第414回 共謀罪、そして冤罪54年〜今、狭山事件から考える〜の巻

 ゴールデンウィークが終わって初めての更新だ。

 連休の終わりにはフランス大統領選挙があり、ルペン氏を押しのけてマクロン氏が勝利。これにはほっと胸を撫で下ろしたが、かといってマクロン氏がどのような政治を進めるのかはまだまだ未知数だ。

 また、9日の韓国大統領選ではムン・ジェイン氏が勝利。隣の国で「民衆の力」が大統領を退陣に追い込み、新しい大統領を誕生させたというのに、森友問題もどこ吹く風で、この国の内閣支持率は依然5割ほどと高止まりしている。

 そんな状況を受けてなのだろう、憲法記念日に安倍首相は突然、「2020年に憲法改正の施行を目指す」と初めて具体的に期限を区切り、また、9条に自衛隊の存在を明記すると発言。連休明けの国会で長妻議員に真意について問われると、まさかの「読売新聞を読め」発言をしたのだった。

 これほど有権者をバカにした答弁があるだろうか。国会運営にかかっているお金は1日あたり3億円とも言われる。そんな中、首相である人間が特定の新聞に掲載された自分の記事を「熟読しろ」というのだ。それは直訳すると、「お前ごときのためになんで俺様が時間と体力を使っていちいち説明しなくちゃなんないの?」ということだ。長妻議員に対して失礼なのではない。この国に住む全員に対して失礼なのだ。

 ちなみに安倍首相は憲法改正について、これまでも「国民の議論や理解を深めていきたい」という発言をしている。が、「国民の議論」も「理解」もどうでもいいという本音が、はからずもダダ漏れする結果となったのだった。

 そんな憲法改正と同様、「オリンピック」がダシにされて安倍政権がゴリ押ししているのが、共謀罪ことテロ等準備罪。

 ご存知の通り、犯罪が成立していなくても相談だけで罪となってしまう法律である。「テロ対策」と言いながらも、対象となる犯罪はあまりにも膨大。一般人は対象外とされているが、「私は100%、誰から見てもまごうことなき一般人です」と胸を張れる人はどれくらいいるだろうか。例えばしょっちゅうデモに行っているなどは「一般人」と定義されるのか。とにかく、「え、こんなこと話したら共謀罪?」という空気が広がるだけで、あらゆる場面での萎縮を呼ぶのが共謀罪なのだ。この法律が成立したら、冤罪が増えることだけは間違いないと言われている。

 そんな共謀罪が審議されている中、ある冤罪事件の集会が予定されている。

 それは「不当逮捕から54年 狭山事件の再審を求める市民集会」という集会。5月23日午後1時から日比谷野外音楽堂で開催され、私もスピーチする予定だ。

 「冤罪54年」という言葉通り、この日は狭山事件で石川一雄さんが逮捕されてから54年という日。

 といってもこの事件が起きた時、私はまだ生まれてもいない。事件については知っていたものの、集会の前に読んでおこうと思い『狭山事件の真実』(鎌田慧/岩波現代文庫)を読み、改めて愕然とした。

 1963年、埼玉で起きた女子高生殺害事件。逮捕されたのは、被差別部落に住む24歳の青年。メディアはこぞって部落を、さも「不気味な場所」であるかのように書き立て、石川氏本人が「異常な人格の持ち主」であるかのような事実ではないイメージをばらまく。石川氏は当然、警察に無実を訴えるものの、聞いてなどもらえない。小学校も途中で行けなくなるという貧困の中で育ってきた石川氏は、知識もなく、自分の身の守り方もわからない。そうして連日続く取り調べの中で、警察から「やったと言えば10年で出してやる」と言われ、罪を認めてしまうのだ。

 「男と男の約束」とまで言われた石川氏はこの言葉を信じ切っていたからこそ、死刑判決を受けても平然としていたという。判決前日、弁護士に「あなたはやったといっているけど、証拠をみると、自白が正しいとは思えない。それでも、判決では死刑にされるかもしれない」と言われても、石川氏は「いいんです、いいんです」と笑顔を見せているのだ。

 この冤罪の影には、もうひとつ、警察の汚いやり口があった。「お前が自白しなければ、六造(兄)を引っ張るぞ」と警察に脅されていたのだ。

 もしかして、犯人は兄なのでは……。情報も何もない孤立した状況の中、石川氏の中で膨らんでいく疑念。彼の家庭は、兄の仕事が軌道に乗り始めたことによって、ようやく長年の極貧から脱出しようとしていた。一家の大黒柱である兄がもし、逮捕されてしまったら。そんな思いから認めた「罪」。

 死刑判決のあと、石川氏は面会に来た兄に「あんちゃんが犯人だと思ったから、おれ、認めてしまったんだ」と語っている。が、兄には立派なアリバイがあったのだ。兄にアリバイがあることを知っていれば、彼は自白などしないで済んだ。もちろん、警察だってアリバイがあることを知っていた。にもかかわらず、脅し、自白に追い込んだのである。

 このような「自白」が成立した背景には、弁護士との信頼関係を破壊し、警察の力を見せつけるような様々な「罠」があった。例えば最初に別件逮捕されて24日後、勾留期限を迎え、石川氏は一度釈放されている。が、ロッカーの荷物をまとめ、手錠を外され、玄関まであと20メートルたらずの場所で再逮捕されてしまうのだ。弁護士との接見は禁じられ、彼は外部から徹底的に遮断された中で警察に翻弄され続け、無力感をこれ以上ないほど植え付けられる。「自白」とは、このような状況が作られてこそ成立するのだということが怖いほどによくわかる。

 そうして最初の逮捕から実に31年7ヶ月、石川氏は獄中生活を余儀なくされる。

 24歳の若者が、出てきた時には50代なかば。奪われたものは、あまりにも大きい。

 そんな狭山事件、様々な冤罪の「証拠」が支援者たちによって上げられているが、『狭山事件の真実』で強調されているのは、当時の石川氏が、ほとんど漢字を書けなかったという事実だ。これがなぜ、事件と関係があるのかというと、狭山事件では脅迫状が届けられているからである。脅迫状には漢字が多く使われ、わざと当て字を使うなどの高度な細工らしきものもされている。

 一方、小学校から奉公に出ていた石川氏はほとんど漢字を書けず、それまで働いた様々な職場でも、「字を書けない」ことがバレないよう、誤摩化しながら周りの人に「代筆」を頼んでいた。職安に行っても書類を読めず、自分の名前しか書けないことから(しかも「石川一雄」と書けず「石川一夫」と書いていた)、その場を去ったこともある。

 本書には、こんな記述がある。

 「非識字者に共通する体験だが、彼もまた市役所や郵便局にいくとき、右手に包帯を巻いていった。包帯した手をみるだけで、係のひとが、『代わりに書いてあげましょう』と同情してくれるのだ。識字率ほぼ百%を誇っているこの国で、字を書けない人間がいる、などと想像するほうが非常識、というものである。
 一雄の場合は、駅の便所や公園などにいって包帯を巻いた。家から目立ちやすい白の包帯姿で出ていって、近所のひとに『どうしたの』と声をかけられたり、つぎの日、包帯をはずして仕事をしているのを、見咎められたりしては困るからだった。字を読めないひとたちの、あたかも犯罪者のような細心さは、識字者にとっては想像を絶する」

 そんな石川氏が31年にもわたって囚われの身となった背景には、警察の「メンツ」もあるようだ。狭山事件が起きる一ヶ月前、東京で起きた「吉展ちゃん誘拐事件」で、警察は身代金を奪われて犯人を取り逃がすという大失態を犯すのだ(そして吉展ちゃんは殺害される)。「警察の失態」は世論の厳しい非難を受け、そうして起きた狭山事件で石川氏が逮捕されてしまうのだ。

 そんな石川さん逮捕から54年の日、野音には「冤罪オールスターズ」とでも呼びたくなる面々が集結する。

 石川さん本人はもちろん、袴田事件の袴田さんのお姉さんである袴田秀子さん、足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さんだ。

 石川さんが94年の「仮出獄」となってから、もう23年。が、足利事件や布川事件のように、再審で無罪となったわけではない。狭山事件では、鑑定人尋問などの事実調べが42年間も行なわれていないという。だからこそ、こうして再審を求めて集会が開催されるのだ。

 冤罪54年。数々の冤罪事件についての反省もなく、今、ゴリ押しされている共謀罪=テロ等準備罪。石川氏をはじめ、冤罪当事者の口からはどんなことが語られるのだろうか。

 ぜひ、集会に参加してほしい。そして一緒に、考えてほしい。

「不当逮捕から54年 狭山事件の再審を求める市民集会」
5月23日(火)午後1時〜2時半 日比谷野外音楽堂にて

連休中、もやいの新事務所にお邪魔しました。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。