グローバル企業のM&A、スタートアップ企業の法的支援など、その華々しいイメージから弁護士を目指す学生たちの注目を集める企業法務弁護士。実際にどのような仕事をしているのでしょうか。アメリカ留学を経て、企業法務の分野で20余年のキャリアを重ねて来られた弁護士の三谷革司さんに、企業法務の魅力についてお話しいただくとともに、外国の法曹実務家と一緒に仕事をすることで得た視点から、法曹として普遍的に求められること、日本における法制度の現状の問題点についても伺いました。[2024年1月13日@渋谷本校]
最難関の司法試験に挑戦
私が東京大学法学部に入学したのは1995年。当時は弁護士が主人公のテレビドラマなどは少なく、また私の身の周りにも法曹関係者はおらず、弁護士は身近な職業ではありませんでした。ただ、司法試験というのは、数ある試験の中でも超難関であるとよく言われていて、それほどのものなら挑戦のしがいがある、チャレンジしてみようかと、なんとなく思っていました。
法律の面白さに目覚めたのは、実際に法学部で勉強を初めてからです。さまざまな利害対立を解決する仕組みや、個人の人権をいかに守るかなどを学ぶうち、これはおもしろいとハマりました。また、卒業後は自分の腕一本で食べていける職業につきたい、手に職をつけたいと考えるようになり、本気で司法試験を目指すようになりました。
私が大学に入学したころ、伊藤塾が開校し、司法試験合格率が高いと評判になっていました。「やればできる、必ずできる」という塾のキャッチフレーズに惹かれ、4年生の時に入塾しました。当時は大きなビルのワンフロアをぶち抜きにした広い教室のはるか前方に講師がいて、生徒はそれぞれの机に置かれたモニターを見ながら授業を受けるスタイルでした。教室は超満員、皆必死の形相で講師の話を聞き入っており、その一人ひとりが発するエネルギーが充満し、教室はものすごい熱気に包まれていました。伊藤塾長はじめ講師の方のお話も非常に面白く引き込まれましたし、周りの熱狂的な雰囲気に圧倒され、勉強に集中することができました。そこで勉強した仲間とは弁護士になってからも交流があり、貴重な人脈となっています。
司法修習は埼玉で受けました。当時の埼玉修習には刑事弁護に熱心な先生方のグループがあり、被告人の権利をいかに守るかなど、熱心に議論しました。現在私は企業法務の仕事が主で、刑事事件に関わることは少ないのですが、当時学んだ基礎は今の仕事にも生かされています。
バブル崩壊後の経済事件
私が弁護士としての仕事を始めたのは2002年、ちょうどバブル崩壊後に金融機関の破綻が相次いで起こり、倒産事件が頻発していた時期でした。
新人として担当した仕事の多くは、不良債権の処理でした。不良債権の一つひとつに、どこに担保権がついているか、滞納している税金はどこにいくらあるかなどを一覧表にして、一括して大量に売るいわゆる「バルク処理」に連日取り組みました。
倒産事件も印象に残っています。会社が倒産して生きるか死ぬかの苦境に追い込まれたクライアントが必死の思いで弁護士に助けを求めてくるのですから、感情的にも動かされるものがあります。
一方で、倒産事件には法律的にも難しい論点が多数あり、前例のない法的な論点について学者の先生に意見を求めることもありました。金融機関を相手に債務返済の繰り延べや返済条件の変更、債権カットの交渉をするのですが、あっちを立てればこっちが立たずで、非常に多くの処理を同時並行でこなさなければなりません。精神的なプレッシャーもかかりますが、非常にやりがいのある仕事です。
役員の責任追及にも関わりました。例えば銀行経営が破綻すると、その原因を作った役員の責任が問われます。粉飾決算、違法配当などいろいろな状況がありますが、徹底的に内部調査をして、原因を究明し責任を追及するのです。この分野については、現在でも多くの事件に携わっています。
他にも債権や不動産などの資産を証券化するためのSPC(特別目的会社)の設立などのファイナンス案件にも参加し、仕事の流れを体験的に学ぶことができました。
このように新人のころさまざまな法律業務に関わったことで、「おおよその法律問題については対応できます」と言えるジェネラリストになれたのかな、と感じています。確かに仕事量は多く、残業してタクシーで帰宅する日もざらでしたが、若い時の濃密な経験は貴重なものだと、今振り返って感じています。
アメリカ留学で得たもの
2006年、ニューヨークのコロンビア大学のロースクールに留学しました。当時の日本の大学では教授が一方的にしゃべり、学生は教えられた正解を暗記するというスタイルが多かったのですが、アメリカのロースクールでは、正解のないテーマを巡ってクラス全員でディスカッションするという「ソクラテスメソッド」が主流でした。教授や学生同士の、雲をつかむような議論を聞き取って理解し、考えをまとめて英語で発表するのは容易ではなく苦労しましたが、大変勉強になりました。
ローススクール卒業後は、ニューヨーク州の司法試験を受けるための予備校に通い、必死で勉強して合格。その後1年間、ニューヨークの5番街にある法律事務所で研修しました。主な仕事は反トラスト法、日本でいう独占禁止法事件でした。当局から独禁法の疑いがあるという召喚状が来て、それに対して指摘されるような事実があるかを調査し、どう対処するかを検討するのです。その事件というのが非常に大掛かりで、スケールの大きさに驚きました。
日本企業との商取引関係の案件もありました。具体的には日本企業がクラスアクション(アメリカの集団代表訴訟)で訴えられているといったケースです。
アメリカにはディスカバリー制度といって、訴訟になった際には 紙文書だけでなく電子データも含め、あらゆる証拠を開示請求できる制度があります。開示義務を怠ると不利な判断をされたり、ペナルティを課されたりすることもあります。
クラスアクション案件でも大勢の弁護士が駆り出され、ここまでやるのかというほど全ての資料を洗い出し、リスク評価し、日米両方の法律に照らし合わせて検討します。当時の日本には、まだそういう習慣はなかったので、その徹底ぶり、事実究明にかける熱意は新鮮で刺激的でした。
現在では、日本でも危機管理案件、いわゆる不祥事の調査が増えて、関係者にインタビューしたり書類やメールをチェックしたり、徹底的に事実関係を調査公表することが多くなりました。こうしたフォレンジック(端末やネットワーク内の情報を収集し、被害状況の解明や犯罪捜査に必要な法的証拠を明らかにする取り組み)の技術は、アメリカでは私がいた2007〜2008年ごろにはすでに確立していて、日本でも今でこそ一般化していますが、それをいち早く身につけることができて、留学の成果は大きかったと思っています。
また、アメリカ法について学んだことにより、日本法の特徴を知る、比較法的観点を得られたことも収穫でした。
例えばアメリカには「デポジション」という制度があります。民事訴訟で、公判前に法廷外で行われる証拠開示手続き(ディスカバリー)において、相手方の当事者や第三者を公証人の立ち会いの下で宣誓させたうえで尋問し、証言を録取するのです。膨大な時間と労力をかけて、一日中証人尋問をしているかのような印象を持ちました。
日本では、裁判所での証人尋問も1時間以内には終わってしまうのが普通で、ましてや相手方の証人にアクセスするのは非常に限定的です。ですからアメリカとの違いに驚きましたし、やはり事実を解明するためには、これくらいやらないとだめなんだな、という気づきを得ました。
このように日本では当たり前だと思ってなんとなく受け入れてきたことも、他の世界から見ると、問題点が見えて来ます。法曹の仕事をするにあたって広い視野を持つことはとても重要だと感じています。
パートナー弁護士時代――国際的カルテル事件、M&A
2008年に帰国し、都内の法律事務所でパートナー弁護士として働きました。この時期は英語を使う案件も多く、第一線の弁護士として充実感を覚える日々でした。
具体例を挙げますと、国際カルテル事件があります。複数の自動車部品メーカーが競合他社と話し合って価格を高止まりさせた、その違法性を問う事件です。
こうした事件の摘発では、部品メーカーの担当社員が刑事罰の対象になります。「何月何日、どこどこで競合他社の誰々と会って、価格について取り決めた」ということが違法行為と認定される。担当者にしてみれば仕事の一環としてやっただけ、昔から習慣的にやっていたなど、いろいろ言い訳はありますが、アメリカ当局にはそういった日本的な機微は通じません。違法行為として起訴され、最終的には刑務所に入れられます。
日本の普通のサラリーマンが突然アメリカの刑務所に入れられるのですから大変です。そこでニューヨーク州弁護士として、アメリカ当局の取り調べに立ち会いました。ちなみに日本では、いまだに取り調べの際の弁護士立ち会いは認められていません。
株主提案をめぐる案件もありました。2014年あたりから、コーポレートガバナンス改革が始まり、ガバナンスに関する環境整備が進んできました。株主が会社側に「ガバナンスに関して問題がある」と主張する株主提案が、しばしば起こるようになりました。大株主と会社が対立し、株主総会前日まで息を呑むような状況が続くことも珍しくありません。
クロスボーダーM&Aも手がけました。膨大な論点を巡って一つひとつ詰め、英語の書類をまとめるのは大仕事でした。当時はまだウェブ会議が普及しておらず、現地に行って交渉しないと話がまとまらないということで、月に1度は海外出張ということもありました。
ハードな仕事ではありましたが、交渉を重ねうまく取引がまとまった時には、先方の弁護士と国を超えて同志のような達成感を分かち合うことができました。
弁護士は自営業者
司法修習時代によく言われたことですが、弁護士が、検察官や裁判官と最も異なる点は、自営業者だという点です。当時はあまりピンときていなかったのですが、2021年に独立して、そのことを実感しています。弁護士は自らビジネス事業を運営し、経済的なリスクも自ら背負う職業です。看板を出して座っていれば仕事が来るというわけではありません。
スタッフやアソシエイト弁護士に給料を払って、事務所を運営していくためには、クライアント獲得のための積極的な努力が必要です。大手であれば広告を出してクライアントにアクセスする方法もありますが、お金もかかります。
ですから、さまざまな場で人脈を作り、弁護士としての自分の存在を知ってもらう、法律問題で困っている人がアクセスできるような環境づくりをすることが大切です。
自営業者であれば、自社の製品やサービスをアピールして集客するのは当然のことで、弁護士もその一人に過ぎません。「弁護士は特別な専門職で、法律の専門知識さえあれば大丈夫」というのは間違いで、自営業者としての経営戦略は必要不可欠です。
どのようにクライアントにアプローチするか、クライアントとの関係を構築していくか、さらには経理、財務、税務などバックオフィスのコスト計算など、マーケティング戦略も考えておかねばなりません。
企業法務とは何か
企業法務という言葉は比較的新しい概念で、何か特定の法分野があるわけではなく、ひと言で言えば「企業を依頼者とする仕事」を指します。私が弁護士になった20年ほど前はまだ一般的でなく、企業法務を担う弁護士は「渉外弁護士」と言われていました。海外留学経験者が集まっていて海外との案件を主に扱っている事務所、といったイメージで語られることが多かったと思います。
今では学生たちにも人気の分野で、グローバル企業のM&Aなど大規模な華々しい世界をイメージされがちですが、業法に基づいて書類を作って届け出する地味な仕事も、中小の非公開会社でよく起る親族間のゴタゴタの調停なども、企業法務の一分野なのです。
企業法務で一番使う法律は、基本は民法や商法、場合によっては刑法もあり、特殊な法律ばかりを駆使するわけでなく、基礎法律をしっかり理解することが求められます。
企業法務の特徴をあげるとすれば、予防法務(トラブルを防止し、トラブルの影響を抑えるための法務業務)であるという点です。司法試験や研修所など弁護士になる前の勉強は裁判業務、つまり臨床法務を前提としています。何かことがすでに起こっていて、その与えられた事実関係に対して法的に考えるという勉強です。
対して企業法務では、揉め事が起こらないようにあらかじめ法的処置を講じるスキルが求められます。そこで必要なのは想像力です。例えば契約書を作成する際に、納品が遅延したらどういう影響が発生するか、その場合の損害賠償はどうするかなど、いろいろな場面を想定しながら作成する必要があります。
今後生じる可能性のあるリスクを小さくするためには、クライアント企業の事業内容をきちんと理解し、こういう場面ではこういうリスクがある、それを防ぐためには何が必要か、想像力を駆使して法的措置を講じることが肝要です。
また、企業の法務部に所属するインハウスの弁護士という働き方も、企業法務の一つです。法務部は会社組織の一部なので、企業の文化であるとか、内部のプロセス、ビジネスの目的などを熟知できるという利点があります。その立ち位置で企業のリスク管理、意思決定のプロセスに法的助言をするわけです。一方で、外部の弁護士は、企業内法務が検討した結果について、外部の独立した中立的立場だからこそのアドバイスができます。
企業法務は継続性があるとも言われます。個人からの依頼に比べてリピート依頼が多く、リピーターになってもらえる可能性が高いです。もちろんその分しっかり評価してもらえる成果を出さなければなりません。
個人がクライアントとなる一般民事事件は人間関係が複雑でドロドロしている、対して企業法務は洗練されているというイメージもありますが、どうでしょう。当然のことですが、企業の事件であっても登場人物は人間で、人間の感情やドロドロした部分と無縁ではありえません。
企業法務でも一般民事でも求められるのは、やはりリーガルマインド、法的な思考力に尽きると思います。
日本の法制度と法の支配
日本の法制度は極めて法的安定性を重視しています。これは日本の文化に根付いている部分が大きいのではないかと思われます。
日本の法制度の問題点としてよく言われるのが「ディスカバリー制度」がないということです。ディスカバリー制度がなくて公正な裁判ができるのかと、外国の弁護士からはよく言われます。
先にもお話ししましたが、ディスカバリー制度とは、訴訟手続きの中で、相手方の証拠を事前に確認できる制度、証拠の事前開示制度のことです。不利な証拠でも全て開示する義務があり、隠すと大きなペナルティが課されます。この制度の下では、膨大な資料を調べ上げるために多大なコストや時間がかかりますし、それほど請求の根拠がないのに訴えて証拠あさりをするようなことも起こりがちになるというデメリットもあるのですが、ディスカバリー制度があることで公正な事実認定が可能になり、お互い納得した解決に至ることができる面は大きいと考えています。
弁護士秘匿特権、すなわち弁護士と依頼者の間の秘密を守る制度が確立されていないのも問題です。依頼者に心の内の全てを弁護士に喋ってもらうには、弁護士とのコミュニケーションの秘匿性、守秘義務が完全に担保されなければなりませんが、日本には一部それに準ずるものはあるものの、不十分です。
懲罰的損害賠償制度の弱さも指摘されます。これは、実質的な損害への賠償とは別に、加害者に制裁を加える目的の賠償も認める制度で、英米法系の多くの国・地域が採用しています。
日本では不祥事が起きると、銀行が融資を引き上げるとか、スポンサーが降りるなど社会的なバッシングを受ける(レピュテーションリスク)ことで不祥事に対する対応、企業へのペナルティが現実化していくのが一般的です。
対して懲罰的賠償制度は、不祥事に対しては法的な枠組みの中で大きなペナルティを課す仕組みです。こうした法的制裁の必要性についても議論する余地があると思います。
他にも判決が出てもお金がないなどを理由に執行できないなど執行制度の問題、また弁護士報酬が低いということも、日本の法制度の問題として挙げておきます。
その背景としては、社会全体のリーガルリスクが低いということが考えられます。それ自体は悪いことではありませんが、何か問題があったときに法的な枠組みのなかで是正されないのは問題です。
日本社会の中で、もう少し法曹の存在感があってもいいのではないでしょうか。法曹の役割はもっとある、日本の法制度にはまだまだ考えるべき点がたくさんあると思っています。
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みたに・かくじ 香川県出身。東京大学法学部卒業、米国コロンビア大学ロースクール修了。2002年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2021年スパークル法律事務所を設立。国際取引を含む企業法務全般に長く携わり、特に国内外の企業に対する会社法関連・事業関連法令の相談業務を中心に幅広く取り扱う。著書に『最先端をとらえる ESGと法務』(2023、清文社、共著)、『書式 会社訴訟の実務-訴訟・仮処分の申立ての書式と理論』(2021、民事法研究会、共著)、『Q&A令和元年・改正会社法』(2020、新日本法規、共著)など。