災害復興法学のすすめ~被災者の声から新しい法律と防災教育をつくる~ 講師:岡本正氏

東日本大震災当初、弁護士として内閣府に出向していた岡本正さんは「大災害のときに自分に何ができるのか」と無力感を覚えたと言います。しかし実は発災直後から、全国の弁護士たちが避難所などをまわり被災者の相談を聞き取っていました。そうした声から、新しい法律や制度もつくられていきます。こうした動きを知見として記録する必要を感じて、岡本さんは「災害復興法学」を創設。大学などで講座を行うほか防災教育にも取り組まれています。そのご経験や思いをお話しいただきました。[2024年6月8日(土)@渋谷本校]

「公務員弁護士」として内閣府へ

 今日は私の弁護士としての約20年のキャリアを振り返るとともに、東日本大震災のときに被災者の声からどのような新しい法律や仕組みができてきたのか、また、「災害復興法学」の創設に至った経緯についてもお話をしたいと思います。
 まず、私のキャリアのキーワードに「公務員弁護士」があります。2003年に弁護士登録後、私は東京の法律事務所に入り、弁護士としての素地を培いました。しかし30歳になったとき、外の世界を見るにはラストチャンスの年齢ではないかと思うようになりました。それが今から15年前のことです。
 当時、霞が関では、弁護士、会計士、税理士、研究者といった民間人材の募集がありました。国家公務員試験を受けて入省するのでなく、有資格者や研究者がキャリアを活かして中途採用されるルートがあるのです。そのなかで内閣府で行政改革(行革)のための人材を集めており、弁護士の募集もありましたので、そこに応募して2009年10月から2年間の任期で採用されました。弁護士7年目から官僚の道を歩み始めたわけです。

東日本大震災で気づいた弁護士の意義

 そこから約1年半が経った2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が起こります。霞が関のビルもとんでもなく揺れました。翌日には福島第一原子力発電所での爆発事故もあり、「この国はどうなるんだろう」と多くの人が感じたのではないでしょうか。
 さまざまな省庁から集まっていた仲間の官僚たちは、すぐに被災地支援のためにそれぞれの持ち場に戻っていきました。国土交通省の方は、瓦礫の山になった道路を開削する指揮をとりに行きました。経産省の方は、原子力発電所の対応に行きました。直属の上司は総務省出身で自治体職員たちを助ける仕事ですから、「今こそ出番」といなくなりました。「じゃあ弁護士として内閣府に出向してきた僕は?」となりますよね。同僚の活躍を見ているからこそ余計に、「大災害に対して弁護士は何ができるのだろうか?」と自分の無力さを感じていました。
 そんなとき、メーリングリストで被災地での弁護士の活動を知ったのです。実は、発災から1週間も経たないうちに、全国の弁護士会や地元の弁護士たちが避難所をまわって被災者の方たちの話を聞き取る活動を始めていました。私は「まだまだ食料や水などが必要な時期に弁護士が何をするのだろう」と思っていたのですが、弁護士たちの聞き取った被災者の声を知り衝撃を受けました。
 たとえば、ある女性は被災で家を失い、夫は行方不明でしたが、子どもの私立高校の入学金の支払いが迫っていました。地元で商売をしていた商店街ごと津波で流されてしまった人もいました。全てを失い、収入もなく、でも守らなくてはいけない家族がいる──。とくに被害の大きかった沿岸部では、お金や暮らしにまつわる悩みが災害直後から噴出していました。
 そうなれば、そこに何か希望となるような情報を提供するのが弁護士の務めです。不安と絶望で未来が見えないなかにいる人たちに、再建へのステップとなる「情報」が必要とされていました。意外かもしれませんが、そんなときに役に立つのが「法律」だったのです。
 いくつかその事例を話したいと思います。

既存の法律や制度を伝えることが希望に

 まず弁護士が被災者の方にお伝えするのが「罹災証明」のことです。津波や地震などの自然災害で家が壊れたとき、住んでいる自治体窓口に申請すると、被害の程度を調査して罹災証明書を発行してくれます。これは災害対策基本法という法律に基づいた制度です。厳密に言えば2013年に法律になったので、東日本大震災当時は運用レベルでしたが、いまでは法律になっていますので申請すれば必ず発行してもらえます。
 災害直後は自治体も混乱しているので、すぐに罹災証明の窓口は開設されないかもしれません。しかし、「罹災証明という制度があるから、ニュースに耳を傾けて窓口が開くのを待っていてほしい」という話ができたら、被災者の方たちも「自分たちは被災者だという証明を行政にしてもらえるんだな、支援につながれるんだな」と、希望を持てるのではないでしょうか。
 ほかにも、一定規模以上の災害であることが前提にはなりますが、東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨、それから令和6年能登半島地震のように多数の家屋が壊れた被災地では、「被災者生活再建支援法」が適用要件を満たしています。この場合は、自宅が全壊等した被災者は、被災者生活再建支援金という最大で300万円の現金給付を受けることができます。
 また、災害で家族を亡くされたご遺族がお金に困ってしまうケースも多くあります。その場合には、一定条件を満たした災害であれば、「災害弔慰金法」を忘れてはなりません。自治体の窓口にご遺族が申請すると、亡くなった方お一人につき最大500万円の災害弔慰金が支給されます。
 いま罹災証明、被災者生活再建支援金、災害弔慰金の3つについて話しましたが、これらの制度を知っている人と全く知らない人とでは、災害直後の心持ち、希望、あるいはこれからのライフプランが変わると思いませんか? しかし、多くの人がこれらの制度を知りません。しかも被災後の大変なときに必要な情報を調べて、自分で手続きまでできる人はなかなかいないのが現実です。ですから、弁護士が避難所をまわるなどして一人ひとりの相談に応えていたのが東日本大震災当時の状況でした。

被災者の声から生まれた新しい制度

 もうひとつ皆さんに知ってほしい制度をお話しします。
 災害をきっかけに収入も財産もゼロになり、住宅や自動車のローン、個人事業主の事業ローンなどが払えなくなってしまうことは珍しくありません。通常は、借金が返せなくなったら破産法に基づき裁判所で破産手続をしてくださいというのが、この国の法制度です。そのほうがいい場合もあるのですが、たとえば自然災害によって伝統工芸の町が被災したときに、多くが破産手続しか道がないとなれば、地域の再生は難しくなります。
 また、破産するといわゆるブラックリスト(個人信用情報)に登録されてしまうため、金融機関での新しい借り入れができません。家の再建ができなかったり、機材を新しく調達できなかったりすると廃業せざるを得ず、そのため「どうしても破産できない」という人もいるのです。
 東日本大震災の後、こうした「破産の選択ができない」という被災者からの多くの声を受けて、2011年8月に新しい制度の運用が開始されました。当時とは名称が変わっていますが、現在は「自然災害債務整理ガイドライン」(通称・被災ローン減免制度)と呼ばれるものです。
 これは、弁護士会が法律相談で受けた内容の分析結果をもとに、国やメディア、自治体、経済界、研究者などに「破産ではない債務整理ができる制度を作らないと、被災地の再生はむずかしい」と提言をした結果、国や金融業界が動き出して実現したものです。法律ではなくていわば業界の自主的ルールですが、これを利用すれば自然災害による被災者はブラックリストには載らずに債務整理が可能になります。
 弁護士は既存の法律のことを伝えるだけでなく、ゼロから新しい制度を作ることもできる──そのことに私は感動しました。医師や消防のように被災者の命を直接助けることはできないけれど、知識を積み上げていくことで少しでも希望がつくれるのではないかと思ったのです。

「災害復興法学」を創設した理由

 自然災害債務整理ガイドラインは、多くの弁護士や有識者、研究者など、いろいろ人たちの活動によって生まれました。私もその一部に関わりました。当時は内閣府職員でしたが、弁護士たちが集めていた被災者の声をどうにか国に届けたいと考え、日本弁護士連合会(日弁連)に「相談内容をデータ・グラフ化して政府やメディアに訴えて世論を作る」ことを提言したのです。
 しかし、被災地からの相談件数が一日数百件も来ている状況で、日弁連ではとても人手が足りません。そこで、「私にやらせてほしい」と内閣府に兼業の許可をとり、日中は内閣府の仕事をして、朝と夜には日弁連嘱託職員として法律相談の内容を分析していきました。2011年4月から始めて、多くの人に手伝ってもらいながら6月には約5000件の相談データを集めたグラフができました。それを見ると、やはり沿岸部では圧倒的に住宅ローンの相談が多い。政府、メディア、国会議員らも「まさか、ここまでとは」と驚きました。そうやってデータで被災者の声を浮き彫りにしたことで、新しいガイドラインの誕生につながったのです。なお、弁護士による被災者相談データは1年間で4万件を超えるほどになりました。
 私は、このように東日本大震災時に被災者の声を受けて新しい制度ができた過程、あるいは提言したけれど最終的には法律や制度にはならなかったものも含めて、その経緯を知見としてきちんと記録しておく必要性を感じていました。
 そこで、この日弁連での法律相談分析について専門雑誌に短い論文を寄稿しました。それがきっかけで、幸運にも2012年から慶応義塾大学のロースクールで「災害復興法学」と題した講座を始める機会を得たのです。この講座は現在では13年目に入っています。その後、慶応義塾大学の法学部や中央大学などでも講座をさせてもらい、2014年には『災害復興法学』という書籍を出版することができました。災害復興法学の原型となるこの本で、ようやく災害時に新しい制度を作ってきた経緯をまとめることができました。
 それまでは、防災や危機管理に関する法律はあっても、災害復興法学としてまとまった分野は存在していませんでした。新しい法の分野を作るためにはもう一つステップが必要だと思い、2017年には「災害復興法学」というタイトルで法学の博士号を取得。これで学術分野としては最低限の土壌を整えることができたかなと思い、今はその普及に努めているところです。

次の災害を乗り切るために法律の底上げを

 2023年までの間に『災害復興法学』という書籍シリーズも3巻まで出し、ここに10年以上の復興政策の軌跡の一部を記録することができてきました。大きな自然災害は東日本大震災以降も後を絶ちません。とくに気象災害は毎年激甚化しており、新型コロナウイルス感染症などを含め、今までの制度だけでは十分に対応しきれないような大災害が続いています。
 東日本大震災当時は、家が被災して壊れても「全壊」か「大規模半壊」と判定されないと被災者生活再建支援金は出ませんでした。しかし、実際には対象外の場合でも自費で修理をすると何百万もかかるため、家を取り壊すしかない方々がいました。そうした事実がだんだん認知されてきて、2020年に被災者生活再建支援法の一部が改正に至りました。これにより「中規模半壊」という新しいカテゴリーにも支援金の一部が給付されるようになりました。
 しかし、まだ制度は十分ではありません。次の災害を乗り切るために、法律をさらに改正していかなくてはいけません。そのためには過去の知見をしっかり残しておくことが必要です。それが災害復興法学の役割なのです。
 大災害が起きると、被災者が行政機関に申請したりしなくても避難所ができて救援物資が届きます。なぜだと思いますか? それは昭和22年(1947年)にできた災害救助法があるからです。しかし、この法律も時間を経て現在ではほころびが生じ始めています。
 例えば避難所で雑魚寝を余儀なくされ、トイレ環境も劣悪、あまり動かないのでエコノミークラス症候群になるなどして、かえって体調を崩す方もいます。これらが「災害関連死」を招いているのです。
 ダンボールベッドを設置したり、パーテーションをつけたり、消毒液が配られたり、シャワー室をつくったりと、現場では新しいノウハウも広がっていますが、法律にはただ「避難所の設置」としか書いていません。令和6年能登半島地震では、広域避難やホテル避難なども行われましたが、法律上は必ずしも明記されていないのです。ノウハウやマニュアルではなく、法律の底上げをしないといけないと感じています。これは今後変わってほしいと願っていることの一つです。

20年間のさまざまキャリアが今へとつながる

 学生の皆さんのなかには資格取得に関心をもっている方もいるかもしれません。私は研究者をしている間に、いろいろな分野の勉強もしました。災害復興は街づくりや都市計画の知識が必要なので宅建建物取引主任者(宅地建物取引士)の資格をとりました。都市部ではマンションの防災が大事ですから、マンション管理士の資格もとりました。また、2級ファイナンシャルプランナー技能士(2級FP技能士)試験に合格し、AFP(アフィリエイテッド・ファイナンシャル・プランナー)にも登録しました。防災士、さらに気象予報士の資格も取りました。これらは、どれも防災教育や災害復興法学を固めるために必要に迫られて勉強した成果です。資格取得にはそうした動機づけがあると思います。
 ここまで話したように、私は弁護士をしながら、公務員や研究者のキャリアを積んできました。それらは相乗効果を生んでいます。この20年間にやってきたことが一つにまとまって、いまの私の活動になっています。いろいろなキャリアがあると思いますが、私の話が法律を学ぶ皆さんに少しでも刺激になればと思います。

おかもと・ただし 銀座パートナーズ法律事務所。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2003年弁護士登録。気象予報士・ファイナンシャルプランナー・マンション管理士・宅地建物取引士・防災士等の資格を生かしながら防災教育活動にも従事。東日本大震災発生時は内閣府に出向中。日弁連災害対策本部室長も兼務し復興政策に関与。その経験をもとに「災害復興法学」を創設して全国の大学で講座を展開中。内閣府をはじめ国、地方公共団体、産学の公職多数。2017年新潟大学にて博士(法学)を取得。主な著書に『被災したあなたを助けるお金とくらしの話 増補版』(弘文堂)、『災害復興法学』『災害復興法学Ⅱ 』『災害復興法学 Ⅲ』(慶應義塾大学出版会)ほか。

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