第86回:なぜ日本のコロナ対策は遅いのか(森永卓郎)

アメリカ並みの経済減速となった原因

 世界銀行が6月8日に「世界経済見通し」を発表した。そのなかで、印象的だったのは、2020年の経済成長率見通しで、日本とアメリカの経済成長率が、マイナス6.1%と、まったく一緒だったことだ。アメリカの人口当たりのコロナによる死亡者は、日本の44倍だ。アメリカのほうが、ずっとコロナの被害が大きかったにもかかわらず、日本はアメリカ並みの経済減速となったのだ。
 もちろん、日本の経済対策は、人口当たりの対策予算の規模がアメリカの半分以下という事情もある。だが、もう一つ大きな原因となっているのが、対策の実施時期がとてつもなく遅かったということだ。
 たとえば、アメリカでは、3月末に大人13万円 子ども5万5000円の給付金を支給することが決まった。そして、2週間後には給付が始まり、4月中にはほぼ国民に行き渡ったという。日本の1人10万円の特別定額給付金は、総務省の発表では、6月10日までの給付率が38.5%と4割にも達していない。私は埼玉県所沢市に住んでいるが、市役所から申請書が郵送されてきたのが5月22日で、その日のうちに申請して、振り込まれたのは6月4日だった。
 アメリカの場合は、大部分の国民が確定申告をしており、その際に家族構成や所得、口座番号などを税務当局が把握しているため、国民は特に申請作業をする必要がなく、税務当局のシステムが給付額を計算して、勝手に振り込みをするということができた。ただ、日本の遅れは、システムの違いだけが原因ではない。
 そもそも令和2年度予算が国会で成立したのは、3月27日のことだった。すでに、3月には日本でも新型コロナウイルスの感染拡大が大きな問題になっていたが、予算は政府案から一切修正されることなく、一円のコロナ対策費も盛り込まないまま、成立してしまったのだ。こうしたことが起きたのは、日本の予算制度の硬直性に原因がある。

40年前の日本専売公社での経験から

 もう40年も前のことだから、書いても構わないだろう。私は、1980年に大学を卒業して、日本専売公社(現日本たばこ産業株式会社)に入社した。一応、名前こそ公社になっていたが、その実態は、大蔵省(現財務省)専売局のままだった。つまり完全な役所だったのだ。だから、予算制度の下で事業は動いていた。大蔵省に予算要求をして、すべての支出は、認められた予算のなかでしか実行できなかった。
 私は主計課という部署に配属された。大蔵省から予算を獲得する部署だ。勤務は連日深夜に及んだ。毎日、大蔵省から許可をもらわないと誰一人帰れないという制約もあったが、作業も膨大だった。例えば、私は試験研究費の予算要求を担当した。総額で20億円くらいだったと思う。研究開発のための予算だから、本当はどんな経費がかかるか分からない。新しい発見があれば、そこに研究予算を注ぎ込むのだから、1年も前に何をやるのかなんて分からないのだ。ところが、予算要求では、一つひとつ架空の実験装置の図面を引き、その装置のボルト1本、ローラー1本から予算要求額を積算していくのだ。そうした予算要求の資料は、積み上げると、高さが1メートル以上に及んだ。
 もちろん大蔵官僚は、そんな細かい資料など見ない。ただ稀に、突然「この装置はなんだ」と聞いてくるので、しっかり説明できるように準備だけはしておく必要があった。結局、大蔵省が予算を決める際には、物価上昇率などを参考に前年比何%増という形で総額が決まる。何をどう切ったかという中身は、総額に合わせる形で、予算を要求する側が作るのだ。
 しかし、大蔵省の査定で12月20日頃に発表される大蔵原案(財務省原案)が決まるわけではない。その10日ほど前に大蔵省から内々示というものが来る。これが本当の最終予算だ。その内々示から、10日間の間に、内々示から一定の金額を減額したものを予算要求側が作って、それが大蔵原案として発表されるのだ。なぜ、減額をするのかというと、復活折衝の財源を確保するためだ。大蔵原案が示された後、局長クラスで予算の復活を協議する事務折衝や政治家が登場する大臣折衝が行われ、そうした族議員など活躍のおかげで、大蔵省が否認した予算が復活したという形式にするのだ。もちろん、その復活折衝は、ほとんどが茶番劇だ。内々示で、最終予算は、決まっているからだ。
 予算要求をする側は、ここで族議員の何々先生が大蔵省に乗り込んできて、いくら復活予算を勝ちとるといったシナリオをきちんと組んでいかないといけない。だから、膨大な手間と時間がかかるのだ。

いまも無駄な作業が続けられているのでは……

 民主党、社民党、国民新党による三党連立政権となった2010年度予算では、復活折衝が行われることなく政府案が決定された。藤井裕久財務大臣は、「復活折衝はセレモニーである」と改革の意義を強調した。藤井裕久氏は、大蔵省主計局の出身だから、復活折衝の意味のなさを十分知っていたのだ。私は、直近の予算折衝で何が起きているのかを知らないが、復活折衝が再び行わるようになっている状況をみると、おそらく同じようなことが続けられているのだろう。
 経験談に戻ると、政府案が決まってからも、予算担当者の作業は続いた。主計課の課員全員がそろばんや電卓持参で大蔵省に呼び出される。「総突合」を行うためだ。大蔵省の主査(課長補佐)が、予算書の数字を次々に読み上げる。そして、主査が「では」と言った直後に、課員全員が口を揃えて合計額を読み上げる。一人でも違う数字を言ったら、逆鱗に触れるから、とてつもない緊張感だった。そして、すべて数字の整合性が確認されたら、予算書を印刷に回す。作業は、それでは終わらない。印刷業者から上がってきた予算書を逆さまにして、数字のところに定規を当てて、「,」のひげが出ているかどうか一つひとつチェックするのだ。例えば、1,000円というのが誤植で1.000となっていると、1円になってしまうというのだ。そんなことは、前後関係をみれば誤植であることは明らかなのだが、ひげの欠け一つも絶対に許されない。役人は、完全無欠でなければならないからだ。
 なぜ、延々とこんな思い出話を書いているのかというと、こうした無駄な作業がいまでも延々と続けられている可能性が高く、それがコロナ対策の遅れにつながったと思われるからだ。
 第一次補正予算に盛り込まれた国民一律10万円の定額給付金は、当初、困窮世帯への30万円給付として、予算が閣議決定された。しかし、あまりに複雑な仕組みと対象者が少ないことへの国民の不満が噴出して、4月16日に安倍総理は、困窮世帯への30万円給付を撤回し、国民一律10万円給付に向けて補正予算を組み替えるよう政府に指示した。これで補正予算の審議が1週間以上遅れた。国会で審議する予算書を刷り直さないといけないというのが、その理由だった。
 結局、当初の第一次補正予算が閣議決定されたのは、4月7日だったが、組み換え後の補正予算が閣議決定されたのは4月20日、そして国会に予算書が提出されたのは4月27日で、その3日後の4月30日に予算が成立した。アメリカの給付決定から、1ヶ月も遅れたのだ。

 予算書は、全体で千ページ以上に及んだという。しかし、そんなものをわざわざ印刷する必要があるのだろうか。変更前の予算書を使って、訂正表を添付するとか、あるいは数ページの予算概要を使って審議をすればよいのだが、そんなことは話題にものぼらなかった。
 ある閣僚経験者は、「予算審議で予算書をみている国会議員なんて、どこにもいない」と私に語った。実際に予算委員会の国会中継で、予算書を開いて質疑をしている国会議員を私はみたことがない。官僚のくだらない完璧主義が時間を奪ったのだ。
 そして、予算成立の遅れに加えて、時間を奪ったのは、申請主義だった。特別定額給付金は、政府が勝手に振り込むのではなく、国民の申請に基づいて、政府が給付するという形になった。公的年金もそうだが、日本では政府から給付を受けるためには、まず国民が申請を出して、その妥当性を政府や自治体が審査するという形を取っている。どこまでも上から目線なのだ。しかも、完璧主義の役人がミスのないように厳格な審査をするので、どんどん時間が浪費されていく。
 日本ではマイナンバーと銀行口座がリンクしていないのだから、仕方がないと思われるかもしれない。しかし、そんなことはない。迅速に支給する方法はあった。例えば、私が当初から主張していたのは、郵便貯金口座の活用だ。いま郵便貯金の個人口座は、1億2000万もある。国民の大部分は郵便貯金口座を持っているのだ。その残高を一律プラス10万円で書き換えてしまえば、給付は一日で終わるのだ。
 もちろんこの方法には批判がある。一つは、口座を持っていない国民が後回しになるということだ。ただ、口座を持っていない人は口座を新規に開設すればよい。郵便貯金口座はネットでも作れるから、郵便局がパニックになって、密が生まれる可能性は低いだろう。もう一つの問題は、複数口座の問題だ。いまでこそ禁止されているが、昔郵便貯金口座を作った人のなかには複数口座を持っている人がある程度いる。その人たちが、二重、三重の給付を受けてしまう可能性があるのだ。ただ、二重払いは、後で返してもらえばよい。また、ゆうちょ銀行も、名寄せはしているだろうから、複数口座による二重、三重の受給というのは、それほど多くならないかもしれない。
 しかし、大胆でざっくりだけれども、スピードの速い対策というのは、官僚が好まない。彼らは、完璧主義者だからだ。

後手に回る対策を繰り返さないために

 完璧主義の弊害をもう一つ挙げておこう。アベノマスクだ。安倍総理がアベノマスクを全国すべての世帯に配布することを表明したのは、4月1日のことだった。我が家にアベノマスクが届いたのは、それから2ヶ月以上経って、生産過剰でマスクバブルが崩壊し、コンビニや百円ショップでも、簡単にマスクが手に入るようになった6月11日のことだった。我が家が特殊なのではない。菅官房長官は6月12日の記者会見で、アベノマスクの配布について、6月12日までに96%を配布し、6月15日までにおおむね配布完了となる見込みであることを明らかにした。安倍総理の表明から2ヶ月半の時間を要したことになる。
 遅れの最大の原因は、アベノマスクから不良品が発見されたため、国内で検品の作業を延々と行っていたことだ。しかし、マスク不足は一刻を争う状況だった。だから、とりあえず配ってしまって、後から返品・交換を受け付ければよかったのだ。しかし、官僚はそうしない。彼らは完璧主義で、国民の困窮よりも、自分たちのプライドを優先してしまうのだ。
 感染症の専門家の多くが、秋口から大きな新型コロナ感染症の第二波が襲ってくると警鐘をならしている。そのときも、こうした後手後手に回る対策が繰り返されないように、いますぐ「なぜ日本の対策が遅いのか」という分析をしっかり進めておく必要があるのではないか。

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。