第3回: 原発問題を「理解」する『日本と原発』(ウネリ・牧内昇平)

東日本大震災からまもなく10年が経とうとしています。原発事故が起きた福島県には、いまだに人の住めない場所もたくさんあり、さまざまな形で被害は続いています。しかし、時間が経つ中で記憶が薄れてきた人、もともとよく知らないという人もいるのではないでしょうか。震災や原発事故について学びたいけれど、ぶ厚い本を読む気にはなれない……そんな人におすすめなのが「映画」です。
福島県福島市の映画館「フォーラム福島」で支配人を務める阿部泰宏さんは、3・11後、原発や震災をテーマにした上映企画を粘り強く続けています。阿部さんを案内人として「いま観るべき映画」を毎回ピックアップしてもらい、そのポイントを語ってもらう連載です。

『日本と原発』

脱原発映画の「決定版」

ウネリ 本日は、脱原発に取り組む弁護士の河合弘之氏がメガホンをとった映画について、阿部さんに語ってもらいます。

【作品紹介】(DVDケースの紹介文から引用)
 
『日本と原発 私たちは原発で幸せですか?』
(2014年/日本/河合弘之監督/制作:Kプロジェクト)

全国の原発差し止め訴訟の先頭に立つ弁護士が描く原子力発電のすべて! 2011年3月11日、東日本大震災によってもたらされた福島第一原発事故。事故発生当初に起きていた知られざる“原発震災”の悲劇。国家滅亡もあり得た東電作業員退避問題。チェルノブイリ原発事故の教訓。原発のコスト。新規制基準。増え続ける汚染水の行方。あらゆる角度から日本の原発問題を見つめた弁護士だからこそ描けるドキュメンタリー映画。新垣隆がフルオーケストラを率いて苦悩、祈り、希望を謳い上げる。

ウネリ 製作・監督が河合弘之、構成・監修が海渡雄一となっています。二人とも、全国各地の原発差し止め訴訟で中心メンバーとして活躍している弁護士ですよね。当然のことながら、脱原発の決定版みたいな作品です。

阿部 弁護士が作っていますから、映画監督、映画作家がつくった作品とは全然ちがうものになっています。意外だったのは、プロの映画監督ではない人の作品に対して、若い人たちがビビッドに反応したことです。これは、ジャーナリストの土井敏邦さんが撮った『福島は語る』や、OurPlanet-TVによる『東電テレビ会議 49時間の記録』にも同じことが言えます。
 フォーラム福島では3・11以来、福島とか放射能、原発に関するいろんな映画を上映してきましたけど、たいてい観に来てくれるのは中高年層でした。でも河合さんの映画は例外的に、学生が反応したんです。これは初めてでした。10代、20代の人がこの映画を観て「原発の問題がよく分かった」と言ってくれました。

ウネリ 映画のプロたちの視点では生まれないものを、弁護士という門外漢が作りだしたということですね。

阿部 映画評論家や監督たちがこれを映画と認めるかと言ったら、たぶん認めないだろうと思います。私は、この映画はいわば弁護士が裁判で行う「口頭弁論」だ、という風に捉えています。

ウネリ 口頭弁論。おもしろい解釈ですね。この映画は河合氏がいろんな識者にインタビューして進みますが、その合間にこんなシーンも挟まれるんですよね。

【シーン解説①】
 
会議室のような場所で河合氏がカメラに向かって語りかける。
「それでは、日本の原発推進勢力が言う、原発の正当化理由を説明します」
河合氏はホワイトボードを使い、政府のエネルギー構想について説明する。使用済み燃料を再処理し、高速増殖炉を稼働させれば、プルトニウム燃料は使えば使うほど増えていく――。その仕組みを説明したうえで、河合氏は「でもこれは、絵に描いた餅です」と指摘する。

河合「青森・六ヶ所村の再処理工場はすでに二十数回も完成を延期し、高速増殖炉『もんじゅ』は完全に失敗し、重大な事故を起こし、今も停止中です。これが成功する見込みはまったくない。これは官民そろって認めざるを得ないところです」
 

※使用済み燃料の再処理工場:原発で使い終えた使用済み燃料の中からウランやプルトニウムを取り出す施設。取り出したプルトニウムとほかの物質を混ぜ合わせて「MOX燃料」をつくる
※高速増殖炉:MOX燃料を使って発電する施設。使えば使うほど燃料が増えることから、「夢の原子炉」とも呼ばれた。しかし、研究開発段階だった「もんじゅ」はトラブル続きで実現のメドが立たず、これまでに1兆円を超える税金が投じられながら、2016年に廃炉が決まった

ウネリ 予備校のサテライト授業みたいな感じ。思わずノートをとりたくなっちゃう。

阿部 そう。これは映画の作り方からすれば全く正攻法ではない。そもそもこの人は映画を作ろうとしてない。弁護士が好き勝手にやっているという感じです。裁判では、自分の主張を裁判長に共感してもらうために、あらゆる手を尽くして説得しますよね。それと同じです。こういう場面を学生が観ると、まさに授業です。

監督の河合弘之弁護士は、全国の原発差し止め訴訟で活躍する(中央、ネクタイの人物)/『日本と原発』より(C)Kプロジェクト

突出した「分かりやすさ」

ウネリ フォーラム福島ではこの映画を2015年2月に上映しましたが、その時の若い人たちの反応がよかったんですか。

阿部 はい。「おもしろかった」とか、「原発って全く興味なかったんだけど、これを見てすごい勉強になった」とか、「原発がどれほどリスクの高いものか分かった」とか。

ウネリ 原発の抱える問題を理解できた、ということですね。

阿部 この映画は学校の授業で使うテキストになるということです。河合さんは原発のリスクを極めて分かりやすく、誰が聞いても分かるような論理で解説します。たとえば、こんな言い方をします。

「航空機事故で何百人死のうと、自動車事故で年間何千人死のうと、それはもちろん深刻だけれども、人類という『種』の存続そのものを脅かすものではない。ところが原発がいざシビアアクシデントを起こすと種の存続をも揺るがせにするような事態になる」

ウネリ 先ほど、「映画監督ではない人の作品に若い人たちが反応した」とおっしゃっていましたね。印象的でした。本業の映画監督たちの作品がいわば“純文学”ならば、こちらはむしろ“塾の参考書”。その「分かりやすさ」が功を奏した。そんな気がしています。

阿部 そうかもしれませんね。

まるで裁判の「証人尋問」のよう

ウネリ 「分かりやすさ」で言えば、河合さんがインタビュー相手に選んだ識者たちも、明快な語り口が印象的でした。

【シーン解説②】
 
河合氏は映画の中で各界の識者にインタビューをくり返し、さまざまな角度から「脱原発」の理論を引き出していく。識者の例を挙げると以下の通り(肩書は当時)。

小出裕章氏(京都大助教)「セシウム137を尺度にとれば、福島原発事故は広島原爆の168発分をすでに大気中にまき散らしています」

古賀茂明氏(元経済産業省)「電力会社に対して経産省が都合のよい監督を行うことの一番大きな見返りは、天下りです。電力会社と経産省の職員は人的なパイプが非常に強い」

青木秀樹氏(弁護士)「原発の新規制基準は、原発を住民から遠ざけた場所に建てる”離隔要件“という指針を無くしてしまった。自然現象による同時多発故障も想定していない」

大島堅一氏(環境経済学者)「(原発は)速やかに廃止することが最も経済的。安全対策なんかしないで、とっとと廃炉にする方が、私はいいと思います」

河合弘之氏(左)と古賀茂明氏(右)/『日本と原発』より(C)Kプロジェクト

阿部 まさしく裁判の「証人尋問」ですよね。識者を「証人」として招き、河合さんが質問を投げかける。答えを引き出したら、それに大きくうなずく。自分が納得する姿を見てもらうことで、観客にも合意と共感を求めていく。

ウネリ そうか。ああいうシーンは証人尋問なわけですね。言われてみればそうかも。

阿部 あと、何といっても彼がすごいのは「原子力ムラ」の構図というものを、まざまざと見せつけたところです。

【シーン解説③】
 
真っ白なスクリーンに黒字のテロップが入る。

「巨大利益共同体 原子力ムラ」

ナレーション「この利益共同体の中心にあるのは、電力会社です。原発の建設や運営に関して、メーカーや商社に強大な発注力をもっています。(中略)原発安全神話をつくる役割の一端を担っているのは、原子力工学や医学などを専門とする、大学の学者たちです。(中略)原子力ムラの中核となるのは、経済産業省を中心とした官僚たちです…」

経済界、官僚、メディア、政治家、学者、地方自治体……。あらゆる集団が金や利権によって原子力ムラと結びついている様子を、“プレゼン資料”風に解説していく。

ナレーション「この原子力ムラは日本の経済と政治のおよそ6割を支配するほどの強大な利権構造です。そして、この構造を支えているのは、原子力ムラに属さない多くの国民が支払う電気料金と税金なのです」

『日本と原発』より(C)Kプロジェクト

ウネリ 脱原発をめざす河合弁護士の執念を垣間見ることができます。

阿部 河合さんは若いころ、経済事件の敏腕弁護士として名を馳せます。大きな案件でいくつも成功を手にしました。その彼が、長年関わり続けてきた脱原発の裁判だけは全然勝てなかった。負け続けているうちに福島原発事故が起きた。だから、3・11後は自分の生涯のすべてをここに傾けたいと思ったそうです。

無関心層にうったえる

ウネリ 映画作りも脱原発運動の一環なのですね。

阿部 なぜ原発の案件で勝てないかというと、世論の無関心が背後にあると河合さんは考えています。それを覆すために映画を作りたいと。ところが知り合いの監督やプロデューサーに話を持ちかけても誰もやろうとしない。だったら自分で作っちゃえ、ということで作り始めたらしいです。私費を投じてこの映画を作っています。

ウネリ すごい行動力ですねえ。

阿部 あの人を見ていると、宗教改革のルター(※)を思い出してしまうんですよ。一人で歴史の大きな流れをぐわっと変えてしまいそうな。ルターみたいな存在に見えてしまう。

※マルティン・ルター:ドイツのキリスト教神学者。16世紀、当時のローマ・カトリック教会を批判し、「宗教改革」の流れを巻き起こした。

ウネリ ルターですか。スケールが大きい話になりますね。

阿部 3・11以後は、地裁段階では原発の運転差し止め訴訟で勝利を引き出しているでしょう。高裁でひっくり返されたりもしているけど、気力は全然萎えてないと思いますよ。

ウネリ 河合弁護士と面識は。

阿部 ありますよ。この映画の上映会などで度々会っています。ほかの弁護士とは少し違いますよね。型破りだし、ざっくばらんで気さくだし。頭の切れはものすごくいい人ですね。プライベートでは革ジャンを着てハーレーダビッドソンを乗り回しているそうです。

【シーン解説④(ラスト)】
 
河合氏がナレーションを自ら吹き込む。
「想像してみてください。あなたの住む町が、放射能におかされることを。目に見えない、臭いも形もないものが、あなたの未来も、過去さえも奪うことを。あなたがあなたの家に帰れなくなる。町から生活の音が聞こえなくなる。毎日あいさつしていた人たちと、会えなくなる。日本人はチェルノブイリを見ても、自分たちにも起こることとは想像できませんでした。そして福島を見ても、忘れてしまいそうになっています。この映画で感じたことを、そばにいる人たちと分かち合ってください。この映画のことを、新たな原発事故の避難所で思い出すことのないように、あなたができることを考えてみてください」

『日本と原発』より(C)Kプロジェクト

阿部 この語りからは、河合さんの悲しみが伝わってきます。福島にすごく寄り添った言葉ではないでしょうか。

ウネリ 「この映画のことを新たな原発事故の避難所で思い出すことのないように」と彼は言います。私自身、何かできているのか。身につまされる思いです。

阿部 彼は「考えてみてください」という言葉でナレーションを終えています。判断はあなた方にゆだねますよと。「こうすべきだ!」ではないんです。そこがうまい。ものごとは賛成が1割、反対が1割、残りの8割は無関心だと言いますよね。河合さんはこの「8割の無関心層」を問題にしているのです。

ウネリ 無関心層が考えるきっかけにしてほしいと。

阿部 原発問題なんてどうでもいいと思っている人たち。定見をもたず、その場その場でころころと考えを変えてしまう日和見な人たち。そういう人たちに「しっかりしてよ」、と言っているんでしょう。

***

 弁護士の河合弘之氏はさらに2作品撮っています。本作品に追加取材を加えた『日本と原発 4年後』(2015年)と、再生可能エネルギーの普及をめざした『日本と再生 光と風のギガワット作戦』(2017年)です。どの作品も、きわめてロジカル。原発問題を「頭」で理解するには、もってこいの作品です。一方、事故の被害にあった人びとの苦しみや悲しみを伝える作品としては、土井敏邦監督の『福島は語る』(2018年)があります。ジャーナリストの土井氏が住民たちにカメラを向けた「証言ドキュメンタリー」で、こちらは「心」で理解したい人には必見の作品だと思います。

(ウネリ)

阿部泰宏(あべ・やすひろ):1963年福島市生まれ。市内の映画館「フォーラム福島」で30年以上働き、現在は支配人を務める。社会派・独立系の映画をこよなく愛する。原発事故で福島市内の放射線量が上昇したため、妻子を他県に避難させた被災者でもある。2011年6月以降はフォーラム福島で〈映画から原発を考える〉という上映企画を続け、3・11を風化させない取り組みを続けている。

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ウネリウネラ
元朝日新聞記者の牧内昇平(まきうち・しょうへい=ウネリ)と、パートナーで元同新聞記者の竹田/牧内麻衣(たけだ/まきうち・まい=ウネラ)による、物書きユニット。ウネリは1981年東京都生まれ。2006年から朝日新聞記者として主に労働・経済・社会保障の取材を行う。2020年6月に同社を退職し、現在は福島市を拠点に取材活動中。著書に『過労死』、『「れいわ現象」の正体』(共にポプラ社)。ウネラは1983年山形県生まれ。現在は福島市で主に編集者として活動。著書にエッセイ集『らくがき』(ウネリと共著、2021年)、ZINE『通信UNERIUNERA』(2021年~)、担当書籍に櫻井淳司著『非暴力非まじめ 包んで問わぬあたたかさ vol.1』(2022年)など(いずれもウネリウネラBOOKS)。個人サイト「ウネリウネラ」。【イラスト/ウネラ】