中小企業に寄り添う国際法務の専門家として~中小企業の海外展開支援のニーズと、「国際弁護士」のなり方 講師:樋口一磨氏

日本経済と国内市場が縮小する中、大企業のみならず、中小の企業も自ら海外に進出していくことが不可避となってきました。ビジネスのボーダーレス化が急速に進む世界にあって、日本の企業は、自社の海外展開を支援してくれる弁護士を必要としています。樋口一磨先生は、米国のロースクール留学、シカゴの法律事務所勤務を経て、8年前に国際法律事務所を設立して以来、中小企業の海外展開におけるリーガルサポートを担っています。樋口先生には、海外市場にチャレンジする企業に寄り添いながら国際法務を扱う仕事のやりがいと、その業務の内容についてお話しいただきました。[2019年5月11日(土)@渋谷本校]

中小企業の海外展開を支援するのも国際法務のひとつ

 今日は、中小企業の海外展開支援という弁護士の仕事のニーズと、やる気があれば誰でも国際法務を扱えるということをお話ししたいと思います。
 今、法曹を目指しているみなさんは、いわゆる海外案件、渉外案件を扱う事務所というと、どのようなイメージをお持ちでしょうか。大手あるいは外資系の事務所、もしくは100人規模くらいの中堅事務所だろうと思われているのではないでしょうか。
 海外案件といえば、クロスボーダーのM&Aや国際訴訟が思い浮かびます。そうすると、それは東京、大阪など、大企業が集中する都市部の事務所の領域であり、地方の事務所に入所するつもりだから自分は海外案件とは無縁だという方もいるでしょう。
 しかし、海外案件というのは大企業のM&Aのような案件だけではありません。国内の中小企業が海外で事業を展開していく、これを支援するのも重要な国際法務のひとつです。そうした支援を必要としている中小企業はたくさんあり、そこには高いニーズがあります。

中小企業が相談できる弁護士が圧倒的に足りない

 国内にはさまざまな企業がありますが、中規模、小規模、零細事業者が99.7%を占めています(2016年)。製造業の分野でいうと、大手が製品を開発製造し、部品は多数の下請けの中小企業が作っています。大手と中小の企業の技術が組み合わさって、日本の製品が出来上がっているわけです。日本の経済と技術を根底で支えているのは、中小企業といっても過言ではありません。
 ところが、近年は日本経済の縮小と、伝統的な日本ブランドの衰退が明らかになってきました。日本は少子高齢化にともない、人口が減っています。他方、海外に目を向けると、途上国といわれる国々は人口が増えている。国内ではモノが売れなくなっているけれど、海外にはマーケットがあるということです。そうなると、これまで大手に依存していた中小企業は、生き残るために海外に出て行かざるを得ない。国内の大手に部品を納めていればよかった中小企業も、自ら海外展開を進めなくてはならなくなったわけです。
 そのとき、契約書をつくるにしても、中小企業が依頼できる弁護士が圧倒的に不足しています。英語の契約書だからと大手・外資系の事務所に行くと、相談するだけで1時間弁護士一人数万円、合計10万円近くタイムチャージをとられる場合もあります。年間売上が数億の中小企業にとって、大手・外資系の事務所は敷居が高過ぎるのです。
 そのような中小企業に寄り添って支援していくのは、とてもやりがいのある仕事です。それは大きな海外案件、渉外案件よりもはるかに身近ですし、多くの中小企業が私たち弁護士の専門的なリーガルサポートを求めているのです。

海外案件をきっかけに国内案件へ、仕事の幅が広がる

 私は今、国際法務を柱とした法律事務所を運営しています。私自身、帰国子女でもなく、ドメスティックな環境に育ち、国内案件中心の事務所に所属していました。国際法務の道に進んだのは、海外に対する漠然とした夢があったからです。
 司法試験合格後、とにかく一歩踏み出そうと英国に短期の留学をしました。そして国内の事務所に就職し、2年半後にアメリカのロースクールに自費で留学しました。いわゆる「国際弁護士」を目指す場合、大手や外資系の事務所に入所し、数年勤務したのちに留学させてもらうケースが多いと思います。しかし、私は、何年も待っていられない、早く行きたい、「貸し」を作りたくない、という理由から、自費で行くことにしました。
 結果的に、早く行って正解だったと思います。2007年にミシガン大学ロースクールLLMを修了し、シカゴの法律事務所に勤務。その間に、ニューヨーク州の司法試験を受けて合格しました。そうして帰国後に独立、国際法律事務所を設立したわけですが、コネも何もないのでクライアントも自分で開拓して今に至っています。
 設立から8年になる現在はアソシエイトが2名、パラリーガルが2名。クライアントは、自動車や工業用機械のメーカー、商社、IT、サービス、建築、医療などさまざま。顧問先は、独立した当初は2社でしたが、今は50社を超えています。「海外」という切り口がなければここまで増えなかったと思います。中小企業の経営者は「うちは弁護士なんか必要ない」という方も多いのですが、「このままでは厳しいから、海外に出ないと」となれば、さすがに弁護士が必要となります。そして、海外展開支援をきっかけにその会社の国内案件も依頼されるようになるケースも多く、顧問先が広がっていきました。

日本の弁護士も国際観をもって仕事にあたるべき

 みなさんが弁護士になって1年目、海外案件を扱っていない事務所で働いているとします。これまで国内案件しかなかった地元のクライアント企業から、あるとき、こんな相談を受けたらどうするでしょうか。
 「ウェブ経由で海外から引き合いがきました。きちんとした会社のようなので取引してみたいんですけれど」「国内は先が見えているので、海外の販路も開拓したいんです」「海外の展示会に出してみようと思うけれど、注意点はありますか?」「海外の新規の取引先から英文の契約書が送られてきました。どうしましょう?」……などなど。
 国内の市場が小さくなっている中、このような相談を受ける確率は高くなっています。ここで「私は英語が得意ではないし、日本の法律しかわかりません。他の法律事務所に聞いてください」と答えるのでしょうか。そうではなく、どんな事務所でも積極的に中小企業の海外展開をサポートしてほしいし、そうあるべきだと思っています。
 いまや中小企業も独自の海外展開をしなくてはならない状況です。また、今は地方の中小企業でも、インターネットを通じて世界に向けて情報発信ができるわけです。にもかかわらず、それをサポートできる弁護士があまりに少ないのです。先にお話ししたように、中小企業にとって海外案件を扱える大手・外資系の事務所は身近な存在とはいえず、依頼するのにちゅうちょしてしまう。
 そうすると、どうなるか。弁護士に相談しないまま、丸腰で出て行って話を進めてしまう例も少なくありません。結果、不利な契約を結ぶなど、痛手を負うことがしばしば起きています。大企業なら数千万円程度の損失は吸収できる体力がありますが、中小企業の場合は致命的です。つまり失敗したときのダメージが大きいので、中小企業が海外展開するにあたって、事前に弁護士に相談をすることは欠かせないのです。
 そのときに、大切なのは弁護士の国際観です。海外のロースクールに留学する人の数は今、中国、韓国、台湾と比較しても減っています。ビジネスのボーダーレス化が急速に進み、トップの大企業だけが海外に出る時代ではなくなっているのに、それを支える法務の専門家である弁護士を目指す人々が内向きになっているように感じられます。
 私は、弁護士業はサービス業だと思っています。サービス業と考えれば、依頼者のニーズがあれば応えるべきですし、弁護士の資格が国単位であるだけで、今は世界中にニーズがあります。欧米に限らず、アジアの国々の弁護士も、国境を越えて仕事をするのは当たり前です。日本でも中小企業の海外展開が増え、今後は外国人労働者や外資がどんどん流入してきます。だからこそ、日本の弁護士も、これからは国際観をもって業務にあたる意識が大事なのではないかと思います。

取引全般・海外取引に特有のリスクを指摘する

 それでは、海外展開支援とは実際にどのようなことをするのか。
 海外展開には、大きく分けて3つのパターンがあります。1つは日本を拠点とした貿易型取引、2つ目は日本にいながら代理店や販売店との契約によって海外に拠点をつくる間接進出型、3つ目は現地に資本を投下して自ら製造・販売をおこなう直接進出型です。
 クライアントには、モノの売買なら納期、代金の回収、品質の保証など、対象国がどこであるかにかかわらず取引全般に共通する留意点をまず指摘します。それと海外取引に特有の留意点も指摘します。日本は海外の国々と取引をする場合、常に海を渡らなくてはいけない。したがって物流のコスト、時差、危険負担などの問題が生じます。為替のリスクや法律の違いもあります。このように取引全般に共通する留意点と、海外取引に特有の留意点の2つを、あらかじめ指摘することは大切です。あとは対象国に特有の留意点も調べて、情報として伝えます。
 弁護士として作業の中心となるのは、やはり契約書のレビューと作成、交渉です。英語が得意でないなら、翻訳ソフトを使っても構わないので、海外取引特有の感覚を意識しながら日本語でクライアントに説明してあげる。それだけでも中小企業の海外展開にかなり役立つことができます。

紛争時の解決は困難だからこそ契約書が重要

 最初の段階で、対象国の法律や規制の問題、日本的な信頼関係にもとづく取引は危険だということは必ず伝えなくてはいけません。詐欺的なトラブルに巻き込まれる事態も多々起きているからです。
 よくあるのは、これから海外展開をしようとしている中小企業が海外の展示会に出展したら「素晴らしい製品ですね。わが国は人口が多いので、こんなに売れます」という引き合いがあった。そのクライアントが帰国後、私の事務所に来て「展示会でいい話がありました。どうでしょう?」と言うので、もらった名刺に書いてある会社のホームページを見てみたら、いかにも怪しい。よく調べると、そもそも会社自体が存在しない場合もあります。あるいは、大量注文、事前送金を約束しておいて、「とりあえずサンプルを送ってください」と言ってくる。信用して高価なサンプルやデモ機を送ると、音沙汰なしになって消えてしまう。そんなケースが後を絶ちません。
 そうして紛争になると、解決は困難を極めます。裁判の管轄が日本にあるなら、日本の裁判所に申し立てることになります。しかし、日本で判決が出たとしても、対象国の執行力はどうなのか、国際送達の手続きはどうするのか。または、海外の裁判所に申し立てるなら、現地の弁護士に依頼しなくてはなりません。司法が未熟で、賄賂が横行しているような国もあります。そのように、紛争になると高額のコストがかかり、裁判も長期化します。だから契約書の作成がいかに重要か、というお話をすることは、海外展開におけるリスク軽減策として意義があるわけです。

ボーダーレス時代における弁護士の社会的責任とは

 それでは、最後に海外案件、海外展開の支援ができる「国際弁護士」になるにはどうすればいいのか、私自身の個人的な経験をもとにお話しします。
 クライアントの中小企業に、法的な指摘やアドバイスをしたり、契約書の作成をしたりするのは、留学経験がなくても弁護士としての普遍的なスキルがあればできます。ですが、できれば留学はしていただきたいし、海外の法曹資格も取得していただきたいと思います。なぜなら、文化レベルの違い、法律の制度の違いを肌で感じることができるからです。私がアメリカのロースクールに留学して一番感じたのは、日本で学んだことと、米英のコモンローの考え方との違いでした。日本では法律を学ぶときに条文から入りますが、アメリカではいきなり判例から入る。文化、慣習だけでなく、他国の思考回路を理解するのは、実際に行かなければできないことです。
 海外留学によって、日本でのキャリアに穴があくと言われます。だけど、2、3年、海外で学んだら、日本でのブランクをはるかに上回る経験を積んで帰ってこられる。ですから、本当に留学したいと考えているなら、日本でのキャリアを「言い訳」にせず、「いつか行けたら行く」ではなく、「絶対に行く」という強いモチベーションで準備をしてください。
 そして、決めたら、まわりに「2年後の夏に留学しますのでよろしく」と宣言する。ロースクールには、入学したい学期の前年の年末までにアプリケーションを出します。英語が堪能であれば、準備は入学の1年前からでも間に合うかもしれませんが、語学の勉強を含めると1年半前には始めないと間に合いません。
 私は、大手や外資系の事務所に所属していたわけではなく、英語がネイティブのレベルでできるわけでもありませんでした。しかし、自費で留学することを決めて、日本人の少ないロースクールを選び、シカゴの法律事務所に勤務したことで、貴重な経験を得てスキルアップができたと思います。
 このボーダーレス時代においては、弁護士の社会的責任として、依頼者の権利を守るために国境を越えて仕事をするのは当たり前であると思います。日本の数多くの中小企業、ひいては日本の経済と技術を守るためには、弁護士の国際対応力が不可欠です。いろいろな事情から留学しなかったとしても、英文の契約書の読み書きができれば海外展開支援の業務は十分に可能です。また、国内外で開催される国際法曹団体の会議などに参加することで、海外のネットワークを構築することもできます。国際法務はやる気があれば、弁護士ならだれでも担うことができるものです。弁護士を志しているみなさんの、将来の目標や活動領域のイメージが広がることを願っています。

樋口一磨氏(弁護士「日本・ニューヨーク州」、「弁護士法人 樋口国際法律事務所」代表)
1976年、千葉県柏市生まれ。1999年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2002年、一橋大学大学院言語社会研究科修了、在学中に司法試験合格。英国ケンブリッジ大学Summer School for English Legal Methodsに短期留学。2003年、司法修習終了、弁護士登録。大原法律事務所勤務。2007年、University of Michigan Law School、LLM 修了。2008年、Masuda,Funai,Eifert & Mitchell,LTD(シカゴ)勤務。在任中にニューヨーク州司法試験合格、弁護士登録。2011年、樋口一磨国際法律事務(現・弁護士法人 樋口国際法律事務所)設立。著書は『中小企業海外展開・法務アドバイス』(共著・経済法令研究会)、『中小企業法務のすべて』(共著、商事法務)、『International Commercial Agency and Distribution Agreement』(共著、Wolters Kluwer)など。主な活動として、東京弁護士会国際委員会副委員長、国際法曹協会(IBA)国際売買委員会オフィサー、国際若手法曹協会(AIJA)日本代表。国際取引、海外展開、紛争解決などについて国内外のカンファレンス等での登壇多数。メディアでの国際問題を中心としたコメンテーターとしての出演、コメント提供多数。