終盤に差し掛かってからタイトルバックが入る映画を初めて見た。
当初のテーマは「選挙」だった。2022年6月、「浅草キッド」のベテラン芸人であり、著作も多数記している水道橋博士が「松井一郎前大阪市長からスラップ訴訟を提起された」ことを機に、反スラップ訴訟の法制化を目指して、れいわ新選組から参議院比例区に立候補。博士はいかに選挙戦を戦うか。その結果はいかに、を追う作品として撮影は開始された。
政治の素人が立候補することになり、妻、芸人仲間、弟子、元マネージャーら、これまた選挙の素人によるチームがにわかに結成される。水道橋博士のキャッチフレーズは「Me、We」。「私はあなたたちだ、あなたたちは私だ」というモハメド・アリの言葉。政治家の仕事は、主権者である国民の思いを「国権の最高機関」であり、「唯一の立法機関」である国会へ届けること。その訴えから選挙戦を始めた。
街頭演説の場で有権者から、「あなたが何をしたいのか聞きたい」と問われ、「その話はさっきしたから重複になるんだけれども」と始めてしまったりする。それを見た博士の後輩でグラフィックデザイナーの「原田専門家」は、辻立ちで「みんなが集まってから話したい」という博士に、「芸人の博士は、セットも用意され、お客さんも集まり、すべてお膳立てができたところで、舞台に上がっていた。しかし、選挙ではゼロからつくっていかなくてはならない。私たちは人を立ち止まらせるために話すんだ」と諫める。
博士と定期的にyoutubeで対談をしている映画評論家、町山智浩さんは、博士に「マムちゃんのように有権者に接したらどうか」とアドバイスする。「マムちゃん」とは「毒蝮三太夫」のこと。「おお、元気か、ばばあ」みたいな毒舌で相手の懐に入っていったほうがいいというのである。毒舌はともかく、候補者たる博士が胸襟を開いていくと、有権者との間で突っ込んだ会話が生まれていった。
博士の強みは素直さだ。いいと思ったことは即実践。そしてだんだんと好感触を得ていく。チームが学んでいく過程に、みているこちらもテンションが上がる。
そして投票日の深夜。当選の報。それから約3週間後、金髪を黒髪に染めた水道橋博士は、れいわ新選組の党代表、山本太郎らとガッツポーズで記念写真に収まった。これから国会のなかで何が起こっているのかを可視化していくと博士は約束した。
ここまででも十分、見ごたえのあるドキュメンタリーである。が、本作品はサクセスストーリーでは終わらなかった。国会初登院から3カ月、博士は持病でもあった鬱を発症し、休職。その後、辞任を余儀なくされる。博士直属の秘書になった元マネージャーの長澤峻は参議院会館の事務所を片付けることになった。
そこで撮影はいったん中断。この映画はどうなるのか、青柳拓監督も途方に暮れた。
カメラが動き始めたのは、選挙戦から1年後。青柳監督が博士チームのメンバーと再会するところからである。しばらくして鬱から回復した博士とも言葉を交わす。もう政治家の道はないが、活動を再開する自分の姿をさらけ出すことで、同じ鬱に苦しむ人たちを少しでも励ましたい、と博士はいう。鬱に悩む人々のために自分が再チャレンジのモデルを見せたいという思いもあったのではないか。
青柳監督の博士への距離感が近くなったり、離れたりするのもいい。若い世代の真っすぐな心持ちや正義感のようなものが、博士の落ち込んだ気持ちをほぐしているように感じられる。
博士は青柳監督が次の映画製作に入る間にウーバーイーツの仕事を始めた。ドアの前に注文の商品を置き、ドアに向かってお辞儀をする。その繰り返し。ときに配送が20分遅れただけで、自分よりもずっと若そうなお客からきつい言葉を浴びせられる。「再チャレンジ」という言葉がきれいごとに聞こえるようなシーンだ。
「(自分は)もう終わっちゃったかな」とつぶやく博士に、青柳監督はある言葉を投げかける。博士が「殿」と呼んで敬慕するビートたけし=映画監督・北野武の作品『キッズ・リターン』で主人公が発する一言だ。30歳の監督による61歳の博士への粋なエールだった。
(芳地隆之)
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