『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(工藤律子著/集英社新書)

 以前、なかなか就職が決まらず就活に疲れた大学生から「なんのために働くんでしょうか?」と聞かれたことがある。なんて答えたものか? 一瞬考えあぐねた。

 この新書の著者、ジャーナリストの工藤律子が紹介するのは、「社会的連帯経済」(Social and Solidarity Economiy、略してSSE)というものだ。本書によれば、SSEとは〈企業間の競争による利潤の追求とそれを基盤とする経済成長よりも、社会的利益のために連帯して、人と(地球)環境を軸にした経済を指す〉。具体的には〈さまざまな協同組合やNPO、共済組合、財団、フェアトレード、社会的企業、有機農業、地域通貨のような「補完通貨」の運営などに携わる者〉が担い手、と説明されている。
 SSEは、欧州の特にスペインやイタリア、フランス、中米のメキシコなどで活動がさかんで、著者はスペインでその存在を知ったという。EUでは、SSEが次世代エコノミーとして推進されていて、2024年の時点で国内総生産の約8%を占め、約1400万人が働いている(本書17p)。
 では、日本のSSE・社会的連帯経済の動向は、どうなっているのだろうか? 次世代エコノミーは育っているのか? という問いから、著者は各地の実態を見て歩いた。
 取り上げられているのは、競争社会とは相容れず自分を大切にしたい若者たちが立ち上げた映像制作会社や、仲間とともにさまざまな便利仕事を請け負う集団。あるいは、地域でお互いを思いやる女性たちが立ち上げたお弁当屋さん。外国人居住者と手を取り合って活動するケアセンター。モバイル決済まで可能にした地域通貨。フェアトレードやフードバンク。時間を交換単位としてメンバー同士で頼み事を解決する「時間銀行」、地産地消の再生可能エネルギー会社、有機農業から発展しコミュニティの創出まで可能にした地域協同組合などなど、都会から田舎まで、活動の種類も多岐に渡る(2022年に施行された「労働者協同組合法」にのっとった協同組合方式の団体も多いが、すべてがそうというわけでもない)。

 正直、こんな活動までもSSE・社会的連帯経済ととらえるのか? と読んでいて疑問を生じるものもあるし、これでやっていけているのかな? と心配になるものもある。ただ、本書に登場する人々は皆、お互いを尊重し、よく話し合う。異なる意見や立場をないがしろにせず、話し合うことで仕事のトラブルをどうにか乗り越えてきたように見える。利益が出ることだけがすべてではないと肌で感じているのではないかと思わせる。
 〈SSEという次世代エコノミーを社会に広めるために最も重要な条件は、経済の主役が地域コミュニティとそこに暮らす市民である〉〈市民がつくるSSEに(中略)欠かせないのが、民主主義を大切にする意識だ〉と著者は書く。
 だとすると、この日本でSSEがEUレベルに広まっていくためのハードルはかなり高いだろう。それでもこんなふうに、多様な形で人とつながる“みんなのための経済”がじわじわと広がり始めている。競争重視の従来型ではない新しい働き方が日本でも顕在化してきている。その事実をまず、知ることが大切ではないか。自分の「働く」ことが行き詰まったとき、ヒントになるに違いない。

 なんのために働くのか? という就活中の大学生の問いに、「社会とつながるためだよ」と答えた、と記憶している。本書を読んで、それはあながち間違っていなかったのかも? と思った。

(池田うらら)

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