『オリバー・ストーン オン プーチン』(2017年米国/オリバー・ストーン監督)

 2015年7月から2017年2月までの間、複数回にわたって行われた、映画監督オリバー・ストーンによるロシア大統領ウラジーミル・プーチンへのロングインタビューである。
 ストーンはベトナム戦争における前線の米軍兵士たちの間の格差、人種差別などによる対立を描いた『プラトーン』(1986年)で一躍有名になった。その後の彼の作品にも米国の暗部をえぐるようなものが多く、本作品が放映される前年には、元米中央情報局(CIA)職員、米国家安全保障局(NSA)の契約企業の社員であったエドワード・スノーデン氏を描いた『スノーデン』(2016年)を完成させている。同盟国の首脳の電話も盗聴する米国の諜報活動の実態に驚き、自国政府の姿勢に失望した彼が、その実態を暴露して世界を驚愕させるまでを描いた映画だ。同作品では日本が米国に対立的な姿勢を取ったら、一瞬のうちに全土の電力供給を止めることができるというシーンも挿入されている。スノーデンはその後、ロシアに亡命した。
 ストーンは故フィデル・カストロへのロングインタビュー『コマンダンテ』(2003年)という作品も撮っている。スクリーンに現れるキューバ革命の闘士は、メディアで勢いよく米国批判を繰り広げるイメージとは違い、まるで哲学者のように思考をめぐらせ言葉を選びながら語っていた。『コマンダンテ』は米国で上映禁止となっているようだが、『オリバー・ストーン オン プーチン』のプーチンもまたカストロのような雰囲気を醸し出しており、米国政府の神経を逆なでしたことだろう。
 ソ連解体後の1990年代、米国はロシアの友好的なパートナーとして振舞っていた。その理由をプーチンは「ロシアが体制転換直後で統治機構が弱っていたからだ」という。「米国主導による民主化や経済改革に従っているうちは問題がなかった」がプーチンの見立てだ。その関係に変化が生じるのは、プーチンが大統領に就任し、政治の世界にまで影響力を及ぼそうとするオリガルヒ(新興富豪や新興財閥)を一掃。経済成長が始まってきてからだ。
 プーチン大統領は2007年にミュンヘン安保会議において、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を強く批判した。プーチンによれば、ドイツ統一当時、ソ連が容認する条件として、NATOは当時の東ドイツの対東欧国境を越えないことを求め、ゴルバチョフソ連大統領とNATOとの間で合意したという。ところが、それは口約束であり、正式な文書にされていなかったので反故にされた。
 テーマがNATOになると、プーチンの舌鋒は鋭くなる。「冷戦が終わった後、NATOは存在理由を維持するために、世界中で敵を探した。それがロシアだった」「NATOの構造的な問題は、加盟国が盟主たる米国の意向に逆らうことはできず、結果として自らの手足を奪うことになる」など、批判はNATOそのものだけではなく、米国以外の加盟国にも及ぶ。北方領土に関わる交渉において、返還した諸島に米軍基地が配備される可能性への懸念を表明することにも通じる論法だ。さらには「アメリカは唯一の超大国であるという考えが国民に選民意識を植えつけるのだ」という考えを開陳する。これらの批判は、多かれ少なかれ、ロシアにも向けられる自己分析のようにも聞こえるが、それだけに本質をついているといえないだろうか。
 ストーンは2004年にウクライナで起こったオレンジ革命、2013年から2014年にかけて起こったユーロマイダン革命についても言及する。いずれもウクライナがロシアと欧州連合のどちらを選択するかで国論が二分されたことから生じたものだが、プーチンにいわせれば、欧米の仕掛けた騒乱であり(旧ソ連諸国で発生している民主化運動はすべて米国の諜報機関が仕掛けたクーデターであるという考えを曲げることはない)、「ソ連が解体したことでロシア人2,500万人が異国人になった。ロシアから離された同胞を守る」という使命感がプーチンを突き動かしている。
 マイダン革命を機にドネツク州、ルハンスク州を含むドンバス地方におけるロシア系住民の一部が武装をし、分離独立運動が始まった。そしてクリミアでは住民投票が実施され、ロシアへの併合が強行された。こうした流れの延長に2022年2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻がある。領土の奪い合いという戦争が21世紀に入って20年以上を経てもなお行われたことに世界が驚愕したが、ナポレオンからヒトラーまで、ロシアの地を侵攻する皇帝や独裁者から自国を守ってきたという、ロシアの歴史的な自負は私たちの想像以上に大きいのだろう。
 インタビューの最後にストーンは、「スターリンは30年、毛沢東は27年、カストロにいたっては50年の間、統治者として君臨した。あなたは次期大統領選挙(2018年)で当選すると、計24年間、国家元首を務めることになる。健全な後継者選びをする必要を考えないのか」と問う。プーチンは「それは国民が選ぶものだ」として、直接には答えなかった。そして現在、2024年の大統領選挙で通算5選を果たし、任期満了となる2030年まで職務を全うすれば、毛沢東を超えて、スターリンと並ぶ。
 作家であり、ロシア語同時通訳者であった故・米原万里さんは、プーチン大統領を「共産主義なきスターリン」と評した。これまで交流のあった米国大統領、クリントン、ブッシュ、オバマのうち、プーチンはブッシュに親近感を示し、これからつき合うことになるだろうトランプにも好印象を抱いていた。トランプの対抗馬であるヒラリー・クリントンをやや否定的にみているのは、自由や民主主義といった理念を掲げる政治家よりも、愛国的な姿勢を保ちつつお互いの損得を計算する人物――それが親ロシアであっても、そうでなくても――の方が話をしやすいと考えているのではないか。2016年に行われた米国大統領選挙におけるロシアからのサイバー攻撃については一笑に付して取り合わない。ロシアに亡命したスノーデンにも関心を示さない。双方のテーマに対して言葉が少なくなるのは、KGBにおいて自ら諜報活動に従事していたキャリアゆえだろう。
 プーチンに対する評価云々よりも、ロシアの為政者がどういう思考で物事を判断しているのかがわかる。日本の外交にも十分資する作品だと思う。

(芳地隆之)


『オリバー・ストーン オン プーチン』
(2017年米国/オリバー・ストーン監督)
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