第269回:ああ、愛国心(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

愛国クーデター

 「ワグネルの反乱」は、たった1日であえなく崩れ去った。「愛国心の発露」だと拳を振り上げてクーデターに走ったプリゴジン氏だったが、形勢が不利と見てか、あっさり逃亡を図った。所有するプライベート・ジェット機でサンクトペテルブルグへ入ったといわれているが、その後の消息はさだかではない。
 プリゴジン氏の所有しているメディアグループ「パトリオット」も活動を停止した。ところで、この「パトリオット」という名称が気になる。実は、これは「愛国者」という意味である。何か後ろめたい裏の活動を隠すときに、よく使われる言葉といっていい。そういえば「パトリオット」と名付けられたミサイルや銃もある。人を殺すのが「愛国者」という名の武器なのだ。
 一方のプーチン大統領もまた「国家のために戦うのだ」と、同じく「愛国心」を強調していた。だがそれは結局、自分の保身のための煽動だったことがバレてしまった。もはや、ロシア国民を騙すことはできそうもない。

愛国心も金のため

 民間軍事会社であるワグネルには、多額の資金がロシア国防省から流れていたという。つまり、彼らの「愛国心」とは金の流れを糊塗する言葉に過ぎなかったわけだ。朝日新聞(6月29日付)の記事にこうある。

ワグネル資金 ロシア調査へ

 ロイター通信によると、プーチン氏は27日、モスクワでの会合で、ワグネルが2022年5月から1年間で、国防省から860億ルーブル(約1450億円)の資金供与を受けていたと説明した。
 さらにプーチン氏は、プリゴジン氏の関連会社「コンコルド」が、ロシア軍に対する給食事業で年間800億ルーブル(約1350億円)を稼いでいたと説明。(略)

 何のことはない。資金の供給をストップするぞと脅されて、冗談じゃねえ、それなら反乱だぁ、というやたらと分かりやすいケンカだったわけだ。“金の切れ目が縁の切れ目”というけれど、これじゃ安っぽいテレビドラマにもなりはしない。
 これが「大統領の料理番」といわれ、プーチンの最側近ともて囃された男の反乱の真相だったらしい。いったいどこが「愛国心」だったのやら。

愛国主義は独裁の別名

 「愛国心」の旗を振る連中って、いつもなんだかうさん臭い。それが顕著なのが中国で、こんな報道がある。朝日新聞(6月27日付)の小さな記事。

「愛国者教育」体系化し法案
 全人代で審議へ

 中国の全国人民代表大会(全人代、国会にあたる)は26日から3日間の日程で始まった常務委員会で「愛国主義教育法案」を審議する。法案の詳細は明らかになっていないが、常務委員会の報道官は25日、法案について「祖国の統一と民族の団結に力点を置き、中華民族の偉大な復興というチャイナドリームの実現を主題にする」と説明した。(略)

 ここでも「愛国主義」という言葉が出てくる。だが中身は、単なる民主主義弾圧法案である。すでに中国は、香港で同じ手を使っていた。
 反中国的な言動を禁じる「香港国家安全維持法」(日本の「治安維持法」を思い出させる)という名の民主運動弾圧法が施行されてから、6月30日で丸3年経った。香港警察の「国家安全通報ホットライン」には、これまでに40万件の通報があったという。これは「反愛国的言動」の密告を奨励する法律である。
 「反愛国的言動」とは、簡単に言えば政府への批判的言動であり、「安全維持法」とはそれを取り締まる法律だ。つまりこの「ホットライン」は“チクリ奨励システム”なのである。
 「あの人は、こんな政府の悪口を言っていましたよ」などのイヤなチクリが、なんと40万件もあったというのだ。あれだけ大きな民主主義擁護運動が起きたにもかかわらず、率先してチクる連中もいる。人間って、悲しいものだと思う。
 互いが互いを監視し合う息苦しい世の中。なにしろ、中国共産党に反発することが、そのまま「反愛国的」と見なされるのだから、たまったもんじゃない。これによって、多数の人たちが逮捕され起訴されている。
 そんな香港での民主運動弾圧を、中国本土でもっと厳しく行うという宣言なのだ。今だって十分に独裁的な習近平政権が、さらに強権的になる。

愛国教育がジワジワと…

 中国ってひどい国だなあ…などと、のんきに他国を批判している場合じゃない。日本だってけっこうヤバイことが起きている。「愛国教育」がじわじわと浸透し始めているのだ。東京新聞(6月15日付)を引用しよう。

君が代暗記 小中を調査
大阪・吹田市教委

 大阪府吹田市教育委員会が三月、全ての市立小中学校を対象に、児童生徒が君が代の歌詞を暗記しているかどうかを一斉調査したことが、市教委への取材で分かった。(略)
 市教委によると、三月九日、小中五十四校の校長に「卒業式・入学式について」という文書を通知。国歌と校歌の歌詞の暗記状況を調査するよう依頼した。(略)
 市教委担当者は「二月に自民党市議から暗記状況の調査を依頼され、学習指導要領を踏まえて調査が必要だと判断した」と説明した。

 学習指導要領に「国歌暗記状況を調査せよ」などという項目があるなんて聞いたこともないが、ほんとうか? ここでも蠢くのが“自民党”だ。調査結果を見て、きっと「愛国心が足りない!」などと言い出すのだろう。
 吹田市教委もひどいもんだ。まあ、維新のお膝元だから、なんの疑問も持たずに「日の丸調査」に応じたのだろうが、情けないとは思わないのか、自己嫌悪に陥らないか?
 こうやって「愛国心」の蜘蛛の糸に、次第にからめとられていく。
 ことに、小中学校などの教育現場でこんなことが行われていたのは大きな問題だろう。まだ何の警戒心も持たない子どもたちに「愛国心」を刷り込んでいく。しかし、これが本来の愛国心だとはとても思えない。
 自民党や維新の言う「愛国心」とは「国民を愛せよ」ということではない。言葉通り「国家を愛せよ」なのだ。国民よりも国家を大事にしろ、ということだ。「国家あってこその国民。だから国家が第一だ」というのがそのリクツ。
 そのリクツによって、沖縄では何が起きたか。少しでも沖縄の現代史を齧ったことのある人なら「愛国心の強制」が、どれだけ多くの人間を殺したかを知っているだろう。

「愛国」よりも「愛郷」を

 少しお歳を召した方ならたいてい憶えているだろうが、『戦友』(真下飛泉作詞、三善和気作曲)という軍歌があった。ぼくには、軍歌というより「厭戦歌」に聞こえる。事実、この歌は軍隊では歌うことを禁じられていたという。
 14番まである長い歌だが、こんなフレーズがある。

3.ああ戦ひの最中に 隣にをった此の友の 俄かにハタと倒れしを 我はおもはず駆け寄って

4.軍律きびしい中なれど これが見捨てて置かれうか 「しっかりせよ」と抱き起し 仮繃帯も弾丸(たま)の中

5.折から起こる突貫に 友はやうやう顔上げて 「お国のためだかまはずに おくれてくれな」と目に涙

6.あとに心は残れども 残しちゃならぬ此のからだ 「それぢゃ行くよ」と別れたが ながの別れになったのか

7.戦すんで日が暮れて さがしにもどる心では どうぞ生きてゐてくれよ 物なと言へと願うたに

8.空しく冷えて魂は 故郷(くに)へ帰ったポケットに 時計ばかりがコチコチと 動いてゐるもなさけなや  

 これは、どう考えても勇ましい軍歌とはいえないだろう。死んだ戦友の魂は故郷へ帰って行った。この故郷には「くに」とルビがふってある。そう、赤紙一枚で徴兵された庶民にとって、「くに」とは「国家」ではなく「故郷」なのであった。
 友は「お国のためだかまはずに」行ってくれと懇願する。見捨ててはおけないが、「お国が優先」するのが旧日本軍なのだった。ここにも「愛国心」が出てくるが、歌詞に込められた「厭戦思想」が読みとれる。庶民にとって「愛国心」とは、国家に対する感情ではなく「故郷(くに)」への想いだったのだ。

 愛国心を煽る政治家は、男女を問わずに存在する。中でも自民党の女性議員はたちが悪い。勘ぐれば、「私は女だから、戦争が起きても徴兵されることはない」とでも思っているのではないか。
 杉田水脈などは、その典型的なお先走りだ。

 「愛国心を疑え」と、亡くなった鈴木邦男さんが強調していた。そういう邦男さんは、たびたびSNS上で炎上した。「お前は右翼のくせに愛国心を否定するのか」「お前は右翼ではない、反日だ」というわけだ。
 けれど邦男さんは「右翼だからこそ『愛国心』を疑うのです」と平然としていた。ぼくは同じ鈴木だけれど、邦男さんほど肝っ玉が据わっていない。「いやあ、一緒ですよ、鈴木同士ですから…」と邦男さんに、あまり訳が分からない言葉で励まされたものだ。

 そう、愛国心は疑え。
 愛国心を声高に叫ぶ人には用心しろ。
 「愛郷心」ではない「愛国心」は捨てろ。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。