法律家×○○ “二足の草鞋”のすゝめ~弁護士兼小説家として~ 講師:五十嵐優貴氏

1999年の司法制度改革以降、日本における弁護士の数は飛躍的に増え、今や4万5千人を超えました。企業内弁護士、スクールロイヤーなど、その働き方や活躍の場も多様化し、「お堅い士業」というかつてのイメージも変わりつつあリます。そんな新時代の弁護士の一人、弁護士兼小説家として活躍していらっしゃる五十嵐優貴さんに、“二足の草鞋”に至るまでの経緯、それぞれの選択の岐路で何を考えていたのか、二足の草鞋の魅力やリスクなどについてお話しいただきました。[2024年6月28日@渋谷本校]

弁護士兼小説家として

 私は現在弁護士と小説家という二つの肩書きをもつ「二足の草鞋」生活を送っています。
 弁護士登録したのは2020年、一般民事のほか医療過誤訴訟、SNSなどの発信者情報開示請求、映画や漫画、小説などの法律監修を手がけています。
 一方、「五十嵐律人」というペンネームで小説を書いています。弁護士登録したのと同じ2020年、『法廷遊戯』でミステリ新人賞「メフィスト賞」を受賞して作家デビューしました。そこからリーガルミステリや一般向けの法律実用書などを著してきました。
 高校生の頃は、特に将来やりたいことはなく、先生に勧められるままに東北大学法学部に進学、そこで勉強するうちに法律の面白さに目覚めました。転機になったのは大学3年になる直前に遭遇した東日本大震災。当時は宮城県仙台市に住んでおり、幸い家族や友人に犠牲者が出ることはなかったのですが、当たり前にあった日常が壊れる現実に直面し、大きな衝撃を受けました。人間関係もライフラインも明日はどうなるかわからない、モラトリアム的な学生気分でなく、もっと本腰を入れて法律の勉強をしようという気持ちになりました。
 ロースクールに進み、順調に司法試験には合格したのですが、目標を達成したことでバーンアウトしてしまい、このまま司法修習を受けて弁護士になってもいいのか、と迷いが生じました。もっと別のことに挑戦してみたいと思った時に浮かんだのが、小説家になるという中学生の頃から抱いていた夢でした。当時読んだ『14歳のためのハローワーク』という本に「作家は社会経験を積んで最後になるもの」という記述があったことを思い出し、よし、小説家兼弁護士になろうと、その時決めました。
 ただ、実は司法試験を受けた後に、滑り止め的な意味で受けた裁判所総合職試験にも合格していたので、司法修習は一旦ペンディングにして、裁判所書記官になりました。公務員なら小説を書く時間も取れるだろうし、裁判実務も経験できる、小説の題材も得られると思ったのです。
 裁判所で働く中でさまざまな弁護士に出会い、実際の仕事ぶりを知って、困っている人に法律という専門知を生かして寄り添う、助けることができる弁護士ってかっこいいなあと、改めて思うようになりました。
 そのころミステリ小説の新人賞も受賞したのですが、その時編集者から「おめでとうございます。でも仕事はやめないでください」と言われました。小説一本で生活するのは難しいでしょうし、社会経験を物語に落とし込むためにも仕事は続けたほうがいいと、私も思いました。
 作家としてスタートでき、弁護士になりたいという気持ちも固まったそのタイミングで、改めて「二足の草鞋」で行くと決め、司法修習を経て弁護士登録しました。
 弁護士として、どこでどういう働き方をするかと考えた時、譲れない条件として設定したのは、作家業を続けられること。「作家だからこそできる弁護士の仕事があるはずだ」と言ってくれた今の事務所の代表の元で働くことを決めました。以来およそ4年、納得のいく働き方ができていると満足しています。

やりたいこと、好きなことを最優先に

 そもそも「働く」とはどういうことでしょう。一般的に週40時間、それが40年続くとして、人生の大半の時間を「働く」に費やすことになります。お金のため、家族を養うためだけでは、とてもモチベーションが続かないのではないでしょうか。
 私の場合、職業選択の優先順位は断然自己実現、やりがいでした。好きなことをやる、それが社会貢献につながれば一番いいと思っていました。さらに可処分時間が多く、自分で時間管理しやすいこと、贅沢はできなくてもある程度金銭的にも余裕のある生活が送れれば、それが自分にとって幸福なのではないか。そんなふうに思っています。 
 二足の草鞋を履くことのメリットとデメリットについて考えてみましょう。
 今私は弁護士として、映画や小説、漫画などの法律監修をやっていますが、その際「クリエーター目線が生かせる」ことは、一つのメリットだと思っています。法的にこれは正しい、おかしいと指摘することはどんな弁護士でもできますが、小説家であればこそ、「実際の法廷ではあり得ないことですが、こうした方が面白いですよね。では、こうしたらどうでしょう」など、リーガルマインドとクリエーター目線を擦り合わせた提案ができると自負しています。
 また法律相談などで、難しい法律用語を使わなくても対話できること、地に足のついた生の言葉で陳述書が書けることなども、作家としてのスキルが活かせている点かなと思っています。
 デメリットとしては、やはり時間が足りないことです。今は大体1日3〜4時間ずつ弁護士業と執筆に当てていますが、どっちつかずにならないよう、時間配分には気をつけています。 
 ほかにはレピュテーションリスクも考えられます。日本では弁護士は「お堅い職業」というイメージが強いので、兼業弁護士という在り方に不信感を持つ人がいるかもしれません。
 ただ司法制度改革以降、弁護士の数が増えて、資格があれば依頼者が自然に集まるという時代でもありません。専門性を持ったスペシャリスト弁護士として一本道を極めるか、あるいは別の肩書きを持って独自性をアピールし、それを集客マーケティングにつなげるか、選択肢は多様です。現にユーチューバー、エンジニアなど、これからの時代に求められる副業を持つ弁護士も増えています。
 私の場合、小説家も弁護士も、両方やりたいことだったので両立できているのだと思います。双方の根っこにあるのは、法律の面白さを伝えたい、生かしたいという思い。それを不特定多数の人に届けるのが小説家、困り事を抱えている目の前の依頼者のために知識を活かして助けるのが弁護士。異なる二つの回路を持つことで、より充実した人生が送れるのでは、と思っています。

いがらし・ゆうき 弁護士、日本推理作家協会会員。東北大学法科大学院修了後、2015年に司法試験、国家総合職試験合格。裁判所事務官・裁判所書記官として勤務後、2020年に弁護士登録(第一東京弁護士会)、べリーベスト法律事務所入所。主な著書に『法廷遊戯』『不可逆少年』(いずれも講談社)、『魔女の原罪』(文藝春秋)、『現役弁護士作家がネコと解説 にゃんこ刑法』(講談社)など。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!