エンタテインメント法とは何か~エンタテインメント・ロイヤーという生き方~ 講師:福井健策氏

エンタテインメント・ロイヤーとは、音楽、映画、出版、ライブ、ゲーム、インターネットといった分野の契約や法的なサポートを専門とする弁護士です。多様な分野の幅広い領域を扱うエンタテインメント法とは何か? 日本のエンタテインメント・ロイヤーのさきがけである福井健策さんに、エンタテインメント界のビジネスの仕組みと、それらを支える法実務についてお話しいただきました。[2024年11月15日@東京校]

エンタテインメント法に関わる多様な人々と組織

 エンタテインメント法とは、そのような名前の法律があるわけではなく、音楽、映画、出版、演劇、美術、ゲームといった分野のビジネスに関わる法律の総称です。アメリカにはエンタテインメント・ロイヤーと呼ばれる専門の弁護士がおそらくは1000人以上いますが、日本でも今後は増えていくと思われます。日本のエンタテインメント界は、この10年位、契約や権利、働き方をめぐって変革の時代を迎えているからです。
 エンタテインメント法の世界では、多様な人々、団体、企業が活動しています。
 まず、作品を作り出すクリエイター、アーティスト、実演家、プロデューサーといった人々がいます。そして、彼らが作った作品を世に出し、社会とつなぐメディア・媒介者も重要な存在です。具体的には、出版社、放送局、レコード会社、映画会社、ライブやフェスを開催するイベンター企業などですね。近年は、Googleなどの巨大プラットフォーム企業も、媒介者の中に含まれます。
 さらに、権利者団体・事業者団体があります。音楽の分野では、JASRAC(日本音楽著作権協会)が作詞家・作曲家に代わって、著作権使用料を徴収しています。また、芸能の分野では、芸団協(日本芸能実演家団体協議会)というパフォーマーのための団体があります。エンタメ界のさまざまなジャンルに、それぞれの権利擁護を目的とする団体があるわけです。
 それから、エンタテインメント関連企業の法務・ライツ部門は、いまや権利ビジネスにおける花形部門になりつつあります。私たちエンタテインメント・ロイヤーは、契約書の作成・チェック、調査・アドバイス、交渉といった実務を担っています。また、知的財産法やメディア論などを研究者の学説や提言を、日々の案件の判断の参考にさせていただいています。
 そういう意味では、裁判所の判例も重要です。しかし、日本のエンタメ界は伝統的には裁判を忌避する傾向も強いのです。そのため、起きているトラブルの多くは裁判の外で解決され、時に放置されている例も少なくありません。

映像業界と音楽業界の「権利」の構造の違い

 エンタメ界におけるビジネスの基本構造を、映像と音楽を例にざっとご紹介します。
 映像業界には、テレビ番組を放映するテレビ局があります。地上波放送局には、民放と公共放送(NHK)があります。衛星局、ケーブル局も、相当な産業規模を持っています。そして、急速に成長しているのが、ネトフリ(Netflix)やアマプラ(Amazon Prime Video)といった配信プラットフォームです。テレビ局は自社でも番組を作りますが、多くは制作会社などに制作を委託しています。
 一方、映画はメジャー系では90%以上の作品が製作委員会という共同製作の形で作られます。例えば漫画が原作のアニメ映画を制作するとしたら、アニメの制作会社、漫画を刊行している出版社、配給する映画会社、放映するテレビ局、商社、広告代理店などが製作委員会を組織して資金を出し合うのです。完成した映画の利活用と著作権は、製作委員会で共有します。
 これが同じエンタメ界でも音楽業界になると、権利と契約の構造ががらっと違ってきます。まず、曲を作る作詞家・作曲家がいます。彼らが作った曲が著作物で、ここに著作権が生まれます。また、その曲を実演家・ミュージシャンが演奏をしたり歌ったりすると、その実演(音)には著作権はありませんが、著作権に近い著作隣接権といわれる権利が発生します。そして、その実演をレコーディングすると、それを原盤・マスターといい、ここにも著作隣接権が生まれます。
 音楽業界では、著作権はどんどん譲渡されます。作詞家・作曲家は、自分の作品の著作権を音楽出版社といわれる専門の会社に譲渡します。どこでその曲がかかり、どこのカラオケで歌われているか、自分ですべて把握して使用料を徴収するなど到底できないからです。さらに、それらの音楽出版社が保有する著作権を、JASRACやNexToneといった著作権等管理事業者が集中管理団体として管理しているのです。
 実演家の場合、著作隣接権は所属事務所やレコード会社に譲渡します。また、実演をレコーディングして生まれる著作隣接権は、レコード会社に譲渡されたり、窓口許諾(第三者への再許諾権がライセンスされること)されたりします。したがって、ネットで音楽を配信しようとしたらJASRACやレコード会社などに利用許諾を得なければいけないのですが、最近はアーティスト自身が直接配信する動きも強まっています。

エンタテインメントの「契約」には膨大な種類がある

 ここから私たちの実際の仕事、エンタテインメント法実務についてお話をします。
 まず、各種エンタテインメントの契約には、膨大な種類があります。多いのは、既存の作品を利用する場合の契約。これはライセンス契約と呼ばれます。小説・漫画の出版、音楽・戯曲の演奏・上演許可、映画の配給、小説・漫画をテレビの実写ドラマ化する場合の二次作品化など。これらの契約で、公正な契約条件を獲得することをめざして交渉するのがエンタテインメント・ロイヤーの仕事ということになります。
 それから、各種イベントを実施するときは、アーティストや実演家との出演契約およびスタッフとの契約があり、海外のミュージカルやオペラが来日する際なども長大な公演委託の国際契約を結びます。また、映像やアートなど、新たに作る作品の制作委託契約、共同制作契約、イベントの共催契約といったものもあります。
 以上、主な契約をざっとあげましたが、その他にもマネジメント契約、プラットフォーム契約、作品・施設・機材の販売契約やレンタル契約、保険・輸送契約、チケット契約、広告・スポンサー契約など、多種多様な契約があります
 それぞれの契約は、民法で定められている典型契約のどれかにきれいにぴたっと当てはまることは必ずしも多くはありません。ですから、エンタメ界の契約の仕組みは、例えば「この契約は請負契約的であるが労働契約的でもある」というように、しばしば複合型ということになります。一筋縄ではいきませんが、私たちはそうした知識をもって法的アドバイスをし、交渉することが求められています。

知的財産権に関連する「公開と権利」の判断

 それから法実務には、知的財産権に関連するものがあります。その中でも頻出するのは、著作権、著作隣接権についての案件です。
 具体的には、著作権が発生するコンテンツのデジタル化・サーバ蓄積、上演・演奏・上映、放送、ネット公開・配信・メタバース化などをおこなう場合は、基本的に権利者あるいは権利者団体の許諾が必要です。著作隣接権は、著作権と同様に許諾が必要な場合と、許諾なしで利用できる場合があります。
 被写体の肖像権やプライバシーの権利になると、利用のルールはもっと曖昧です。権利の侵害になるのかならないのか、裁判所の総合的な考慮に委ねられるケースが多いのです。したがって、法的なサポートをする際の判断も難しい。例えばライブ会場の観客の写真を使うとしたら、裁判所の判断の傾向、学説等を調べた上で、クライアントには「これは肖像権侵害にならないでしょう」といったアドバイスをします。
 その他、私が命名者とされていますが、「疑似著作権」というものがあります。これは何かというと、はるか昔に著作権が切れている神社仏閣等の写真がネットにあがっているときに、それをテレビ番組などで許可なく使うと、その寺社からクレームが来るようなことが起きる。または、さまざまな物品を撮影した写真などを、その所有者の許可をとらずに利用すると、権利主張をされることが多々あるので、そういった案件でのアドバイスや調整も重要です。

エンタテインメント法実務とその課題

 その他にも、さまざまな法実務とその課題があります。
 例えば、現行の労働法が必ずしもエンタテインメントの現場の実態にそぐわないという問題は、これまでもずっと指摘されてきました。作品の公開や公演の初日が迫っているときに、現場でどんどんアイデアや問題が出てきて連日夜中になっても終わらない、なんてことは日常茶飯事です。それは労働基準法に準じているかというと準じていない。でも作品の生命がかかっている。このような問題はエンタメ界全体でどう解決するか、知恵を絞って考えていかなくてはいけません。
 それから、昨年11月1日に施行されたフリーランス法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)。この法律では、個人で仕事をしているクリエイターやパフォーマーに対して、発注時点において契約条件をすべて明示しなければならない、としています。しかし、エンタテインメントの現場においては、発注時点でゴールや詳細が完全に決まっていることは稀です。これも新しいフリーランス法と現場の実態をどう整合させるか、整備する必要があります。
 そして、国際契約もこれから重要な業務になってきます。最近は日本のアニメやゲームの人気が高く、昨年は宮崎駿監督のアニメ映画が原作の舞台『千と千尋の神隠し』が日本人キャストでロンドンで上演され、約30万人の観客を動員しました。こうした国際ビジネスでは税務やビザなど無数の法律問題が生じるので、相手方と交渉し、契約の内容に反映させなければいけないのです。
 あとは表現問題です。例えば、映画の出演者が逮捕されると、しばしばその俳優が出演している過去の作品も公開中止になります。上映、配信しても法的には問題はないのに、会社が公開を自粛するわけです。こうした事態にどう対応すべきか。私は、時には徹頭徹尾闘うべきだと思います。なぜなら、ひとつの作品の制作には多数の人々が関わっていて、彼らにはその作品を奪われる理由はないからです。私は基本的には、不必要な自粛や封印をするのではなく、作品の是非は社会の中で評価されるべきだと考えています。

すばらしい作品を社会に送り出すために

 まとめとして、エンタテインメント法はどういう特徴をもっているのか、お話ししたいと思います。
 法社会学・民法学の大家、川島武宜先生が著した『日本人の法意識』(岩波新書 1967年刊)という本があります。「日本では、裁判は訴訟沙汰といわれているように不名誉なことだという意識がある」などと日本人の法に対する考えを説いており、長く読み継がれている名著です。
 私は、エンタメ界は今でもこの「川島モデル」的な傾向が強いと思います。エンタメ界では、恐らく他の分野以上にビジネスは義理人情や信頼関係で動いています。裁判を忌避しがちだと先に述べましたが、何かトラブルがあっても人間関係を重視して解決をはかろうとします。入り組んだ業界の力関係とローカルルールが存在することが、エンタテインメント法の実務における特徴といえます。そこには、良い点も変わるべき点もあるでしょう。
 近年、国際展開が増加し、アーティスト、クリエイター、スタッフとの契約も複雑化して、社会との関係においても、エンタメ界は変革期を迎えています。法的なサポートの必要性はさらに高まっています。
 エンタテインメント法実務は、100年先まで残るすばらしい作品を世の中に出すためのお手伝いができる仕事です。本日の私のお話から、エンタテインメント法という日本ではまだあまり知られていない法律の領域について知っていただければ幸いです。

 

ふくい・けんさく 弁護士(骨董通り法律事務所代表)。日本大学芸術学部・神戸大学大学院・iU・CAT客員教授。1991年、東京大学法学部卒業、1993年、弁護士登録。米国コロンビア大学法学修士課程修了。著書は『改訂版 著作権とは何か』『誰が「知」を独占するのか』(ともに集英社新書)、『エンタテインメントと著作権-初歩から実践まで-』全5巻(シリーズ編者、CRIC)、『18歳の著作権入門』(ちくまプリマー新書)など。内閣府知財本部・文化庁他の委員、デジタルアーカイブ学会・エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク理事、緊急事態舞台芸術ネットワーク常任理事・政策部会長、日本文学振興会評議員などを務める。近著に『エンタテインメント法実務 第2版』(編著・弘文堂)

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