ペヤンヌマキさんに聞いた:自分のアパートが立ち退き対象に。いち区民として撮った杉並区長選のドキュメンタリー『映画 〇月〇日、区長になる女。』

2022年6月の東京・杉並区長選に、市民団体からの要望を受けて立候補したのは欧州のシンクタンクで活躍していた岸本聡子さん。マガジン9でも「ヨーロッパ・希望のポリティックスレポート」をベルギーから連載してくれていました。岸本さんが帰国したのは、投票日のわずか2カ月前。その怒涛の選挙戦から僅差での当選までを、杉並区民でもあるペヤンヌマキ監督はカメラ片手に応援しながら追いかけました。1月2日からポレポレ東中野(東京・中野区)で公開のドキュメンタリー『映画 〇月〇日、区長になる女。』に込めた思いを伺いました。

――2022年6月の東京・杉並区長選では、3期12年務めていた前区長を破り、市民団体の応援を受けた岸本聡子さんが無所属で当選しました。ペヤンヌマキさんは、その選挙戦を応援しながら撮影されていたそうですが、応援のきっかけは何だったのでしょうか。

ペヤンヌ 私は杉並区・阿佐谷にもう20年ぐらい住んでいるのですが、それまでは誰が区長なのか気にしたこともなかったし、区政に関心もなかったんです。
 でも、あるとき近所の診療所に行ったら貼り紙があり、その付近に大きな道路が通る計画が進むと診療所が立ち退き対象になることを知りました。その地図をよく見たら、私の住むアパートも対象に入っている……もう、びっくりして。
 この道路計画を止められないかと調べ始めたら、区内各地に同じような計画があって反対している住民がいることを知りました。そのうちに、児童館廃止など道路以外の区内の課題も見えてきて。でも、そのときの区長が、どうやら区民の声を聴いてくれないらしいってこともわかってきたんです。

――映画の冒頭、区議会中にその前区長が居眠りをしている場面も出てきます。

ペヤンヌ このとき初めて区議会傍聴に行ったんですけど、議員が一般質問している横で(当時の)区長が眠っていたんですよ。噂には聞いていたけど、本当に寝ていた。あの姿を見て、この区長では区民の声は届かないし、道路計画を止めるなんて無理だなと感じました。

監督のペヤンヌマキさん

自分の話を政策として考えてくれた

――岸本さんとの出会いは?

ペヤンヌ ネットで情報を集めているなかで、区民有志によって「住民思いの杉並区長をつくる会」が2022年1月に立ち上がったのを知りました。しばらくSNSで会の動きを追っていたら、区長選も近づいた4月になって「候補者が決まりました」というお知らせがあった。それが岸本さんです。
 経歴を見ると、私と同年代の女性で、市民運動を支える仕事をしているとありました。そういう人が区長に立候補することが新鮮で、まず興味を持ちました。とりあえず選挙を手伝ってみようと、岸本さんが初めて街頭で演説した日に、ビラ配りのボランティアをしたんです。
 そのときに「実は、私はフリーランスで脚本家をしていて……」と岸本さんに伝えたら、その翌日に、岸本さんのほうから「“フリーランスの人が働きやすいまち・杉並”っていう政策はどう?」と話しかけてくれました。昨日私がちょっと話したことを、政策に組み込もうとしてくれている――そのことに感動して応援を決めました。

――撮影を始めた理由について教えてください。

ペヤンヌ その前の区長選は、投票率が約32%しかありませんでした。もっと選挙に関心を持ってもらい投票率を上げないと、新人の岸本さんの当選は難しい。私は演劇やTVドラマの脚本や演出などの仕事をしてきたので、そうした経験を生かして、YouTube配信を通じて岸本さんの魅力を知ってもらいたいと思いました。
 「撮っていいですか」と岸本さんに聞いたら「喜んで」と。そのときはカメラも持っていなかったので、すぐ知り合いに借りに行きました。「私はNGとかないから、何でも撮ってもいいよ」という感じだったので、寝袋を持って岸本さんの部屋に泊まって、朝起きたばかりのところから撮影もしました。最初のうちは選挙を手伝う人も多くなかったので、カメラを持って演説を撮影しながらビラも配っていました。

賛否両論あった「型破りなスタイル」

――YouTube動画も『〇月〇日、区長になる女。』というタイトルでしたね。岸本さんが黒い革ジャンに短パンという恰好で、腰に手をあてて話す姿はインパクトがありました。あえて、そうした映像を発信したのでしょうか。

ペヤンヌ みんなが想像する「選挙の候補者」像とは全然違いますよね。私はそれが格好いいなって思ったんです。選挙中、岸本さんのファッションについては「候補者としてはNGなんじゃないか」とか、いろいろなご意見が支援者の間からも出ていました(笑)。岸本さんって型破りなところがあるじゃないですか。でも、私は同世代として、それがいいと思ったし、そこに興味を持ったという人は他にもいました。

YouTube動画でも配信した岸本聡子さんの映像。「型破りなところがあるけど、そこが格好いいと思った」とペヤンヌさん ©︎映画 区長になる女。

――服装にしても、選挙のスタイルにしても、「日本の選挙はこうあるべき」という考えと、岸本さんがやりたいことがぶつかる場面が、映画のなかにも多々出てきますね。どのように見ていましたか。

ペヤンヌ 岸本さんは候補者としては新人ですが、支援する住民のなかには、これまでも地域の選挙に長年関わってきて、「市民選挙はこうやるもの」というノウハウを持っている人も少なくありませんでした。
 もちろん、これまで培われたノウハウを実践することも重要だと思いますが、私は「選挙はこうでなきゃ」というものに合わせすぎてしまうと、岸本さんの魅力が見えなくなってしまう気がしていました。彼女の個性が見えたほうが、今まで選挙に興味を持てなかった人も引きつけられるんじゃないかなって。

――欧州の選挙に慣れている岸本さんの「政治家は政策で闘うべき」という真っ当な主張に対して、とにかく名前を連呼して、駅頭に立って顔を覚えてもらうことを重視する日本の選挙の問題も浮き彫りになりました。

ペヤンヌ 「有名人が勝つ」みたいな選挙って嫌ですよね(笑)。知名度だけで言えば元芸能人とかのほうが有利だけど、それだと政策は関係ない。私は、もっと候補者同士の政策討論会を見る機会があればいいのにと思いました。討論を聞いたら、何も考えていない人はすぐわかるじゃないですか。

応援した一人ひとりの区民が主役

――映画では、区長選で岸本さんを応援するさまざまな人たちの姿も取り上げています。

ペヤンヌ もともとは候補者としての岸本さんを追って撮影を始めたのですが、だんだん周りで応援している人たちにカメラが向いていきました。子育てや環境、再開発、非正規雇用のこととか、みんな自分なりの課題を持っていて、「ミュニシパリズム」の歌(※1)を作ってみたり、「ひとり街宣」(※2)をやってみたり、それぞれの方法で自由に応援をしていた。この映画は都市計画道路問題の当事者になった私の話から始まったものだったけど、みんなの話でもある。だから、岸本さんだけが主役ではなくて、一人ひとりが主役だと思って作りました。

※1:岸本さんが掲げる「ミュニシパリズム(地域主権主義)」をテーマに、応援する区民の一人であるブランシャー明日香さんが作詞作曲して動画にアップした

※2:区長選では、岸本さんが駅頭に立てない時間帯に、住民有志が自主的にひとりで区内の各駅頭に立ち、地域の課題や自分の思い、投票率アップなどを呼び掛ける「ひとり街宣」が広がった

都市計画道路に反対する地域住民。子育て世代から上は90歳まで、さまざまな人たちが岸本さんを応援した ©︎映画 区長になる女。

――20年以上も区長を変えようと運動してきた人もいれば、初めて選挙に関心を持ったという人まで、さまざまな人たちが応援に関わっていました。

ペヤンヌ 自分が候補者でもないのに、「なんでそんなに熱心なんだろう」って思うくらい、応援している人たちの熱量が強かった。それがどんどん伝播していったような気がします。「今まで選挙はどうでもいいと思ってたけど、なんか岸本さんにピンと来て手伝いにきました」という人もいました。
 岸本さんは無所属で選挙に出たので、政党主導の選挙とは違って、市民で話し合って選挙をつくっていった。「ボランティアの人はこれをしてください」と誰かに言われるのではなく、みんなが自由に好きな方法で応援できたので、それが私はなんだか楽しかったです。

――選挙対策会議では思わず参加者の声が大きくなる場面もありましたが、自由な反面、意見をまとめるのは大変そうでしたね。

ペヤンヌ たしかに、みんなが言いたいことを言うので「どうやってまとめるのこれ?」みたいなことはよくありました(笑)。いろいろな意見が出てくる良さもあるけれど、「この人が決める」っていう権限を持つ人がいないので、そのなかで物事を進めていく難しさも感じましたね。
 利権でつながって「トップがこう言ったらこれだ」みたいなやり方のほうが効率はいいし、楽なんでしょうけど、そのやり方を私たちは望んでいないわけで。
 だから民主主義は努力が必要なんだなっていうのも思いました。いろいろな意見をどう集約していくかが、やっぱり一番難しいところですよね。それは粘り強く話し合うしかないのかもしれません。

ときには応援する区民との間で熱い議論が交わされることも ©︎映画 区長になる女。

区議選に立候補しようと本気で考えた

――マガジン9でも座談会記事を掲載しましたが、区長選で岸本さんを応援していた女性たちのなかから、2023年4月の区議選に立候補されて、現在は区議として活動している人たちもいます。実は、ペヤンヌさんも区議選への立候補を検討されていたそうですね。

ペヤンヌ そうなんです。岸本さんの区長就任後に区議会傍聴に行ったら、区長への一般質問の内容がひどくて、政策がどうかというよりも、海外から来た女性区長に対する強い拒否反応を感じました。古い体質を変えたくないんだなって。それを見て、区長だけでなく区議会から変えないとダメだと区議への立候補を本気で考えました。

――どうして断念されたのでしょうか。

ペヤンヌ その時点で、少し先に演劇のお仕事が決まっていたので、演劇の仕事をしながら選挙の準備をしなくてはいけませんでした。その両立がなかなか大変そうで……。周りの区議に相談してみても「仕事との両立はできなくはないかもしれないけど、議員の仕事をやればやるほど、他のことをする時間はなくなるよ」と言われたので、ギリギリまで悩んだけれど断念しました。いまの仕事をやめなくてはいけないのは、やっぱり難しいなって。

――立場や世代が異なる人が地方議員を務めることは、政治を身近にしていくためにも大切だと思いますが、それまで続けてきた仕事を立候補のために辞めなくてはいけないとなると、手を挙げられる人は限られてしまいますね。

ペヤンヌ いわゆる「政治家」じゃなくて普通の人たちが議員になって、それぞれの現場での声を生かすことができたらいいと思っているのですが、こういうところも変えていけたらいいですよね。

気づいていないだけで、誰もが「当事者」

――ペヤンヌさんは、道路計画の当事者になったことで区政に関心を持つようになりました。逆に言うと、そうしたきっかけがないと、なかなか政治や選挙に目が向きにくいように感じます。

ペヤンヌ とくに仕事などで忙しい世代は、政治や選挙に関心を持ちにくいですよね。でも、やっぱり知らないでいると、私のように自分の生活が気づかないうちに脅かされているかもしれないっていうのがあって。
 何かの当事者にならないと興味を持ちにくいかもしれませんが、でも自分が実は当事者であることに気づいていないだけ、ということもあります。だって、絶対みんな何かしらの政策の当事者なんですよね。子育てをしてたら子育て政策が関わってくる。フリーランスだったらインボイス制度が関わってくる。自分の身近なちょっとした困りごとがあるなら、「言っても無駄」って思わずに何か少し動いてみると変わるかもしれません。
 この映画を見てもらうことで、次に選挙があったときに「何かしら関わってみようかな」と思う人が増えるといいなと思っています。ネットで候補者のことを調べてみて、気になる人がいたら街宣を聞きに行ったり、ハードルは高いかもしれませんが直接話しかけてみると、どんな人かわかると思います。

幅広い世代が駅頭に集まり、区民自身がマイクをもって地域への思いを語っていた ©︎映画 区長になる女。

――映画には「選挙は続くよ どこまでも」という言葉が出てきますが、今後も撮影は続けていくのでしょうか。

ペヤンヌ そのつもりです。この先どう杉並区が変わっていくのか、とにかくできる範囲で撮影を続けたいし、区議会議員の仕事にも密着してみたい。このドキュメンタリーの続編をつくりたいと思っています。
 道路の計画については、区長が代わってから行政と住民との「対話の場」が増えました。でも、すぐに中止になるわけじゃないんですよね。一度行政が決めたことを覆すのは思った以上に難しいということも感じています。でも、焦らず話し合いの努力を続けていくしかない。いち区民としては、引き続き道路計画を止める働きかけを続けていきます。
 ほかの仕事もあるし、地域のことに関わる時間がなかなかとれないのですが、できる範囲でも少しずつ、みんながそれぞれ「筋トレ」みたいに市民力を鍛えていくことが大事だと思っています。

(取材構成/マガジン9)

『映画 ◯月◯日、区長になる女。』
2024年1月2日(火)よりポレポレ東中野(東京・中野区)にて公開
https://giga-kutyo.amebaownd.com

ペヤンヌマキ 劇作家・演出家/演劇ユニット「ブス会*」主宰。現代に生きる女性のリアルをシニカルさと優しさが共存する視点で描き続けてきた。また脚本家としてテレビドラマなどの映像作品も手がける。舞台『女のみち』シリーズ、『お母さんが一緒』(第60回岸田國士戯曲賞最終候補作品)、『The VOICE』、明後日プロデュース『ピエタ』、テレビドラマとして『来世ではちゃんとします』シリーズ(テレビ東京)、『特集ドラマ 雨の日』(NHK総合)、『有村架純の撮休』『竹内涼真の撮休』(WOWOW)など。

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