変わらぬ志、海運法務のエキスパートへ 講師:樫原圭氏

今回の講師・樫原圭氏は、大手総合法律事務所に所属し、海事業務、労務業務のほか、さまざまなジェネラルコーポレートに携わる若手の企業法務弁護士です。弁護士を目指したきっかけ、企業法務の魅力など、講演の一部をご紹介します。[2026年2月]

弁護士を目指したきっかけ

 私が弁護士を目指すようになった最初のきっかけは「足利事件」でした。
 これは1990年に栃木県足利市で発生した殺人死体遺棄事件で、翌年に菅家利和さんという男性が逮捕起訴され、93年に無期懲役の判決が出ました。その後、2000年に最高裁で判決が確定するのですが、09年に事態が急転します。DNAの再鑑定が行われたところ、現場に遺留されていたDNAと、菅家さんのDNAの不一致が判明したのです。鑑定技術の進歩で、93年段階ではできなかった精度での鑑定ができるようになっていたのですね。これによって菅家さんは釈放され、再審が開始されて2010年に無罪判決が出ました。
 当時、私はまだ小学生でしたが、無罪判決を伝えるニュース番組を見ていました。菅家さんが「この結果を作ってくださった弁護人の皆さんには頭が上がらない」ということをおっしゃるのを見て、こんなにも人の人生に大きな影響を与えられる職業があるんだなと、漠然と弁護士への憧れを持ちました。
 その後、高校で受けた法律入門の授業が面白かったこともあって、「もっと法律をしっかり学んでみたい」と、大学の法学部に進学。本格的に弁護士を目指すようになりました。
 同時に、海運業界で働く父親から「海運業界は契約に関する問題が非常に多いのに、独特の商慣習が多くてわかりにくかったり、英語での対応がメインになったりすることから、法律家の参入障壁がとても高い」という話を聞く機会がありました。そこから、ニーズがあるにもかかわらず、十分なサービスが受けられない人がいるのならそれに応えたい、海運業界で活躍できるような弁護士になりたいと考えるようになりました。
 その思いを叶えて、現在は主に企業法務の分野で活動し、海運関係の仕事にも多く関わらせていただいています。

企業法務弁護士の仕事をイメージする

 企業法務とは「企業活動に伴う法律問題の予防や対応、指導などに関する諸活動」をいいます。契約書のドラフト、レビューから、株主総会の対応、M&Aにあたってのサポートなど、具体的な業務内容は多岐にわたります。また関連する法律も民法、会社法、労働法、知的財産法、個人情報保護法などさまざまです。
 企業法務弁護士の仕事内容をイメージしていただくために、一つのケーススタディを考えてみました。
 〈弁護士であるあなたの元に新進気鋭のスタートアップ企業の社長が相談にきました。その会社では独自に開発した技術を用いて「空飛ぶ車」のリリースを検討しています。「社運をかけたプロジェクトです。他社に先駆けて一刻も早く製品をリリースしたい。これが成功すれば夢にまでみた上場も可能かもしれません。先生、このプロジェクトに法的なリスクはありませんよね」と社長は意気込んでいます。〉
 そこであなたはどう答えますか? ここで「リスクは一切ありません」と答えることはできません。なぜなら、リスクが全くない事案というのはほぼあり得ないからです。では、このケースの場合、具体的にどのような法的リスクが想定されるでしょうか。
 まず許認可について。航空法など事業に必要な許認可が取得できているのかどうかという点が重要です。
 二つ目は損害賠償リスク。もし交通事故が発生したら、誰が責任を取るのか。メーカーか、運転者か、保険会社か。こうした「もしも」の時の損害補償対策ができていなければ、大きなリスクになります。
 三つ目は知財リスク。他の競合会社がすでにその技術を開発・使用していて特許をとっていれば、知的財産を侵害することになりますので注意が必要です。また製品をリリースした後に、競合他社に技術を盗まれないためには、どのようにしたらいいかも備えておかねばなりません。

法務の「守り」と「攻め」機能

 弁護士であるあなたは「空飛ぶ車」プロジェクトには、少なくともこれだけの法的リスクがあることを、やる気満々の社長に告げます。社長は「そんなにリスクがあるのなら、やめた方がいいだろうか」と迷い始めるかもしれません。時に「法務はビジネスを殺す」と言われる場面です。
 法務には「守り(ガーディアン機能)」と「攻め(パートナー機能)」の両面があると言われます。ガーディアン機能とは、「法的リスク管理の観点から経営や他部門の意思決定に関与して、事業や業務執行の内容に変更を加え、場合によっては意思決定を中止・延期させるなどによって、会社の権利や財産、評判などを守る機能」のことです。
 対して「攻め(パートナー機能)」とは、「経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする機能」です(『国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能のあり方研究会報告書』より)。
 メリットよりデメリットが大きいと判断すれば、弁護士としては「守り」機能の立場からその事業にブレーキをかけることも必要でしょう。しかし「このままではリスクが大きすぎるけれど、その代わりにビジネスのこの部分を変更して、こうしたらどうでしょう」など、「攻め」機能を発揮して前向きなアドバイスを提示することもできます。
 クライアントが求めているのは、自分と目標を共有し、実現可能な方向を探ってくれる法律のスペシャリストではないでしょうか。法的リスクを冷静に分析、判断し、事業を成功に導くスキルが必要なのです。

リスクを正しく分析する

 パートナー機能を意識してアドバイスするためには、まずリスクを正しく分析することが大切です。
 一般的にリスク分析は、そのリスクはどれくらいの確率で起きるかという「確率」と、リスクが起きた時の影響の大きさ「インパクト」の掛け算によって行います。インパクトが大きくても、起こる確率が低いのであれば、そのリスク評価は低くなります。反対に、起こる確率が高くとも、そこまでインパクトが大きくないとなればリスク評価は低くなります。
 では「空飛ぶ車」プロジェクトの法的リスクを乗り越えて、なんとか社長の夢を実現できないか、考えてみましょう。
 例えば、航空法など許認可を取るのが難しい、コストがかかりすぎるということであれば、許認可を取得しないでも実施できる事業形態を検討する、あるいはすでに許認可を持っている他の会社に事業を委託するという手もあります。
 また損害補償リスクに関しては、契約や利用規約で手当しておく、保険に入っておくといった対応が考えられます。
 知的財産に関するリスクでは、事業を実施する上で障害となる特許がないかを事前に調査する「FTO(Freedam To Operate)」を実施する。他に手掛けているところはない、問題となる特許はないと確認できれば、自信を持って事業を進めることができます。
 このように、法務は「ビジネスを生かす」こともできるのです。
 
 法律によってビジネスを「攻め」と「守り」の両方からサポートすることで企業活動が活発化して、我々の暮らしが豊かになり、より良い社会の実現に貢献することができる。このように企業法務は非常にやりがいのある素敵な仕事だと考えています。

かしはら・けい 1998年生まれ。2017年慶應義塾大学入学。2019年司法試験予備試験合格。2021年司法試験合格。2021年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2022年TMI総合法律事務所入所

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