諸永裕司さんに聞いた:見過ごされてきた「PFAS汚染」。社会全体で、問題との向き合い方を考えよう

東京西部の多摩地区で、米軍・横田基地由来と推測されるPFAS(有機フッ素化合物全体を指す言葉)による地下水や飲み水の汚染が問題になっています。2022年、著書『消された水汚染』(平凡社新書)でいち早くこの問題を世に知らせたのが、元朝日新聞記者で現在はフリージャーナリストの諸永裕司さん。今、何が起こっているのか。国や自治体はそれに対して、どのように対応しようとしているのか。そして、私たちが考えるべきことは──。詳しくお話を伺いました。

自然界には存在しない「永遠の化学物質」

──東京・多摩地区での有機フッ素化合物汚染の問題について、取材を始められたきっかけからお聞かせください。

諸永 2017年に取材で訪れた沖縄で、米軍基地による環境汚染の監視を続けるNPOの方から話を聞いたのが最初です。沖縄ではその前に、水道水の水源になっている河川で有機フッ素化合物の一種であるPFOSが検出されたと発表され、米軍基地で消火訓練に使用されていた泡消火剤が原因ではないかと報道されていました。
 さらに、米国防総省の報告書が出て、アメリカ国内の400カ所以上の軍事施設の周辺で汚染が確認されたこともわかったんです。なら、横田基地のある東京でも汚染がないはずはないだろうと考えました。僕自身も東京出身ですし、ちょうど東京オリンピックの前でもあったので、調べてみようと。
 それと、もともと米軍基地や日米地位協定の問題には関心を持っていたんですが、複雑で難しい問題ととらえられるのか、記事を書いてもなかなか読者に届いている実感が得られなかった。だれもが生きるうえで欠かせない「水」を通してなら、基地問題をもっと身近な問題として伝えられるんじゃないかという思いもありました。 

──有機フッ素化合物というのは、本来自然界には存在せず、人工的につくられた化学物質なんですね。

諸永 そうです。水と油の両方をはじくのが特徴で、フライパンやレインコート、テントにカーペット、化粧品……と、「台所から宇宙まで」といわれるくらい、さまざまなものに使われています。一方で、分解されづらくて蓄積されやすいため、なかなか消えない。このため「永遠の化学物質」とも呼ばれる。その意味では、便利だけど、とてもやっかいな物質なのです。

──それが人体に入ると、健康被害につながるとされています。

諸永 一番有名なところでいえば、アメリカのウエストバージニア州で20年ほど前、デュポンという化学メーカーの工場による汚染が健康被害を生んでいるのではないかと問題になり、近くを流れる川の流域に住む約7万人の健康調査が行われました。結果、腎臓がんや精巣がん、妊娠高血圧症など6つの病気との関連が指摘されたんです。その後もさまざまな疫学研究が行われ、徐々に健康への影響が明らかになってきています。

──日本では、これまで規制はなかったのですか。

諸永 有機フッ素化合物は数千もの種類がありますが、このうちPFOSは、残留性の高い有害な化学物質の規制を検討する国連のストックホルム条約会議で2009年に規制対象となり、国内でも2010年に製造も使用も原則禁止されました。ただ、飲み水については、僕が取材を始めた時点では水質管理の目安はありませんでした。
 取材を始めたころは、「製造も使用も禁止されているんだし、もう終わった話でしょ?」という専門家もいました。でも、インターネットで調べてみると、欧米ではまさに現在進行形の、大きな問題になっていた。それを「終わった話」で片付けてしまっていいのかと感じました。

明らかになった水道水の汚染

──取材はどのように進められたのですか。

諸永 まず、東京都環境科学研究所(都環研)という、都の環境関係のシンクタンクのような組織を訪ねました。ここが、すでに有機フッ素化合物による地下水汚染について調べていることがわかったからです。都環研のデータからは、東京都内でも多摩地区で地下水の汚染がひどく、特に横田基地に隣接する立川市で高濃度のPFOSが検出されていることがわかりました。

──汚染源はともかく、地下水の汚染が起きていることが分かったわけですね。

諸永 そうです。そうなると次に知りたいのは、この汚染された地下水が水道水に使われていたかどうかです。取材すると、地下水を水道水の水源にしている地域は、東京都全体では2〜3%しかないものの、多摩地区に限ると20%ほどに達することが分かりました。ただ、その時点では有機フッ素化合物は、厚労省が定める水質検査の対象になっていなかったため、公表されたデータはありませんでした。
 そこで厚労省にあたったり、東京都に開示請求を出したり、あちこちで取材や交渉を重ねました。その結果、ある事実を突き止めたのです。2019年6月に、府中市、国分寺市、国立市にある浄水場が水源としていた四つの井戸から高濃度のPFOSが検出されたため、水道局が取水を止めていたことがわかりました。水道局は独自に有機フッ素化合物を測っていたのです。

──やはり、水道水にも汚染は含まれていた……。

諸永 では、その汚染はいつから始まっていたのか。都環研が多摩川の河口沖にあたる東京湾の海底の土壌を調査したデータでは、PFOSなどの検出量が1970年代から急激に増えています。つまり、多摩川流域では50年以上、有機フッ素化合物が環境中に放出されてきた可能性が高い。ということは、その間ずっと、人々は水道水を通じて有機フッ素化合物を体の中に取り込んできたかもしれない。その実情を調べる必要があると感じました。

──東京では、これまでそうした調査は行われていなかったわけですよね。

諸永 そうなんです。そこで、環境NPOなどに相談したところ、「母数は少なくても、とにかく調査をしてみよう」ということで、地域住民の血液検査をやることになりました。2020年夏、国分寺市・府中市の住民を対象に検査を行ったところ、22人の血液から検出されたPFOS濃度の平均値は、沖縄の嘉手納基地周辺よりもはるかに高かった。日本には血中濃度の基準がありませんが、ドイツの指針において「健康影響があると考えられる」数値を5人が超えていました。
 その後、昨秋から今年春にかけて650人を対象に行われた血液検査でも、「健康観察が必要」とするアメリカの指標を半数が超えていました。がんや脂質異常などは、食生活など他の要因によってもなりますから、有機フッ素化合物との因果関係を証明するのは非常に難しい。それでも、少なくとも健康被害の恐れがあることは見えてきたといえるでしょう。

──汚染源が「横田基地かどうか」についてはどうなのでしょうか。

諸永 東京都で横田基地を所管する都市整備局などに情報公開請求をし、膨大なデータを手に入れました。すると、東京都が横田基地の周りに18カ所の「モニタリング井戸」を設けて、地下水に含まれる有害物質を調べていることが分かったんです。

──「モニタリング井戸」ですか。

諸永 1993年に横田基地でジェット燃料の漏出事故が起こった後、基地から有害物質が漏出していないかどうかを調べるための井戸がつくられたのです。そのモニタリング井戸で、2018年に臨時調査が行われ、数カ所から高濃度のPFOSが検出されていたことも分かりました。
 米軍は認めていませんが、横田基地が汚染源であることは客観的なデータから裏づけられています。ただ、有機フッ素化合物は基地以外にもさまざまな場所で使われていたので、多摩地区の汚染源はほかにもあるでしょう。

汚染に対する向き合い方を、社会全体で考えなくてはならない

──こうした状況を受けて、国はどのような取り組みをしているのでしょうか。諸永さんが取材を始めた時点では、飲み水に関しての規制はなかったとのお話でしたが……。

諸永 厚労省は2020年春、飲み水に含まれる有機フッ素化合物について目標値を定めました。アメリカの環境保護庁(EPA)が前年に、「PFASアクションプラン(行動計画)」を出したことが影響していると思います。アクションプランでは、飲み水に含まれる有機フッ素化合物について「2019年中に法的拘束力のある規制値を設ける」と書かれていました。アメリカがそこまでしているのに、日本には目標値すらないとなるとまずい、と考えたのではないでしょうか。
 こうして設けられた暫定目標値は「PFOSとPFOA(PFOSと同じく有機フッ素化合物の一種)の合計で50ng/L以下※」というものでした。目標値なので遵守する義務を課しているわけではないのですが、この数値を超えないように水質が管理されるようになったわけです。

※ng……ナノグラム。1ngは1gの10億分の1の重さ。

──「50ng/L以下」という数値はどこから来たのでしょう?

諸永 目標値を設けようとした時点で、EPAは「PFOSとPFOAの合計で 70ng/L以下」とする健康勧告値を設けていました。それを、日本人の体重や水の摂取量などに合わせて計算し直したものです。日本ではどんな化学物質をどれくらい取り込んでいるかを見るための調査が行われていないため、自分たちで基準を作ることができないわけです。

──だから「アメリカを参考に」になってしまうんですね。

諸永 そういうことです。現在、環境省が「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」を設け、厚労省も目標値の見直しを検討していますが、そこでもデータがないために、海外の指針が出るのを待っているような状況です。
 でも、EPAは今年中に、飲み水中の有機フッ素化合物についての規制値を設けるとし、PFOS・PFOAそれぞれ4ng/Lという数値で検討しています。そうなったときに日本はどうするのか、注目しています。
 再び「アメリカを参考に」基準を設けるとなると、現状の水質検査機器では十分に計測しきれない可能性や、浄化措置を取らないと水道水を提供できなくなる地域が出てくる可能性もあります。また、新たに国連で製造・使用が禁止されたPFHxSという第3の物質を水質管理の対象に加えるかどうか、という点も重要です。
 ヨーロッパでは特に、個別の物質ごとに規制するのではなく、PFASとして有機フッ素化合物全体の影響を見るという潮流が生まれています。そうなると当然ながら、産業界にも大きな影響が出てくるでしょう。
 まさに今、有機フッ素化合物に対する考え方の転換が迫られている。その中で日本はどうしていくのかを、社会全体で考えなくてはならない段階に来ていると思います。
 

行政の調査データは誰のものなのか

──そのためにはやはり、汚染状況や健康への影響について、アメリカを参考にするのではなく、自分たちで調べたデータに基づいて判断できるようになる必要がありますね。

諸永 さきに触れたように、現状では体内汚染を測る血中濃度や、体の中に取り込む食品、さらには土壌についても基準がなく、それを決めるためのデータもまったくありません。有機フッ素化合物だけでなくさまざまな有害化学物質について、何がどのくらい人の体に取り込まれているのかを調べる「バイオモニタリング」を、制度として設けるべきだと思います。国民の全体を代表できるような規模で継続的に調べるバイオモニタリング制度はアメリカやカナダ、ドイツ、韓国などにはすでにあるのです。

──ご著書を読んでいると、十分な検査や調査が行われていないというだけでなく、その結果や方針の決定プロセスについて、国や自治体が出したがらないという印象も受けました。データや文書を入手されるまでに、相当苦労されている様子が書かれていましたよね。

諸永 そうですね。情報公開請求をしても「ない」と言われる、「データ移行に失敗した」なんていう理由で、古いデータがもらえなかったりする……。当初は「ない」と言っていた文書が、違う方向から追及していったら、突然「ありました」と言って出てきたこともありました。実際には「文書がないって、ありえないでしょそんなこと!」と怒鳴ったことも一度や二度ではありません。本の中ではそれなりに冷静に交渉しているように書いていますけど(笑)。

──同じようなことは、他の問題でもしばしば耳にするように思います。

諸永 要は、「その情報は誰のものなのか」という意識が、行政と私たちとでは全然違うんだと思います。行政が税金を使って行った調査の結果や、ある施策を実施するに至るプロセスの記録は「公文書」です。本来これは住民のもので、いずれも公開されるべきものです。「データ移行に失敗したからありません」で済む問題ではないはずなんです。
 もちろん、そういう感覚を許してきたのは、「ありません」という一言で誤魔化されてきたメディアの責任でもあると思います。情報公開請求などのやりとりを重ねて、「公文書は誰のものなのか」「公文書は公開が原則なのだ」という認識を浸透させていく必要があると感じました。文書や記録やデータに基づいて合理的な議論をする土壌を耕していくことが重要ではないでしょうか。
 そうした認識が希薄なために、有機フッ素化合物汚染についても根拠となるデータを集めようとしないし、データがあっても「危険かどうかはまだ判断できない」と言ってやり過ごそうとする。もしかしたら「やっぱり危険だった」と分かったときには、データを捨てて逃げ出すのかもしれませんね。そうだとしたら、敗戦直後に記録を燃やし、戦争責任と向き合おうとしなかった80年前と、この国はあまり変わっていないのかもしれない。そんなことも考えました。

「日米地位協定があるから何もできない」わけではない

──今後、汚染源の特定や汚染除去には、横田基地への立ち入り調査などが必要になってくると思いますが、それには日米地位協定が壁になるのでしょうか。

諸永 東京よりも前から汚染が明らかになっている沖縄では、基地への立ち入り調査を県が求め続けていますが、いまだ認められていません。この経緯を記した文書を、沖縄県や防衛省沖縄防衛局から情報公開請求で手に入れて読んだのですが、米軍がいかにのらりくらりと、自分たちの言い分を押しつけて立ち入りを拒否し続けているか、という構造がよく見えました。
 日米は2015年に、日米地位協定のもとで「環境補足協定」という協定を結んでいます。在日米軍基地に関係する環境関連の事案が起きたら基地への立ち入りを認めるという内容で、当時の岸田外務大臣(現首相)は「歴史的な意義がある」と胸を張っていました。

──それなのに、米軍は立ち入り調査を拒否できているんですか。

諸永 実は、環境補足協定の立ち入り調査についての規定には、抜け道が二つあるんです。
 一つは、立ち入り調査ができるのが、環境に影響を及ぼす事故などが〈現に発生した場合〉だと定めていること。つまり、今目の前で事故が起こっていれば、しょうがないから調査に入っていいよ、ということであって、過去の事故による汚染が明らかになった場合などは対象外とされているんです。
 そしてもう一つは、環境補足協定に基づく立ち入り調査ができるのは「アメリカ側からの情報提供」があった場合だとされていることです。2018年に河野外務大臣(当時)が国会で答弁しています。

──アメリカ側から「事故が起こった」「汚染が流出した」ということを知らせてくれなければ、立ち入り調査の対象にはならない?

諸永 そういうことですね。この二つの抜け道があることで、環境補足協定に基づく立ち入り調査は、まったく実効性がないものになってしまっているわけです。ちょっとこれは、主権国家としてはありえない状況だと思います。

──では、横田基地についてもやはり、立ち入り調査などを実現させることは難しいのでしょうか。

諸永 東京ではまだ、「立ち入り検査をさせろ」という市民の声はそれほど大きくなってはいないですよね。
 もし、市民が「ふざけるな、調査しろ」としっかりと声をあげて、デモや抗議行動もたくさん起こし、メディアもちゃんとそれを報道して……となれば、政府だって動かざるを得なくなるでしょう。むしろ、米軍はそうした世論の高まりをもっとも気にするでしょう。
 汚染が横田基地からの漏出とは断定されていないのは、米軍が調査をして結果を公表していないからであって、もっと追及の仕方はあるはずです。特に、東京は沖縄と違って、すでに「モニタリング井戸」のデータや泡消火剤漏出を記した米軍報告書という客観的な裏づけもあるのですから。
 地下水のボーリング調査をやって、汚染がどう流れていっているのかをトレースすることも、簡単ではないができるでしょう。あるいは、地下水に含まれる有機フッ素化合物の組成割合を調べてモニタリング井戸のものと比較すれば、絞り込めるはずです。
 それに、米軍はアメリカ本土では基地からの漏出による汚染を認めて、近隣住民向けの説明会を開いたり、汚染除去に取り組んだりもしている。なぜ同じことを日本ではやれないのか、という追及の仕方もあるでしょう。
 もちろん、環境補足協定を変えていく必要はあると思います。国民の命や安全を守る仕組みになっていないということですから。でも、それを待つまでもなく、やれることはいくらでもあるんじゃないでしょうか。少なくとも、「これだけ汚染の証拠があるのに調査もできないのはおかしくないか、それで行政は市民の命を守れるのか」という、シンプルで当然の訴えはできるはずです。

──「日米地位協定があるから何もできない」わけではないということですね。

諸永 そう思います。血液検査の結果を見ると、沖縄の体内汚染の実態は、多摩地域に比べれば低いです。それでも県は県内での土壌調査を始めました。土壌については基準がなく、法律的なよりどころもないのに、です。また、実現していないとはいえ米軍基地への立ち入り調査を何度も求めているのは、住民がそれだけ声をあげてきたからでしょう。「国が悪い」「条文が悪い」で終わらせるのではなく、一人ひとりが声をあげて行政を動かすしかないのではないかと思います。
 ちなみに、水道水源から有機フッ素化合物が検出されたと沖縄で最初に報道されたとき、「本土」メディアのほとんどは取り上げず、無視に近いような扱いでした。それが今回、多摩地域で血液検査の結果が出て、国が対策に動き始めたら、とたんに大きく報じ、一面で伝えたところもあった。ようやく問題を報じたことは良かったのですが、そこに、沖縄に対する本土メディアのまなざしが顕著に現れたような気がしています。

(構成・仲藤里美)

『消された水汚染』(平凡社新書)

もろなが・ゆうじ 1969年生まれ。93年、朝日新聞社入社。週刊朝日編集部、社会部、特別報道部などに所属し、2023年3月に退社。現在はフリーのジャーナリスト。他の著書に『葬られた夏 追跡 下山事件』(朝日文庫)、『ふたつの嘘 沖縄密約[1972−2010]』(講談社)がある。

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