HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟について~これまでの展開と今後の課題 講師:水口 瑛葉 氏

HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟について ~これまでの展開と今後の課題 講師:水口 瑛葉 氏

 2016年7月、子宮頸がんを予防する目的で開発されたHPVワクチンの副反応により深刻な被害を受けた少女たちが、国や製薬会社を相手に全国4都市で一斉提訴を行いました。しかし、国や製薬会社は被害を認めていないばかりか、製薬会社は国に対し政策としてワクチン接種を積極的に勧めるように求めています。
 今回の講演では、弁護士登録1年目からHPVワクチン薬害訴訟全国弁護団の一員として精力的に活動していらっしゃる水口瑛葉先生に、薬害被害の実態や訴訟を行うことの意味、今後の課題などについてお話しいただきました。 [2017年4月8日㈯@渋谷本校]

HPVワクチン副反応被害を巡る状況

 HPVワクチンとは、子宮頸がんを予防する目的で、HPV(ヒトパピローマウイルス)の感染を予防するために開発されたワクチンです。日本では、2009年にサーバリックス(GSK社)、2011年にガーダシル(MSD社)という二つのワクチンが承認されました。HPVは性行為を媒介として感染し、既感染者には効果がないため、性行為を経験しておらず、HPVに感染していない可能性が高いという理由で、小学6年生からから高校1年生の少女たちを主な対象としています。一人あたり3回の接種が必要で、自費で接種する場合には、費用は計5万円ほどかかります。
 当初は任意接種という形で始まりましたが、国は2010年にHPVワクチン接種を緊急促進事業として公費助成の対象とし、無料でワクチン接種を提供したため、多くの人がこの時期に接種しました。2013年4月には予防接種法を改正し、定期接種を開始しました。
 しかし、各地で深刻な副反応被害が報告されたことから、定期接種化からわずか2ヶ月後に国は「積極的接種勧奨」を一時中止しました。つまり、定期接種としていながら「国はワクチン接種を積極的にはお勧めしません」という矛盾状態となったのです。中止から4年経った現在も積極勧奨は再開されていません。
 被害者らが2013年3月に結成した「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」は、2015年3月に国と企業に対し全面解決要求書を提出しましたが、国も企業も被害を認めようとせず、むしろ企業は国に対し積極勧奨再開の働きかけを行っていました。やむを得ず、2016年7月21日に被害者63名が原告となり、国と製薬企業を被告として、東京、大阪、名古屋、福岡の4都市で一斉提訴を行いました。

HPVワクチンの有効性と危険性

 どんな薬でも使用には危険が伴います。それでも使用が許されるのは、総合的に見て危険性(副反応)を上回るだけの有効性や必要性があるからです。
 HPVワクチンの副反応は、全身の疼痛、運動障害、知覚障害、記憶障害、自律神経障害などの多様な症状が、時の経過とともに変化しながら重層的にあらわれます。例えば目の奥のえぐられるような痛み、意思とは関係なく起きる不随意運動、過眠、突然起きる脱力、家から学校までの10分ほどの道のりが突然分からなくなる記憶障害など多様な症状が、一人の被害者に複数重複して起こり、時とともに症状が変化するのが特徴です。これらの症状はワクチン接種から数ヶ月以上経過してから発生する場合もあるため、病院に行っても原因が分からず適切な医療が受けられないということが少なくありません。また、様々な症状に合わせて多数の医療機関を受診した方も多く、娘の日常生活の介助のために母親が仕事を辞めざるを得なかった方もいるなど、経済的負担も大きく、家族の生活や仕事にも多大な影響を及ぼしています。
 症状を周囲に理解してもらえず、学習や就労が困難となり、「生きていたって意味がない」と涙を流す少女たちの姿を多くみてきました。このような深刻な副反応の危険性があるにもかかわらず、薬の有効性は不確実で非常に限定的であるといえます。
 そもそも、HPVに感染した人が子宮頸がんになるリスクは約0.15%と言われています。HPVワクチンを接種することでリスクを減らすことができるとされていますが、もともと低いリスクをさらに低くすることにどれほどの意味があるのでしょうか。また、HPVに感染した細胞ががん細胞になるまでには非常に時間がかかります。臨床試験では、がんになる前の状態である前がん病変の抑制効果の観察期間は最長約9年で、このワクチンを打った中高生たちが結果、将来子宮頸がんにならない、という効果は証明されていません。つまり、HPVワクチンによる子宮頸がんの予防効果は実証されていないのです。さらにこのワクチンは、15種類あるとされている子宮頸がんの原因とウイルスのうち2種類にしか効果がないため、仮にワクチンを打ったとしても、その後も検診を受け続ける必要があります。
 なお、子宮頸がん検診によって子宮頸がんの早期発見、早期治療が可能であり、HPVワクチンに比べより安全で効果的な手段であると言えます。日本での子宮頸がん検診の受診率は約40%と非常に低いため、まずは受診率を上げることが先決ではないでしょうか。

なぜHPVワクチン定期接種に至ったのか

 公権力による定期接種が許されるためには、①ワクチンに高い有効性と安全性があり、②公衆衛生政策上の高い必要性があることが求められますが、HPVワクチンは①②いずれも満たしていません。それにも関わらず、このワクチンは非常に早いスピードで定期接種化されました。
 その背景には「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」の活動が大きく関わっています。ワクチン接種推奨のため2008年に設立した同団体は、国会議員や地方自治体の職員へ積極的にロビー活動を行ったり、医療関係者やメディアなどへセミナーを行ったりと、幅広く活動してきました。各学会の要職にある人たちが実行委員となっているため、非常に影響力がありました。しかし、同団体はMSD社、GSK社などの製薬企業から多額の寄付を受けており、実質的には啓蒙に名を借りたプロモーションであったといえます。
 また、日米通商交渉によりアメリカから「HPVワクチンについての措置を拡充せよ」「予防の定義を拡大せよ」などといった圧力がかかっていたという事実も軽視出来ません。HPVワクチンが定期接種化される直前に予防接種法が改正されていることからも、貿易や経済の仕組みが薬品に関する行政を大きく動かしているように思えてなりません。

HPV薬害訴訟とは

 訴訟では、①ワクチンとしての有用性が欠けるにも関わらず承認・市販したこと、②接種勧奨の要件が欠けているにもかかわらず公費助成を行い定期接種化し接種を勧奨したこと、③接種を希望する者に対してワクチンの有効性や危険性に関する説明が不十分であったことなどについて国や企業(GSK株式会社、MSD株式会社)に責任があるとして損害賠償を請求しています。
 しかし賠償が最終ゴールではありません。訴訟の真の目的は、国と企業に責任があることを認めさせた上で、責任に基づく恒久対策や再発防止を約束させることにあります。原因究明のための研究や医療体制整備にきちんと予算をつけること、被害者の医療・就職等の支援を継続して行うこと、被害への無理解や偏見の解消に努めることなどを具体的に約束させることなどが重要なのです。
 これらは、これまでの薬害訴訟で実践されてきました。例えば薬害エイズ訴訟では、和解から20年以上経った今でも、厚生労働大臣も参加した原告団との協議や拠点病院での定期的な協議を通じて、現在のニーズに合わせた治療や支援等を行っています。これが実現できるのは、訴訟で国に責任があることが明確になったためです。国の責任を明確にしなければ、「かわいそうだから国が助けてあげます」という恩恵としての対策しか出来ません。
 今後は、企業や国が否定しているHPVワクチンと副反応被害の因果関係を様々な証拠に基づき立証していくことが、まずは中心の課題となります。また、訴訟外の運動も盛り上げるべく動き出しています。

必ず自分が取り組むべき課題がある

 法曹を目指しているみなさんの中には、法曹になって取り組みたい課題や挑戦してみたい仕事が見つかるだろうかと、不安に思っている方がいらっしゃるかもしれません。しかし、弁護士にはその時々に合わせて必ず取り組むべき課題がありますし、いざチャレンジしてみると案外夢中になるものです。私の場合は、それがこのHPVワクチン薬害訴訟でした。
 こうした集団訴訟は、議員会館をまわったり、記者会見を行ったり、医師と面談したり、メディア関係者にレクチャーをしたりと、普通の訴訟では行わないようなことを多く体験できますし、弁護士として社会にかかわっているという実感がもてます。また、弁護団の一員として活動することによってベテランから若手まで大勢の弁護士と一緒に仕事ができ、非常に勉強になります。もちろん、通常の業務をこなしながらこれらの活動を行わなくてはならないし、勉強も必要ですので大変ではありますが、その分やりがいがあります。
 HPVワクチン薬害訴訟に興味を持った方は、一度訴訟を傍聴しに来てください。何か感じるものがあるかもしれません。やはり、被害者の方々の声を直接聞くのと聞かないのとでは大きな違いがあります。一般の方々で訴訟を支援してくださる方も募集しておりますので、まずは是非関心を持って頂ければと思います。

明日の法律家講座 第262回 HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟について ~これまでの展開と今後の課題

水口 瑛葉 氏(弁護士、「東京合同法律事務所」所属、元伊藤塾塾生)
 東京都出身。2010年立教大学法学部卒業。2013年早稲田大学法科大学院修了。2013年最高裁判所司法修習生(67期)。2014年12月、弁護士登録(東京弁護士会)。【主な所属団体・役職等】東京弁護士会消費者問題特別委員会委員、医療問題弁護団幹事、自由法曹団、青年法律家協会など。

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