ヘイトスピーチは法で規制できるのか 講師:宋惠燕氏 神原元氏

ヘイトスピーチとは「特定の人種や民族等に対する憎悪や差別を煽る言動」のことです。ネット上には近隣の国々を差別中傷する言葉があふれ、街頭ではデモも行われています。2016年には「ヘイトスピーチ解消法」が成立しましたが、暴力的な言動はやむことがなく社会問題となっています。
このようなヘイトスピーチは法で規制すべきなのか、それとも表現の自由を守るために規制すべきではないのか。宋惠燕先生と神原元先生は、実際にデモの現場に立ち、この問題に取り組んでいます。お二人には、当事者として弁護士として、ヘイトスピーチによる被害の実態と、法規制をすることの意義についてお話しいただきました。[2018年8月4日(土)@渋谷本校]

宋惠燕氏:
ヘイトスピーチが被害者におよぼす影響

 私は在日コリアン弁護士協会の理事をしています。私からはヘイトスピーチについて、当事者かつ弁護士の観点からお話ししたいと思います。
 ヘイトスピーチのデモは、法務省の調査によると、2012年の4月から12月は237件、翌年13年は347件、14年は378件と、ほぼ毎日1回のペースで行われてきました。動画投稿サイトでは、動画72件(計約98時間)を調査したところ、「日本から出て行け」「皆殺しにせよ」「ゴキブリ」といった差別的かつ脅迫的な発言の頻度は、12年から14年は3分に1回、15年は6分に1回。都道府県別で見ると、約4割は東京都に集中し、続いて大阪府、愛知県、北海道の順となっています。
 ヘイトスピーチの法規制はすべきか、すべきでないかを議論する前提として、被害の実態を理解していただくことが必要だと思います。
 2009年12月4日、京都朝鮮学校に11名の日本人が押しかけて、拡声器を使い大音響で差別的発言をした事件がありました。校内にいた子どもたちは、直後から夜泣きや夜尿、拡声器を使った大きな音を怖がるといった反応が見られました。
 私自身がヘイトスピーチの現場に初めて行ったのは、2013年6月16日、東京・新大久保のデモです。このときはヘイトスピーチをする側が200名、反対するカウンターの人たちが350名。そして、多数の警察官や機動隊が出動し、8名の逮捕者が出ました。間近でヘイトスピーチを聞いて、私は自分が呼吸しているのかどうかわからないくらい息苦しさを感じました。「仇ナス敵ハ皆殺シ」「朝鮮人は皆殺し」と書いたプラカードを掲げたデモ隊が近づいてくると、朝鮮人だとわかれば襲いかかられるんじゃないかという恐怖感も覚えました。
 ヘイトスピーチが被害者におよぼす心理的影響についての研究では「長期にわたる感情的苦痛」「いきなり誰かから襲われることはないという安心感の喪失」「在日コリアンといった同じ集団の全体に与える影響」などが指摘されています。また、ヘイトスピーチや差別感情を放置することによって、差別扇動からヘイトクライム、最終的にはジェノサイドへ行き着く危険性があることもさまざまな調査・研究で報告されています。過去には、関東大震災直後から「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが流れ、6000名以上ともいわれる朝鮮人や中国人らが虐殺される事件がありました。

「ヘイトスピーチ解消法」成立後も続く差別的言動

 2016年6月3日、「ヘイトスピーチ解消法」が施行されました。その前日の2日には、神奈川県・川崎市の在日コリアンが多く住む地域で繰り返されてきたヘイトスピーチデモの禁止を求めた仮処分で、横浜地裁川崎支部は禁止の決定を出しています。仮処分を申し立てたのは市内の在日コリアンを支援する社会福祉法人で、神原弁護士と私も代理人としてかかわりました。ところが6月5日、市内の別の場所でまたデモが行われることになり、デモに抗議してきた在日コリアンの崔江以子さんは、主催した男性に直接手紙を手渡しました。そこにはこう書かれています。
〈○○さん(主催した男性の名)。私たちの出会いは悲しい出会いでした。○○さん。私たち出会い直しませんか。加害、被害の関係から、今この時を共に生きる一人の人間同士として出会い直しませんか。加害、被害のステージから共に降りませんか。〉
 ヘイトスピーチの解消をめざす法律ができて2年になりますが、デモの件数は減少しているものの差別扇動行為は続いています。崔江以子さんは、今もネット上で攻撃にさらされています。ヘイトスピーチを受ける当事者と当事者ではない方とでは、受け止め方の差がありますので、多くの方にまず被害の現状を知っていただきたいと思っています。

神原元氏:
法規制をめぐる肯定的な意見と否定的な意見

 私は2013年2月、たまたまヘイトスピーチ団体に遭遇し、衝撃を受けて以来この問題にかかわっています。宋弁護士のお話からも、ヘイトスピーチは基本的人権を侵害する行為だということはご理解いただけたのではないでしょうか。
 しかし、それを「法で規制しよう」という意見に対しては、「憲法で保障された表現の自由を侵すのではないか」という反論があります。そこでヘイトスピーチは法で規制できるのか、できないのか、その是非を考えていきたいと思います。
 ヘイトスピーチは法規制すべきだという意見は、憲法学者の内野正幸先生が『差別的表現』という著書の中でこう述べています。「侮辱を自己目的とするものは、個人の人格の発展にとっても民主政治にとっても役立たない」と。また、アメリカの法学者で法規制すべきとの立場に立つチャールズ・R・ローレンス三世は、『傷つける言葉、批判的人種理論、侮蔑表現、修正第一条』の中で「ニガー、スピック、ジャップ、カイクなどと呼ばれるのは、顔面に平手打ちをくらうようなものである」と書いています。したがって、このようなひどいヘイトスピーチは、憲法における表現の自由の要請に反しない、禁止しても違憲とならない、というのが内野先生らの主張です。
 これに対して、法規制に消極的な意見としては、法規制するのではなく「言論には言論で対抗せよ」ということがよく言われます。法学者の市川正人先生は、著書『表現の自由の法理』で「伝わる価値がある思想、意見、事実であるか否かを国家が選択してはならず、そうした選択は市民に委ねられるべきではないか」と書いています。
 それからアメリカのホームズ裁判官が1919年の判決の中で示した「思想の自由市場論」というものがあります。これは「真理の最上のテストは、市場の競争において自らを容認させる思想の力である」として、ある思想が正しいかどうかは、答えを言わせて競争させれば、くだらない差別的表現などは打ち負かされるはずだ、という論理です。

世界の主流は「法律で処罰すべき」

 こうして見ていくと、ヘイトスピーチを法で規制するのはなかなか簡単ではないように思われます。では、世界の国々はどうなのか。
 1965年に国連で人種差別撤廃条約が採択され、95年に日本も加入しました。この条約の第4条(a)と(b)には「人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動、暴力行為」や「人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動」などを「法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること」と書いてあります。175カ国が加入している条約で「法律で処罰すべき」と定めている。これがヘイトスピーチに向き合う考え方として世界のスタンダードなのではないかと思われます。しかし、日本とアメリカは第4条(a)と(b)を留保しており、法規制は行われていません。
 それでは他の国はどうなのか。ドイツでは、ボン基本法18条で「自由で民主的な基本秩序を攻撃するために、表現の自由や集会の自由などを濫用する者は、これらの基本権を喪失する」としています。また、ドイツ刑法130条には「民衆扇動罪」として、「国籍、民族、宗教もしくはその民族性によって特定される集団、個人に対して、憎悪をかき立て(1項)」「冒涜し、悪意で侮辱し、人間の尊厳を害した者は3カ月以上5年以下の自由刑に処する(2項)」とあります。
 ドイツはユダヤ人や障害者を迫害したナチス政権の反省から「闘う民主主義」を掲げている国です。つまり「民主主義を否定する自由」は認めない。「民衆扇動罪」は、ドイツ国民が自国の過去の犯罪を克服していく中でつくられた法律なのです。
 その他、フランス、イギリスもそれぞれ、人種、民族、宗教、性別、障害、LGBTなどに基づく差別、中傷、侮辱を処罰する法律があります。
 それからカナダも法規制は徹底しています。カナダ刑法では、ジェノサイドを助長するような行為や、憎悪を扇動する言動を禁止しています。また、カナダは人権法でも、人種、皮膚の色、宗教、民族的出身、性的指向、性別、年齢、既婚未婚、子どもの有無、前科、障害などを理由にしたさまざまな差別行為が処罰の対象となります。法による規制の範囲が広いのがカナダの特徴です。

アメリカはなぜ差別的な表現を規制しないのか

 日本では、われわれは司法試験受験時代に「表現の内容で法規制してはいけない」と叩き込まれます。表現の自由を規制したり、ある思想を否定することは、日本の憲法は採用していない――芦部信喜先生が著した憲法学の教科書にもそのように書かれています。
 日本の戦後の法律は、アメリカのいろいろな判例をお手本にしてきました。とりわけ白人至上主義を唱えるクー・クラックス・クランによる差別的言動に対する1969年のブランデンバーグ判決の影響が大きい。あるいは1977年、ネオナチのデモの権利を支持したスコーキー事件の判決。これらの判決で「明白かつ現在の危険」や「囚われの聴衆」といった差し迫った状況にないかぎり規制はしてはいけないと示されたわけです。
 しかし、ならばアメリカは差別を野放しにしているのかというとそうではない。アメリカには人種差別との闘いの歴史があります。1950年代から60年代にかけて公民権運動が繰り広げられました。アフリカ系アメリカ人の人々は、公民権の適用と差別の撤廃を求めてデモ、シットイン、ボイコットなどを続けます。65年までに公民権法が制定される過程は、『大統領の執事の涙』『グローリー 明日への行進』といった映画に描かれていますのでぜひご覧になってください。
 アメリカでは、人種差別的動機に基づいて行われた犯罪はヘイトクライムに当たるとして処罰しています。ところが、ヘイトスピーチそのものは規制していない。それはなぜか。政治学者のエリック・ブライシュは、「表現の自由を規制することは公民権運動などの障害になった」と指摘しています。公民権運動やベトナム反戦運動では、まさしく表現の自由のもと、市民がデモや集会を行い闘ったからです。

差別をなくすために法律家がすべきことは何か

 ここまでいくつかの国を見てきましたが、ヘイトスピーチを法規制するかどうかはその国の時代や状況によって異なります。それでは今の日本に適正な規制は何か、ということで2016年に「ヘイトスピーチ解消法」が成立しました。正式には「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」といいます。
 前文には「不当な差別的言動は許されないことを宣言する」とありますが、明確に「規制する」とも「犯罪である」とも書いてない。禁止・罰則規定がなく、これでは不十分だと私は考えています。とはいえ、宋弁護士のお話にあった川崎市の仮処分の件では、できたばかりのヘイトスピーチ解消法をうまく用いて、ヘイトスピーチデモは「人格権の違法な侵害行為」として差止を認める決定が出ました。
 日本でヘイトスピーチがさかんになったのは、2000年の石原慎太郎東京都知事(当時)による「三国人発言」がひとつのきっかけになったと考えられます。公人の発言とヘイトスピーチは因果関係があり、石原発言以降、差別発言や歴史認識をめぐる公人の暴言が報道されるたびに、朝鮮学校の生徒が嫌がらせを受けています。安倍政権においても、国会議員や地方議員による差別を助長する発言は後を絶ちません。
 私は、ヘイトスピーチは法で規制すべきだという立場です。しかし、法規制さえすればよいのではなく、ヘイトスピーチを許容する政治を変え、政策を変えないと、差別はなくならないとも一方で思っています。
 私が尊敬する弁護士に、布施辰治という方がいます。明治憲法下の弁護士です。この方は関東大震災後の朝鮮人虐殺の調査をしたり、朝鮮半島に渡って、朝鮮独立運動の中で弾圧される若者たちの弁護も行っています。それらの活動によって、戦後、韓国政府から建国勲章を贈られています。彼は「生きべくんば民衆とともに 死すべくんば民衆のために」という言葉を遺しました。
 日本では、主に在日コリアンの人々に対するヘイトスピーチが続いています。ネット上や出版物、街頭では、韓国、中国、北朝鮮への憎悪を扇動する言葉が横行しています。しかしながら、そんな現状に抗議し、声を上げ、立ち上がる市民もたくさんいることに私は希望を見出しています。これから法律家をめざすみなさんは、表現の自由を守るのであれば、そうした市民の行動も守ってほしいと願っています。


宋惠燕氏(弁護士、在日コリアン弁護士協会理事)
「明日の自由を守る若手弁護士の会」会員


神原元氏(弁護士、「武蔵小杉合同法律事務所」主宰)
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科出身。1998年、司法試験合格。司法修習は53期。2000年、横浜弁護士会に弁護士登録し、川崎合同法律事務所に入所。2010年、川崎合同法律事務所を退所し、武蔵小杉合同法律事務所を開所。自由法曹団常任幹事。主な著書に『ヘイト・スピーチに抗する人びと』(新日本出版社)がある。