雨宮処凛さん×岸本聡子さん(その2)地方にこそ「私たちのための政治」をつくる希望がある

今年は日本もEUも選挙の年。ヨーロッパの政治状況や市民運動に詳しい岸本聡子さん、日本のさまざまな現場で活動している雨宮処凛さんと、ヨーロッパと日本の共通点や差異から見えてくるものについて考えていきたいと思います。(その1)では、水道民営化からグローバル企業にお金が流れていく仕組み、税金の再分配などが話題にあがりました。(その2)では、フランスのイエローベスト運動から、日本の「反緊縮」を掲げる薔薇マークキャンペーン、国を越えた自治体のネットワークについて話し合います。

なぜ「経営者マインド」で考えてしまうのか?

雨宮 日本の場合、最低賃金とか労働問題の話をすると、みんなが経営者マインドで語りだすんですよね。たとえば、時給を1500円にあげようと言ったら、そんなに時給を出したら企業がつぶれてしまうよとか、それだけの価値のある働き手がどれくらいいるのかとか、なぜか労働者側の立場にある人が言う。これが、すごく不思議なんです。

岸本 同じような話を私も聞いたことがあります。#MeToo運動が広がって、女性がやっと声をあげられるようになってきましたよね。でも、知り合いの日本人女性は「そうやって若い女性がセクハラやパワハラという言葉を乱用するせいでマネージメントの男性が何も言えなくなっている」と言うんです。
 #MeTooでやっとの思いで声を上げることができた女性たちへの想像力をもつことなく、男性とか経営者の立場で考えてしまうことがとっても不思議でした。

雨宮 日本で草の根運動が盛り上がらないのは、やっぱりそこじゃないんですかね。働き方改革関連法案のときに、小田嶋隆さんが「司令官たちの戦争、僕らの働き方改革」というコラムで、戦争の話をするときに、なぜかほとんどの人が司令官の目線で語ると書いていました。同じように国策や経済を語るときも、自分は労働者なのに、なぜか経営者目線になってしまう。その点、フランスの人は自分たちの階級制を理解したうえで立ち上がっている気がします。イエローベスト運動(※)などそうじゃないですか。

※イエローベスト運動:フランスのマクロン大統領による燃料税の値上げをきっかけに、2018年11月に始まった政府への抗議デモ。参加者は、自動車内に必ず置くことが義務づけられている黄色いベストを労働者のシンボルとして身に着けており「イエローベスト運動」と呼ばれる

岸本 そうですね。フランスでイエローベスト運動が始まったのは燃料税の値上げがきっかけでしたが、その前段としてマクロン大統領が富裕税をどんどん少なくしていったことがあるんです。そして地方に住む人や輸送に携わる人に負担がかかる燃料税を引き上げました。
 これは日本の消費税とまったく同じ構図。日本の場合は法人税を減らして、所得の低い人も全員が払わなくちゃいけない消費税を上げようとしている。そして、その増えた消費税は私たちに還元されるんじゃなくて、減らした法人税分を補填するのです。フランスでは、こうした富裕層優遇の動きに対しての怒りが地方から広がっていきました。
 ただ、このイエローベスト運動が複雑なのは、こういう状況を利用しようとする極右の人たちも運動に参加していったことなんです。それで一部が暴徒化もしました。新自由主義によって格差が広がると、その不満が女性、移民、難民、障がい者といった、社会のいちばん弱い存在に向きやすくなる。イエローベスト運動の中心にいる労働者のなかには極右の排外主義に取り込まれやすい人たちも一部いて、排外主義が支配層への反発とつながってしまっています。

雨宮 トランプ支持層を思い出す構図ですね。

岸本 だから、左派のなかにもイエローベスト運動に参加する労働者に共感をもっている人は多いのですが、なかなか動けずにいるんです。政治による社会の分断が生まれてしまっています。

改正入管法で「対立」を生まないために

雨宮 日本でも、4月以降に改正入管法が施行されると、どの方向にいくのか分からない。どうやって外国人の権利を守りながら、自分たちの権利も守るのか。いかに対立せずにやっていくのかは、すごく反貧困運動とか労働者側に問われてくると思っているんです。

編集部 そもそも改正入管法自体、人手不足の産業界の意向を組んで選挙までにあわてて成立させたという経緯ですから、そこに人権意識はありません。丁寧な議論を重ねることなく成立させてしまったことが、のちのち日本社会に大きな影響をもたらすのではと危惧します。

岸本 外国人を人とも思わないような、ただの安い労働力としてみる姿勢は、日本の労働者にも広まっていくかもしれないですよね。

雨宮 賃金にしても地盤沈下していくのは、容易に想像できることです。この20年間、非正規労働が増えたことで、正社員の労働環境も悪化した。同じようなことが起こると思います。でも、あまりこのことを言いすぎると、「最初から外国人を敵視するみたいでよくない」と言われることもあり、その懸念もわかります。

岸本 私は18年くらい海外に住んでいて、強制的な移民ではないですが、自分では「移民一世」だと認識しています。そういう意味では、多文化社会を作っていく難しさを実感じています。
 たとえば私が以前住んでいたオランダでは、かつては多文化国家は豊かなものだと考える社会的コンセンサスがあったのですが、それはどんどん崩れてきています。いまは、むしろ「外国人は入れたくない」となって難民危機にまで発展している。この18年間での大きな変化に驚いています。
 私が最初オランダに来たときは、その国の言葉を学ぶのは私たち移民の権利だという考え方で、学校に通うときも教科書代以外は無償でした。それはオランダだけでなく、ヨーロッパのほとんどの国でそうです。

雨宮 韓国とかでもそうですよね。

岸本 国は外国人を迎えているわけなので、社会に適応・統合するために当然支援しないといけません。私が最初オランダに来たときには、1~2年のプログラムを経て最低限でも仕事ができるレベルの言語を習得することができましたが、それは権利として受けたい人が受けられるものでした。
 しかし、この10年で右派政党が「オランダはもういっぱいだ」というスローガンを定着させて、移民政策が大きく変わりました。移民のオランダ語習得は「権利」ではなく「義務」になりました。現在では、まず自国でオランダ語を学習して試験に合格しないと居住許可を申請する権利が与えられません。2007年までに入国した人も同じく、プログラムを受けて試験に合格することが義務づけられました。
 アムステルダムでは50%強の住民が外国籍です。外国人を社会に統合していくというのは、文化、言語、労働といろいろな側面から考えないといけない非常に難しいチャレンジ。だから、今回の日本みたいに地盤沈下を起こすやり方で下級労働者をつくるだけで、社会適合についての政策が不十分なのは本当におそろしいことです。

編集部 今のところ社会適合の部分は、地方自治体に丸投げですよね。外国人の方たちが地域社会に入ってきたときに、いかにうまく共生していくことができるのか。日々の生活に始まり、教育や医療など細やかな支援が必要です。住民の理解や協力も求められるわけですし、財源の問題もあります。

雨宮 人手不足っていうなら、まず賃金を上げればいい。介護職だってそう。マトモに生活できる賃金水準になれば、働きたい人はいると思います。そうすれば人手不足も解消して、消費も増えるし、少子化だって解決の方向にいく。それなのに賃金を上げないで外国人労働者を入れるというのは安易な解決策ですよね。長期的にみたときにどうなのかと思う。

岸本 介護やソーシャルワーカー、教師、看護師、保育士といった「ケアの仕事」は、コミュニティには欠かせない仕事。その賃金が上がって人が増えれば、社会に良い循環が生まれる。でも、そうした仕事は逆にどんどん縮小傾向にあります。

反緊縮の候補を応援する「薔薇マーク」

雨宮 日本では、今年の統一地方選と衆院選に向けて、経済学者の松尾匡さんらによる「薔薇マークキャンペーン」というのが始まっています。これは「反緊縮の経済政策」を掲げる候補者であれば、政党を問わずに薔薇マークを認定して応援しましょうという運動です。
 「消費税の10%増税凍結」、「社会保障、医療、介護、保育、教育、防災への財政出動を行って、経済の底上げを行い、質の良い雇用を創出する」「最低賃金を引き上げ、労働基準を強化する」といった6項目に賛同する候補者を認定していく。薔薇マークは豊かな生活と尊厳を求める象徴で、お金を必要なところに「ばらまく」という意味もかかっているそうです。

岸本 面白い。働く人に訴えかけるような内容がいいですね。イエローベスト運動が求めている内容にも近いものがあります。

雨宮 これまで野党は増税を掲げて選挙に負ける、というのを繰り返してきた。でも、財源を立て直すために増税すべきだと言わないと「無責任なお花畑野郎」扱いされてしまうという現実もある。

岸本 そうなの? でも、公的債務で誰も困らないじゃないですか、EUの場合はそれぞれの国ではお金を刷れないから緊縮財政が厳しいけど、アメリカも日本も自国でお金を刷れますよね。すごくうらやましいと思っているんですよ。
 私たちの団体では「99%のための公的資金」というプロジェクトがあるのですが、特定の目的のために使う「人々のための量的金融緩和」を提案しています。たとえば、「エネルギー転換のための量的金融緩和」とか「大学無償化のための量的金融緩和」とか、目的を明確にしてお金を刷ることで社会の循環をつくる政策です。いまの量的金融緩和は単に日銀が刷ったお金を市場にただ流すだけなので、それだと効果がない。

雨宮 ただお金を刷るんじゃなくて、使い道を事前に決めておくんですか。

岸本 それから、ベーシックインカムの議論においては、富裕層も同じように受け取れることに対しての賛否がありますよね。その対抗策で「ユニバーサル・ベーシック・サービス」という考え方があるんですが、これは個人がお金を得てサービスを買うんじゃなくて、みんなに無償での公共サービスを保証するものです。教育、水、電気だけでなく、通信と交通の権利も保障するという考え方です。
 これらが保証されたら、低所得者の生活はかなり改善されます。あとは住宅の問題ですよね。私はベーシックインカムより、このユニバーサル・ベーシック・サービスのほうが経済的に弱い世帯を効果的に支援できるんじゃないかと思っています。

雨宮 こういう議論が日本でももっと盛り上がるといいですね。薔薇マークもそういうきっかけになればいい。ただ、「反緊縮」という言葉って、一般の人にはわかりにくいと思うんですよね。「ばらまく」というのも無責任みたいに思われて抵抗を持つ人がいる。もっとしっくりくる言葉があるような気がしています。

編集部 つまりは、普通の働いている人たちのための経済政策ですよね。岸本さんが紹介してくれた「ミュニシパリズム」(※)にも日本語がほしいなと思います。舌を噛んでしまってうまく言えない(笑)

※ミュニシパリズム:選挙による間接民主主義に限定せず、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成による政治参加を重視する考え方。EU内で広がりつつある

岸本 私の感覚ではミュニシパリズムの日本語訳は「地域主権主義」や「地域自治主義」なのですが、学者の先生にきちんとした日本語訳をつけてほしいなと思っているんです。

自治体から「99%のための政治経済」をつくる

編集部 日本は地方自治を保障している憲法をもっているのに、どんどん中央集権型になっていますよね。それを取り戻すことは日本でもやるべき。いま種子法廃止(※)に抵抗する条例が全国の地方で制定されてきているのは、憲法の理念に則ったものだと思う。でも、地方交付金をはじめ補助金の執行権を国が握っているという問題もあります。

※種子法廃止:戦後に、稲や麦、大豆などの優良な種子の開発・安定供給を都道府県に義務付けるため1952年に制定された「主要農作物種子法」が、民間の種子開発意欲を妨げるとして2018年4月に廃止された

岸本 ヨーロッパで「ミュニシパリズム」が出てきたことにも、自治体への交付金が50%もカットされるというような背景があったんです。ヨーロッパの緊縮財政は本当に過酷。だからこそ、強権的な中央政権に対抗していく運動が起きた。
 自治体は「99%のための政治経済」をつくりやすい場所です。議会政治内だけではなく、地域のなかで話し合ったものがどんどん議会にあがっていくような、より直接民主的なシステムが求められています。バルセロナでは、市議会議員が毎週金曜日に担当地区に行って話し合って、地域それぞれの課題を議会にもっていくんですよ。
 政策の優先順位をどう決めるかというときに、人の命、水や環境の公共財、社会的な権利を真ん中において政策を決めれば、政策がぶれることはないし、無駄遣いもでてこない。グローバル資本にお金を出すような民営化とかをしている場合じゃないんです。だから、地方選挙は本当に重要です。

編集部 日本には町内会や自治会が古くからありますが、地域のお祭りや防犯をやるところといったイメージ。しかも、昔から住んでいる重鎮たちが中心メンバーで、若い人や外から引っ越してきた人が入りづらい印象があります。もっとオープンにしていろいろな人がかかわることができる形で、地域で公共財や福祉、再開発を含む街づくりのことも考えていく仕組みができたらいいと思います。

岸本 そうですよね。たとえばミュニシパリズムの緊急課題は住宅です。東京も同じような状況だと思いますが、非正規雇用で月収14万円くらいの人が月6、7万の家賃を払い、さらにインターネット代とか携帯代を払えば、それ以外のことは何もできない。
 EUでは経済危機の影響でローンが払えなくなった住民の強制退去が起こり、それで住宅が緊急課題になりました。それから民泊として貸したほうが儲かるからというので、家主が普通に住んでいる人を追い出すようなことも起きています。住宅をリノベーションして家賃をあげて、払えなくなった人を追い出して民泊用にしているんです。
 住宅はとくに若い人にとっては共通の課題。家賃のために働いて人間的な生活ができない人がいます。いまのスペイン・バルセロナ市長は反貧困の活動家なので、この強制退去を止めるような政策をしています。

雨宮 そういう活動をしてきた人が市長になると変わりますよね。
 日本でも地方自治の話でいうと、水道民営化とか種子法廃止についても、ちゃんと意見を言う自治体がある。こういう動きは頼もしいです。
 市場より市民を優先する政治って本当に当たり前で普通のことだけど、日本では出来ていない。それがいまヨーロッパで行われ始めているというのは、やっぱりすごい。

岸本 本当にそうですよね。いまの政治は優先順位がめちゃくちゃです。政治にビジョンがない一方で、グローバル資本や新自由主義には、税金を払わないで労働者の賃金を安くして、自分たちの資本にお金を集中させるという明確なビジョンがある。そして、それをきちんと実現してきています。私たちもビジョンを描いてそこに意識的に対抗していかないといけない。

雨宮 世界で連帯しようという動きもありますよね。たとえば、ファストフードの低賃金労働者が時給15ドルへの賃上げを求めた「Fight for $15(15ドルのために戦おう)」という市民運動は世界中に広がっています。これはグローバル企業に対する、トップと末端労働者の格差アピールでもあるし、アメリカでは州によっては時給15ドルを達成しているところも出ています。

岸本 ネットワークをつくっていくことは本当に重要です。2016年にスペイン・バルセロナ市が提起して国際的に発展している自治体ネットワークに「フィアレスシティ(恐れない自治体)」(※)がありますが、私はぜひ沖縄の人たちにも参加してほしい。国境を超えてつながることで、パワーをもらえることもあると思います。
 辺野古新基地の工事延期を求めて国内外から20万筆以上を集めたホワイトハウスへの嘆願署名もありましたが、そうやって世界に向けて声を届けていくのはありだと思う。貧困の問題もそうです。

※フィアレスシティ:抑圧的なEU、国家、多国籍企業などを恐れず、地域経済と地域の民主主義を積極的に発展させることで制裁を受けることを恐れないと謳う住民と自治体の国際的なネットワーク

雨宮 世界中で共通の問題を抱えている人たちと意見交換をしてみたいです。

岸本 国際的なネットワークをつくるのが強いNPOやNGOに比べて、これまで自治体はあまり横のつながりがありませんでした。でも、いま国が私たち市民の利益を代弁しなくなってきているので、自治体は「最後の砦」になっています。自治体が望むことと国益やEUの利益が対立するようなことも起きてきています。
 そんななかで、自治体同士がつながり始めたのが「ミュニシパリズム」の大きな特徴。ミュニシパリズムの集会には、自治体の代表だけでなく、NGOも市民も参加する。いまヨーロッパではこうしたつながりが増えていますが、日本の自治体も含めてもっと国際的に広げていきたいと思っています。

編集部 今日は長時間ありがとうございました。

(聞き手/塚田ひさこ、構成/中村 写真/マガジン9編集部)

雨宮処凛(あまみや・かりん)作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)、『「女子」という呪い』(集英社クリエイティブ)、『非正規・単身・アラフォー女性』(光文社新書)など、著書多数。マガジン9で「雨宮処凛がゆく!」連載中。

岸本聡子(きしもと・さとこ)2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。マガジン9で「ヨーロッパ 希望のポリティックスレポート」連載中。

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