第5回:「議員による差別発言やヘイトスピーチへの対応を求める請願」の可決を巡って起きたこと(塚田ひさこ)

チャコの区議会物語

波乱の?定例会が終わりました

 先週の水曜日(7月15日)は、2020年第2回定例会の最終日でした。午前中に全議員が出席をする「議員協議会」が開かれ、午後から本会議で行われる議決の進行順序の確認があり、続いて区長や理事者(所管の担当部課長)からコロナ対策などの報告がありました。最後に「その他」として、議長より次のような発言がありました。

SNS上の投稿によって、公人である区議会議員が、一般区民に恐怖心を抱かせてしまったことは非常に問題があると感じております。このことが憲法にも規定されている請願権を奪ってしまうようなことにもなりかねませんので、今回の件は、議会を代表する正副議長として非常に残念に感じております。

 これは議長発言の一部であり、かなり表現のトーンは抑えてはいますが、憲法16条の請願権にも触れており、公式の場で出されたこの発言は非常に重く厳しい言葉です。憲法遵守の義務を負う区議会議員が、区民の「請願権」を脅かすなど、言語道断です。

 このような議長発言を出すことは異例のことだと思います。一体なぜこのようなことになったのでしょうか。

 事の発端は、前回のコラムでも書きましたが、豊島区議会の沓沢亮治議員が、ツイッターやYouTubeにおいて「豊島区議会議員」名で差別的なヘイトスピーチや虚偽の「フェイク」発言を発信しており、注意を受けると削除をする、ということを繰り返していることにあります。
 この事態に対して、ある区民が「発言することは自由でも、責任は伴います。区議会議員は公人であり、人権を侵害するような発言は批判されるべきです」「区議会が何も言及していないのは放置しているように見える」と危機感を持ち、議会の姿勢を問い、豊島区議会として差別発言を許容しない姿勢を示して欲しいという請願を出されたわけです。

 私は、この請願の内容は至極当然だと思いました。昨年中より当該議員によるSNS上での目に余る発言はしばしば問題になっていましたので、請願が上がってからようやく議会がこの件で動いたというのは、むしろ遅すぎた感があるのでは、と個人的には思っていました。
 それでも前回、私が区政への要望を伝える手段として請願・陳情について取り上げ、この件のことを書いたのは、区民から声が上がったことで区議会が動いたという事例を知ってもらうことが、区民にも議会にとってもプラスになるだろうと考えていたからです。市民の権利でもある「請願権」を積極的に利用して、議会内外での議論を活発化していくことは、市民参加の自治の一つのあり方として「正しい」ことなんだろうと思っていましたし、これが「市民参画」の一つの成功例になっていけば、「風通しの良い議会」として、区民と議会の距離も近くなるかなあ、とも思っていました。

 しかし、ここで「そんなことはあまりにウブで甘い考えだったのか」と打ちのめされるような、また豊島区議会としても前例のないことが起きたのです。

請願者に恐怖を与える

 当該議員がツイッター上でこんな投稿をしたのです。

 〈「ツイッターや動画でヘイトスピーチを繰り返すくつざわ亮治議員を議会が対策してほしい」という内容の請願が出されました。(略)これは全くのデマです。川崎市のような言論弾圧が目的と思われますのでわたくしは徹底的に闘います〉

 そして、請願書のコピーの画像(名前と住所はホワイトで削除)と請願者のツイッターアカウント投稿を並べて掲載。続いて彼の5万8000人近くいるフォロワーの一人からの「不当な言論弾圧をする左翼活動家に負けないでください」という投稿に答える形で、「ありがとうございます。当人(※請願者)の氏名、住所は把握しております」と答える投稿をしたのです。
 請願は、審議されるべきものとして委員会に「付託」が決まると、全議員に請願書のコピーが、議案と同様、審議の書類として渡されます。その請願書には請願者の名前と住所が記載されています。これは「請願法」に定められていることです。

 私もこの投稿を実際に、ほぼリアルタイムで目にしましたが、はっきり言って「ぞっ」としました。これは「脅迫」ではないか、とすぐに感じました。直接的なメッセージを発していないだけに、より怖いものもあります。何より、彼は自分のとてつもない数の支援者に対して、ダイレクトメッセージで請願者の住所を公開することもできる……ということを、実際にやらなくても想像させることができるのです。

 これは相当にまずい事態ではないか、と議員の間でもすぐに問題視され、この請願に賛同した署名議員を中心に議長に申し入れにもいきました。当然、請願者本人も、当該議員の投稿とフォロワーたちのやりとりを目にして「非常に恐怖を感じている」と議会事務局に申し入れをし、目白警察署にも相談に行き、対策をとってもらうことになりました。

区議会に向けて行われる「電凸」

 その後、彼がツイッターやYouTubeなどで彼の支援者に呼びかけたのは、区議会議長や議員、特に請願に署名した議員10名に対して、請願を取り下げるようにツイッター、電話、メール、ファックスなどで訴えかけてほしい、ということでした。いわゆる「電凸(でんとつ)」です。
 それによって、区議会事務局がこの件に関係して受けた電話は、7月9日〜15日の5日間(土日を除く)で258件。「区民の声」およびコールセンターへの問い合わせメールなども100件ほどあったとの報告を受けています。とにかく電話の数が凄まじい。事務局職員に聞いたところ、電話が鳴りっぱなしで、その対応に終日追われたとのことでした。内容については「請願を採択することに断固反対する」ものがほとんどで、「沓沢議員を罷免しないでください」「川崎市のようなヘイトスピーチを規制する条例を制定しないでください」という内容でした。
 私のところにも、留守番電話、ファックス、メールあわせて、数十件ありました。
 内容も区議会事務局に送られてきたものとほぼ同じで、「『ヘイトスピーチ』の定義は何ですか?」「ヘイトスピーチは裁判所でなければ、認定できないものではないですか?」「誹謗中傷をするとあなたが訴えられますよ」などもっともらしく書いてきたものもあります。

「差別発言は許さない、ヘイトスピーチは許さない」を言い続ける

 当該議員のSNSでの呼びかけによって、これらの支援者は行動を起こしたのだと考えますが、そもそも今回の請願の内容は、当該議員の問責を問うものではなく、

1)「豊島区議会として、あらゆる差別やヘイトスピーチに反対する声明を出すこと」
2)「豊島区議会として、議会内外で差別発言やヘイトスピーチにあたると思われる発言があったとき、どのように対応するかを示すこと」

 この2点を求めたものです。

 ここで改めて、「ヘイトスピーチ」について、国がどのように位置付けており、どのような条例を作っているのかについて確認をしてみます。

 まず「ヘイトスピーチ」の定義について。法務省のサイトには、「本邦外出身者の方々に対して,心身に危害を加えることを告知し,あるいは排除を扇動するような言動等は,それを見聞きした方々に,悲しみや恐怖,絶望感などを抱かせるものであり,典型的なヘイトスピーチであって,決してあってはなりません。」と明記されています。

 特定の民族や国籍の人々を排斥する差別的言動が「ヘイトスピーチ」として社会的な関心を集める中、2016年5月に国会は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」を可決、翌月に施行されました。これは、日本社会の中ではじめて「ヘイトスピーチは許されるものではない」という規範意識を生み出すための、大きな意義のある法律として注目されましたが、理念法であるため、運用しながら様々な修正や実効性のある政策を作っていくことが求められます。それが自治体での運用や政策になるのではないか、と考えています。

 「ヘイトスピーチ解消法」には付帯決議が出されていますが、まさに今回の一連のようなことが起こらないように、また起こった時の対処についても、しっかり取り組むようにと、国から自治体に求めるものです。

 また外務省のページには、国連・人種差別撤廃委員会(CERD)からの、日本国政府の最終報告審査への最終見解が掲載されており、その「ヘイトスピーチ及びヘイトクライム」の項目において、日本政府への勧告として、以下のような内容が明確に挙げられています。

〈委員会は、公人や政治家による発言がヘイトスピーチや憎悪の扇動になっているという報告にも懸念する。〉
〈委員会は、ヘイトスピーチの広がりや、デモ・集会やインターネットを含むメディアにおける人種差別的暴力と憎悪の扇動の広がりについても懸念する。〉

 そして、次のような措置をとることを求めています。

●ヘイトスピーチを広めたり、憎悪を扇動した公人や政治家に対して適切な制裁措置をとることを追求すること。
●人種差別につながる偏見に対処し、また国家間及び人種的あるいは民族的団体間の理解、寛容、友情を促進するため、人種差別的ヘイトスピーチの原因に対処し、教授法、教育、文化及び情報に関する措置を強化すること。

 なお、東京都では、2018年10月の都議会本会議で、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」を賛成多数で可決しており、2019年4月より全面施行しています。本条例は「人種差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)」の事前規制や、LGBT(性的少数者)などへの差別解消を打ち出しており、「東京都のヘイト規制条例」とも言えるものです。東京都の特別区である豊島区においても当然、適用がなされます。

 こうしてみていくと、今回の問題はおそらく「ヘイトスピーチ」、特に、SNS上でのものについての知識や現状認識の差なのではないだろうか、と考えます。法務省のページにも「ヘイトスピーチ」について知らないと回答した人が、約42.6%いると書かれていますが、半数近くの人が「知らない」というのは驚きです。
 豊島区において、これがどの程度の数字になるのかも気になりますが、今回のことで議員の間でも認識の個人差はかなりあるなと感じました。世代の違いなどでSNS上で何が起きているのか、といった現状把握に差が生じるのは仕方がないことかもしれませんが、いずれにしても、「ヘイトスピーチ」をはじめとする差別的言動は決して許されない、ということを言い続けることしかないのかな、とも思っています。

憲法は、排外主義的な表現の自由は許していない

 さて、本会議の最後に、この請願が可決されることに反対する「反対討論」が当該議員より行われました。彼の主張は、自分が行ってきたことはヘイトスピーチにはあたらないというもの。また、憲法21条の「表現の自由」を持ち出してきて、言論弾圧だ、民主主義を脅かす行為だ、と請願の内容や目的とはずれた論点で、自分の主張を繰り返しました。
 いろいろと気になるところのある反対討論でしたが、特に日本国憲法を持ち出すのならば、憲法前文を読んでいるのかと問いたいと思いました。日本国憲法前文のすべてをここに引用はしませんが、〈~われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり~〉という部分にも見られるように、前文は「排外主義」とは真逆の理念と目的を持っています。そうした大きな枠組みというか土台の上に21条もあるのであって、中国や韓国など他国の人たち、そして在日コリアンの方々を敵視し揶揄するような表現を、憲法は決して許していないと私は考えます。

 今回の件は、これで終わりだとは思っていませんし、今後も「排外主義的」なもの、意図的に「フェイク」を拡散していくものとの戦いは続いていくんだろうと思います。


関連記事)
・東京新聞〈請願者の住所「把握」、豊島区議が圧力投稿 提出者「身の危険感じた」〉
・毎日新聞〈ヘイト対応に反対の区議、請願者の「指名、住所を把握」とツイート 議会が問題視〉

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塚田ひさこ
塚田ひさこ(つかだ・ひさこ):豊島区議会議員・編集者。香川県高松市生まれ。香川県立高松高校、成城大学卒業後、サントリー(株)など民間会社勤務を経て、2005年憲法と社会問題を考えるウェブマガジン「マガジン9条」(現「マガジン9」)の立ち上げからメンバーとして関わり、運営・企画・編集など事務局担当。2019年5月地方統一選挙にて初当選。email:office@toshima.site twitter:@hisakotsukada9