2011年の福島第一原発事故によって避難区域外から県外の国家公務員住宅に避難した世帯に対して、福島県は、家賃2倍相当の損害金を請求し退去届の提出を求めています。親族宅に訪問してまで退去を迫り、家族の分断を図っています。
このように原発事故被害者である避難者に対し個別に圧力を加え、追い込むことは、避難の権利だけでなく生存権・居住権の侵害にあたります。この「原発事故避難者住まいの権利裁判」は、2022年3月11日、退去を迫られている11名の避難者が福島県に対し、精神的賠償と居住権の確認を求めて訴えたものです。また、福島県が明け渡しの裁判を起こす動きを見せたことから、同年6月29日に、明け渡し義務と使用料ないし損害金の支払い義務のないことの確認を求める追加提訴を行いました。
※「原発事故避難者住まいの権利裁判」については、第36回、第42回、第48回をご覧ください。
「原発事故避難者住まいの権利裁判」第5回期日
この日の裁判は東京地裁民事部の大法廷101号室で行われた。
●意見陳述:原告代理人 光前幸一弁護士
*被告が県外に復興公営住宅を建設した場合における原告らの入居可能性について
原告らは現在の住居は「仮設住宅」の位置付けであり、いずれ退去しなければいけないことは認識していた。避難元に帰還できない原告らが現在の住居からの転居先として期待したのは、首都圏に建設される復興公営住宅だった。安定した住居を確保できるのだから、原告らは条件の許す限り復興公営住宅に申し込んだであろうと、容易に想定できる。
原告らにとっては、今の仕事の継続や学齢期の子どもの転校を避けたいということから、首都圏に災害復興公営住宅が建設されても、建設場所や、申し込みに際しての福島県からの条件等によっては申し込みを断念せざるを得ない場合もあるだろう。しかし復興公営住宅の立地場所から現在の職場に通勤が困難である場合も、勤務場所の変更や転職の可能性を最大限追求することになったであろう。学齢期の子どもがいる場合は学校卒業など節目での転校を追求するなど、原告らは、可能な限り条件を整えようとしたであろう。
したがって原告らは、首都圏に災害復興住宅が建設されていれば、入居を妨げる事情がない限り入居を申し込み、入居できる状況にあったと言うべきである。
*被告による原告らのプライバシー侵害行為について
被告は原告親族に対して、原告らが契約終了後も退去しない状態でいること、退去するよう特段の力添えを求めること、力添えするかしないか意向を確認すること、原告らが自主的に退去しなければ法的手段に訴えることを承知するようになどということを慇懃無礼に書いた文書を送付している。
送り先は各原告が被告とセーフティネット契約を結ぶときに緊急連絡先として記入した親族だが、緊急連絡先親族が転居していた場合も転居先を独自に調べて送付している。また別居している配偶者にではなく実母に送ったケースもあるが、それは実母の方が被告の意向に沿わせやすいと考えたからだろう。この文書を送付した後で被告担当者(県職員)は各原告の親族を訪問面談した。そして、たとえば玄関先で書面を示しながら「こんなに大きな家に一人で住んでいるのですか? 息子さんが立ち退かないために損害金がこれだけ発生して、どんどん増えていきます。早く立ち退くようにお母さんからも言ってほしい」などと、退去要請への協力を求めた。
*県職員の訪問により侵害された秘匿性の高いプライバシー
原告らは「区域外避難者」であり、それぞれの事情や理由、心情や信念に基づき県外避難を選択した。そして仮設住宅から転居できないやむを得ない事情を抱えている。避難に際しては親族や隣人と軋轢を抱えた者、理解は得ても親族が負った負担に申し訳なさを感じている者もいる。そのために原告らにとっては、避難先の仮設住宅使用をめぐって、被告と紛争が続いていることは親族や隣人に知られたくない、極めて秘匿性の高いプライバシーであった。
被告からの手紙や訪問を受けた親族の対応はさまざまだったが、原発事故の被害者だと思っていた身内が被告・県と紛争状態になっていることと、その解決要求が親族にまで及んだことに動転したことは共通している。そして県職員の説明を真に受けて、原告との関係悪化を招いたものもある。
被告県職員が、勤務中の原告の携帯に電話をかけるなど、原告が平穏に労働する権利を侵害してもいる。
●法廷内で進行協議
光前弁護士の陳述が終わると裁判長は原告代理人に、県外に災害復興公営住宅建設を建設しないことの違法性についての主張を確認し、被告代理人に対しても県外に建てない理由を尋ねた。また県には「建設せず」とするための条件を問い、原告代理人には被告が原告に手紙を出した日付、訪問した日時、職員の違法な発言の文言などを書面で提出するように伝えた。被告代理人にも仮設住宅使用延長について国に申し入れた事実があるかどうか、あるならその日付と国の返答を文書で提出するように述べ、また県が国に対して働きかけたら国は応じる可能性があるのかなども書面で提出するように告げた。
原告の主張する項目のいちいちについて、原告、被告双方に確認し、また書面で提出するように告げていった。
この様子はあたかも、いつもは裁判官と原告被告双方の代理人間で別室で行われている「進行協議」が、私たち傍聴人の目の前で行われているようであった。「開かれた法廷」を感じさせて、とても好ましく思えた。密室で行われる裁判ではなく、国民の眼の前に開かれた裁判こそ、望ましいと思う。
報告集会
閉廷後、報告集会が開かれ、弁護団からの報告・説明があった。
●井戸謙一弁護士
この裁判の良いところは非公開の進行協議でなく市民の監視の中で行われた進行協議だということ。裁判官がどういう人かがわかる。非常に几帳面で、細かいことにこだわる人という印象を受けたが、無駄なことをやっているわけではなく論理的に不十分だったりおかしな点を指摘して、全ての相互の主張を論理的に噛み合わせるために必要な作業ばかりだ。ルーズな裁判官は、そういうことをしないで判決を書く段階になって、適当に辻褄合わせをする。この裁判官は、そういうタイプではない。
特に裁判官が関心を持ったのは、復興公営住宅の問題と、原告の家族に対する県からの働きかけの問題だ。そういうところは、細かく求釈明していた。
この裁判においては、2017年3月末の住宅支援打ち切りが違法かどうかが一番大きな根幹の問題だ。我々は、それは行政権の裁量の範囲を超えている、行政権の濫用であるから違法だと主張している。その主張の根幹として、国際人権法、社会権規約、国内避難に関する指導原則を取り上げて主張しているが、被告は適法だと言っている。
なぜ、どういう理由で住宅支援を打ち切ったのかをはっきりしろと求めたことで提出されたのが第5準備書面だ。結局ここに書かれている三つのことしか、被告は言えなかった。
一つは国との協議状況だが、「県内一律での供与期間延長は難しい旨の担当者からの発言があった」とか、「支援策がないという理由だけでは延長の説明ができない」と、非常に曖昧な言い方だ。
二つ目は「災害公営住宅が整備されてきている」ということ、三つ目は「除染作業が進捗してきているということ」。しかし進捗していると言っても、まだまだ道半ばという段階で、これで住宅支援を打ち切っただけの合理性があるのかどうか。
この程度のことしか言えないということがはっきりしたのが、重要な要素だ。これに対する反論を次回の準備書面で提出する。どういう準備書面を用意するかが大事な鍵になる。
●光前幸一弁護士
裁判所から「住宅支援打ち切りについて県から詳細な理由が来ました」と言われたが、それはあの裁判官が皮肉を言ったのではないかと思った。準備書面を読んでみたら、これだけのことで住宅支援打ち切りを決めちゃったのか! と思った。
第一の理由は、国との協議状況だったが、よくわからないことしか書いていない。そもそも、国からこう言われたとしか書いていなくて、県は国に対してどういう働きかけをしたのかが書かれていない。県は国に対してこういう働きかけをしたのに、国はどうしても認めないので、止むを得ず打ち切ったなどと書いてあれば理解できるのだが。「県は国に対して『このような状況だからみなし仮設の延長をお願いしたい』と言ったのか」と確認したら、ここに書いてあることが全てという回答しかなかった。
裁判所は、こちらに対して「じゃあ県が国に働きかけたら、国はそれに対して応えたのか」と問うてきた。いくら県が働きかけても国が応じないのであれば、県が働きかけても働きかけなくても、それは関係ないだろうというわけだ。だから、県が働きかけたら国が応じる可能性について、原告は主張立証せよと言ってきた。
これにはどういう形で出そうかということで、少し前に「ひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)」が国と交渉した時に「県が言ってくれば、国はそれに対して考えます」という発言があったので、それを陳述しようと考えている。しかし実際には、県が働きかければ国がそれに対して動いてくれるなどということを、私たちが立証せよなどとは、かなりハードルの高い要求だ。そんなことまで求めて良いのか。「国が応じないのなら県が働きかけなくても結果は同じだから関係ない」という理屈は、昨年6月17日の最高裁判決で国の責任を否定した論理と同じで、いくら防護措置を取っても、それによって避難が回避できるかわからないのだから、それについてやらなかったのは過失にならないというのと同じことを言っている。
国がどういう姿勢を示そうが、県は避難者の状況を考えて、きちんと申し入れをしなくてはならない。申し入れをして国から弾かれてしまったのなら、その弾かれたことに対して国に責任があるのかを検討するべきであって、いくら言っても国が応じないからやらなくてよいというのは、理屈としておかしいと我々は考える。しかし裁判所の方から、これについての求釈明が出ているので、それに対しては応えないといけない。
一番大きな裁判所の要求は、県が今回出してきた、打ち切りを決定した根拠の三つの事実に対して、反論があれば出すようにとのことで、これは出すつもりだ。県が出している三つの理由はおかしいし、本来もっと考慮しなければいけないことを全く考慮していないということを言うつもりだ。国際人権法や行政裁量についての問題を、まとめて主張していくことになる。
もうひとつのポイントもある。
国が(避難者の)親族に対して働きかけたことについては、裁判所は感度良く反応してきて、私たちが深く考えていなかったことについても釈明を求めているので、どういう侵害があったか詳しく書いていく。親族を探し出した方法についても裁判所は問題視しているようなので、県がどういう方法で探し出したのかを述べた後、それに対して裁判所がどういう反応をするかだ。
裁判所からは県外に復興住宅を建てたとしても、何らかの条件がつくはずで、その条件を原告が満たせたかどうかが問題となるから、どういう条件がついたと思うか主張せよという仮定的な質問も出た。我々はまず県に、「なぜ県外に復興住宅を作らなかったのか」と問うたが、それに対して裁判所は県に「県外に作ろうと思えば作れたのか」と質問した。県は「法律的には作れる、県外に作ってはいけないという法律はない」と言った。そこで我々は、「復興住宅ができたら避難者は国家公務員住宅を退去した後そこに入れたのだから、県が作らなかったことが問題なのだ」と主張した。裁判所はこれに対して、復興住宅ができたら確実に入れたのか、入れたならその根拠を述べよと、難しいことを言ってきたわけだ。そこで我々は今回、復興住宅が出来れば避難者はいろいろ難しい問題があっても、それを調整して入った筈だと答えた。
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弁護団からの報告の後で、支援者たちがこれまでの県との交渉経過、県がどう答えたかなどの文書や記録、情報開示請求の結果などを伝え、今後のこの裁判の進め方について話し合って、報告集会を終えた。
※この裁判と同じく東京の国家公務員住宅(東雲住宅)に入居していた2人の避難者が福島県知事から訴えられ、避難者が被告にされてしまった裁判(原発避難者追い出し裁判)は、仙台高裁での控訴審が審議中です。この裁判の福島地裁での一審は酷いものでした。裁判官は、もしかしたら避難者の訴えや、避難者側代理人弁護士の提出した書面など全く読んでいないのではないかと思えるほど、最初から最後まで県側の言い分のみを採り上げての判決でした。
あの時の福島地裁の裁判官とはまるで違っていた、この日の東京地裁の裁判官の姿勢でした。判決が出るまで裁判の行方はわかりませんが、でもこの東京地裁の裁判官の姿勢に、私は好感を持ちました。