第7回:再公営化の最前線発表~アムステルダム市と「公共の力と未来」会議~(岸本聡子)

アムステルダム市で始まった新しい地方政治の試み

 昨年、2019年は世界各地で起きている「(再)公営化」(※)について2年ぶりの調査に明け暮れていた。そして、年末の12月4、5日にはオランダ・アムステルダム市で、この調査結果を発表する国際会議を開催した。

「公共の力と未来」会議で発表する筆者/Photo: Jess Graham (TNI)

 この国際会議をアムステルダム市で開こうと決めたのは、ここで始まりつつある新しい地方政治の動きとも関係している。アムステルダム市では、2018年の地方選挙で「緑の左派党」(GroenLinks)が初めて第一党となり、連立政権をつくった。それ以降、エネルギーシフトをはじめとする野心的な環境政策と、地方政治の民主化、民族・文化の多様性と社会的参加、住宅問題などのテーマが政治のテーブルにのるようになった。もちろん緑の左派党の市議の中でも温度差はかなりあるし、ネオリベラルな政党も連立に入っているので、歩みはゆっくりなのだが。

 アムステルダム市の新しい地方政治の動きの中で重要なリーダーシップをとっているのが、ルトゥハー・フロート・ワーシンク(Rutger Groot Wassink)議員で、彼は社会政策、多様性と民主化担当を担当する副市長のような立場だ。彼はまず市の予算で「アムステルダムの99」(de 99 van Amsterdam)という、政策研究とともに地域での実践も行うシンクタンクを設立した。メンバーはNGOや労働組合経験者など市政の外から集められている。名称の「99」には、アムステルダム市を構成する99地区という意味のほか、1%のエリートに対抗する99%の民衆という意味も込められている。ルトゥハーと「アムステルダムの99」のメンバーは「フィアレスシティ」(Fearless City)(※)ネットワークに参加し、ミュニシパリズム(※)を掲げる他の都市と積極的に交流し、アムステルダム市の政治や政策をデザインしている。

 このような政治的な環境があったから、(再)公営化の調査を発表する場として「公共の力と未来:経済と所有形態の民主化を目指して」(Future is Public: Democratic Ownership of the Economy) と称する国際会議を、私が所属するTNI(トランスナショナル研究所)と「アムステルダムの99」で共催する話がまとまったのだ。

※(再)公営化:ここでは、公共サービスの公営化、および一度は民営化した公共サービスの再公営化する動きのこと

※フィアレスシティ(恐れない自治体):抑圧的な国家政府、多国籍企業、マスメディアを恐れず、難民の受け入れを恐れず、地域経済と地域の民主主義を発展させることで制裁を受けることを恐ない自治体が国際的に緩やかにつながっている

※ミュニシパリズム:選挙による間接民主主義に限定せず、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成による政治参加を重視する考え方。EU内で広がりつつある。【参照】 「ヨーロッパ・希望のポリティックスレポート 第1回」

2017年に行った調査からの変化

 2017年、TNIでは公共サービスの(再)公営化の成功事例が2000年以降、世界で少なくとも835件あると発表した。そこから2年を経て、私は再調査の結果を出したいと思っていた。(再)公営化の件数自体も大きく増えていたが、今回は件数そのものよりも自治体やコミュニティーにもたらした影響についてもっと調べたかったのだ。

 今回は、前回の調査対象であった7つの不可欠な公共サービス(水道、電力、教育、交通、医療・社会福祉、ごみ回収、自治体サービス)のほか、インターネットを含む通信サービスも新たに対象として加えている。大都市から遠く離れた人口の少ない町で、十分な利益が上がらないために民間企業がブロードバンドのインフラ投資を渋ったり撤退したりするケースが多くあったからだ。特にアメリカ、ドイツで、自治体が率先してインフラ投資とサービス供給をするケースが報告されていた。どこの国でも、民営化した通信サービスはたいてい数社の独占状態になっている。こうした状況を受けて、国が人口の多少にかかわらず通信インフラを整備し、自治体が電気、ガス、水と同じようにすべての世帯に通信環境を供給する方が安く効率的だという議論も始まっている。

 調査は、TNIを含む17の国際団体と22人の研究員の協力によって行われた。それによって確認できた公営化と再公営化の数は、世界各地で1408件となった(内訳は水道311、電力374、教育38、交通47、医療・社会福祉138、ごみ回収85、自治体サービス223、通信192)。

支出削減、労働環境の向上、気候危機対応……

 下の図は、(再)公営化の結果として起きた地域社会にとってプラスになる変化をまとめたものである。詳細を欠いているケースも多々あり、決して網羅的な結果ではないが、例えば下記のようないくつかの結果が挙がっている。

 ・再公営化によって自治体と公的セクターが財政支出を削減できた:245件
 ・労働者の仕事環境や労働条件が向上した:158件
 ・サービス運営の透明性や民主的なコントロールが向上した:149件
 ・電力セクターを中心に再公営化によって気候危機へと積極的な対応をとっている:119件

公共サービスの(再)公営化によって得られたこと/The Future is Public – Towards democratic ownership of public services レポートより

 図の左上にある297という数字は、雇用創出や環境改善を含む地域経済、地域社会へのプラスの影響が確認できた件数である。地域の人材や環境といった地域の財産に注目する言葉として「地域の富の確立」(Community wealth building)という言葉を使っている。

 もう少し具体的なエピソードを紹介しよう。北欧ノルウェーでは2017年にごみ回収産業の最大手企業「RenoNorden」が倒産した。ノルウェーの自治体の3分の1がこの会社にごみ回収を委託していたために、137の自治体が対応を迫られることになった。この危機をチャンスととらえたのが、ノルウェーの労働者37万人を組織する公務員労働組合「Fagforbundet」だ。各地域で自治体職員や市議会と交渉をし、新たな民間事業者を探す代わりに市が直接ごみ回収サービスを提供する方法(再公営化)の道筋を提案した。

 民間のごみ回収サービスを担うのは、どの社会でも立場の弱い労働者である。外国人の従業員も多い。Fagforbundetのメンバーはこうした従業員たちに、市営サービスの従業員として再雇用された場合にどのような違いが生まれるのかを伝え、多言語で情報を発信した。そして、市議会と交渉して再公営化をロビイングすると同時に、民間企業で働いていた従業員の多くを打ち捨てるのではなく、仕事と権利を守るために市が再雇用するよう求めたのだ。その結果として、100以上の自治体が再公営化の道を選び、自分たちの権利を守ろうと労働組合に加盟するメンバーも増えた。

 例えば南部のクラガロー市では従業員を市の職員として再雇用し、それによって賃金や年金も改善されている。労働コストが上がったにもかかわらず、全体のサービスコストを14%も削減できたのは、コスト高の公開入札がなくなったからだ。

ミュニシパリズムを実践する各地域の取り組み

 さて、こうした調査結果を発表するためにアムステルダムで開催した国際会議「公共の力と未来」は、「民主主義と気候の危機:ミュニシパリズムという解決策」というパネルディスカッションから始まった。ミュニシパリズムを実践する9人の市議会議員や代表者が、ウイーン市(オーストリア)、ルーベン市(ベルギー)、グレノーブル市とムアン=サルトゥー市 (フランス)、バルセロナ市(スペイン)、イスリントン区とハックニー区(ロンドン自治区、イギリス)、プレストン市(イギリス)、リコレッタ市(サンティアゴ首都州、チリ)から参加し、各地での経験や挑戦について話した。

Photo :Jess Graham (TNI)

 ウイーン市のレナータ・ブラナー市議は、ウイーン市が世界で最も生活水準の高い街の一つに10年連続で選出されている理由として、住民の6割が公的補助金に支えられた公的賃貸住宅に暮らしていることを上げた。ウイーン市では、住宅は市場による消費財ではなく公共財だと位置づけている。生活の質の高さは積極的な公共支出による社会的インフラの整備による、とレナータは締めくくった。

 このパネルディスカッションには、チリ・リコレッタ市の市長も参加する予定であったが、残念ながら直前に渡航をキャンセルせざるを得なくなった。日本ではほとんど報道されていないようだが、チリでは10月に地下鉄の値上げに反対する学生から始まった運動が全国に広がり、会議の時期には未曾有の全国的なデモや対抗運動の最中だった。

 チリは市場原理主義とまで言われるほど、世界でも新自由主義を一番深く広く実行した国の一つで、水道、医療保険、大学、年金基金は軒並み民営化されている。貧富の格差と生活コストは上昇する一方で、最低賃金は抑えられたままだ。大規模な対抗運動は40年以上にわたる極度な新自由主義によって疲弊した人々の怒りの爆発として現れた。結局、緊急対応に追われる市長に代わって、昨年新たに自治体によって設立されたリコレッタ市大学(Universidad Abierta de Recoleta、 UAR)の学長ロドリゴ・オスバーが会議に参加した。

 リコレッタ市は国による新自由主義政策に正面から立ち向かい、チリでのミュニシパリズムの開拓者となった。チリでは製薬会社の市場独占で薬の価格が高騰しているが、これは世界共通の現象でもある。リコレッタ市は低所得者や貧困世帯を守るために、2015年に国内で初めて市立の薬局を開いた。この措置によって世帯の薬品購入価格を平均70%まで下げることができたという。そしてこのモデルに触発された他の自治体も行動を起こし、市立薬局は現在チリ国内の80市に広がっている。リコレッタ市大学も、高額な授業料を払えない学生に高等教育の機会を提供するため2018年に創立された。学費は完全に無料で、現在150のコースで約3300人の学生が学ぶ。

 また、イギリス北部ランカシャー地方の小都市プレストンからは、フレディー・バイレイ市議が登壇した。プレストンは産業が流出した典型的な衰退都市で、イギリスを覆う厳しい緊縮財政の結果、3人に1人の子どもが貧困家庭で育つというレベルにまで貧困率が上昇してしまった。労働党の市議と地域経済戦略センター(CLES)というシンクタンクが共同して、2011年から「地域の富の確立」政策を導入した。具体的な政策の要は自治体による公共入札である。市内の医療や大学施設など6つの公共機関を基幹組織とし、これらが購入するものやサービスをできるだけ市内で、無理な場合はランカシャー地方内で調達することにした。この政策によって、以前に比べて7400億ポンドも多くが域内で循環する結果となり、地域経済を活性化させた。このプレストンモデルはイギリス各地だけでなく世界から注目されることになったのだ。

「民主的な」公的所有の形とは?

 経済の民主化を考えるとき、所有の問題を避けて通ることはできない。過重な私的所有、とくに大資本による独占的所有は、過去十数年にわたる新自由主義政策の結末だ。それが富の格差の問題、非正規・不安定雇用の増加、気候危機の進行、公共サービスや地域経済の衰退など、さまざまな問題を引き起こしている。この問題意識は会議の主催者も参加者も共有していた。

 公共財やサービスなど、人が尊厳ある暮らしをするために必要なものの公的な所有を取り戻していく作業が「(再)公営化」として現れているわけだ。公的所有の非効率性や官僚化を避けるためには、透明性や説明責任の確立が重要になる。では、議論をはもう一歩先に進めて、公共財や公共サービスを〈コモン〉(※)として共同で民主的に生産し管理するには、どんな形がありうるのか? 公共財の中には21世紀の石油や金ともいわれるデータも含まれる。この問いの答えを考えるとき、水道再公営化のホットスポットと言われる、スペイン・カタロニア地方のテレッサ市での議論や取り組みが、私の目には最先端のものに映る。

 テレッサ市は、市民グループや研究者が集まって結成したプラットフォーム「命の水市民連合(Taula de l’Agua de Terrassa)」の尽力で水道の再公営化に成功し、2018年に新しい水道公社を設立した。時を同じくして、「テレッサ水道オブザーバトリー」という、市議会に関与しながらも法的には独立した組織が誕生した。テレッサ水道オブザーバトリーは市民が熟議し、市議会に対して水道運営のアドバイスをし、必要な場合は調査の実施を要請する公式な機能を持った組織である。

 テレッサ水道オブザーバトリーの最高意思決定は総会で、市議会を構成する政党、それから市行政、技術者、企業、コミュニティー、労働組合、研究機関や大学などの代表者によって構成される。この点で、為政者によって代表者が恣意的に選ばれる審議会のような仕組みとは全く異なっている。オブザーバトリーの設立にもかかわった研究者のエデューナ・バクゥは「現在の法体系下で公共サービスを共同で運営管理することの難しさや過去に経験のないやり方に対する市職員の抵抗も根強い」と、現在進行形の挑戦を率直に語った。

 「再公営化から新しい公的所有へ」――テレッサの野心的な参加型統治の模索は、会議の参加者にとっても大きな刺激となった。

※コモン(ズ):特定の個人ではなく共同体や社会全体に属する、産業や生活にとって必要不可欠な社会的資本のこと。水道、水道、公園といった社会的インフラストラクチャー、報道、教育、病院などの制度、さらには、それらを支える森林、大気など地球環境全体まで対象に含む

移民が多い地区での国際会議の開催

 実は今回、世界中から集まった300人余りの参加者を一番驚かせたのは、おそらく国際会議の会場だったのではないかと思う。アムステルダム中心地を避けた、約10キロ南東の郊外にあるベイルマー(Bijlmer)地区のガーナ人キリスト教会がメイン会場だった。

 ここはかつての駐車場施設の半地下で、外から見ると廃墟のようだし、中はとてもオランダにいるとは思えない雰囲気で、お世辞にもスタイリッシュとは言えない。もう一つの会場は改装中のモスクだった。これは一緒に会議を行った「アムステルダムの99」のこだわりだった。

 国際会議などのイベントは、一般的に市中心部にある商業的で高額な会場で行われることが多い。そして多くの場合、こういった場所に足を運ぶのは白人の知識層だ。しかし「アムステルダムの99」は、移民コミュニティーのあるベイルマー地区を選んだ。ここはほんの少し前までは犯罪の集中する「危ない」場所として名高く、住人以外はよっぽどのことがなければ行かない地区だ。

 歴史的に移民の受け皿となったベイルマー地区には、150カ国のルーツをもつ約5万人が生活する。数年前から教会やモスクのリーダーが地域の発展を「自分ごと」にするための市民プラットフォームを作り、住宅や教育の改善に尽力してきた。その中で人種差別や市行政の住民無視の地域開発とも闘ってきた。コミュニティーセンターや医療センターもでき、地域の人によるケータリングの協同組合などもできている。

 「アムステルダムの99」は国際会議をベイルマー地区で行うことで、ここの住民による地域の運動と国際会議の議論を有機的につなぐことを意図していた。教会、モスクの会場費が地域に還元されるだけでなく、会議に必要な食事や機材のサービスはすべて地域の協同組合から調達した。市中心部のホテルや大企業のサービスの利用を避け、会議のテーマでもある「地域の富の確立」をアムステルダム市として実践したかったのだ。さらに国際会議終了後にも、地域の多様性と地域政治の民主化について話し合うローカルな会議が2日間にわたって同じ会場で行われた。

 度々衝突しながらも、TNIと「アムステルダムの99」は1年以上にわたって会議の準備をしてきた。TNIは主に研究や議論の枠組みを作り、国際的なネットワークを駆使して発言者を招へいしたが、「アムステルダムの99」がベイルマー地区の地域団体や共同組合と連動してくれたおかげで、国際的な議論がベイルマー地区での政治や経済の民主化の動きとシンクロすることもできた。

 公共サービスの(再)公営化をヒントに「経済の民主化」を構想する議論は、気候危機やデータ管理の民主化など新しい挑戦も取り込みながら進化している。そして民主的な社会や経済への道は、植民地主義、排他主義、家父長制、人種差別といったものと地域から闘うことに他ならないのだという根源的な気づきも与えてくれた。

イギリス労働党の敗北と選挙後ショック

 さて、最後にイギリスの選挙結果にも触れないわけにはいけない。というのも民主的な経済や公的所有についての議論は、イギリス労働党が数年前に公共サービスの再公営化を含む包括的な政策をマニフェストとして掲げたことがきっかけで、イギリス国内外で飛躍的に発展したからだ。国際会議のイギリスからの参加者は、地元オランダの次に多かった。国際会議から1週間後の12月12日に総選挙を控え、ほとんどの人が選挙の行方に注目していた。もちろんイギリスからの参加者は選挙運動の大詰めにも関わらず会議に来たので落ち着かない様子だった。結果として、労働党は歴史的な敗北を期した。

 選挙結果の詳しい分析は次回コラムに譲らなくてはならないが、一つ言えるのは、上に挙げた総選挙の出口調査のグラフを見ても若い世代は労働党(赤)をはっきりと支持しているということだ。一方、45~54歳を境に、保守党(青)に支持が多くなり逆転している。そして65歳以上では見ての通りだ(黄色は自由民主党)。

 私も私の周辺も、選挙後にショックを受けたことは隠せない。右派ポピュリズムの勢いを前にしては、労働党の政策がどんなに99%の名もなき人々の生活を中心にしたものであっても人々に届かないのだという事実を突きつけられた。選挙から一カ月がたった今、地域から民主主義の練習と実践の運動を重ね、それを大きな変化につなげていくことの必要性をあらためて感じている。

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。