『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022年米国/マリア・シュラーダー監督)

 年明けから大きなニュースになっている、タレント・中居正広氏の「女性トラブル」。週刊誌報道に端を発した芸能スキャンダルは、フジテレビのコンプライアンス問題へと発展し、同社は今や存亡の危機に立たされている。にもかかわらず事件の真相はいまだ闇の中だ。中居氏と女性の間で交わされた「示談」には、第三者への「口外禁止条項」が含まれているのでは、との一部報道を受けて、「大金をもらって示談に応じているのだから、もう済んだ話でしょ」「被害者には守秘義務があるから、第三者委員会に真相を語ることはありえない」「真相究明を求めることは、二次被害に繋がる」など、さまざまな言説が溢れている。なんだかモヤモヤする。「示談」「守秘義務」という言葉にどうも引っかかる。本当にこの事件は当事者だけの問題なのか。「示談で終了」なのか。そこで思い出したのが2022年公開のアメリカ映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』である。
 
 これはハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長期にわたる性暴力犯罪を暴いた、ニューヨーク・タイムズ紙の女性記者二人の活躍を描いた実話に基づく劇映画だ。2017年、この調査報道が世に出ると、映画業界のみならず全米、そして世界中の性犯罪被害者たちが声をあげ、それが大きなうねりとなって#MeToo運動が爆発した。
 映画の主人公、ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターはともに子育て中の女性記者だ。夫と協力しながら家事育児をやりくりし、残業や海外出張もこなす。「正義感に燃える熱血漢」とか「スクープ狙いの美人突撃記者」というありがちなキャラでもなく、身近にいそうな働く女性として描かれているのがいい。
 そんな二人が取り組むことになったのは、映画界の権力者ワインスタインの性暴力疑惑の調査報道。真相を究明すべく二人は被害者と思われる女性たちを探し出し、取材を申し込む。だが「ワインスタイン」の名を告げただけで即電話は切られ、ドアはピシャリと閉じられる。それでも諦めず粘り強く交渉し、ようやくインタビューにこぎつけても、最後に一言「これはオフレコに」。
 悪夢を思い出したくもない、なかったことにする、そうでもしないと生きてこられなかった多くの被害者たち。勇気をふりしぼって打ち明けたとしても、信じてもらえなかったり、軽くあしらわれたり、更には「仕事が欲しくて応じたんだろう」と侮辱されることも。周囲からの詮索、偏見、無理解、誹謗中傷などのセカンドレイプが彼女たちから声を奪い、取材は難航する。
 何より真相究明の壁になっていたのは「秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement=NDA)」だった。被害者たちは弁護士のすすめでわずかな示談金と引き換えに全ての証拠を取り上げられ、「このことは誰にも話さない」と約束させられていた。もし喋ったら訴えるぞという脅し。この口封じが、性加害者を守る法制度になっていたのだ。NDAこそが性犯罪を助長させる構造的、法的システムだと確信した二人は、「これはワインスタインだけの問題ではない、社会全体の問題だ」という使命感を持って、困難な取材を続ける。その熱意が通じて、一人また一人と沈黙を破る女性たちが出てくる。そしてついに編集長の「記事を書け」というゴーサインが出る──。

 実はこの物語には続きがある。映画にも登場する、ワインスタインの秘書をしていたゼルダ・パーキンスさん。ニューヨーク・タイムズ紙の取材をきっかけに、およそ20年前に交わしたNDAを破り、他の被害者数人とともにワインスタインの告発に踏み切った。さらに2021年、NDAのあり方を問い直すキャンペーン「私の沈黙は買えない(CAN’T BUY MY SILENCE)」を始めた。
 その結果、アイルランド、アメリカ、イギリスで、NDAの使用を一部制限する法律ができた。バーキンスさんは「NDAは被害者のプライバシーを守る役割も果たしているので、全て否定するわけではない。ただし締結は被害者主導でなければならず、永久的であってはならない」と語っている。
 多くの被害者が沈黙する中、女性記者の来訪を「20年以上待っていたのよ」という女性もいた。話したくない、けれど話さずにいられない。その当事者の言葉を丁寧に掬い上げ、社会に訴え世の中を変えていく。地道に粘り強く、使命感と矜持を持って取材し、慎重に裏をとって公表する──ジャーナリズムの真骨頂ここにあり。“オールドメディア”だの“マスゴミ”だの言う人に見てほしい秀作だ。

(田端薫)

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