日本ではタックスローヤー(税務を専門とする弁護士)は多くないといわれています。しかし、企業活動が多様化、複雑化している現在、法務と税務にまたがる課題は必ず生じます。税務争訟やタックスプランニングなどを中心に弁護士業務を行っている瀧谷耕二さんに、タックスローヤーとしての仕事の内容について詳しくお話しいただきました。[2024年2月3日@渋谷本校]
弁護士が税務をやる意義
私は、現在では7割から8割くらいが税務に関係する業務なのですが、実は、最初から税務を中心とした業務をしていた訳ではなく、弁護士になって最初の8年間くらいは、一般的な法律業務を行っていました。何となく面白そうだなという理由で2011年に国税不服審判所の国税審判官になり、そこで税務の面白さに嵌ってしまい、その任期を終えた2015年に鳥飼総合法律事務所に入所し、それ以降、税務を中心とした業務を行うようになったということです。
タックスローヤーの仕事としては、税務争訟(不服申立・訴訟)、税賠訴訟、税務調査対応、事前相談、タックスプランニングといったものがありますが、税務争訟や税賠訴訟の数は限られていますし、税務調査対応や事前相談について弁護士に依頼をする納税者は限られていますので、税務という領域が弁護士にとって魅力的な市場かというと、残念ながらそうとはいえません。ただ、「弁護士が税務をやる意義はあるのか?」といえば、私は「ある」と思っています。
それは、法務と税務は密接に関連しているために、同時並行的に検討しなければならないことも多いのですが、弁護士と税理士の協働には限界もあると思うからです。特に、法務に関する問題と税務に関する問題を行ったり来たりして検討をしなければならない事案において、税務について十分な知見のない弁護士と、法務について十分な知見のない税理士が協働しても、あまりよい成果を得られないように思います。もちろん、私も税理士の先生方と一緒にお仕事をさせていただく機会は沢山あって、その有用性を否定するつもりはないのですが、税務については税理士の先生にお任せしますというスタンスでは、十分ではないことが少なくないということです。
カルロス・ゴーン事件と税務
弁護士の仕事に税務がどのように関連するのかについて、実際の事件を例にあげて説明をしてみたいと思います。私自身が関与した事件は守秘義務があって、お話しすることができませんので、報道等でよく知られている事件を題材にしつつ、私の想像を交えてお話をさせていただきたいと思います。
カルロス・ゴーン事件については、皆さんご存じかと思いますが、その後、それに関連して日産自動車が修正申告をしたことはあまり知られていないかもしれません。2020年8月20日の日経新聞では、「カルロス・ゴーン被告の特別背任事件などに関連し、東京国税局が2019年3月期までの5年間で同社に対して約10億円の申告漏れを指摘した」と報じられています。この記事によると、日産は、東京国税局の税務調査を受けて、ゴーン元会長が私的に利用したコーポレートジェットなどの費用や実体のないコンサルティング契約に基づいてゴーン元会長の姉に支払われたコンサルティング報酬を損金に算入することができないという指摘を受けたということのようです。
他方で、2018年11月31日付の日産のプレスリリースや2019年9月9日付の日産の社内調査の報告書を見ると、ゴーン元会長が私的にコーポレートジェットを使用していたことや、実体のないコンサルティング契約に基づくコンサルティング報酬が支払われていることも記載されていますので、日産は、遅くとも2019年9月9日以前には、ゴーン元会長が私的にコーポレートジェットを使用していたことや、実体のないコンサルティング契約に基づくコンサルティング報酬が支払われていることを把握していたことになります。
そうすると、税務的な観点だけからいうと、その時点で、速やかに修正申告をすべきだったのではないかということになります。というのも、報道によると、日産は重加算税も課されているようなのですが、税務調査で指摘を受ける前に自主的に修正申告をした場合には重加算税を免れることができ、延滞税も少なくて済むからです。もちろん、当時の日産の状況からすると、重加算税を免れることができるかどうかというのは優先度の低い問題であったのではないかとも思われるのですが、他の問題への対応と並行して修正申告をすることも可能であったのであれば、すべきであったのではないかなと思います。
あと、報道等では触れられていないのですが、源泉所得税の問題もあります。これは、実体のないコンサルティング契約に基づいてゴーン元会長の姉に払ったお金がゴーン元会長に対する給与とみなされて源泉所得税の納税告知処分を受ける可能性もあったのではないかということです。
さらに、この事件では、損害賠償金の益金算入時期の問題もあります。2020年2月12日付の日産のプレスリリースによると、日産は、ゴーン元会長に対して100億円の損害賠償を求めているようですが、このゴーン元会長に対する損害賠償金がいつの益金になるのかという問題です。取締役の不正行為による損害賠償金をいつの益金にすべきかに関しては、「通常、損失が発生した時には損害賠償請求権も発生、確定しているから、これらを同時に損金と益金とに計上するのが原則であると考えられる」という裁判例(東京高裁2009年2月18日判決)もありますので、日産の場合も、損失の発生と同時に100億円の損害賠償請求権が発生、確定しているものとして100億円を益金を算入しなければならないのではないかということです。個人的には、このケースではその必要がないのではないかとも思うのですが、そのような可能性を踏まえた上で検討することも必要になるのではないかと思います。
御存知のように企業の不正問題というのは企業法務の一大分野になっていますが、お金が絡む場合には必ずといってよいほど税務の問題にもなってきますので、税務に通じた弁護士が関与する必要も高いのではないかと思います。
ジャニーズ事件と税務
続いて、昨年、社会を賑わせたジャニーズ事件と税務について見ていきます。
2023年9月7日の日経新聞では、「藤島ジュリー景子氏は社長を引責辞任したが、代表取締役にとどまり100%保有する株式も当面維持する」と報じられていました。このとき多くの人が、「社長を辞めるのに代表取締役にとどまるの?」という疑問を感じたのではないかと思います。私も、なんでだろうなと思っていたのですが、これは、ジュリーさんがジャニーさんやメリーさんの相続の時に事業承継税制の適用による相続税の納税の猶予を受けていて、その納税の猶予を取り消されないためであったようです。
事業承継税制というのは、経営承継円滑化法にもとづく認定のもと、会社の後継者が先代の経営者から取得した自社株式などにかかる相続税の納税を猶予する制度のことなのですが、後継者が代表取締役を退任すると、納税の猶予が取り消されてしまうこととなっているのです。つまり、この事件では、税務についても十分に検討した結果として、社長は辞任するが代表取締役は辞任しないという対応がとられたということになります。
因みに、その後、そのような対応に対する批判が強くなったことから、ジュリーさんは、代表取締役も辞めて「事業承継税制において猶予されていた税金を納めます」というコメントを出すことになったのですが、登記情報を確認する限り、まだ代表取締役を退任されてはいないようです。
また、ジャニーズ事件では、別の税務上の問題もあります。法人税基本通達9-7-16には、法人が支出した役員等の損害賠償金の取り扱いが定められているのですが、これによれば、ジャニーズ事務所(現在はSMILE-UP.に社名を変更)が被害者に支払っている損害賠償金は、ジャニーズ事務所の損金にすることができず、ジャニーさんの相続人であるジュリーさんに対する債権になるのではないかということです。ジュリーさんに対する債権ということになると、その返済をジュリーさんに請求すべきということになり、請求しない場合には、ジュリーさんに対する給与ということになってしまいますので、税負担への影響はかなり大きいのではないかと思います。報道等では触れられていないのですが、この点についてジャニーズ事務所がどのような対応をしているのかは興味深いところです。
JTの配当金の返還と税務
次に、JT(日本たばこ産業株式会社)の配当金の返還と税務について考えてみます。
JTは2023年12月20日付のプレスリリースで、連結子会社であるJT International Holding B.Ⅴ.(JTIH)から配当金8億米ドル(約1200億円)を受領したが、これを取り消し、同社に返還したことを発表しています。その理由について、JTは「グループ内のキャッシュバランスの最適化等を考慮し」たものであるとしているのですが、おそらく、本当は税務上の理由によるものだと思います。
法人税法では、25%以上の株式を保有している外国子会社から配当金をもらった場合、配当の95%相当額を益金に算入しなくてよいこととされていますが、この外国子会社からの配当の益金不算入の適用を受けるためには、25%以上の株式を保有している期間が6ヶ月以上であることが必要とされています。ところが、JTIHというのは、配当の直前に逆さ合併によってJTの子会社となった元孫会社であったため、JTが配当を受領した時点では、25%以上の株式を保有している期間が6ヶ月以上であるという要件を満たしていなかったのです。
そこで慌てて配当を取り消して返還したということなのですが、問題となるのは、配当を取り消して返還すれば、税務上も配当を受けなかったことになるのかということです。というのも、所得税の事案なのですが、後の株主総会において配当決議が取り消されたことを受けて受領した配当を返還した場合であっても、配当の効力に影響を及ぼさないという判断をした裁決もあるためです。この点については議論があり得るところかもしれませんが、個人的には、配当決議が法的に無効、不存在又は取消し得るものである場合において、同じ事業年度内に配当を返還した場合には、税務上も配当がなかったものとして取り扱うことが可能なのであろうと考えており、JTも同様の理解により配当を取り消して返還したのではないかと思います。
ご紹介した事例のように、法務が問題となる場面で税務も問題になることはたくさんあります。
弁護士をしていても税務が関連する業務に携われる機会は多くないかもしれませんが、税務に興味がある方は、報道されている企業の不正事件や金融事件などについて、税務上どのような問題が生じ得るのかについて検討をしてみてもよいのではないかと思います。そういうことを普段から地道に続けていくと力がつきますので、通常の企業法務の仕事でも、税務上の問題に的確な意見が言えるようになります。さらには、企業の顧問税理士の信頼を得て、重要な税務の案件を依頼され、タックスローヤーへの道が開けていくこともあるかもしれませんし、税務を専門としないとしても、実務に役立つことは間違いありませんので、ぜひ税務にも目を向けてみていただければと思います。
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たきたに・こうじ 弁護士。兵庫県出身。兵庫県立神戸高等学校卒業。神戸大学法学部卒業。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。2011年7月から2015年7月まで国税審判官。2014年11月公認会計士試験合格。2015年8月に鳥飼総合法律事務所に入所、パートナー就任。税務争訟、税務調査対応、各種の税務相談、事業承継、タックスプランニング、税理士賠償事件を中心に業務を行っている。