『憲法事件を歩く 尊厳をかけて闘った人々と司法』(渡辺 秀樹著/岩波書店)

 今年5月、「マガジン9」の創刊20周年記念トークイベントを開催した。タイトルは「フトコロに憲法 未来に希望」。日常の中で存在を意識することはあまりない「憲法」だけれど、本来は私たちの生活や権利を守ってくれる一番心強い「味方」のはず。その憲法を「フトコロ」に携えて、未来に希望を描くための「憲法の使い方」を考えてみよう──という意味を込めた。

 本書『憲法事件を歩く』に描かれているのは、憲法をまさに「フトコロ」に携え、法廷で闘った人たちの姿である。目次には「朝日訴訟」や「砂川事件」など社会科の教科書で見た覚えがあるものから、「強制不妊訴訟」「夫婦別姓訴訟」などつい最近の記憶に新しいものまで、30件以上の裁判名が並ぶ。日本国憲法の制定からもうすぐ80年、こんなにたくさんの「憲法事件」──憲法をめぐっての訴訟が繰り広げられてきたのかと、改めて驚かされた。
 まえがきに「判例では分からない人間のドラマを書きたい」とあるように、単に裁判の経緯を追うだけではない。地方紙の記者である著者は、一つひとつの「事件」の当事者──原告や弁護士、判決を出した裁判官らを訪ね歩き、訴訟の背景にあったさまざまな思いや事情を明らかにしていく。
 貧困の中で死んでいった友人の遺志を継ぐために、生活保護費減額訴訟の原告になることを決めたと語る女性。安保法制違憲訴訟の原告団長を務めた理由を、「明白な違憲立法が白昼堂々と成立し、法の支配を教えてきた人間として看過できなかった」と振り返る研究者。同性婚訴訟の法廷で自らも同性愛者であることを初めて打ち明け、「これは全ての人の尊厳に関わる問題」だと訴えた弁護士もいる。
 あまりにも理不尽な状況に対して怒り、悲しみ、あらがおうとする人たち。その思いを受け止め、判決文を書いた裁判官らの言葉もまた、憲法の、そして司法の意味と役割を再認識させてくれるものばかりだ。「憲法に違反する疑いがあるなら憲法判断する。当たり前じゃないですか」と語る、長沼ナイキ基地訴訟で裁判史上初の自衛隊違憲判決を出した福島重雄裁判官。自衛隊イラク派遣訴訟で違憲判決を書いた青山邦夫裁判官は、「戦争が始まって国民が沸き上がれば、もう止めることができないのは歴史が証明している。早い段階で裁判所に救済を求めなければ戦争を止められない」と、裁判所が「平和的生存権」を具体的権利として認めることの重要性を指摘する。
 もちろん、すべての憲法訴訟で原告の権利を認める結果が出たわけではない。一審で勝訴したものの上級審で覆されたというケースも(絶望しそうになるほどに)多い。それでも、朝日訴訟や砂川事件の名前が教科書に載っていたように、判例が積み重なることは後の社会に少なからぬ影響を与える。婚外子相続差別訴訟や強制不妊訴訟など、具体的な法改正につながった判決も、いくつもあった。
 数々の裁判から見えてくる、憲法はたしかに人々の権利を守る盾として存在してきたという事実。それは、私の、あなたの権利を守るための、ということでもあるのだろう。
 〈憲法を生かすための「不断の努力」は死ぬまで続くんだなあとあらためて思う〉
 病気で声を失いながらも市議会議員としての活動を続け、議会で「代読」による発言が認められないことは人権侵害だとして裁判を闘った小池公夫氏(元岐阜県中津川市議会議員)の言葉が、胸に重く響いた。 

 なお、本書のもとになっているのは、2020年から24年まで信濃毎日新聞に掲載された連載記事。単行本化にあたって書き加えられた注釈を見ると、取材の後に亡くなられた裁判当事者が何人もいたことがわかる。その意味でも、「憲法事件」を通じて日本の戦後史を描き出した、貴重な証言記録だといえるだろう。

(西村リユ)

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