番外編(上):【オンラインで聞きました】公共サービスを守り、不安定雇用をなくす:コロナ危機後に必要な変化(岸本聡子)

前回のコラム「コロナ危機下で人々の暮らしをどう守るのか」を、〈コロナ危機から環境的・社会的に持続不可能な現代社会が学ぶ教訓はあまりにも大きい。次回の原稿でこのテーマをもう少し掘り下げたい。〉と結んでいた岸本聡子さん。
「そのお話、すぐにでも聞きたい!」と、4月12日にベルギー在住の岸本さんとマガジン9スタッフでウェブをつなぎました。
いまヨーロッパの状況はどうなっているのか、そこから見えてくる日本を含めた世界の課題、そして、この経験から私たちが学ぶべきことを伺っています。コラム「番外編(上)」として、岸本さんのお話をまとめたものを掲載します。
※マガジン9スタッフとの質疑応答の内容は、「番外編(下)」をご覧ください

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コロナ危機が迫る、新しい社会への転換

 私はベルギーの首都ブリュッセルに近い、ルーヴェンという街に住んでいます。所属する「トランスナショナル研究所(TNI)」の事務所はオランダにあり、私自身は普段から在宅勤務なのですが、欧州各国がロックダウンになって、他のスタッフもみんな3週間前から自宅で仕事をしている状態が続いています。

 TNIは国際的な政策研究シンクタンクですので、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)危機の状況を受けて、これから社会がどこへ向かっていくべきなのかという、大きな青写真を描かなくてはいけない責任を強く感じているところです。コロナ危機は、新しいビジョンや価値観の大きな転換を、いろいろな方向から私たちに迫っています。前回のコラムにも書きましたが、私たちはこの経験から学んで、転換の機会にしていかなくてはなりません。

 こうした危機的状況のなかで、どうしても私たちは自分たちのことだけに意識をとられてしまう傾向があります。それもとても重要なことですが、コロナ危機はすべての人に等しく負のインパクトを及ぼしているのではなく、社会の格差が広がっているなかで脆弱な社会基盤の上に生きている人ほど、より大きなインパクトを受けていることを忘れてはいけません。アメリカのように極端な格差社会では、コロナ危機によって受ける影響に明らかな差が出ています。たとえば、自宅で働けることができ企業が給与を保障するホワイトカラーの人たちと、現場に行かないと収入にならず、休むこともできない人たちとでは、大きな差が生まれているわけです。

 国内の格差も重要な問題ですが、グローバルな視点でみると、格差はさらに深刻なものがあります。いま国際的なイシューとなっているひとつは、世界銀行などを通じて累積債務を抱えているアフリカ諸国が債務返済かコロナ対策かのどちらかを選ばなくてはいけない過酷な状況に置かれていることです。債務返済の義務をなくし、まず公的医療にお金をまわせるようにという運動も始まりました(※1)。

 コロナが、これだけ国際的な政治課題になっているのは、先進国、とくに富裕層も含めて影響を受けているからでしょう。感染症でいえば、いまでも毎年、2億人以上がマラリアに感染して、40万人以上が亡くなっています。予防も治療もできる病気にもかかわらず、です。こうした状況を国際政治が無視し続けてきたのは、貧しい国や地域に限定された病気だからです。感染症の問題を掘り下げていくと、国際社会の不正義と経済格差の問題が浮かび上がってきます。

※1:4月14日に、G20の財務相会合は77の最貧国の債務返済を2020年は猶予すると発表。合計額は120億ドルに達する。G20は世界銀行にも同様に債務返済猶予を求めている。累積債務問題に取り組むNGOは帳消しではなく猶予であることは不十分としながらも、G20の迅速な決定を評価

経済補償で重要なのは「スピード」

 さて、日本では、緊急事態宣言が出されて、さまざまな自粛要請がされています。ベルギーの場合は、ロックダウン(都市封鎖)になって4週間目を迎えました。欧州のロックダウンにもいろいろあって、ベルギー、オーストリア、ドイツ、オランダの場合は、少しゆるいロックダウンと言えると思います。一番厳しいのがスペイン、イタリア、フランスで、外に出るのは基本的に一日1時間だけ。それも一人で食料品とか薬局に行く場合に限られます。

 それに比べると、ベルギーでは、散歩やジョギングはできますし、自転車に乗るのもOKです。食料品店と薬局以外の店舗は閉鎖していますので、当然、営業ができないことに対する経済的補償もあります。「自粛と補償はセットだろ」というハッシュタグが日本で広がっていますが、まさにその通りで、絶対に切り離せない問題です。

 経済的な補償については、各国がそれぞれに異なる細かい政策を出していますが、何より重要なのは「スピード」です。オランダでは、フリーランスであれば、ひと月の所得が最低社会水準以下(21歳以上で月 1653ユーロ以下・約20万円)になってしまった場合に、単身で月1050ユーロ、家族世帯で月1500ユーロ(約17万5000円)の補償をすぐに受けられます。これは、オンラインでの申請ベースで、審査なしで振り込まれます。

 もし自分の所得が何パーセント減ったのかを書類をそろえて証明しなくてはいけないとなったら、すごく大変ですよね。審査に手間も時間もかかりますし、行政にもそんなキャパシティはありません。とにかくいったん給付して、もしあとから不正が分かったら返納ということになるのだと思います。この補償は最低3カ月となっていて、その後は状況をみながら決めていくことになります。事業主で雇用者がいる場合、昨年同月と比べて20%以上収入が減った場合に、雇用者の給料の90%を政府が保障します。これは収入減で従業員の解雇を防ぐ目的です。

 オランダにいる友人がレストランを共同経営しているのですが、営業ができないことへの補償である一回きりの支援金4000ユーロ(約47万円)が、すぐに支給されたそうです。ただ、家賃については国家的な救済はなく、大家さん頼みが実情のようで、友人は「良心的な大家さんが今月は賃料なしにしくてくれて本当に助かった」と言っていました。一方、左派政権のスペインは、緊急事態中とそれが解除されて6カ月間は、大家は家賃未払いを理由に賃貸者を追い出すことができないと決めました。住まいを人間の権利とする考え方から、このような政策が生まれています。

 オランダの現政権は新自由主義で、ロックダウンを決めた時期も遅く、この経済補償も欧州のなかでは最低限といえるレベルです。たとえばドイツの場合は、フリーランスや芸術家に所得減の証明など一切なしで即座に5000ユーロを補償。従業員5人までの個人事業主は月3000ユーロ(3カ月合計で9000ユーロ)の補償を行っていると伝えられています。当然、国籍などは関係なく、合法的に居住してる人すべてが対象です。

 欧州各国の政策に違いがあるとはいえ、共通して重要視されているのはスピードです。今月の家賃が払えない、今月の光熱費が払えない、という人たちにとっては、いますぐに振り込まれないと困るわけです。いま持ちこたえられない人を救済しないといけません。

コロナ危機に学んだ「やらなくてはいけないこと」

 2008年のリーマン・ショックに連鎖して起きた世界金融危機では、ギリシャ、イタリア、スペインなど南ヨーロッパの国々が甚大な影響を受けました。以来、それらの国々の経済は依然として疲弊しており、とくに若年層の非正規率や失業率がとても高くなっています。これは日本の姿とも重なります。30年間に及ぶ新自由主義の深化と、世界金融危機からの10年に及ぶ厳しい緊縮財政で労働や公的セクターが弱体化したところを、今回のコロナによるパンデミック(世界的流行)が襲ったのです。

 緊縮財政が続いた結果、自治体への交付金は著しく減り(たとえばイギリスでは60%減)、社会福祉、医療、教育、文化分野は、常に緊縮の標的でした。1990年から2013年の間に、10万人毎の病床数はEU加盟国平均で600床から400床に減りました。イタリアでは、過去10年間に公的医療の現場から4万6000人分の仕事が失われました。そこには、8000人の医師と1万3000人の看護師も含まれています。「効率のため」と、ぎりぎりまで削減された公的医療の現場の人々はいま、命を削ってパンデミックの最前線で闘っています。これは日本にも無関係な話ではありません。かなり共通した社会構造の変化が起きていると思います。

 コロナ危機後に少なくとも「絶対にやらなくてはいけない」と考えていることが2つあります。

 一つ目は、2008年の世界経済危機後の過ちから学び、まったく違う道筋の変革を行うことです。つまり新自由主義による緊縮、民営化を終わらせ、公的な資金と訓練されたスタッフに支えられた公共サービス(医療保健、教育、保育、介護、水道や電気、住宅、通信、交通)に投資すること。

 関連しますが、二つ目は、不安定雇用をなくすこと。非正規や派遣雇用は意図的に作られた労働形態です。いま本当に多くの人たちが、不安定な雇用形態で働いていて、経済危機による打撃を最初に受けています。ひとたび職や住まいを失ってしまうと、社会的にはより大きく長期的な経済的負担がかかります。ですから、欧州各国は失業、倒産、ホームレスを出さないよう必死なのです。

 長期的には、資本だけに都合の良い労働関係ではなく、安心・安定して働ける状況をつくる必要があるでしょう。これらは私の願い事リストではありません。新自由主義の旗振り役であった英ファイナンシャル・タイムズ紙が社説で書いているのです(※2)。

 さらに、コロナ危機による経済補償、財政出動、経済刺激策、企業救済の財源をどうするのか、という重く避けられない議論が日本でもEUでも起きています。この議論をより良い未来を目指すためのものにするキーワードが、「公正な税制」と「グローバル・グリーン・ニューディール」もしくは「グリーン・リカバリー」(※3)です(これらに関する現在進行形の議論は、来週水曜公開のコラムで取り上げます)。

 過剰な開発、野生生物の生息圏の破壊、急速な都市化と集約農業・畜産……自然と人間の境界線がグローバルに崩れてしまった今日、感染症の流行はより頻繁になり、将来もパンデミックが起きる可能性は高まるばかりだと多くの専門家が言っています。生態系や環境を回復させていかなくてはなりませんが、過渡的にはどれだけ耐久性のある地域社会をつくっていけるかが重要な課題です。これはマガジン9のコラムでもずっと書いてきたテーマでもありますが、自治体やコミュニティの役割はますます大きくなっていくと思います。

※2:4月3日の社説「Virus lays bare the frailty of the social contract」では、「非正規化を進め、ここまで不安定な労働市場を許してきた国々は、経済危機下で労働者を効果的に救済できないことを知った。40年にわたる(新自由主義の)政策を抜本から見直さなくてはならない。もはや政府は公共サービスを責任ではなく、投資ととらえるべきである」といった内容が述べられている

※3:「グリーン・ニューディール(GND)」は、1930年代にフランクリン・ルーズベルト米大統領が世界恐慌を克服するため行った社会・経済政策であるニューディールに由来し、気候危機回避と低(脱)炭素化社会への移行のための大規模な公共投資と財政出動を基本とする。このGNDとコロナ危機からの経済回復を同時に目指すのが「グリーン・リカバリー」である

(番外編・下)はこちら

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)