第5回:選挙ラッシュを終えて、スペイン地方革新政治の行方(岸本聡子)

欧州議会選挙で高まった政治の不安定さ

 5月最後の週末、5年に一度の欧州議会選挙が行われた。私が住むベルギーでは国政選挙との合同だったが、私は欧州議会も国政選挙も選挙権がないので(市レベルの選挙権のみあり)主権者としてのパワーがもてないのがつらい。

 とはいえ、そんなことを言っていられない状況だった。欧州議会選挙の直前にオランダとスペインで反移民・反EUを掲げる極右政党(それぞれ「民主主義フォーラム(FvD)」と「ボックス(VOX)」)が躍進し、国会の舞台に登場。欧州議会でも各国の極右政党の躍進が予測されていたからだ。また、スペインでは地方選挙が合同で行われたが、その結果は国政の連立にも影響するため重大だった。

 私の視点で、ものすごく大雑把に欧州議会選挙の結果を言えば、極右政党は勢力を伸ばしたものの、恐れられていたほどの大躍進はなかった。環境政党である「緑の党」に追い風が吹いたが、中高生や若者が切に求めている気候危機の回避を一番の課題にできるほどではなく、彼らを落胆させた。結果としては、従来の主流だった親EU勢力の中道右派・左派が初めて過半数を割り、政治の不安定さが高まったといったところだろうか。

 ベルギーの国政選挙の結果については、リベラルメディアのデ・モルゲン紙が「暗黒の時代の始まり」と評している。というのも、オランダ語圏のフランダース地方で反移民を訴える地域ナショナリズム極右政党「フランデレンの利益(VB)」が3議席から18議席に飛躍して第三党になったからだ。

 VBは多文化主義を否定、フランス語圏のワロン地方への予算配分に強く反対し、過激にフランダース地方独立を求めている。ワロン地方では社会党が安定しており、ブリュッセルを中心に全体として緑の党も伸びたのに、経済がうまくいっているフランダース地方が急速に右傾化しているのはどうしたことか。かつて人種差別問題から裁判所の制裁を受けて党名を変更しなければならなかった極右政党が確実に支持を伸ばしているのは、外国人として生活する当事者として恐ろしい。

 さて、欧州議会選挙の結果を包括的に評するのは専門家にお任せして、私は「希望のポリティックス」の重要な道しるべ的な存在であるスペインの地方選挙の結果に注目して見ていきたいと思う。

ミュニシパリスト自治体誕生から4年

 スペインでは、2011年に起きた「怒れる人たち運動」の中から新しい左派政党「ポデモス」が生まれ、その後、参加型民主主義を体現する新しい政治が各地方に誕生した。2015年の地方選挙では、バルセロナやマドリッドだけでなく、カディス、バレンシア、サラゴッサなどの主要都市で「ミュニシパリスト」を掲げる市民的革新政治が誕生したことは、過去の記事で述べてきた。

 ミュニシパリストとは一言で言えば、住人の社会的な権利と自治と参加を重視する新しい政治のかたちである。

 バルセロナのバルセロナ・コモンズはその先駆的存在で、地域を重視しながらも国際的な連帯を呼びかけて「恐れない自治体(fearless cities)」という国際ネットワークのリーダーシップをとってきた。中央政府やEUの強権を恐れず、多国籍企業を恐れず、難民を助けることを恐れない、自治体的不服従の精神をもち、似た考えを持つ自治体同士がつながっていった。このような数年の歴史から、今回のスペインの地方選挙は国を超えたリベラル層から関心を集めていたのだ。

 2015年から4年の実践を経て、地方政治から深い民主主義を実践するミュニシパリズムのプロジェクトの続行を有権者は許すのか、私たちは注視していた。

 しかし、選挙後に海外メディアのニュースが報じたのは、「バルセロナ、マドリッドで革新政党後退」という内容だった。事実、バルセロナ・コモンズは第一党を逃し、マドリッドでは2015年に第二党になった「アオラ・マドリッド(Ahora Madrid)」が分裂した。スペインの大都市でなぜミュニシパリズムの新しい政治が頓挫したのか、表面的な発表だけではわからない。スペインのミュニシパリズム運動に詳しく、私の同僚でもあるソル・トランボが、イギリスのメディアに発表した論考「スペイン地方選挙の結果とミュニシパリズムの行方」を参考にしながら見ていきたいと思う。

スペイン地方選挙の結果

 今回のスペイン地方選挙の結果から言うと、バルセロナ・コモンズはバルセロナ市議会で41議席中10議席(前回は11議席)を獲得。カタロニア州の独立を求めるカタロニア独立左派党(ERC)と同数だったが、わずか4833票が足りなかったため第一党になれなかった。国際的に「バルセロナ・コモンズの敗北」と伝えられた理由である。

 過去4年間のバルセロナ・コモンズの市政運営は、カタロニア州独立という古くて新しい政治課題に翻弄された。英国のEU離脱もそうであるが、賛成か反対かは置いておいて、このような社会を分断する政治課題は、生活にかかわる政治課題をハイジャックしてしまう。バルセロナ・コモンズのメンバーは独立についての立場がそれぞれ異なるが、コミュニティーを再建したり、過剰な観光開発を止めたり、住民に住まいを確保するほうが必要な政治の仕事だという点では一致している。しかし、独立をめぐる住民投票へのスペイン政府による抑圧やERCのトップが投獄されているという状況が、人々の地域ナショナリズムを加熱させた。

 地域ナショナリズムにミュニシパリストの政治が対抗するのは難しく、実は選挙前からERCの圧勝が予測されていた。それにもかかわらず、バルセロナ・コモンズは創造的な選挙運動を展開し、アメリカのバーニー・サンダースやカナダのナオミ・クラインなどの多くの国際的な著名人もこれを支援した。どちらかといえば予想を上回る大健闘だったのだ。

 一方、マドリッドはどうか。これまでスペインの首都マドリッドのことをあまり書いてこなかったが、2015年の市議会選挙では、市民参加型の政党「アオラ・マドリッド」が58議席中20議席を獲得して第二党になっていた。社会党の支持を得て、アオラ・マドリッドのマヌエラ・カルメーナが市長に就任。彼女はフランコ独裁時代に2度逮捕された労働者擁護の弁護士で、その後に判事となった人物。裁判所内に蔓延していた不正に対して判事として毅然と戦った後、最高裁判所の名誉判事となった筋金入りの正義のために闘う女性である。

 そのカルメーナ市長は、汚職を廃し公共調達の不当な契約を見直すことで、市の債務を48億ユーロから27億ユーロにほぼ半減させた。バルセロナほどの独創性はないものの、マドリッドもまた、市長のリーダーシップで革新的な地方政治を行ってきた都市だといえる。

 しかし、今回の選挙前にアオラ・マドリッドは分裂してしまった。私はその理由をソルの記事で初めて知ったのだが、市の債務問題への対応の違いが原因だったようだ。ミュニシパリストの政治の重要なテーマの一つに「不法な債務の支払いを拒否する」という考えがある。過去の政権の不透明な取引や汚職、中央政府からの押し付けなどを理由とする自治体の債務は違法として返済しないという主張だ。一方、判事でもあるカルメーナは、どのように債務が作られたかにかかわらず債務は債務であり、自治体という組織がその支払いを不履行することはできないとして、アオラ・マドリッド内の反資本主義陣営や旧左派と対立した。

 結果的にカルメーナは「マス・マドリッド(Mas Madrid)」という別のミュニシパリストのプラットフォームとなる政党を作って今回の選挙を戦い、57議席中19議席と健闘した。カルメーナは、保守政党が極右政党VOXと連立しない限り市長を続投するだろうと予測されている。

 また、スペイン地方選で、ミュニシパリストがはっきりと勝利した唯一の都市となったのが、南西部のカディス市である。「For Cadiz, Yes We Can」を中心とする市民政党が27議席中、かつての8議席から13議席にまで伸ばした。

 過去4年、ポデモス出身のホセ・マリア・サントスはカディス市長として能力を発揮してきた。他の都市と同様に、カディス市もかつての政権から引き継いだ膨大な債務があったが、市長は4年間で自治体がサービス供給者に負っていた2億65万ユーロの債務を4400万ユーロまで減らした。カディスのような比較的小さな都市のサービス供給者には地元の中小企業が多く、市からの支払い期日が130日後から30日に短縮されたことで、地元経済は大きな恩恵をうけた。

3つの力の集合

 そもそも2015年に、どのようにミュニシパリストの市民プラットフォームが各地で誕生し、停滞した左派政治に新しいエネルギーを注いだのだろうか。新しいミュニシパリストのプロジェクトを可能にしたのは「3つの力」だとソルは説明する。一つ目は、伝統的な左派勢力。二つ目は、2000年以降に生まれた新自由主義グローバリゼーションに対抗する草の根のベテラン活動家たちのネットワークの力。このネットワークの力は、2011年の反緊縮財政や反汚職の民主運動によって新しい世代を巻き込んで強化された。三つ目は、緊縮財政に追従する社会民主党や労働党に嫌気がさして、オルタナティブを求めていた普通の人々による投票行動の力だ。それによって、最初の二つの勢力がミュニシパリスト運動の中核に成長した。

 この3つの力が融合したとき、政治的な指導者のコントロールを超えて、既存の政治勢力を覆す化学反応が起きるとソルは分析する。この化学反応が各地で起きれば、それぞれの「点」がつながって「面」となっていく。それが、2015年の地方選挙の結果であった。人は自分が大きな変化の力の一部であるという高揚感にあるとき、もう一歩踏み出してミーティングに行ってみたり、ツイッターでメッセージを発信したりして、主体的なアクターになる。

力の集合は極右にも起きている

 一方、冒頭に触れたように、この間に極右政治も同様に新しい政治の高揚感を経験しており、排他主義や差別の感情をあからさまに主張してもいいんだという大衆的なエンパワー(力づけ)が起きて、主要な政治の場に躍り出てきたと言える。中道右派(保守や自由)や中道左派(社会民主や労働)が票を分け合う比較的安定した状態は、欧州議会でもEU各国でも崩れつつある。

 これまでの政治が共通に進めてきたグローバルな競争と新自由主義プロジェクトは少数の勝者と多数の敗者を作ってきた。その中で、極右ポピュリズムは「人々」目線でエリート主義を糾弾する。「劣化する福祉や仕事がないのはすべて外国から入ってくる人々のせいだ」という極端にシンプルな主張で人々を引き付ける。

 しかし、ヨーロッパ各国の11の極右政党が欧州議会でどんな投票行動を行っているかを調査し、欧州議会選挙前に公表されたコーポレート・ヨーロッパ・オブザバトリーによる報告書は、反エリートの仮面をつけて巨大ビジネスの利益誘導に励む極右政党の姿も明らかにしている。皮肉なことに人々目線であるはずの極右政党は、EU共通の25%法人税率に反対し、労働者や女性の権利向上に全く関心がなく、政党も政治家個人も億万長者か大企業と関係を持って、しかも汚職にまみれているのだ。この報告書が選挙行動にどれだけの変化を与えたかを計るのは困難だが、極右政党に共通する偽善と欺瞞が明らかになった意義は大きい。

ミュニシパリズムは成長を続ける

アダ・コラール(右)とマヌエラ・カルメーナ 
Fearless cities: Ada Colau with Manuela Carmena | CC BY-NC 2.0

 こうした複雑な状況の中でも、市民の社会的な権利や参加、水、電力、住宅といった公共財を守ること、住人の生活の安心と地域経済の復興という具体的な課題に取り組み、成果を出してきたミュニシパリストの政治は確かな土壌を作ってきた。ソルの言葉を借りれば、一度さなぎから蝶となった変化が簡単に逆行することはないし、蝶は遠くまで飛んでいく。オランダのアムステルダム市は「恐れない自治体」の国際会議を2020年に計画しているし、セルビアのベオグラードでも、つい先日「恐れない自治体」の地域会議が行われたばかりだ。

 スペインだけでなく、各国の自治体が労働者や環境を守る積極的な役割をかって出て、国際政治の舞台に登場してきている。アメリカでは時給15ドルのために闘う運動(Fight for $15)を背景に、24都市が最低賃金を引き上げた。温室効果ガスの排出削減の野心的な削減を40都市(C40:世界大都市気候先導グループ)がリードしている。コペンハーゲン、メルボルン、ニューヨークなどの27都市は、2012年のピークから10%以上の温室効果ガス削減を実現した。その27都市の中にはバルセロナとマドリッドも入っている。

 また、住環境を破壊しうる民泊サービスや労働者やユーザーの保護を欠いた配車サービスといった新しいビジネスに、責任や規制を求めて立ち上がった自治体も多い。バルセロナはたった4年で公営電力供給会社を誕生させ、スペイン一の規模に成長させた。マドリッドやカディスは劇的に債務を削減させた。一般的に左派は(社会福祉を優先して)経済を悪化させ、債務を膨らませると右派は攻撃するが、スペインで起きていることはその逆である。

 この原稿を書いている最中、バルセロナからニュースが飛び込んできた。バルセロナ・コモンズのリーダーとして4年間市長を務めたアダ・コラールが市長に再選されたのだ。アダは反貧困、住宅権利運動出身のカリスマ的な女性でミュニシパリスト運動の象徴的な存在である。僅差とは言えバルセロナ・コモンズは第一政党の位置を失ったので、市長選出は無理だと思われていた。選挙直後から連立を巡って議論と交渉が行われていたが、バルセロナ・コモンズのメンバー4千人が投票し、71.4%が社会党との連立を支持した。バルセロナ・コモンズは第一党のERCとの連立を退け、アダの市長就任を支援する社会党との連立を選んだ。少数与党だし、ERCの敵対もあって厳しい市政運営になるのは覚悟の上だろう。アダのリーダーシップの下、バルセロナ・コモンズが過去4年で蒔いた種を次の4年で育て収穫できれば、ミュニシパリズムの成長に大きな意味を持つ。

 この4年間のミュニシパリストの地方政治は、数々の具体的な成果を出している。住民目線の実質的な政策と市民権の拡大を中心にするミュニシパリズムは、それぞれの自治体や国を超えてつながり、強化され、新しいエネルギーと希望を与えてきた。同時に今回の選挙結果は、3つの力の融合を維持することがいかに難しいか、その現実を私たちに伝えた。しかし、各国や欧州議会で極右勢力の存在感が増すなか、本質的な「普通の人目線」の政治を後退させるわけにはいかない。

写真:BComu Global‏ @BComuGlobal Twitter
アダ・コラールの市長再選を喜ぶバルセロナ市民

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)