『ドンバス』(2018年ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア・ポーランド/セルゲイ・ロズニツァ監督)

 いきなりフェイクニュースである。老若男女の役者たちがトレーラーハウスのなかで、それなりのメークを施しながら、一般の通行人やテレビ局取材班などに扮して待機し、制作者の合図とともに戦火の街へ飛び出す。やがて爆音。自作自演によるバス車両の爆発だ。そこで役者のひとりが目撃者として、現場の様子を、これまたやらせのテレビカメラの前で語る。
 続いては地方政府の会議の場だ。おもむろに会場に入ってきた女性ジャーナリストが、自分についての嘘の記事を書かせたとして議長の頭に汚物を注ぐ。次のシーンとなる産院では、管理職らしき男が、自ら不正に入手したと思しき食糧や医薬品、ケア商品の山を看護師たちに見せつけ、これはコヴァレンコ医師が賄賂として受け取ったものだと吹聴する。
 落ち着きのないカメラの動き、効果音などの演出の皆無、そして、どこにでもいそうな登場人物たちの風貌などを見ると、誰もがこの作品をドキュメンタリーだと思うだろう。フィクションである。フェイクニュースのために演じる人々は、フェイクニュースのために演じる人々を演じているのである。
 ドンバスとはウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州を合わせた地方を指す。舞台は親ロシア派勢力が各州で立ち上げたドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を構成体とするノヴォ・ロシア人民共和国連邦だ。ウクライナからの分離・独立をウクライナ政府軍は認めていないが、2014年にロシアによるクリミアの一方的な併合がなされて以降、ドンバス地方も実質的には親ロシア派勢力に統治されている。この映画は2018年に制作された。
 カメラは場所を変える。「ビジネスをしている」という地元の男性の背中から占領地域の地域警察本部の建物のなかに入ると、廊下には書類が散乱していた。かつてはウクライナ政府の建物だったのだろう。男性は本部の責任者である軍人のところに連れていかれる。男性の盗まれたジープが警察で保管されており、その引き渡しのためだと男性は思った。ところが軍人は男にジープを軍に委託する旨の書類に署名しろという。要は没収である。困惑しながらも返還を求める男性にその軍人は怒鳴りつける。「俺たちに自転車で戦えと言うのか」。そして「お前は我々の味方なのか、それともファシストの味方なのか」との二者択一を迫る。
 カメラはさらに移動する。街のメイン通りらしきところに、「懲罰隊志願兵」というレッテルを張られたウクライナ兵が親ロシア派兵士によって電信柱にしばりつけられた。さらし者だ。ウクライナ兵は通行人からなじられ、殴る、蹴るの暴力を加えられる。あげくは「殺せ」の連呼に、さすがに親ロシア派兵士がウクライナ兵をその場から連れて行くのだが、その次の結婚登録所で、結婚式を挙げる2人を祝福する者のなかに先ほどの通行人がいて、スマホで撮った暴力の映像を新郎新婦に笑いながら見せるのだ。また若い兵士は「俺たちちっとばかし撃ってくるぜ」といって式を中座する。日常生活と戦闘の間にあるべきハードルは限りなく低い。
 登場人物は職業俳優なのだろうか。ほぼ全員が、見る者に共感を抱かせることなく、うさん臭さ、いかがわしさを漂わせる彼ら、彼女らはおそるべき演技力の持ち主なのか、ロズニツァ監督の類まれな演出によるものなのか。いずれにせよ、虚実入り乱れた占領地域の現実に肉薄するためには、ドキュメンタリーの手法よりも想像力を駆使することを選んだのだろう。
 冒頭でフェイクを演じた人々の末路を知るラスト。やや遠目の長回しとともに流れるエンドロールは、これまで見たどの映画よりも重苦しく感じるとともに、映像のもつ力をあらためて認識したのであった。

(芳地隆之)

『ドンバス』(2018年ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア・ポーランド/セルゲイ・ロズニツァ監督)
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