竹信三恵子さんに聞いた(その1)コロナ禍によってあぶり出された「女性からの労働相談が6割」の現実

コロナ危機が進行中の今、あらゆる業種において働く方たちが大きな影響を受けています。中でもこれまで社会保障が弱かった不安定雇用の非正規労働者やフリーランス、介護などケアの仕事を担ってきた女性への打撃はより深刻であると感じています。コロナ禍であぶり出された「働く人の人権やジェンダーの問題」をどう捉えるのか、そして日本国憲法の視点からこの状況をどう見るのかなど、労働問題に詳しい竹信三恵子さんにお話をうかがいました。マガ9創刊15周年記念インタビューのシリーズです。

コロナ禍で「壊憲」が進んだ

――新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う緊急事態宣言によって、たくさんの人が仕事を失ったり収入が減ったりするなど、生活生存の危機に見舞われています。竹信さんは、今回のコロナ禍でどのような問題があぶり出されたと見ていらっしゃいますか?

竹信 まず大枠でみると、これは憲法が保障している基本的人権にかかわる重大な問題だということを押さえておく必要があると思います。つまり、今回のコロナ禍で、憲法第13条の幸福追求権、第25条の生存権、そして勤労の権利を保障した第27条、労働3権を保障した第28条などの基本的人権が脅かされつつあります。
 憲法というと第9条の戦争放棄のことばかりがクローズアップされますが、そもそもなぜ市民が戦争に反対するのかという一つの理由は、戦費に税金が回されると自分たちの生活のためのお金が回ってこなくなるからでしょう。日本人は、戦前戦中にそのことをいやというほど体験したはずなのに、今は「なぜ戦争に反対するのか」という理由と自分たちの暮らしのつながりが希薄になってしまっている気がします。
 戦争反対、9条守れという運動は、高齢者を中心に根強くある。一方、生活に追われる若い人や現役世代は、戦争放棄なんて遠い話、それどころではないという感じで、両者が別々になってリンクしていない。でも本当は戦闘機を一機買うお金で保育園がいくつ造れるのかと考えればわかるはずなのに、結びつかない。トランプ大統領に言われるままに武器を買っていたら、私たちの生活は破綻してしまいます。
 今回のコロナ禍で、基本的人権の侵害という「壊憲」が進んでしまっている、ということをまず指摘しておきたいと思います。

――日本国憲法の理念である「平和」「個人の尊厳」もまた、コロナ禍をめぐる政府の対応などによって脅かされたということですね。

竹信 そしてコロナ禍のいちばんの特徴は、「人間関係を絶ってしまう災害」という点だと思います。一般の災害と違って、困っている人を助けようにも近づけないという、悩ましい問題があります。
 そういう特徴からして一番先に影響を受けたのは対人サービス、接客業など女性の多い業種です。休業、倒産、雇い止め、解雇などの問題が一気に噴出しました。今回のコロナ禍で最初に狙い撃ちにされたのは女性、それも雇用の不安定な非正規の女性労働者だったわけです。
 さらに、いきなりの一斉休校でしょう。これは、子どもや先生方だけでなく、保護者をはじめとする多くの人々の生活にかかわるとても大きな問題でした。だって学校が休みになったら子どもたちはどうするんですか。保護者が仕事を休んで家で面倒を見るのか、子どもに留守番させて心配しながら仕事するのか。どっちも困るわけで、政府にはそういう想像力すらないんです。家には専業主婦のお母さんがいて、お父さんが働いて家族を養って、という妄想に基づいた政策でしかない。

――専業主婦で家にいるお母さんと、外で働いて稼いでくるお父さんが、未だに政府の “モデル世帯”なんですね。

労働相談の6割が女性から

竹信 緊急事態宣言が出され、多くの店や会社が休業に追い込まれましたが、当初休業要請するなら補償を、という当然のことが非常に曖昧でしたよね。休業要請と補償はセットでという声があがって、ようやくいくつかの政策が出されましたが、条件が厳しいとか手続きが煩雑とか、あるいは非正規やフリーランスは除外するとか、働き方によって差別があるなど次々と問題が露呈しました。
 そもそも為政者は、人間は働いて収入を得て生活している存在なのだという当たり前のことがわかっていないのではないか。子どもの面倒を見るために仕事を休まざるを得ないとか、店が閉まって給料がストップしたとか、働けなくなったら、だれしも生活が立ちゆかなくなるわけでしょう。不安定な収入の人なら、もう明日のごはんが食べられなくなる、そういう生存権のリアルがまったく想像できてない、恐るべきことだと思います。あなたたち為政者には資産があって、しばらく収入がなくても持ちこたえられるでしょうが、普通の人はそうはいかないんですよ、と言いたいです。

竹信三恵子さん

――長引くデフレの影響もあり、低賃金でみんな働いている、そして貯蓄はない。コロナ禍の前からギリギリの生活をしていた人たちが大勢いたのが、今回のことで一気に底が抜けた感じでしょうか。

竹信 今回、労働相談窓口に寄せられた相談の6割が女性からだったと言われます。
 まず、最初にあがってきたのは、子どもの学校が休みになると働きに出られないから収入がなくなる、という悲鳴。それに対して、さすがに政府も、休校で休まなければならない社員に休業補償を出した企業には助成金を出す措置をとるのですが、今度はパートなど非正規の女性たちから、雇い主がその請求をしてくれず支給してもらえないという声が出ます。非正規は対象外という思い込みや、手続きが面倒という思いがあったようです。
 夫の稼ぎがあるからいいじゃないか、主婦のパートはしょせん家計補助という非正規差別がなお根強いんですよね。本来、働き手は子育ても抱えている存在なのですが、そうした当たり前の現実を、政府も雇い主も忘れていたということです。その結果、自分の収入だけで生活しつつ子どもも育てているシングルマザーは、最も過酷な状態に置かれることになりました。

――女性なら、もれなく稼いでくれる夫という「セーフティネット」があるから低賃金でも生活が困ることはないだろうという、ここでもまた都合のいい「妄想」によって、一番支援が必要な人がはじかれてしまうことになっていた。さすがにそれではまずいだろうという声があがり、その後、雇用調整助成金の特例措置として、パートや学生アルバイトにまで助成対象の拡充がされましたが。

竹信 日本にはコロナの以前から「架空の前提」というのがいっぱいあるんです。
 まず「女性は夫がいるから、低賃金でも失業しても年金や失業手当などがなくても、家を自力で入手できなくても困らないはず」、次に「外国人はいずれ国に帰るのだから失業しても低賃金でも……以下同文」「障がい者は家族が面倒見るのだから失業しても……以下同文」「若者や学生は親に扶養されているのだから……以下同文」など、「社会問題にしなくていい人たち」を仕分ける架空の前提があって、それが貧困の温床になっている。
 そんな前提にはまらない人が現実にはいっぱいいるのに、政府は見ようとしない。自分たちの作った枠に現実をはめ込もうとしている。その矛盾をもろにかぶっているのが女性で、今回の労働相談にも、それははっきり出ています。

――結局、為政者自身の妻は専業主婦であることも多そうですし、資産があったり収入が安定しているので、一般の人の暮らしが見えていないのでしょうか。

竹信 そうですね。格差があって上の人は下の人のことが見えていない。日本は究極の格差社会だと思います。

シングルマザーが直撃された

竹信 ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関「国連女性機関(UN Women)」が3月に「新型コロナ対策のためのチェックリスト」という提言を出しています。国や自治体のコロナ対策が女性を取り残したものになっていないかという問題意識から出されたもので、ここには世界中の女性に必要なコロナ対策のメニューが出そろっています。これをチェックしていくと、日本は何が出来ていないかよくわかる。ほとんどの項目でだめなんですけど。

――コロナ以前にあった問題が今回、とくに立場の弱い女性のところに集中的に表れた気がします。ひとり親家庭への支援策としては、児童扶養手当受給世帯には臨時の給付(一人目の子どもに5万円、二人目以降は一人3万円)や、お米を支給する独自の支援策を打ち出した自治体もありましたが、1回きりなんですよね。

竹信 シングルマザーの就労実態は非正規率が高い。今回最もダメージを受けた層の一つです。ひとり親家庭への緊急支援として米を配る「お米プロジェクト」は、あちこちで実施されましたが、そこに寄せられた感謝の声を見ると「一日2食だったところ3食になりました」とか「雑炊にしていたけど普通のごはんにできました」とか、まるで『おしん』の時代のよう。これが2020年の日本なのかと、暗澹たる気持ちになりました。
 シングルマザーでは休校に伴う休業補償をもらっていた人も4月時点で18%くらい。情報が届いていない、忙しくて手続きに行けないなど、必要な人に補償が行き渡っていないのが実情のようです。

――子どものいないシングル女性も大変ですよね。子どもがいないだけに声をあげにくいという事情もある。

竹信 子どもがいない分、SOSを出しにくく、地域から孤立してしまっている場合もあります。女性の場合、「正社員」でも年収300万以下で、雇用も不安定な“なんちゃって正社員”というケースは少なくありませんから、不安だと思います。ここでも、「女性は夫がなんとかするはず」という社会意識がおもしになっていますよね。

水面下の差別が顕在化

――コロナ禍では差別の問題も明らかになりました。看護師の子どもが保育園に行けなくなった、感染者が責められるなど、深刻な差別が問題になりましたね。

竹信 これまで水面下にあった差別が、コロナ禍で浮上した例もあります。
 その一つがキャバクラなどの接客型の飲食業界や風俗業界などで働く女性に対する差別です。先に話した子どもの休校にともなう休業補償について、当初「接待を伴う飲食業」や風俗業は外すという方針が出されましたよね。それは差別では、という声が出て撤回され、その後の特別定額給付金も支給対象になりましたけれど、実はそれで解決したわけではなかったんです。
 撤回前に風俗業界などの人たちが、除外はやめてほしいと申し入れに行っているのですが、そのとき政府は除外を継続しようとしたんですよね。そうした政府の姿勢に悪のりしたのか、有名タレントなどがテレビで、「俺だってホステスさんの給料補填に税金を払いたくない」といった趣旨の発言をしたのです。それで勢いづけられたのかSNSで「除外して当たり前」といった嫌がらせめいた発言が、多数出回ってしまったわけです。

竹信三恵子さん

竹信 キャバクラ労組によると、この業界の女性たちの間でそうした空気に脅えてしまい、「休業補償を請求したら何を言われるかわからない」などと、補償や給付金を受け取らない人たちが結構出てきたというのです。
 緊急事態宣言などで店には出られませんから、補償金や給付金なしでは食べていけません。それでこっそり闇営業を続けている店で働く。あるいは故郷に帰るしかないと考えるわけですが、祖父母に感染したらかわいそうだから、やはり帰れない。また、帰ると、東京から来たというということでいじめられる不安もある。どうしよう、と本当に困っているそうです。当初の政府の風俗差別政策が、後を引いているんです。政府が公式に謝罪して、「皆さんも差別はやめましょう」と言ってくれたら、ずっといい効果があったと思うのですが。

――コロナ以前からある市民社会の偏見やマイノリティー排除もあぶり出された感じです。

竹信 あと妊娠中の医療従事者の問題もありましたね。妊娠中の医師や看護師、検査技師などは、感染のリスクにさらされているのに、「コロナで大変なんだから、がんばれ」という空気に押されて休めない。厚労省も配慮を求める通達は出したのですが、自分から申告しなくてはいけないので、重症患者が殺到している時期はとても言い出せない。妊娠している関係者は外す、といった形で雇用者側からの措置を義務付けるくらいのことをすべきではないかと思いますね。

連綿と続く家父長制

――それにしても日本が働く女性にこれほど冷たいのは、なぜなのでしょうか? 

竹信 日本は明治から変わっていない。いまだに家父長制が機能しているのです。個々人ではなく、世帯主の下に妻子がいる、雇用主の下に労働者がいるという形を保っておくほうが、統治するのが楽なんですよ。だって、世帯主とか雇用主など頭の部分だけを押さえておけばいいわけですから。今回の特別定額給付金や雇用調整助成金などもそうですが、基本的に世帯主や雇用主を通じて個人に配られる形で、必要な人々が直接申し出ることが出来ない仕組みになっているんです。

――そもそも世帯主(個人世帯を除く)の98%が男性だという状況は、おかしいですよね。

竹信 そうなんですけど、おかしいという社会の共通認識がないんです。夫婦別姓の問題もそうですが、困っているのは女性が圧倒的に多い。意思決定機関はほとんど男性が占めているため、その困っている状態が放置され続けてきたのです。男性で困っている人が現れて、やっとこれはおかしいとなり、初めて社会構造そのものが問われるという形になっているのです。
 女性が意思決定にもっとかかわれるよう、クオータ制などを取り入れることは、もちろん大前提ですが、まずは「女性の問題」というくくりでなく、社会全体の構造的な人権問題だという見せ方をしていく必要もあります。

(聞き手/塚田ひさこ 構成・写真/マガジン9編集部)

(その2)につづきます
※2020年8月26日更新予定

たけのぶ・みえこ:ジャーナリスト。朝日新聞編集委員兼論説委員(労働・ジェンダー担当)、和光大学教授などを経て2019年4月から同大学名誉教授。NPO法人「官製ワーキングプア研究会」理事。記者時代から非正規公務員問題に取り組む。著書に『女性を活用する国、しない国』(岩波ブックレット)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)、『企業ファースト化する日本—虚妄の「働き方改革」を問う』(岩波書店)など労働経済に関する著書多数。