第3回:“We Are NTA” ―公立学校を守る戦い・1:ナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(NTA)に入学するまで(小嶋亜維子)

アメリカの公立教育システム

 今から十数年ほど前のこと、子どもが4歳になると、同じ年齢の子どもがいる周りの親たちが小学校をどうするかという話をしはじめた。私たち夫婦は「お受験」をさせるつもりはなかったので「うちは公立でいい」と言ったら、話が通じない。なぜなら、皆は私立学校の受験についてではなく、「どの公立学校に行かせたいか」について話していたからだった。義務教育である公立小学校の選択肢というのは、日本で育った私たちにとって全く新しい概念だった。

 州によって多少の違いはあるものの、アメリカの義務教育は一般的に12年間である。公立学校システムはK-12(ケイ・トゥエルブ)といって、法的な義務教育の始まる1年前のKindergarten(キンダーガーテン、幼稚園年長にあたる)から運営されていることが多い。シカゴ公立学校(Chicago Public Schools, CPS)※1では、小学校がK(キンダーガーテン)を含む7年間(K+6)、中学校が2年間、高校が4年間で区切られている。しかし中学校は単独では存在せず、ごく一部の中高一貫校を除き、ほとんどは小学校に組み込まれてK-8になっている。

 義務教育ということは、小・中・高校と、どの家庭にも住所で割り当てられる学区の公立学校があることになる。どの子どもも、たとえ undocumented immigrants(書類未提出移民。法的な滞在許可証を持たない移民※2)の子どもであっても、12年間の教育を受ける権利が保障されている※3

※1 CPSは大規模公立学校システムである。過去数十年間、ニューヨーク、ロス・アンジェルスに続き全米で3番目に多い生徒数を抱えていたが、生徒人口流出の流れがコロナ禍の影響により加速し、2022年マイアミと入れ替わり現在は4位である。Vevea, Becky, and Mauricio Peña. “Chicago Public Schools No Longer Nation’s Third Largest District.” Chalkbeat, Chalkbeat, 28 Sept. 2022,.

※2 illegal immigrants(不法移民)ともいわれることがある。しかし、書類未提出はほとんどの場合は犯罪というよりも行政手続きの違反であるにもかかわらず、illegalという語が犯罪者というイメージを喚起させ偏見を助長することから、最近ではより中立的、人道性に配慮した表現としてundocumented immigrantsという語が使われる

※3 2023年、移民に不寛容な立場をとるテキサス州のグレッグ・アボット知事が、南部国境に到着したベネズエラ難民をニューヨーク、ワシントンD.C.、シカゴなどに一方的にバスで送りつけた。これらの都市は移民に対して寛容な立場をとる「サンクチュアリ・シティ」であるという宣言をしたものの、受け入れ体制が整わないままに突如何万人もの難民を迎える事態になった。そしてこの英語のわからない大量の難民の子どもたちも公立学校に通うことになったのである。さまざまな軋轢を生んだことも確かだが、一方で行政が追いつかない中、地域の努力によって難民の家族と子どもたちを支援した事例も多く報告されている(参考:Liptrot, Michael. “Bret Harte Creates a Home for New Migrant Students.” Hyde Park Herald, 15 Nov. 2023,.)

1980年代後半から推進された「学校選択制」

 この仕組みを見る限り、アメリカの公立教育システムは誰にでも開かれた平等なシステムに思われるだろう。ところが興味深いデータがある。CPS に通う小・中学生(K-8)の44%、高校生(9-12)の75%は、自分の住所で割り当てられた学区外の学校に通っているのだ。これを20年前のデータ、小・中学生25%、高校生46%と比較すると、学区外に通う生徒の割合が近年急速に増加したことがわかる。なぜ12年間無条件で通うことができる学校が近所にあるにもかかわらず、こんなにも多くの生徒がそこに行かないのか。これは1980年代後半から推進された学校選択制(School Choice)の結果である※4

 学校選択制とは、様々な選択肢から学校を選べる仕組みだ。通常の公立学校(neighborhood schools)はそれぞれ学区があり、その区域内に住む子どもは無条件で入ることができる。さらに、CPSには学区のない公立学校が何種類かある。1つめはマグネット・スクール(magnet schools)。これはカリキュラムに特徴を持たせた学校で、例えば理数系に力を入れている、言語教育が充実しているなど、それぞれの特色がある。どこに住んでいても応募でき、入学者は抽選で選ばれる。2つめはチャーター・スクール(charter schools)。民間企業、非営利団体などが公的資金を使って運営する、いわば「委託運営」の学校で、やはり抽選で入学者が選ばれる※5。3つめは選抜制学校(selective enrollment schools)で、入学試験や成績によって入学者が選ばれ、一般的に生徒の平均学力が高いとされる。さらに複雑なのはこうした異なるプログラムが同じ学校に共存していたり、通常の公立学校にも学区外から応募できる抽選枠が設けられていたりする。

 つまり、子どもの小学校入学を控えた周りの親たちは、どの学校の抽選に応募し、子どもにどの学校の試験を受けさせるか、さらに気に入った学校の応募方式がいくつあるか、といったことを相談していたのだ。アメリカの学校制度について何も知らなかった私と夫は、友達に教えてもらいながら皆と同じように応募書類を準備したのだった。

※4 Reema Amin | September 18, 2024, et al. “What Types of Schools Can Chicago Public Schools Students Attend? Here’s an FAQ for Families.” Chalkbeat,. Accessed 13 Jan. 2025.

※5 チャーター・スクールは公的予算の民間流用の典型例で、運営の不透明性、教育の質の低下など多くの問題が起きている。特に経済的に貧しい地域では本来の公立学校が閉校され、その後にチャーター・スクールができる例が多数あり、公立教育システム内での教育格差が深刻になっている。Charter Schools and Fiscal Impact,. Accessed 13 Jan. 2025. ; Shibata, Kenzo. “Disaster Capitalism, Chicago-Style.” Jacobin, 22 Feb. 2013,.

「選んでいい」のは、良いことなのか?

 どんなことであれ、選択肢があるというのは楽しいものだ。「これしかない」ではなく「選んでいい」と言われるのは、私たちを豊かな気持ちにさせるし、主体性が発揮できるので自尊心も満たされる。しかしこの見せかけの「主体性」こそが新自由主義経済の罠だ。

 新自由主義経済は全ての財やサービスを市場化してしまう。その結果、私たちは「消費者」という主体として、絶え間なく何かを選び続ける存在となる。そして個人個人の「選ぶ」という行為が、次第に社会全体の公平性を奪っていくのだ。その例として日本のふるさと納税制度があげられる。この制度の導入により、魅力的な返礼品を提供できる地方自治体は税収が増す一方で、そうした資源に乏しい地方自治体や、本来その金額が納められるべきだった納税者居住地の都市部自治体は、十分な税収を確保できなくなっている。これも納税という公共サービスに関わる領域が市場化され、人々が納税先を「選ぶ」という主体性を発揮した結果だ。選択が可能になったことにより、選ばれるものと選ばれないものの間の格差が広がった典型例である。

 また、選ぶという行為には、その選択の「責任」が伴う。選択の自由と自己責任は常にセットだ。国民皆保険制度がないアメリカでは、医療保険は個々人が選ばなくてはならない。もし選んだ保険が何かの治療をカバーしなかったとしたら、それは「掛け金をケチって保障の少ない保険を選んだ自分のせいだ」とされる。このように新自由主義経済社会においては、私たちは見せかけの「主体性」によって、気付かぬうちに自身を本質的に不自由な状態に陥れてしまう。

 学校選択制も同様に、その推進により学校間の格差は広がり、「いい学校」に入るための子どもと親へのストレスは高まるばかりだ※6。しかもCPSの場合、2013年から採用されている生徒ベース予算方式(student-based budgeting, SBB)が、さらにこの傾向を加速させてきた。SBBとは生徒数に応じて予算が配分される仕組みである。つまり生徒を集められない学校は十分な予算を確保することができず、図工の授業がなくなったり、学校図書室が閉鎖されたりしてしまうことになる。そうなれば悪循環は止まらない。図工の授業がある学校とない学校という選択肢から、翌年度の新入生の親たちがどちらに自分の子どもを行かせたいと思うかは明白だ。こうして人気のある学校は競争率が激化し、人気のない学校はますます過疎化しさらに予算を失うことになる。

※6 アメリカ公教育システムの新自由主義市場化とその問題については、教育学者である鈴木大裕氏の『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店、2016年)を是非参照されたい

誰にでも平等に機会が与えられているわけではない

 学校間の格差は、高校になるとさらに顕著である。CPSの高校生全体の平均学力は全国平均を大きく下回る※7。その一方で、U.S. News & World Reportによる全米の高校ベストランキングにCPSの高校5校がランクインしている。この5校はいずれも選抜制高校である※8。つまりCPSの全157の高校のうち、たった11校しかない選抜制高校(その中でも特にトップ5校)と、それ以外の通常高校との間には、生徒の進路において大きな差が生じる可能性があるのだ。だから親たちは子どもが選抜制高校に入れるように、少しでも教育環境の充実した小・中学校に入れようと必死になる。4歳のうちから高校、その先の大学、あるいはその後の進路のことまで懸念しているのだ。44%もの小・中学生が学区外の学校に通っているのはこれが理由である。

 余談だが、近所の学校に行かない生徒は親が車で送り迎えするかスクールバスを利用することになる。きちんとした調査はないようだが、もし皆が当たり前に自分の学区の学校に通っていたとしたら、世界的にも最悪だとされるシカゴの交通渋滞※9はかなり改善されるだろう。実際、学期末などでCPSが休みの日は、平日であってもずいぶん交通量が少ない体感がある。

 最も本質的な問題は、「選ぶ」という行為の機会が、誰にでも平等に与えられているわけではないことだ。選ぶためには、まず選択肢を知る必要がある。そして、その選択肢を実際に選べるかどうかは、その人の経済力や時間といった資本に依存する。つまり、情報格差や経済格差が存在する社会では、「選ぶ」ことができる人自体が、すでに特権を持つ「選ばれた」存在なのだ。

 CPSの場合、こうした学校選択制についての情報は、よほど注意深くウェブサイトを読まなければ、それがあることすらわからない。そういう制度があると知ったところで、応募の手続きは非常に複雑だ。抽選は誰にでも平等だが、それは結果の話であって、そもそも参加できる人が現実には限られている。私は友人というリソースがあり、パソコンとインターネットを使うことができたから、その機会に参加することができたのだ。

 選抜制となると、さらに既存の構造的格差が反映される。どのような家庭、住環境で育ったかによって、すでに4歳になる頃には子どもたちの間に大きな格差ができてしまっている。例えば、かたや両親がいて、子どもがたくさん集まるきれいな公園が近所にあり、絵本やおもちゃも持っており、保育園や体操教室に通ったりしていた子ども。かたや昼も夜も働くシングルマザー、外に出ると銃による犯罪も心配なので日中は親戚の家に預けられてずっとテレビを見ていて、近所はさびれたフードデザート※10で、食事は大体ファストフードという子ども。もし前者の子どものテストの点数が高く、後者の子どもが低かったとしても、それが本当にその子らの能力や学力を表しているとは言い難い。

 試験のその時点に至るまでの4年間、前者の子だけがすでに「教育」を受けていたともいえる。その結果、同じ公立学校システム内での格差が開いてしまう。マイノリティ、貧困層の子どもは通常の学区学校に、社会経済的に良い状況にある子どもはごく少数しかないマグネットや選抜制に集中するのだ。

※7  Amin, Reema. “How Do Chicago Public School Students Perform Academically? Here’s an FAQ.” Chalkbeat, Chalkbeat, 20 Sept. 2024,.

※8 Wojciechowski, Charlie. “Multiple Selective Enrollment Schools in Chicago Named among BEST IN COUNTRY BY US News & World Report.” NBC Chicago, NBC Chicago, 23 Apr. 2024,.

※9 manan, Anna. “New Study Ranks Chicago as One of the Worst Cities in the World for Traffic.” Time Out Chicago, Time Out, 7 Jan. 2025,.

※10 和訳すると「食の砂漠」。食料品店が近所にないなどの理由で、新鮮な食材を手に入れづらい地域を指す

抽選制と選抜制学校に応募した結果……

 私たちの学区の小学校もSBBのあおりを受けて予算削減に苦しんでいた学校だった。ただ、その頃の私はこうした構造的な問題をまったく知らなかったので、特に息子が音楽好きだったこともあり、「音楽も図工もない学校はちょっと……」と、学校訪問もせずに選択肢から外してしまったのだった。そして自らの特権性に無自覚なまま、学校選択制に参加した。

 抽選制の学校は、よく調べないままに何十校も応募だけはした。選抜制学校はそもそも数が少ないので、通える範囲にある2つを訪問してみた。1つは学校全体が選抜制、もう1つは通常のプログラムと選抜制が共存していた。どちらの学校にもすばらしい音楽室や美術室があったのだが、特に後者の学校の校長先生の人柄と校風に強い印象を抱いた。ここに通えたらいいだろうなとは思ったが、それは試験次第。

 入試は各校ではなくCPSが行う共通試験のみで、実際こんな小さな子どもの何をテストしているのか見当もつかなかったので、とりあえず息子と一緒に本を読んだりパズルをやらせたりしてみた。正直なところ、そこまで真面目に試験準備に取り組まなかったという方が正確かもしれない。試験対策用の教室や教材は、日本のお受験ほどではないにしろ、あることはあるのだが、あまり気乗りがせず手を出さなかった。

 結果、あれだけ応募した抽選制の学校で当たったのはたった1校。選抜制学校はだめだった。当選した学校は外国語教育に力をいれているマグネット・スクールで、歩いても通える近所にあった。設備は訪れた選抜制学校ほどではなかったが、なにより日本語の授業を受けられるのが魅力で、一つしか当たらなかったけれど、とてもラッキーだったと喜んでいた。ところが、それから1ヶ月ほど経った頃、あの校長先生に感銘をうけた選抜制の学校──ナショナル・ティーチャーズ・アカデミー(National Teachers Academy; NTA)──に空きが出たので、補欠繰り上げ合格という通知が来た。

 思いがけない知らせに私たちは悩んだ。NTAは高速道路を使って10分、毎日車で送り迎えをしなくてはいけない。また選抜制プログラムの勉強についていけるかという不安もあった。さらに気がかりだったのは、前年のCPSデータでNTAは レベル3の“On Probation”(業績監視中、要改善校といった意味)となっていたことだった。

 CPSは2019年まで毎年640以上あるすべての小・中・高校について、それぞれのSchool Quality Ratings(学校の質評価)をレベル1+、レベル1、レベル2+、レベル2、レベル3の5段階で発表していた。最低のレベル3の評価を受けた学校は、教育委員会の監視と指導下に入る※11。評価は出席率、校風についての生徒のアンケート調査結果などのデータも含めて算出されるが、最も比重が多いのは生徒の統一テストの得点や過去からの伸び率など学力に関する項目なので、「選抜制学校なのに成績不振とは一体どういうことか」と疑問に思った。私たちは、とにかくもう一度NTAを訪れてみることにした。

※11 Chicago Public Schools. School Quality Rating Policy (SQRP) Handbook, 19 Sept. 2019,.; Chicago Public Schools. “School Quality Rating Policy (SQRP).” Chicago Public Schools, www.cps.edu/about/district-data/metrics/sqrp/. Accessed 18 Jan. 2025.

素晴らしい学校に、突然広がる不穏な噂

 前回訪問したのは夜だったが、今回は日中の授業時間中だったので、生徒たちの様子も見ることができた。皆とても生き生きとして見えた。そしてもう一つ気づいたことは、ほとんどが黒人の子どもたちだった。アイザック・カステラス校長に面談していただき、いろいろ質問することができた。

 その中で今でも強く印象に残っていることがある。それはカステラス校長がNTAという学校について、「特に選抜制プログラムに入る生徒の親に伝えたい」と話したことだった。それは、NTAには通常プログラムと選抜制プログラムがあるが、「一つの学校」であるということ、CPSによってプログラム別に定められたカリキュラム以外は、両プログラムの生徒はできる限り一緒に学校生活を送ること、である。そして彼は静かに、しかしはっきりと言った。「CPSのなかにはプログラムによって生徒をまったく区分している学校もあり、選抜制の生徒と通常の生徒を一緒にしないことを望ましいと考える親もいます。でも、もしそういう考えをお持ちでしたら、NTAは向きません」。

 カステラス校長の、人種差別とエリート主義を毅然と拒否する姿勢、そして教育こそが平等を実現する手段である(Education is the great equalizer.)という強い信念に私と夫は心から共鳴した。成績不振に関するデータは通常プログラムのスコアをもとにした古いものだが、最新データではNTAはすでに“On Probation”ではなく、特に通常プログラムが顕著な成長を遂げていることが明らかになっているという説明も、校長の教育への信念を実績によって証明するものだった。こうして私たちは子どもをNTAに入学させることに決めた。

 尊敬できる校長先生、素晴らしい先生と友達。さらにCPSの中でも珍しい、新しく充実した学校設備。息子の学校生活はこれ以上ないものだった。Kindergarten、そして 1年生を終え、2年生になるころにはNTAはますます成長し、CPSによる学校評価は最高ランクの “レベル1+” にもうすぐ届くところまで来ていた。

 ところがそんなある日、突然不穏な噂が流れた。──CPSがNTAの閉校を計画しているらしい──。にわかには信じられないその噂は、数週間後、本当であったことがわかる。そこから、全く思いがけないことに、私はシカゴで公立学校を守る戦いに2年間没頭していくことになったのだった。

(“We Are NTA”―公立学校を守る戦い・2に続く)

NTAの外観

アイザック・カステラス校長(中央)と筆者(右)

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

小嶋亜維子
こじま・あいこ シカゴ美術館附属美術大学 (School of the Art Institute of Chicago) 社会学教員。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。イリノイ州における公平な公教育の実現を目指す団体「レイズ・ユア・ハンド・フォー・イリノイ・パブリック・エデュケーション(Raise Your Hand for Illinois Public Education)」理事。