まもなく衆議院議員総選挙投開票日です。
昨年末には「解散を考えている暇がない」と言っていたはずの高市首相は、年が明けると大転換。1月10日過ぎには「解散か」の報道が流れ始め、19日には「解散」を正式発表。あれよあれよという間に選挙戦が始まりました。
でも、振り返ってみるとこの総選挙、最初からあまりにもおかしなところだらけでした。特に「憲法」の観点から考えても、納得のいかないことが多すぎるように思います。
選挙の結果がどうなるにせよ、同じことが繰り返されないように、そして後からでも検証できるように、その「おかしなところ」、まとめて書き留めておきたいと思います。
●解散権の濫用では?
今回に限ったことではありませんが、これまで「いつ衆議院を解散するか」は「首相の専権事項」──首相が自由に決められる問題であるかのように語られてきました。結果、国民から見て特に解散事由(「選挙に有利」「自分たちに都合の悪いことをごまかせる」以外の)が見当たらなくても、与党や首相にとって有利な時期に解散総選挙が行われる──ということが続いてきています。
でも、憲法に書かれている解散事由は、69条にある「内閣不信任案が可決されたとき」のみ。首相や内閣が「解散時期を決められる」なんていうことは、憲法のどこを見ても書いてありません。ただ7条に天皇が衆議院の解散を「内閣の助言と承認に基づいて」行う、と書かれていることをもって、内閣が解散を決めるということが慣習的に行われてきたに過ぎないのです。
少なくとも今回のような、「高市早苗が総理大臣でいいのかを国民のみなさまに決めていただく」なんていう、議院内閣制を無視した意味不明の理由を掲げての解散(しかも通常国会の冒頭に)に、「内閣不信任案が可決されたとき」に匹敵するような大義がないのは明らかです。解散権の濫用としか言いようがないのではないでしょうか。
●独裁体制にしたいんですか?
公示後最初の演説で高市首相は、国旗の損壊に対して刑事罰を科す「国旗損壊罪」の制定について、こう述べました。〈最も反対しそうな党の人が(法務委員会の)委員長です。おそらく(法案を)出しても審議入りはしてもらえない〉。そして、〈色んな政策でそういう現象が起きてる。だから政策を変えたかった〉とも。解散前、衆議院の予算委員会、憲法審査会、法務委員会の委員長を野党議員が務めていたことを指しての発言のようです。
つまりは、今の体制のままでは自分たちがやりたい政策が野党のせいで通らないから解散総選挙に踏み切ったのだ──ということでしょう。でも本来、考え方の違う人たちの間で審議を重ね、批判に耐える内容の政策になるようすりあわせをしていくことこそが国会の役割なのでは? と思います。それをせず、与党だけで「やりたい政策」を進めるんだ、というのなら、独裁体制と何が違うのでしょう。「国権の最高機関」たる国会を、あまりに軽視した発言だと思います。
●「国民のみなさま」から排除された人たち
「高市早苗が総理大臣でいいのかを国民のみなさまに決めていただく」選挙だ、といいますが、実はその「決める」行為にさえ参加できない(かもしれない)人たちが大勢います。
まず、海外在住の有権者。今回の選挙は解散から投開票までが「戦後最短」の16日間しかなく、郵便投票が間に合わないという海外在住者の声がSNSなどでも多数見られました(中にはまる1日かけて遠くの在外公館まで投票しに行ったなんて経験談も)。
それから、視覚障害者に向けた点字版の選挙広報作成が間に合わず、配られるのはなんと投開票2日前の6日ごろの見込み、という報道も。投票先を決めるのに十分な情報が発信されているとは、とても言えません。
あとは、解散当初から指摘されていたように、大学受験まっただ中の若い世代。それから、県知事が自衛隊派遣を要請する事態になっている青森県をはじめ、豪雪被害が伝えられる地域の人たちも、落ち着いて投票先を決め、迷わず投票に行ける状況ではないのは確かでしょう。多くの人の参政権が脅かされた選挙だと思います。
●「憲法改正」に白紙委任?
解散表明会見で「国論を二分する政策」にチャレンジしたいと述べた高市首相。しかし、その「国論を二分する政策」がなんなのかは、今に至っても明らかにされないままです。何をやるのかも分からないまま、白紙委任しろということなのでしょうか。
1月24日付朝日新聞は、「国論を二分する政策」とは何なのかを解くカギとして、「高市政権発足直前に公表された自民党・日本維新の会連立政権合意書」を挙げています。その中には「スパイ防止法」「防衛力の抜本的強化」「日本国国章損壊罪」「外国人政策の厳格化」など、憲法に密接に関わる内容のものがずらり。そしてストレートに「憲法改正」も含まれています。
●総理が「憲法改正」を訴えるのは……
さらに2月2日には高市首相が、演説の中で「(自衛隊を)実力組織として位置づけるためにも当たり前の憲法改正もやらせてほしい」と述べた、と伝えられています。総理大臣が主権者の声を代弁するのでなく、自らの個人的な思想として改憲を主張することは、憲法99条の憲法尊重擁護義務に反する可能性が高いのではないでしょうか。
この問題については、「憲法の伝道師」伊藤真さんに、こちらのインタビューの中で詳しくお話しいただいています。下記は、そのインタビューの中の伊藤さんの言葉。多くの人に(そして政治家に)届けたいです。
「その憲法を獲得するためにどれだけの犠牲が払われたのか、どれほどの人類の叡智が積み上げられてきたのか、これまでの歴史を知れば、改憲というのはそう簡単に口に出せるものではないと思います。そこを軽視することは、犠牲になった多くの人々への不敬ですらあるのではないでしょうか」
(西村リユ)





