「むかしの侍ってさ、番傘を直すとかして、収入の足しにしてたっていうじゃない。そういう(副業がある)の、いいよね」というマガジン9編集部の一人に、「うん、うん、手に職があるって大切だよね」と私が頷いていたのは、東日本大震災の直後だったと思う。
その後、本書を手にとって、「番傘を直すのは『生業=ナリワイ』なのだな」と得心したのだが、現代のそれには「自力でつくれて人間に無理がないサイズで、やれば頭と体が鍛えられて、ついでに仲間が増える仕事」という定義が加わる。心身ともに健康になるというところがポイントだ。
たとえば、著者は「床張り特訓講座」を企画している。「『どうやったら夢のマイホームが手に入るか』じゃなくて、『そもそも、住宅ローン自体がいらなくないか』」と考えていった末に行き着いたアイデアである。現代の私たちは長年にわたるローンで家を買わされているが、むかしは大工さんにも手伝ってもらいながら、自分たちで建てていたではないか。
とはいえ、いきなり家を建てるのはハードルが高いので、湿気の高い日本では空き家になるととくに腐りやすい床を何とかできる人間になろうというわけだ。受講者たちはその後、「全国床張り協会」を立ち上げ、床張りを請け負うしくみをつくった。もちろん副業のノリで。
ナリワイは、日常のふとした疑問やお困りごとを解決するための手段であり、それは自分の手持ちの札を増やしていくようなものだ。
会社勤めをして生計を立てるという暮らしの歴史は長くない。会社の規模が大きくなるつれ、多様な職や業種がなくなっていき、分業化が進んだ結果、多くの人々は仕事の手ごたえを感じにくくなった。これまでせっせと貯めた資金を元手に退路を断って起業に挑む「バトル系」のタイプはその延長線上でしかない。AIが人間からさらに仕事を奪っていくだろう未来においては、コストパフォーマンスよりも、これをやると人と仲良くなれるので楽しいと思える「非バトル系」のナリワイの方が相応しいのではないか。
初版は2012年だが、先ごろ文庫になったので、気軽にお手にとってみることをお勧めする。ナリワイについてつらつら考えていくだけでも、いまいるこの日常が少し違って見えてくるはずだ。
(芳地隆之)