して立ち上げられたのか。立ち上げを担った一人で、事務局長を務める橘民義さんにお話をうかがいました。

じっくり腰を落ち着けて議論ができる、
そんな場をつくりたかった

──2022年の秋に、さまざまなテーマで政治について話を聞き、参加者も交えて議論しようという「武蔵野政治塾」をスタートされました。開講に至ったきっかけからまずお聞かせください。

 昨年夏に参議院選挙があって、全体としては「与党圧勝」で終わりましたよね。今の政治に対しておかしいと感じている人は少なくないはずなのに、なぜか政治が変わらない、動かない。これはどうしてなんだろうと、いろいろ考えていたときに思い至ったのが、政治家だけでなくもっと多くの人が、政治課題に関して聞いたり考えたり話したりすることが必要なんじゃないかということでした。ほんとうの会話や議論が成立していないので、選挙でも政党や候補者の示す政策や方針があやふやなまま、抽象的な言葉の集合のようなパンフレットが印刷されていたり、言葉だけが先行して具体的な説得力のない選挙演説になったりしている例がたくさんあります。
 また、インターネットの発達で、誰でも意見を発信しやすくなった一方で、その「発信」の形が一方向になりがちだと感じてもいました。Twitterなどが象徴的ですが、議論が行われているようで実はまったく議論になっていない、それぞれが自分の言いたいことを言っているだけ、という光景をよく見ます。
 特に第二次安倍政権以降、政治が常に一つの方向に引っ張られていて、それに抗おうとしても全然うまくいかないという雰囲気ができてしまっている。でも、私たちがもう少し腰を落ち着けてじっくり話し合い、考えれば、もっと説得力のある理屈や言葉を見つけ出したり、流れに抗う別の方法を考えたりすることもできるのではないか。そしてそれは、人と人がリアルな場で出会って、話をすることから始まるんじゃないかと思ったんですね。

──気軽に意見を発信できるというのはインターネットの利点でしょうが、一方でそれが、「腰を落ち着けた」議論を難しくしてしまった面もあるのかもしれませんね。

 そう思います。一部のSNSを除いては匿名で発言できてしまうこともあるのでしょうね。SNSだけではなく、ネット上の新聞や雑誌の記事に付いているコメントを見ても、まともな意見というよりは、単なる罵詈雑言、悪口を言いたいがために書いているとしか思えないものがたくさんあります。
 もちろん、インターネットでないとできないことはたくさんあるし、おっしゃるとおり誰でも意見を書き込める、発信できるというように、いい面もたくさんありますから、全否定する気はありません。ただ、インターネットが主流になればなるほど見失われていってしまいそうな部分も、どこかで担保しなくてはならないのではないか。特に政治においては、ちゃんと人の生の声を聞いて、それに答えるという「基本の基本」のあり方を、もっと大事にしなくてはならないんじゃないかと思ったのです。

──とはいえ、「武蔵野政治塾」の基本は会場に人が集まって、講師の話を聞いて議論する……というものですよね。コロナ禍が続く中で、オンラインではなくそうした形での講座を開催するというのは、かなり思い切った決断だったのでは。

 会社の会議などを見ていても、やっぱりオンラインではできない、伝わらないことがあると思うんですね。もちろん、情報伝達やちょっとした確認ならオンラインは便利ですけど、声のトーンとか表情も含めた深い意思の交換は、リアルで顔を合わせないとできない部分があるんじゃないでしょうか。講師のように「話す」立場の人にとっても、目の前に観客がいるのと、モニターを前に話すのとでは、やっぱり違いがあると思います。
 それともう一つ、人がその場に出かけて行ってまで話を聞こう、議論をしようとする「意思」の力はすごく大きいと思うんです。たとえば映画でも、家のモニターで何でも見られる今、「見よう」という意思を強く持っていないと、映画館まで足を運ぼうとは思わないですよね。それと同じように、議論をするためにわざわざ会場まで行こうという意思を持った人を増やしていきたい。世の中はコロナもあってどんどんオンラインに流れていっているけれど、だからこそリアルな場をつくっていきたいと考えたんです。
 そうした思いを共有する人たちが集まってきてくれて、今は10人ほどのボランティアのスタッフを中心に運営しています。

多彩な声を聞いて、双方向の議論を

──毎回の「武蔵野政治塾」では、さまざまなテーマに合わせて講師が登壇されます。テーマや講師はどのように?

 たくさんの人に興味を持ってもらいたいので、そのとき話題になっているニュースなどに合わせたタイムリーな内容を、ということはいつも考えていますね。たとえば、野党が勝てなかった参議院選挙から数ヶ月しか経っていなかった第1回は、「どうしても野党を立て直したい!」というテーマを掲げました。
 中でも「維新の会」って与党なのか野党なのかよくわからないよね、ということで、「維新の会を知り尽くした人たちに聞く」として、大阪市職員から衆議院議員に転じた大石あきこさん、維新の会が運営する「維新政治塾」一期生だった元新潟県知事で衆議院議員の米山隆一さんなど4人の方に話を聞きました。
 そして第2回が「旧統一教会と政治家」。ずっと旧統一教会の問題を追及してきた元参議院議員でジャーナリストの有田芳生さん、元文部科学事務次官の前川喜平さんに登壇いただきました。どちらもたくさんの方に参加いただいて、会場は満席でしたね。
 「政治」塾という名称ではありますが、政治家に限らずいろんな人たちに登壇してほしいと考えていて、第4回には「政治を変えたい経営者たち」というテーマを設定しました。今後、「政治を変えたいミュージシャン」とか「政治を変えたいコメディアン」なんてテーマも考えています。

──一方的に講師の話を聞くのではなく、その後の議論の場を重視されているんですね。

 講師の話は絶対に決められた時間をオーバーしないようにお願いしていますが(笑)、議論の時間は少々延びても大丈夫なように設定しています。それも、誰かが一つ質問をして、講師がそれに答えて終わりというのではなく、そこからさらに話が広がっていったりという双方向性を大事にしていますね。
 統一教会をテーマにした回のときには、信者の方が来られて発言されたんですよ。すごく切実な表情で、「私たちはただ、信仰を持って真面目に毎日生活しているだけなんだ、全員をひっくるめて悪く言わないでほしい」ということをおっしゃっていましたね。それはそれで、貴重な意見だと思いました。
 あと、「野党」をテーマにしたときは、自民党支持者だという参加者の方もいらっしゃいましたね。その人も手を挙げて質問してくれたんですけど、最初に「そんなことを言ってるから野党はいつまでも政権が取れないんだということがよくわかった」という前置きが入っていました(笑)。でも、そういう人の声を聞けるというのは大事だと思いますね。

原発事故を歴史に残したかった──映画『太陽の蓋』

──ところで橘さんは以前に、劇映画のプロデュースもされています。福島第一原発事故の後の東京電力と官邸とのやりとりを描いた映画『太陽の蓋』(2016年)。先月からYouTubeで無料公開されていますが、どのような思いでつくられた映画なのでしょう?

▲映画「太陽の蓋」90分日本語字幕版(130分版はこちら

 あの原発事故のこと、中でも事故直後、東電と官邸との間でどんなやりとりがあったのかは、絶対に歴史に残さなくてはならないと思ったんです。それも、たくさんの人たちに見てもらうためには、ドキュメンタリーよりは劇映画だと考えて制作に踏み切りました。
 日本では「知る人ぞ知る」という映画かもしれませんが(笑)、海外、特にフランスではかなり評価していただいて、180もの映画館で上映されたんですよ。YouTubeで一時無料公開したときには10万回以上再生されました。
 当初から、一人でも多くの人に見てもらうために永久無料公開を、と思っていたのですが、権利の関係もあってなかなか難しく、制作から7年経ってようやく実現しました。あのとき何があったのか、改めて知ってもらいたいと考えています。

──橘さんの本業は企業の経営者とのことですが、政治や社会問題への関心はずっとおありだったのでしょうか。

 もともと、1987年から99年まで、岡山県議会で議員をしていたんです。ですから政治はずっと身近な問題ですし、「政治をなんとかしなきゃいけない」という思いは若いときから抱いていました。それで、これまでにもいろんなことをやってきたけれど、なかなかうまくいかなかったことも多くて。だから「武蔵野政治塾」は、ちょっとオーバーに言えばこれが「最後の戦い」のつもりで挑んでいる……という感じでしょうか。

──その「武蔵野政治塾」、もうすぐ15回目と回を重ねてこられましたが、最初におっしゃっていた「リアルな議論の場を作る」ことに対する手応えはありますか。

 毎回たくさんの人に参加いただいているということで、だんだん広がっているなという手応えはあります。それだけではなく、各地で「武蔵野政治塾をやりたい、関わりたい」と、手を挙げてくれる人も増えているんです。
 最初にボランティアのスタッフとして関わってくれた人の多くが東京・武蔵野市に拠点を置いていたので「武蔵野」政治塾、としたのですが、「武蔵野市」に限定するのでなく「武蔵野」というもう少し広いエリア、さらにはそこから全国にまで広がっていけばいいなという思いが当初からありました。これまで、東京以外では群馬県の高崎市や岡山県で開催したのですが、どちらも地元の人たちがボランティアで大勢関わってくれて。
 私たちだけで何回開催しても、同じような顔ぶれがいつも同じようなことをやっているだけということになってしまうから、どんどん各地で「動く」人を増やしていきたい。そのためにも、もっといろんな場所で開催して、ネットワークを広げていきたいと考えています。

(取材・構成/マガジン9編集部)

武蔵野政治塾第15回【統一教会と政治家の癒着 政策は歪められたのか】

次回の武蔵野政治塾はジャーナリストの鈴木エイトさんをお招きして「統一教会と政治家の癒着 ~政策は歪められたのか~」を5月25日(木)19:00より武蔵野公会堂ホールで開催します。
武蔵野政治塾では過去3回にわたり、統一教会の問題について講演会を開催し、議論をしてきました。第15回となる今回は、この問題を追及し続けてきた鈴木エイトさんに、カルト的な教団がいかに政治家工作を行い、政策が歪められてきたのかをお話しいただきます。

日時:2023年5月25日(木曜日) 19:00〜21:00(18:30開場)
場所:武蔵野公会堂ホール

JR中央線吉祥寺駅下車 南口 徒歩3分
参加費:500円

→参加申し込み・詳細はこちら 

たちばな・たみよし 「武蔵野政治塾」事務局長。1951年、 岡山県倉敷市生まれ。早稲田大学理工学部電気工学科卒業。元岡山県議会議員(1987年~1999年、三期)。現在、ポールトゥウィンホールディングス株式会社代表取締役会長を務める。著書に『民主党10年史』(第一書林)。

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