1932年から1933年にかけてウクライナを襲った大飢饉で数百万の人々が亡くなったとされる「ホロドモール」を描いた作品である。
主人公のガレス・ジョーンズは実在の人物だ。英国の元首相であるロイド・ジョージの外交顧問を務めていたジョーンズは、ドイツで政権を握ったアドルフ・ヒトラーへのインタビューを敢行していた。宣伝相のヨーゼフ・ゲッべルスとも接触しており、ナチスの危険性をロイド・ジョージと彼の側近に訴えるも、「それはドイツの国内問題だ」と一笑に付され、挙句に顧問の職を解かれる。
失意のジョーンズのもとにモスクワにいる友人のジャーナリスト、ポール・クレブから電話が入る。ポールは世界が恐慌に見舞われるなか、スターリン主導によるソ連の計画経済が目覚ましい躍進を遂げている理由を探っていた。ジョーンズもソ連の国家財政における異常な出費が気になっていた。スターリンの資金源は何か。モスクワでスターリンにインタビューをしたいので、手伝ってほしいとポールに伝えると、「ニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長であるウォルター・デュランティを訪ねるように」といわれた。「自分は要注意人物なので難しい」とも。
報道記者のビザを取得したジョーンズはモスクワに向かった。はたして支局で会ったデュランティからは「ポールが強盗に殺された」ことが伝えられた。
外国人記者はモスクワから出ることを許されていなかった。スターリンのソ連についての報道でピューリッツァー賞を受賞しているデュランティは外国人記者のコミュニティのとりまとめ役だが、彼らは阿片窟のような地下社会で連夜、倒錯的なパーティを催している。
手がかりを示してくれたのは、デュランティの秘書を務めるエイダ・ブルックスだった。外交官の父をもつ彼女はポールからウクライナ行きの予定表ならびに訪問先リストを受け取っていた。鍵はウクライナにあると確信していたポールは、これ以上、先へ進むと身の危険が生じることにも気づいていた。だからそのメモをエイダに託したのである。
その内容をすべて頭に入れ、メモを燃やしたジョーンズは在ソ英国大使館が手配した同行者とともにウクライナに向かう。そして列車が途中駅に一時停車中、トイレに行くと言って一等車のコンパートメントを出ると、隣に停車していた古びた列車に乗り換えた。母がかつていたスターリノに行くためだ。ジョーンズのロシア語が堪能なのは、かつてウクライナのユゾフカ(後にスターリノ、現在はドネツィク)で英語教師をしていた母から教わったからである。
暗い車両には寒さと空腹でうずくまった人々の姿があった。列車を下りると、作業労働者と間違われて、いきなり穀物袋を列車に積む作業をさせられた。いったいこれらをどこに運ぶのか。作業員に聞くと、行先はモスクワだという。「スターリンの金脈」とはウクライナの穀物であり、地元の人間の口には入らず、そのほとんどが首都に運ばれていたのである。スターリンのプロパガンダの片棒を担ぐ外国人記者たちが享楽的な生活を送っていられるのも、そのおかげだろう。
「スパイ」と疑われたジョーンズはその場を走り去り、雪に覆われた大地をさ迷い歩く。ある民家を訪ねると、そこには餓死した老夫婦の姿があった。テーブルには食料としていたのであろう樹木の皮が残されていた。ロバに死体を運ばせている2人の男は、行き倒れた母親と傍らで泣いている赤ん坊を無表情で荷台に載せた。そこにはすでに死体が積まれていた。家畜小屋で藁にくるまって寝ていたジョーンズが会った少年、少女たちは鍋で煮た肉片をジョーンズに振舞ってくれたが、その肉は……。
肥沃な黒土が広がる「ヨーロッパの穀倉地帯」で飢餓が発生している。パンの配給を互いが奪い合う場で、ある女性がジョーンズに言った。「私たちは彼らに殺されているの」「すでに数百万人が死んだ」「あるとき男たちが来て『自然の法則を変える』と言った」と。ジョーンズはそこで警察に拘束され、モスクワに移送。そしてロンドンへ強制送還された。
失意とともに英国の首都に戻ったジョーンズに、知り合いの編集者が新進気鋭の作家を紹介する。名前はジョージ・オーウェルという。レストランでジョーンズと面会したオーウェルは、社会主義の発展途上では数々の困難があるとソ連の現体制を擁護するが、同時に「私はどんな結果になろうと真実を語るべきだと思う。それが義務だし、人々には知る権利がある」と語った。
映画では語られていないが、作家のオーウェルはその後、スペイン内戦において義勇兵として現地で銃をとる。1936年2月に実施されたスペイン総選挙を僅差で勝利した人民戦線のアサーニャ政権に対し、同年7月フランコ将軍が蜂起して内戦が勃発。オーウェルは人民政権を支持する国際旅団に加わった。しかし、フランコを後押しするヒトラーとムソリーニの独伊ファッショ政権、スペイン共産党に影響力を及ぼすソ連共産党によって敗北する。人民戦線はスペイン共産党に敵視され、「トロツキスト、ファシスト、裏切り者、人殺し、卑怯者、スパイ」呼ばわりされた。
オーウェルはスペイン内戦を機にソ連の共産主義に対して批判的な姿勢に転じていくのだが、その実態をどう表現するのかに腐心して、書き上げたのが『動物農場』(1945年)である。英国ウィリンドンにある農場で飼われていた家畜たちが人間たちに反旗を翻すという物語だ。そこではみなが平等であるという原則が打ち立てられるものの、ナポレオンという名の豚が権力を握り、護衛として育てた獰猛な犬を従えて、ライバルの豚を裏切者呼ばわりして追放。他の動物たちに対して恐怖政治を敷き、最後には敵であった人間とも手を握るという寓話である。
本作品の所々で挿入される朗読は『動物農場』からの引用だ。映画はこの小説がホロドモールにインスパイアされて書かれたことを示唆しているのである。オーウェルがスターリンのイメージをベースに全体主義が世界を覆うディストピア小説『1984年』を発表するのは『動物農場』から4年後のことだ。
アグニェシュカ・ホランド監督の力量に恐れ入る。ポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ監督の映画の脚本を書くところからキャリアを積み重ね、本作を完成させたのは70歳。昨年には、ベラルーシが対ポーランド国境を開き、EUを混乱に貶めるためにシリア難民を「人間兵器」のように送り込んだ事件を映画化した『人間の境界』を発表している。ロシア東欧の現代史を描かせたら、右に出る者はいない「巨匠」である。
(芳地隆之)
*