『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』(赤根智子著/文春新書)

 ロシアがICC日本人裁判官を指名手配――。2023年夏にこのようなニュースが配信された。ICC(International Criminal Court)とは国際刑事裁判所。ジェノサイド(集団殺害)や人道に対する罪、戦争犯罪など、国際社会共通の関心が集まる「中核犯罪(コア・クライム)」を犯した個人を訴追・処罰するための国際条約・ローマ規程によって設立された司法機関である。
 ICC日本人裁判官とは、本書の著者のことだ。
 ICCは、2022年2月24日にウクライナへ全面侵攻したロシア軍による民間人への無差別攻撃、インフラの破壊、大量の強制移送などの人道法違反の容疑で、ウラジーミル・プーチン大統領をはじめとするロシア政府高官に逮捕状を発付した。これによってプーチン大統領はICC締結国に入国すれば即座に拘束されるリスクを負うことになった。それに対する報復措置として、プーチン大統領は著者のほか、同じくICCのカリム・カーン判事、ロザリオ・サルヴァトーレ・アイタラ判事を指名手配したのである。
 著者が2024年3月にICC所長に就任した翌年11月、ICCはパレスチナのガザ地区における戦争犯罪などの容疑で、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、ヨアブ・ガラント前国防相に逮捕状を発布することを決定(カーン判事はハマスの最高指導者のイスマイル・ハニヤ氏、同ガザ地区指導者のヤヒヤ・シンワル氏、同軍事部門トップのムハマンド・デイフ氏にも逮捕状を請求したが、この時点で全員が死亡)。すると、イスラエルを支持するアメリカのドナルド・トランプ大統領がICCの職員や関係者に対して、アメリカ国内の資産凍結、アメリカへの渡航禁止、アメリカ企業との取引禁止などの制裁を可能にする大統領令に署名した。対象には戦争被害者を支援する市民社会組織など、ICCとの協力関係を有する人々も含まれている。
 ICCはこの2年間でロシアと米国から敵視された。国連安全保障理事会の常任国であるアメリカ、中国、ロシアはローマ規程に未締結であり、世界一の人口を擁するインドも加盟していない。
 ICCは主権国家とは異なり、主権の及ぶ領土もなく、警察のような強制的に執行できる機関をもっているわけではない。被疑者の身柄を拘束するためには、締約国をはじめとした各国の協力が必要である。だからこそ著者はICC所長として、日本がリードしてアジア諸国をICCに招き入れることに尽力すべきと主張し、現在、本部をオランダ・ハーグに置くICCの事務所を東京に設置することを提案する。日本はICCへの分担拠出額が世界第一位であり、継続して裁判官を輩出している。世界が「戦争で勝った側が負けた側を裁く」状態へと逆戻りしないために日本ができることがあるはずだ。著者は読者に次のようなメッセージを送る。
 「今、世界全体に、『法の支配』から『力の支配』へと逆行する大きな流れがあるのではないかと、私は危惧しています。このような時代だからこそ、『法の支配』を外交の柱に掲げる日本は、平和を守るために世界の先頭に立ってほしい」
 私たちは、「力の支配」へと傾斜していくアメリカに追従するだけでいいのかという問いを突きつけられている。わが国が「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」を本気で目指しているのであれば、立ち位置は自ずと明らかだろう。

(芳地隆之)

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