再生可能エネルギー拡充と共に切り拓いた「再エネ専門」弁護士 講師:若林美奈子氏

東海村JCO臨界事故を契機に、「日本に再生可能エネルギー(再エネ)を根付かせたい」という一心で、20年間にわたって再エネを専門にしてきた弁護士の若林美奈子さん。国内にまだ再エネ発電所がほとんど存在していなかった頃から自ら業務分野を創ってきたご経験、そして再エネの拡がりについてお話しいただきました。[2024年11月30日@渋谷本校]

人生を変えた東海村JCO臨界事故

 私は司法研修所を出たあと、最初は検事になりました。検察での経験のなかでも一番印象深く、そして私の人生を変えた案件が、1999年に起きた東海村JCO臨界事故です。
 この事故は、茨城県東海村にある株式会社JCO東海事業所の核燃料加工施設において、作業員がウラン精製作業中に溶液を沈殿槽にバケツで流し込んで臨界を発生させたというものです。これにより作業員3名中2名が死亡、1名が重症となったほか、分かっているだけで660名以上の被ばく者が発生しました。日本で初めて事故被ばくによる死亡者を出した事故で、東日本大震災が起きるまでは、我が国の原子力史上最大の事故とされ、世界的にも1980年代のチェルノブイリ以来の大きな事故と言われていました。
 水戸地検ではこの事故を受け、5人体制の専従捜査チームをつくりました。当時、私は検事2年目でたまたま水戸地検に配属されており、そのチームに加わりました。被疑者2人を担当し、亡くなった被害者の司法解剖に立ち会い、事故現場の捜索・差し押さえに入ったり、事故究明のため原子炉工学専門の教授にお話を伺ったりしました。また、広島にある放射線影響研究所に通って話を伺うなど、起訴までの半年以上、休みも返上して深夜まで仕事をする日が続きました。
 その中で、痛感したのが目に見えない放射線被害の恐ろしさです。このときから、何とか原子力や放射線の脅威から解放される世界にしないといけない、そのために自分も何かできるようになりたいと強く思うようになりました。

いつか日本でも……と飛び込んだ「再エネ」の分野

 まずは海外で何が起きているのかを知るために、弁護士に転向して2003年にアメリカに留学しました。シカゴ大ロースクールで1年間のマスターコースを受講後、さまざまな偶然が重なって研修で入ったのが、いま私が所属しているオリックという法律事務所のニューヨーク事務所です。
 オリックは設立当初からエネルギーやインフラに大変力を入れてきた事務所です。私が入った20年前、オリックにはすでに再エネを扱う弁護士チームがありました。当時は、エネルギーといえば火力が中心でしたが、オリックでは初期のころから次世代エネルギーとして風力発電に注目し、1980年代にはアメリカで最初の商業規模の風力発電所を造る案件を代理しています。それ以来、世界各国の風力案件の開発やファイナンスを代理していました。
 再エネが世界中で普及すれば原発は不要になる、日本でもいつか絶対に……という思いで、私はこの分野に飛び込みましたが、最初の約8年間は主にアメリカやヨーロッパなどでの海外案件を担当していました。再エネが普及している海外の国では政府の大きなサポートがありましたが、まだ日本では全く風力発電や再エネが浸透していなかったのです。

3・11に閣議決定された「再エネ特措法」

 2009年頃から、日本でも再エネに本格的に目を向ける必要があるのではないかという議論が行われるようになり、2011年3月11日、再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法(再エネ特措法)の法案が閣議決定されました。これは、再エネ発電所でつくられた電気を固定価格で電力会社が買い取る制度、いわゆる固定価格買取制度(FIT)を国主導で始めるという法案でした。
 この日付を見て気づかれた方もいるかもしれませんが、法案が閣議決定されたのは東日本大震災の日の午前でした。その午後、職場で大きな地震を経験し、連日の悲惨なニュースを見るにつけ、まるで「日本でも絶対に再エネを根付かせて!」という叫びのように感じていました。その後、2011年8月に法律が成立、翌年の2012年7月に施行。そこから、いかに日本で再エネを根付かせていけるか、という私の中での闘いが始まります。では、弁護士に何ができるのでしょうか。
 大規模な再エネ発電所プロジェクトの場合、開発や建設にかかる莫大なコストを事業会社だけで賄えることはほとんどありません。そのプロジェクトから将来生まれる収益を計算して、収益性、信頼性、確実性などをもとに金融機関が融資を行う「プロジェクトファイナンス」が一般的です。そして、この収益性、信用性、確実性を判断する上では、プロジェクトに必要な土地が全部確保されているか、許認可は全部取得できているのか、あるいは確実に取得できる見込みがあるのか、建設契約はどうか、風車を始めとした必要な設備は調達できるのか、といったプロジェクトに関わるあらゆる要素が検討されます。ここに弁護士の出番があるのです。

再エネプロジェクトでの弁護士の役割

 風力発電所の場合でしたら、まず候補地で風況データを計る風速計を立てるところから発電所の用地確保まで、地主の方と交渉しながら過不足なく確実な権利を得られる契約を結ぶことが重要です。
 また、農地法や農振法(農業振興地域の整備に関する法律)、森林法や環境影響評価法などが問題になることがありますし、近年は各都道府県や市町村などでの条例で制限がかけられることも多くなっています。どういった規制や法律が適用になるのか、手続きはどうなのか、許認可取得の可能性や、そのための時間やコストをあらかじめ調べて計画に盛り込んでおくことも不可欠です。
 発電した電気をFITに基づいて買い取ってもらう場合には経産大臣の認定が必要ですが、この認定に関する法令の内容はどんどん変わっており、改正後の法令を見ていたのでは間に合いません。ですから、改正の動きが出そうな審議会を追い、どんな動きがあるのかをチェックして、必要であれば「これは制定してもらえるように頑張ろう」といったロビイング活動をすることも弁護士の大切な仕事の一つになっています。
 大規模な風力発電所では100メートル以上の高さの風車を何基も建てますが、どのメーカーのどの風車をどう建設していくか、それをどんな契約で合意していくかも極めて重要です。「ワランティ・パッケージ」と呼びますが、問題が生じた場合はどこが責任を負担するのか、どこまで補償するのかを規定しておく必要があります。
 こうした内容を金融機関が精査し、晴れてプロジェクトファイナンスが実行されれば、その後は建設が始まり、運転が開始されれば売電ができます。では、プロジェクトファイナンスが実行されれば弁護士の役割は終わりかというと、そんなことはありません。
 たとえば、風車が落雷や突風などで故障や損傷を起こすことがあります。その場合は、先ほどのワランティ・パッケージで、誰にどう責任をとってもらうかが問題になります。また、近隣住民からの反対運動が起きれば、事業者の方と一緒に住民の方へ説明をしたり、あるいは住民の方に受け入れていただくための条件変更などを検討したりもします。ほかにも、開発段階での再エネプロジェクトの買収、あるいは再エネ案件を多く抱えた企業の買収といった案件などを担当することも多くあるのです。

「瀬戸内Kirei太陽光発電所」と「ウィンドファームつがる」

 いくつか私が携わった案件も紹介させていただきたいと思いますが、岡山県瀬戸内市に「瀬戸内Kirei太陽光発電所」があります。総面積500ヘクタールの塩田跡地を使って造られました。出力は235メガワットで、一般家庭の約8万世帯分の消費電力に相当する電力を供給でき、年間19万トンのCO²排出量を削減する効果があると言われています。
 これは、アメリカのGEという会社がスポンサーとしてついていた案件で、オリックはGEと事業会社を代理しました。私たちのアメリカでの経験をベースにして、日本で初めてノンリコース(※)のプロジェクトファイナンスの契約を作成し、28もの金融機関からの融資を得ることができました。この契約は、その後多くの国内での再エネ事業のプロジェクトファイナンスのモデルにもなっています。
 もう一つの例が2020年に商業運転を開始した、青森県つがる市の「ウィンドファームつがる」です。「ウィンドファームつがる」は農地の中に建っています。ここは農用地区域内農地という場所で、当時は風力発電所が造れない場所でした。2013年に農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する法律(農山漁村再エネ法)ができて一部の農地に風力発電所が造れるようになりましたが、残念ながら農用地区域内農地は除外されてしまいました。そこで、農振法を使って「農振除外」(農用地区域内の農地を農業以外の目的で利用するために除外する手続き)をすることで、ようやく農山漁村再エネ法を使えるようにした案件です。「ウィンドファームつがる」は農山漁村再エネ法を使って農地に風車を建てた第一号案件だと言われています。

※ノンリコース・ファイナンス:償還請求権の付かない金融。融資対象となるプロジェクトが返済のための原資を生み出す限度の範囲内で返済を行うことを原則とする融資

国内での再エネ事業の新しい動向

 再エネ特措法が始まって以降、急速に再エネの普及が進みました。陸上風力も太陽光も、どんどん造られるようになりました。しかし、まだ12年しか経っていません。制度も法令も常に変わり続けていますから、動きを的確にキャッチして必要に応じてロビイング活動などをしていく必要があります。そうしないと、再エネ開発には長期間を要しますから、途中でプロジェクトが頓挫したり、収益性に大きく影響が出たりしかねません。
 オリックは、常に世界の再エネ第一線でマーケットをリードしている事務所なので、海外にも多数のメンバーがいます。そうした海外の動向についての情報を集めることで、「次はこれが日本に来るのではないか」という予測もできます。日本ではFIT制度が大きく変わり、この制度をもとに事業で得られる収入の額も方法も変わりました。
 すでに同じような制度になっている海外の国、あるいは再エネへの補助が少ない国では何が行われているかというと、「コーポレートPPA」といって企業や自治体などの法人が再エネの電気を長期にわたって購入する、あるいは再エネ電気に派生する各種グリーン証書(日本で一般的なのは「非化石証書」)を購入することを通じて、事業の収益性を上げるという方法が広まっています。
 日本でも3〜4年前から、このコーポレートPPAの相談が増えるようになりました。いまではオリックも多くの案件を扱っています。コーポレートPPAは新しい仕組みなので、クライアントからの相談を待つだけでなく、オリック主催でセミナーを開催したり、事業者と需要家をつなぐお手伝いをしたりといった市場開拓のサポートもしています。事例としては、プロジェクトファイナンスが付いた初めてのバーチャルPPA(コーポレートPPAの一種で環境価値だけを購入するもの)と言われている自然電力株式会社が開発した犬山太陽光発電所(愛知県)についてのコーポレートPPAがあります。オリックは、開発段階では自然電力を、PPA段階では需要家のマイクロソフトを代理しました。

広がる裾野と第二次ソーラーブーム

 ほかにも、再エネに関する分野は裾野が広がっている印象があります。たとえば、陸上で再エネ発電に使える用地が減っていく中で、浮体式の洋上風力発電が今後大きく可能性を広げると考えられています。現在、発電所建設のできる海域をEEZ(排他的経済水域)まで広げようという議論も国で進んでいます。
 FITの買取価格が下がったり、あるいは制度が変わったりしたことで、一時期は新規の太陽光発電所開発が止まってしまった時期もありましたが、コーポレートPPAが出回り始めてから、電気あるいは証書を直接買ってくれる需要家との契約で経済性が成り立つのではないかと、第二次ソーラーブームのような状況も生まれています。
 蓄電池も非常にホットな分野です。発電した電気は原則保存ができませんが、蓄電池と組み合わせることにより再エネで発電できない時間を補うほか、電気の需要があって高く売れる時間帯に売電を行うこともできます。再エネを補完する分野として、注目を集めているのです。

「やろうと思ったことは絶対にできる」

 このような再エネの拡がりを見ながら、私は「安心で安全な電気は確実につくれる」と信じています。再エネの最大のネックと言われていた不安定性も必ず克服できますし、環境への懸念も必ず排除できるはずです。そのためには、日本で、そして世界でまだまだやらないといけないことがたくさんあるという思いで走り続けています。
 実は、私は伊藤真先生の教え子でもあります。まだ伊藤塾がなく、伊藤先生が司法試験塾で教えられていた時代ですが、大学1年生の時に講義を聞きに行ったら面白くて引き込まれ、司法試験の勉強を始めました。でも、当時の司法試験の合格率は2~3%。しかも私は経済学部でしたので、「合格なんてできないのでは」と不安になることも多くありました。そんな時に、いつも伊藤先生が仰っていた言葉を大事にしてきました。それは「人はできないことはそもそもやろうとは思わない。だからやろうと思ったことは絶対にできる」というものです。この言葉をいまも信じて、やり続けよう、やり遂げようと思っています。
 ぜひ皆さんも、いま世界で何が起きているのか、起きようとしているのかを見極めて新しい挑戦を続け、より良い未来をつくっていただけたらと願っています。

 

わかばやし・みなこ オリック東京法律事務所・外国法共同事業 マネージング・パートナー。 1996年、慶應義塾大学経済学部卒業、司法修習(50期)。1998年、検察官検事(東京、浦和、水戸地検)。2003年、米国University of Chicago Law School入学(2004年LL.M.取得)。2004年、Orrick, Herrington & Sutcliffeニューヨークオフィス勤務。2005年、米国ニューヨーク州弁護士登録。2006年よりオリック東京法律事務所・外国法共同事業勤務。2022年、一般社団法人日本風力発電協会監事に就任。

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