『ガザの美容室』(2015年パレスチナ・フランス・カタール/タルザン&アラブ・ナサール監督)

 パレスチナ自治区ガザにある美容室。クリスティンが結婚式を前にしたサルマのヘアセットをしている。その隣ではエスカティールが、自らの離婚調整を依頼している弁護士に携帯で逢瀬の話をしつつ、クリスティンのアシスタントであるウィダドにワックス脱毛をさせている。2つのスタイリングチェアの背後と側面にはソファが並び、下世話な話に余念のないサフィア、敬虔なイスラム教徒で美容室のなかでもヒジャブをとらないゼイナブ、臨月を迎えたファティマら、訳ありな様子の女性たちが順番を待っていた。
 テレビでイスラエルのドローンが上空を飛んでいるニュースが流れる。サフィアが「次の戦争が来る」というと、すかさず「ガザを地図から消す気よ」「これ以上、消すものがある?」「いっそ消してもらったら楽なのに」といった言葉が飛び交う。停電は日常茶飯事。ウィダドがガソリンを調達してきて、発電機を稼働させる。外部から隔絶された、あるいは外部を遮断したようなこの空間で、扇風機の動かない時間が続く。
 クリスティンの仕事は丁寧だ。ロシアでパレスチナ人の夫と知り合い、12年前にガザで美容室を開業した。家族との会話はロシア語。夫は無職で、時々タクシーの運転手をやって日銭を稼いでいるという。サルマからは「ロシアにいればいいのに」といわれるが、「あんなに物価の高いところでは暮らせない。それにここでの生活に慣れた」。美容室での話題は、結婚や恋人、家族のことなどで、誰もがもろくでもない男たちに悩まされている。そんなぼやきの会話の中に、「エルサレムの医者に持病の喘息を治してもらいたいのだが、イスラエルから通行許可証が下りない」「検問はまずファタハ、次にハマスと通らねばならず、イスラエルのそれを通ったら刑務所行き」「足りなくなったガソリンを、エジプトと結ぶトンネルから運ばれてきたそれで補充したら自治政府にすべて没収された」といった話題も加わり、彼女たちの置かれている日常が見えてくる。
 なかなかヘアセットや脱毛が進まず、やがて夜に。そして突然の爆音と銃声。ガザを統治するハマスとPLO(パレスチナ解放機構)主流派であるファタハとの戦闘が始まったのだ。ハマスはファタハを「マフィア」と呼んでおり、美容室の外でも小競り合いが起こった。
 電気が再び途絶えた。クリスティンはろうそくの火でサルマのフェイスケアを続ける。化粧が汗で流れないようサルマの母親は布を振って風を送る。何があっても日常を絶やさないという意志が彼女たちを駆り立てている。
 ドラッグを止められず、嘘ばかりのウィダドの恋人が瀕死で美容室に倒れ込んできた。やがてファタハのメンバーらしき男たちが入ってきて、彼をトラックの荷台に載せて病院へ運ぶ(彼がペットのようにして飼い、同じく負傷したライオンと一緒に)。
 薄暗い美容室のなかで翻弄され続ける女性たち。するとサフィアが突然、「もし私が大統領になったら、あなたは宗教問題相、あなたはエネルギー相、あなたは社会問題相……」と指名を始めた。男たちがつくった、このどうしようもない世界を終わらせたいという思いの発露だろう。戦争で負傷した夫に「夜のやる気」を起こさせるためには、自分もきれいにならなければと嘯いていたサフィアだが、実は夫からひどい暴力を受けていた。彼女の言動に眉を顰め、厳しい言葉で戒めていたゼイナブは思わずサフィアを抱きしめる。

 今年の5月時点で、ガザ地区ではイスラエル軍による攻撃で18歳以上の女性1万人以上が死亡しているという。うち6,000人が母親で、1万9,000人の子どもが母親を失ったとみられている。UN Women(国連女性機関)のカーシー・マディ事務次長は5月16日都内でのNHKのインタビューで「女性に対する戦争」と言った。
 話を美容室に戻せば、カメラは室内から一歩も外へ出ようとしない。しかし、美容室のなかにいる女性たちの姿を通して、ガザに暮らす女性への二重三重の差別の構造が浮き彫りにされていく。それは現在、彼女たちの存在を脅かすほど苛酷になっているのである。

(芳地隆之)


『ガザの美容室』
(2015年パレスチナ・フランス・カタール/タルザン&アラブ・ナサール監督)
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