『弁護士』から『法律家』へ~訴訟弁護士から無限に広がるフィールド 講師:小松 隼也氏

アートに関する法務の第一人者として知られる小松隼也氏は、長島・大野・常松法律事務所の所属弁護士として大規模訴訟や企業法務にかかわるかたわら、現場で活躍する人たちと連携して産業の発展のための課題解決に繋がる施策を国に提案するなど、通常の弁護士の仕事の枠に収まらない法律家としての活動に力を入れていらっしゃいまいます。
今回の講演では、具体的な事案をもとに日本とアメリカの著作権に対する考え方の違いにも触れながら、法律家の新たな活躍の場の可能性についてお話し頂きました。[2018年7月21日(土)@渋谷本校]

弁護士になったきっかけ

 長野県塩尻市で生まれ育った私は、もともと写真やファッション、建築などの分野に興味があり、高校3年の夏までは理系に所属し建築学科に進もうと思っていました。ところが、知り合いが刑事事件に巻き込まれたことをきっかけに突然被害者側に立つことになり、捕まらない犯人へ憤りを感じる一方で自分の無力さを痛感しました。次第に法律や制度の問題への関心が高まり、その分野に進めば、自分にも何かできるのではないかと思うようになり、法曹を志し始めました。そうした辛い経験をバネにして、同志社大学法学部に進学し、伊藤塾に通いながら在学中に司法試験に合格することができました。

訴訟弁護士としての業務

 司法修習後は、弁護士を目指した動機である犯罪被害者に関する仕事や、もともと好きだったクリエイティブ関係の分野の仕事ができる事務所を探していました。東京の四大事務所を中心に訪問し、いずれの事務所からもオファーはもらえたものの「うちの事務所で刑事事件をやっている人はいないし、クリエイティブ関係の分野は仕事自体がほとんどない」と言われてしまいました。そのような中で、長島・大野・常松法律事務所から「うちの事務所に君のやりたい仕事があるわけではないが、好きなことをやりたいなら応援する」と言ってもらえ、入所を決めました。
 事務所としての仕事は大規模訴訟が多く、毎回のように新しい論点が出てきます。日本で初めて解釈する法律問題について大学教授と頻繁に相談して新しい解釈を考えたり、国会の議事録をみたり、立法担当者の意見を直接聞いたりしながら、どういった趣旨でその法律が出来たのかを遡り法律問題に向き合うことは非常に面白いです。
 そのような通常業務の傍らで、法テラスで離婚や相続など一般民事事件の法律相談を受けたり、犯罪被害者に関する委員会に入って法制度について議論したり、国選弁護や当番弁護に登録し刑事裁判を担当したりと、自分のやりたかった仕事もやってきました。
 一方、もともと好きだったアートやファッションに関する分野については、仕事がないのであれば自分から積極的に法律の重要性を訴えていくことでクライアントを増やしていこうと思い活動してきました。

法律家としての公共的な活動

 事務所の仕事と個人的案件とを両立させる日々は異常に忙しく、最初の一年目を終えたときにプライベートの思い出が一切ないことに気付きました。これではまずい! と思い、二年目に事務所に内緒で写真の専門学校に入りました。土日にスタジオで写真を撮り水曜日に座学をやるという生活は非常に楽しく、写真家の知り合いやファッション業界の友人がたくさん出来ました。
 このとき出会った友人を通して、海外では美術作品を買うことで税制優遇がされたり国が作家を応援するために様々な助成制度をつくったりしているのに対し、日本では美術市場を活性化するための施策がほとんどないことを知りました。どんなに才能あふれる作家であっても日本で食べていくのは難しいと言われてしまう現状を目の当たりにし、何か力になりたいと思うようになりました。
 そこで、作家やギャラリスト、コレクターなど業界に携わる様々なプレイヤーの意見をまとめて文化庁に伝えたり、文化庁長官の直轄で組織されたワーキングチームなどに参加しました。また、税制を変えるとなれば政治家の力も必要になります。総理官邸で草間弥生さんと当時総理大臣であった安倍首相が面会する場を設けてもらったり、その様子をメディアで報じてもらいました。その後、業界団体を立ち上げてもらい、改めて文化庁へ意見書を提出し、徐々に国の政策が進んでいくことになりました。
 これらの活動は「産業の発展のために力になりたい」という一心で個人の活動として行っていたため、全てボランティアで行っていました。

アメリカの著作権法解釈が世界で最も進んでいる理由

 弁護士になって4年目のところで、ニューヨークの Fordham University school of law に留学しました。このロースクールには現代アートやファッションなど幅広い分野に特化した授業が数多くあり、知的財産を専門とする弁護士が世界中から集まってきていました。授業でも取り上げていた具体的な事案を通してニューヨークにおける著作権の議論を少し紹介します。
 ある有名な作家がタイムズスクエアの歩道に設置したカメラで撮影した歩行者の顔写真を2mほどに引き延ばし作品として発表しました。被写体となった人たちは撮られたことに気付かないまま、作品はとても高額な値で完売しました。このとき偶然被写体となったユダヤ教の人が、顔を写真に撮ってはいけないという宗教上の教えに反しているとして、宗教及びプライバシーに基づく差止訴訟を起こしました。日本であれば肖像権侵害で差止めが認められる可能性が高い事案だと思いますが、ニューヨークでは「作品である以上、表現の自由が最大限保障される」として作家が勝訴しました。
 また、フランス人の報道写真家、パトリック・カリウが撮影したジャマイカのラスタファリアンという宗教の信仰者の写真数点に、現代アートの有名な作家リチャード・プリンスが様々なコラージュを加え別の作品として発表しましたが、これがカリウによって訴えられるという事件がありました。ちなみにこの作品も数億円の値で即日完売しています。2011年の地裁の判断は、写真家側に有利な判断が下されますが、2013年の控訴審判決では、プリンス側の主張がほぼ認められ、一部は地裁に差し戻されました。
 ニューヨークではこの訴訟が起きるまでは「元の作品に対して批評的な目的がある場合には他人の表現の流用が認められる」という考え方が主流でしたが、この訴訟で「批評的な意味合いがなくとも、客観的に見て全く新しい表現になっていれば他人の表現の流用が認められる」という判断が下され、結果的に彼の作品は表現の公正な利用として認められました。
 この事件はニューヨークでは非常に有名で、裁判終結後も著作権や表現の自由に関する議論がニューヨーク中で盛り上がりました。リチャード・プリンスは、その後に発表した作品でも、現代の著作権の在り方に対して自ら積極的に疑問を投げかけて、議論を次のステップに進めていくという姿勢は非常に興味深いです。アメリカが著作権の解釈において世界で最も進んでいる最大の理由は、こういう活動をしているアーティストがいるからでしょう。

より積極的な戦略的法務へ

 2年間のニューヨーク留学を通して、弁護士も一人の法律家として、国が作った法律を解釈してあてはめるという受け身の姿勢のみではなく、法律そのものを民間と一緒に考えたり、新しい法解釈を提案したりしながら、よりよく法や法制度を活用していくべきではないかと考えるようになりました。
 そういった大きなマインドチェンジもあり、帰国後は積極的に省庁へ政策提言を行ったり、有識者会議へ参加したりしています。初めは美術市場の文化政策に関する意見提案が多かったのですが、徐々に他分野へも応用していき、現在はファッション業界やエンタメなどの芸能分野、スタートアップなどのベンチャー企業などとも意見交換を行いながら行政との連携を図っています。
 他方、弁護士的な通常業務にも少しずつ変化が出てきています。例えば企業法務において、企業が意思決定をする前のブレインストーミングの段階から法律家として会議に参加し意見やアイデアを出すことで、企業にとってプラスの効果が出てきています。私はこれを「積極的な戦力的法務」と呼んでいますが、ある会社の社長からは企業の役職の一つとして、法務戦略の在り方を提案する「リーガルディレクター」というものがあってもいいんじゃないかと言って頂くほどになりました。これらはまだ弁護士としてメジャーな仕事ではありませんが、このような形で弁護士の活躍の場が増えていくと面白いと思っています。

自分の良心に基づいて主体的に活動を

 一般的に弁護士は受け身の姿勢で業務にあたることが多いですが、私は、もっと一人ひとりの弁護士が主体的にビジネスに参画していく、あるいは積極的に社会にかかわっていくという意識をもっていいと思います。第三者的立場から客観的に物事に取り組むことも大切ですが、当事者の視点で物事を考えるという意識を忘れてはいけません。また、法律は手段であって目的ではないということや、そもそも法律は変え得るものであるということを意識することも重要でしょう。
 また仕事に関して好きな分野を選んでやる、という意識を持つ人が少ないようにも思います。「(アートやエンタメなど)好きなことをやっていても食っていけないよ」と私もさんざん言われてきましたが、いまとなっては業務がまわらないほど仕事が増えてきています。最初は辛いかもしれませんが、長い目で、自分の好きなことをひたむきにやっていれば状況は変わってきます。
 例えば自分の良心に基づいて公共的な活動を行うというのもいいでしょう。私の場合は「産業が発展するように」という純粋な思いで行動していたら、周りがみんな応援してくれて、最終的には国を巻き込んで法制度を改革するという方向へ進んでいきました。これもひとえに自分の良心に基づいて行動していたからだと強く感じます。

小松 隼也 氏(弁護士、「長島・大野・常松法律事務所」所属、元伊藤塾塾生)
1986年1月生まれ。2005年、伊藤塾京都校入塾。2007年、同志社大学在学中に司法試験合格。2008年、同志社大学法学部法律学科卒業後、司法研修所入所。2009年、弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。2014年 、Fordham University school of Lawに留学。専門分野は、訴訟、企業法務、ロビイング、特にビジネス判断に関与する経営戦略的法務を得意とする。また、アート、ファッション、デザイン、エンターテインメントの産業に関する見識を活かし、法律相談や契約交渉を数多く手掛ける。

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