2025年12月30日
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小林美穂子

小林美穂子
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1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。

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第55回:生活保護費一日1000円窓口支給から2年、桐生市は生まれ変わったか?(小林美穂子)

2023年11月、群馬県桐生市が生活保護利用者に一日1000円を窓口支給していた事件が世間に衝撃をもたらした。その一件を皮切りに、堰を切ったかのように桐生市による深刻な人権侵害、違法・不適切行為が溢れだしたのは過去に書いた通りだ。一日10…

第54回:年金生活者がバカを見る? 生活困窮者同士の対立を煽る週刊新潮の有害さ(小林美穂子)

「ああ、またか。またこの手合いか……」。新聞に掲載された週刊誌の広告が目に入り、朝から心底ウンザリしてしまった。週刊新潮である。〈「生活保護」申請増加で年金生活者がバカを見る〉という見出しの下には高市首相の顔写真。そして小見出しが…

第53回:あるタクシードライバーの死(小林美穂子)

9月下旬の日曜日、遅い朝食をとっている時にスマホが鳴った。着信画面に「警視庁」の文字。警察から電話が掛かってくる時は、大抵、ほぼ100%が悪い報せだ。過去に支援した若者が泥酔して死ぬと言っているから保護した。迎えに来てほしいとか、…

第52回:府中刑務所見学記 ~懲らしめから立ち直りへ、変わりゆく刑務所~(小林美穂子)

灰色の空から時折り霧雨が降っていた。猛暑の中休みのような7月のある日、私は府中刑務所見学の機会を得て、最寄り駅まで迎えに来てくれた職員のあとについて門をくぐった。東京ドーム5.6個分と言われてもドームに行ったことがなくてピンと来ない…

第51回:猫と暮らせば、犬と暮らせば。生活困窮者とペットの話(小林美穂子)

今週、我が家の猫が全身麻酔と入院が必要な手術を受けた。うちにはサバ(正確にはサヴァ)という推定10歳になる雄猫と、梅ちゃん(錦松梅)という推定9歳の雌猫がいる。ともに野良出身の保護猫である。サバが我が家にやってきて9年、梅ちゃんが…

第50回:「伝えていくことが生きているものの使命」 映画『黒川の女たち』から渡されたバトン(小林美穂子)

今から80年前、国策として実施された満蒙開拓事業により、27万人もの日本人が中国東北部へ移住した。開拓と銘うっているが、実際は現地の中国人が暮らしていた農地や家を安い値段で立ち退かせたり、あるいは略奪したりする形での入植だった…

第49回:気温35℃の炎天下、タクシー争奪戦で荒む己の姿に社会の「今」を見た(小林美穂子)

アジサイが鮮やかに咲き始め、クチナシの甘い香りが漂い、さぁ、今年もあたくしの登場ねと梅雨が立ち上がろうとしたところに、背後から全速力で走ってきた夏が梅雨に猛烈なタックルを食らわせ、はるか彼方に吹き飛ばした。そんなふうに突如として…

第48回:キャパ小さめ支援者に頻繁に訪れるプチバーンアウトを乗り越える秘儀(小林美穂子)

どうも力が出ないのである。先週、実家奉公と群馬県桐生市の国家賠償請求訴訟の第5回口頭弁論を傍聴した翌日の土曜日、私はこんこんと寝続けた。昼近くに起きて、昼食を食べて、「さぁ、待ちに待った週末だ、休むぞ!」と、パソコンを起動してゲ…

第47回:境界線が溶ける。いま生きて、共に在ることを祝う祭日 「第12回りんりんふぇす」(小林美穂子)

今年も若葉の季節、そして「りんりんふぇす」の季節がやってきた。「りんりんふぇす」はシンガーソングライターで文筆家である寺尾紗穂さんが発起人となり、2011年から始まった音楽イベントだ。ア..

第46回:桐生市事件が発覚して一年四カ月、激しい攻防の果てに(小林美穂子)

3月28日、朝、家を出た時には降っていた雨が、群馬県桐生市に到着した昼頃にはすっかり上がっていて、そして初夏のように暑かった。スプリングコートを脱ぎながら、桐生市の新庁舎に向かう。桐生市が、生活保護が開始された男性に一日千円を窓口…