国民に奉仕する予算
高市首相は1月23日に開会する通常国会の冒頭に衆議院を解散する意向です。高市内閣の支持率の高いこの時期、物価対策、政治とカネ、統一教会問題など山積する問題が国会論戦に持ち込まれる前に選挙に打って出て、自民党の単独過半数を獲得する狙いとも報道されています。
そうなれば、2025年12月26日に閣議決定された令和8年度予算案は、年度内の成立が困難になります。積極財政によって経済成長を実現させていくとして、一般会計歳出、国債費ともに120兆円台に突入する過去最大を更新するものですが、その是非についても議論ができません。
年初に、マガジン9での特別企画インタビュー「いまこそ経世済民について考えよう~株式会社イナダ取締役会長・稲田覚さんに聞く~」に登場いただいた株式会社イナダの稲田覚会長と、わが国のお財布は大丈夫なのか、という話をしたのですが、その内容が印象的だったので少し紹介したいと思います。
稲田会長が、開口一番に私に問いかけたのは、
「財務省とか経済産業省とか、国の行政機関はなんで『〇〇省』というのだろうか」
でした。
英語でいうところの「ministry」は、ラテン語で「務める、奉仕する」を意味する動詞「ministrare」に由来し、そこから「務める人」を意味する「minister」(大臣、聖職者)、「務める場所・組織」という意味で「ministry」(省、職務)に派生しました。
しかるに省とは? と稲田会長は問うのです。
「『省』という字は『省く』『省みる』という意味ですよね。前者は『悪いところを取り除く、不要なものを減らす』、後者は『自分の行いを振り返り、反省する』。赤字予算を立てるのは逆の行為でしょう。とりわけ来年度は、高市首相の『台湾における存立危機』発言で対中経済関係が停滞し、GDPが低下する可能性が高い。であれば、支出をなるべく『省く』。苦しい台所事情のなか、赤字を増やして、国民の負担を重くしてどうするのか。人口減少が続いているのに予算は膨らみ続けることを、いつになったら『反省』するのか」
「省」とは中国の宮廷の役所を指し、これが日本の律令制の「省」や中国の地方行政区画「省」の語源となったようですが、「ministry」は「奉仕する場所」というニュアンスをもっています。現代の日本の行政機関たる「省」が誰に奉仕するかといえば、それは「国民」ということになるのではないでしょうか。
日本は平和のイニシアチブを
令和8年度の予算案における防衛費は初の9兆円台に達し、過去最大となりました。深まる対中対立がその背景にあると思われます。日本の安全保障について稲田会長は、こう述べます。
「日本の政治家はイスラエルに飛んで、ガザ地区の難民を受け入れると提案するくらいでないとだめだ」
その後、1月6日に日本の国会議員がイスラエルを訪問し、同国のネタニヤフ首相やヘルツォグ大統領と面会したというニュースが入りましたが、そこでガザの惨状に対する発言が議員団からなされたという報道はありませんでした。
「いまの日本は傍観者です。世界で様々な問題が起きているのに、日本という池の水面は凪いでいる。そこに石を放り込んで波風を立てるには『難民を受け入れる』ことくらいしないと」
アメリカのトランプ政権の予測がつかない行動に対して、後手に回ってあたふたするのではなく、先手を打つ。日本がアジアや中東においてアメリカのできないことをやる。平和の構築に積極的に動くことでリーダーシップを発揮するのが日本にとっての最大の安全保障になるというのです。
「平和には努力が必要です」という稲田会長。憲法第12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」にある「国民の不断の努力」は平和を維持するためにも向けられるべきでしょう。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」という憲法前文の一節を思い出す年初でもありました。
(芳地隆之)
写真は本文とは関係ありません。ドイツの劇作家、ベルトルト・ブレヒトの詩の一節を、知人の書家が作品にしました






