オリンピックがやっと終わった。やれやれとテレビをつけたら羽生結弦がでている。見事なジャンプを決めた後、にっこり笑って言った。「東日本大震災のとき僕らを助けてくれたのは自衛隊です。そのおかげで今の僕がある、金メダルがある。僕は自衛隊を応援します。だから国民投票はマル!」えっ、羽生君、それはないだろう……と、そこで目が覚めた。悪夢である。
国民投票でいちばん気になるのはコマーシャルだ。ほぼ野放しで、お金もかけ放題。安倍首相はこのところタレントや芸能人らと会食を重ねているらしいが、「憲法改正の広告塔に、国民投票の折にはひとつよろしく」との下心があるに違いない。羽生君なんか、真っ先にねらわれるだろう。彼はマスコミに対しても過剰適応じゃないかとハラハラするくらい、サービス精神旺盛だし、好感度ナンバーワンの旬の人、やばい……。
じっとしていられなくて、本サイトでもおなじみの南部義典さんの話を聞きに行った(市民グループ みんなで決めよう「原発」国民投票 主催)。
現在の国民投票法には多くの不備があるが、その最たるものは「広告の規制がほとんどないこと」だと南部さんは指摘する。テレビはもちろん、動画投稿サイトへの投稿、SNS、メールの活用、投票勧誘グッズの作成、販売もほぼ規制なし。「できないことはほとんどない」と南部さん。国民投票期間は長いと半年、その間冒頭に挙げたような「憲法改正に賛成する羽生君」を見せつけられたらどうしよう。
唯一禁止されているのは「投票14日前からの勧誘CM」のみ。具体的に賛否を促す呼びかけはだめだが、非勧誘CM、すなわちイメージ広告はその限りではないという。たとえば迷彩服の自衛隊員が被災地のお年寄りをおんぶして助けている映像、北朝鮮のミサイル発射や軍事パレードに重ねて「北朝鮮は恐いですね、何をするか分からない」といった町の人の声をかぶせる映像などは、投票勧誘していないのでOK。こんな情緒に訴えるイメージ映像をあびるように見せられたら、善良な市民はどうなるだろう。
現在の国民投票法の問題点は広告に限らない。18歳からを対象とする国民投票法と20歳基準を採用する少年法の矛盾、投票所の設置など投票環境の不備、経費の問題などなど課題山積で、「このまま突っ走ろうと思っても、必ずつまずく。私が生きているうちに憲法改正の発議、国民投票が実現するとはとても考えられない」と南部さんは断言する。
「電車(改正案)のデザインや性能の話ばかりで、肝心のレール(国民投票法)については幅も決められていない。レールがないのに、どうやって電車を走らせるというのでしょう。リアリティがなさすぎます」。だから安倍的改憲の策動に対しては相手にしない、無視するのがいちばんと、南部さんは話を締めくくった。
ああ、よかった。国民投票、ありえないよね。だが油断は禁物。まさかと思うような暴挙を重ねてきた安倍政権のことだ、レールなしで突っ走るかもしれない。冒頭の悪夢が正夢にならないように、注視していこう。
(田端 薫)