法曹として日本と中国の架け橋になるために 講師:松尾裕介氏

法曹として日本と中国の架け橋になるために 講師:松尾裕介氏

 松尾裕介先生は、2010年から中国上海で勤務し、昨年末日本に帰国されました。海外の事務所で現地の人々と働く経験によって、視野が大きく広がりました。また、海外の法制度を学ぶことで比較法的な視点が身に付き、日本の法制度や実務に対する理解もより一層深まったと語ります。本日の講演では、松尾先生に日本と中国の法制度や実務の違いについてお話しいただきながら、日本という枠に囚われない国際的に活躍できる法曹になるためのヒントを教えていただきました。[2017年11月11日(木)@渋谷本校]

「上海を制する者は世界を制す!」

 私は、昨年末まで上海で6年半ほど実務を経験してきましたが、もともと中国に関係する仕事をしたいという気持ちがあったわけではありません。学生時代は、具体的なことは法曹になってから考えようと思い勉強に励んでいました。ただ、父の仕事の関係で大学2年生の頃に2ヶ月ほど上海で過ごした経験や、「上海を制する者は世界を制す」という父の言葉から、心のどこかで上海に対する憧れを抱いていたように思います。
 弁護士登録後、最初の2年間は島崎法律事務所で金融関係の案件に携わりました。具体的には、日本国の代理人としてソブリン債(国債)発行の手続きを行ったり、パナマ文書やパラダイス文書で話題の「オフショア」をする際のアドバイスを行ったりと、個人事務所ながら大手の渉外事務所が取り扱うような業務を扱っていました。
 当時の私は、自分が弁護士としてこの先どうしていくかについては、深く考えていませんでした。そんなときに知人の弁護士から「一緒に上海に来ないか?」と誘われたのです。知人の弁護士は、上海に日本企業向けの知的財産法に特化した法律事務所を作ろうとしており、その立ち上げを一緒にやろうという誘いでした。私は心の中にしまってあった「上海を制する者は世界を制す!」という言葉を思い出し、誘いを受けることを決意しました。

上海での法律事務所勤務を経て留学へ

 知人の弁護士と上海で開設したIP FORWARD法律事務所では、主に知的財産法に特化した業務を扱っていました。私は中国語能力がほとんどなかったのですが、日本語を話せる中国人スタッフのおかげで日常業務は問題なくこなすことができました。しかし、中国人弁護士とはなかなかコミュニケーションをとることができませんでした。クライアントの要求に対して万全の回答を提供するには中国語の能力を高める必要があると思い、法律事務所を2年で退所し留学することにしました。
 中国語を中級レベルまで習得するのに欧米人は5年はかかるといわれていますが、同じ漢字圏で暮らす日本人は半年ほどである程度の語学水準まで高めることができます。確かに中国語と日本語では発音や文法が違うため難しさを感じることはありますが、漢字を見れば言葉の意味が分かります。さらに中国の法律用語や経済用語などは、近代以降に日本から逆輸入したものが多く、読みや発音が違っても、意味や漢字は同じという言葉が多いです。そういった点で、中国語も中国法も日本人が学ぶにはメリットが大きいと感じました。
 大学では、中国の学生から非常に大きな刺激を受けました。というのも、中国の学生は非常に真面目で、授業に対する姿勢や熱意が日本に比べ圧倒的に高いからです。例えば、日本の大学は後ろから席が埋まって行きますが、中国では最前列から埋まり、授業中も積極的に発言します。世界中から集まる留学生たちに囲まれながら中国の学生たちとともに過ごした時間は、非常に有意義なものとなりました。

中国の法律事務所、中国人弁護士の特徴

 留学後は上海にある中国系の渉外法律事務所である金社法律事務所に入所。日系企業をクライアントとして、会社法、コンプライアンス、独占禁止法、M&Aや知的財産法関係の業務を行いました。この事務所は世界約30カ所にオフィスをかまえ、在籍している弁護士数は中国国内だけで約1000名、世界中では約3000名にのぼります。
 中国の法律事務所は小規模から大規模まで事務所によって千差万別ですが、最近は欧米型のローファーム(大規模法律事務所)が増えてきています。日本最大手の法律事務所でも在籍弁護士数が約500名なのに対し、中国では1000名を超える事務所が十数程度もあります。今後は世界中のコネクションをつなぎながら、ますますグローバル化していくでしょう。このような現状の中で、日本の法律事務所は太刀打ちできるのでしょうか。
 また、中国人弁護士は仕事とプライベートをきっちり区別します。労働スタイルは、基本的には9時に出勤し17時の退社です。場合によっては少し残業をしたり、たまに休日出勤したりすることもありますが、日本のように殺人的なスケジュールではありません。
 彼らは仕事一辺倒では体を壊すし、仕事は人生の全てではないという考えをもっているのです。日本人が昼食を抜いたり、「カロリーメイト」などですませようとすると、「食事するより大切な仕事なんてない」と怒られます。中国で働いてみて、「より良い働き方とは何か」あるいは「人生における仕事の意味とは何か」などについて深く考えさせられました。

AZ MORE国際法律事務所の開設

 さて、昨年末帰国して今年、AZ MORE国際法律事務所を開設しました。主な取扱業務は、日系企業が中国に進出する際のアドバイスなどを行うアウトバウンド(対中投資)業務や、中国企業が日本に出資する際のリーガルサービスを行うインバウンド(対日投資)業務などです。
 現在、中国は急速な経済発展を経験しており、GDPは世界第二位、GDP成長率は6.7%にものぼります。日本のメディアは「中国経済は今にバブルが崩壊する」と10数年言い続けていますが、当分は比較的高い成長率を維持したまま発展し続けるでしょう。
 経済が活発に動いている中国では、起業家精神をもつ若者が多く、新しいものがどんどん登場してきています。いまや中国は、特許出願件数が6年連続世界一です。中国のIT事情は日本の遥か先を行っており、現金を持ち歩く人はほとんどいません。買い物や公共料金の支払いなどはすべて携帯のアプリを使ってできますし、割り勘もこのアプリでスムーズにできます。
 「世界の工場」から「世界の市場」へと急速に変化している中国は、日本企業にとってとても魅力的なマーケットの一つといえるでしょう。他方、近年は中国企業による対日投資も増えてきています。今後、中国に関係するリーガルサービスの必要性はますます高まっていくでしょう。

中国の裁判事情

 中国といえば一党独裁で人治主義的なイメージを持っている方も多いかもしれませんが、時代とともに徐々に変化してきており、今では行政機関においてもかなりの部分で法治主義が浸透しています。中国では頻繁に法律が改正されており、新しい分野や新しい概念がどんどん条文に取り入れられています。
 また、IT化が進んでいる中国の裁判では、訴状提出後、IDとパスワードが送られ、登録管理され、必要な提出資料や判決書はデータをダウンロードすることになります。中国の民事裁判は二審制で、さらに一審が6ヶ月以内におわるため、日本に比べ審理期間が短く比較的短期間で訴訟が終わります。
 他方、日本の裁判事情は昔も今もあまり変化しておらず、効率化という観点から改善すべき点が数多く見受けられます。このように外から日本の制度を見ることによって、今まで気付かなかった問題点や改善点が見えてきます。

日本の中国の架け橋になるために

 最後に、法曹を目指して頑張っているみなさんへ、法曹として日本と中国の架け橋になるためのヒントを三つの観点からお話ししたいと思います。
 まず、人と人との縁を大切にしましょう。人と人との繋がりが仕事をつないでいきます。できるだけいろんな人と出会い、その一つひとつの出会いを大切にしていきましょう。
 続いて、積極的に海外に出かけましょう。日本で生きていると日本の制度が当たり前だと思ってしまいますが、外へ出ると見方が全く変わってきます。「おかしいな」「もっとこういう風に変えたら良いのでは?」という気付きが得られる点でも、海外に出かけるというのは非常に有意義です。
 最後に、起業家精神、独立自尊の精神を持ってください。よく「大企業の下っ端で働くよりも、小さい企業の社長たれ」といいますが、中国にはビジネスで成功してやろう! という起業家精神を持っている人が非常に多いです。日本は会社の制度がしっかりしているため、一つの会社で人生を全うするという生き方もありますが、これからの世界はそれだけではやっていけません。自分が社会をもっとよくしていこう、という意識で励んでもらえたらと思います。

松尾裕介氏(弁護士、「AZ MORE国際法律事務所」所属)
2004年慶應義塾大学経済学部卒業。2007年駿河台大学法科大学院法務研究科卒業。同年、最高裁判所司法研修所入所。2009年弁護士登録、島崎法律事務所入所。2010年IP FORWARD法律事務所(上海事務所)入所。2013年上海外国語大学留学(語学研修生過程修了)。2014年復旦大学(中国上海)留学(法学部普通進修生過程修了)、同年King and Wood Mallesons(金杜)法律事務所(上海事務所)入所。2017年AZ MORE国際法律事務所開設。2014年~現在、上海ジャピオン紙(中国上海市で発行されている週刊の日本語新聞)の法律コラムを隔週で執筆。

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