第11回:ジェンダー平等を政策の中心に(塚田ひさこ)

チャコの区議会物語

日本におけるジェンダーバイアスと「森さん」

 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の「女性を蔑視する問題発言」が国内外のメディアに報じられたのが2月3日。それからなんとたった10日も経たずして、あれほど「何がなんでも東京五輪はやるんだ」という意気込みとともに、誰から何を言われようとも「会長」というポジションは手放さないだろうと見られていた、JOCの顔でもあった森氏は、国内外よりはむしろ国際社会からの批判にさらされ、辞任に追い込まれました。

 この問題発言が出た直後は、「まあ、いつもの森さんらしい失言じゃないの」という声も私の身近なところからも聞こえていましたから、これまで通りなら謝罪して幕引きだったでしょう。しかし今回はそうはなりませんでした。

 無意識のジェンダーバイアスのもと女性蔑視発言を行い、結果として女性の人権を尊重しない人は、多様性が大事であるという認識が低く、それゆえ五輪のみならず持続可能な「組織」のリーダーにはふさわしくない、というのは既に「国際スタンダード」。それなのに、そんな人をトップに据えてきた日本社会や政治は相当にずれていることを私たちはまた思い知らされました。

 実際、「森さん」的な人は、日本社会には普通にあちこちにいます。私自身も社会に出てから「女はわきまえろ」と表に陰に言われ続け、もう何十年でしょうか。本当に生まれてからずーっと今に至るまで、そういう言説にあふれた社会を生きてきたので、私自身もまた無意識のジェンダーバイアスを長らくまとっていました。SNS上で「#わきまえない女」というハッシュタグが飛び交うと同時に、自分は「わきまえグセのついた女」だと告白するツイートも目にしました。私もまた、年長者の男性に対しては、そういった振る舞いをしてきました。社会に出てからはそうやって立ち回ることで仕事をまわしてきたおぼえもあります。この日本社会において、女性たちは多かれ少なかれ、みんなそのような経験をしてきているのではないでしょうか。今となっては、本当に随分と長い時間を無駄にしてきたなと思うと同時に、下の世代にはそれはさせたくない、という思いです。

 「森さん」が日本社会のあちこちにいるその理由、そして社会的な背景についても押さえておかなければなりません。そこには、私たちの生活や制度の中にどっしりと根をはってきた「家父長制度」や「儒教文化」の方が、戦後に民主主義とともに持ち込まれてきた「個人の尊厳」や「自由」よりも大事だと思う人たちが、今もなお政治の中でも力を持っているという事実があります。そして「家単位(世帯単位)」で国家が国民を管理するという仕組みは、今もなおしっかり残っています。そのことは、コロナ禍での10万円の特別定額給付金についても、個人ではなく「世帯」に対して給付が行われたということからも、わかることではないでしょうか。これは私の一つの考察ですが、この問題の背景についてはまた、専門家の話も聞きながら考えていきたいと思っています。本当に根深い問題がここにはあります。「選択的夫婦別姓」の導入をめぐってなぜこれほどまでに「対立」が続いているのかを考えた時にも、避けては通れないテーマだと考えています。

「森発言」の区議会への影響

 さて、この「森発言」が、日々の生活と密接な関係をもつ地方議会や行政にどんな影響を与えたか、といえば……。

 ちょうど今、豊島区議会では2021年の第1回定例会が開会中です。森氏が辞職をした直後に「一般質問」の日程がありましたが、「これまでジェンダーに興味あったんですか?」と思うような意外な男性議員が(失礼!)、「ジェンダー平等」を掲げて質問していましたので、この一連の事件をきっかけに一段と理解が進むことを期待しています。

 また、今定例会では、ジェンダー平等と女性の権利の国際基準を守るための「女性差別撤廃条約選択議定書の批准を求める意見書提出について」の陳情が区民から出され、付託された総務委員会では賛成多数により採択(自民党は反対)となりました。総務委員会の議論をオンライン中継で聞いていましたが、思わずガッツポーズ。これによって、本会議での議決は最終日(3月24日)になりますが、豊島区議会から意見書が提出されることになります。定かではありませんが、森発言からの一連の流れが良い方向に動いたような気が私はしています。

 日本がこの選択議定書を批准すると「個人通報制度」によって、「個人」で「女性差別撤廃委員会」(CEDAW:女性差別撤廃条約の履行を監視するために国際連合人権理事会が設置している外部専門家からなる組織)に通報して救済を申し立てることができるようになります。例えば「同じ仕事をしていても、男女による賃金格差による不当な差別を受けている」場合、それを訴えることができます(日本の場合はこの格差が本当に大きい!)。

 日本には男女雇用機会均等をはじめ男女の機会の平等を担保する法律や制度がありますが、現状はジェンダーバイアスも大きいし、男女不平等で差別もあります。それゆえジェンダーギャップ指数が大きくなっているわけなので、そんな日本にこそ、この制度はものすごく必要。そう思ってきた立場なので、今回豊島区議会から意見書を出すことができるのは、率直にうれしい。そして日本の市民の、個人の申し立てによって、日本社会のジェンダー不平等が是正されていくことを、期待しています。

「ジェンダー平等」とは何か?

 さて改めてですが、ジェンダーとは「社会的・文化的につくられる性別」のこと。国連が定めるSDGs(持続可能な開発目標)では、ジェンダーに基づく偏見や不平等によって男女差別が起きている状態を解消していき、個々の能力が活かされ、安全で安心してくらせる社会を作っていこうということを5番目のターゲットに設定し、世界共通の課題にしています。

 私たちの中にある強固な「ジェンダーバイアス」をどうやって解いていくのか? 「意識を変える」ということは、やはり相当に難しいことなのだな、と今さらながらに思わされたことがあります。豊島区が5年ごとに行っている「豊島区男女共同参画社会に関する意識調査」(2020年)についての分厚い報告書を見たのですが、まずこのアンケートの回収率の低さにショックを受けました。区内在住の18歳以上の区民より男女各1000人を無作為抽出した2000人に対して行ったアンケートの有効回収率は36.7%、一方、区の職員全員(3578人)に対して行ったアンケートの回収率は34.2%。無作為抽出の区民も低いけれど、それよりもわずかとはいえ、行政サービスに携わる区職員の方が低いとは! しかも調査目的には「区行政を男女共同参画の視点の下で積極的に推進するため、それを担う職員の意識及び職場の状況を把握し、今後の施策検討の資料とする」とあるのにです。

 また、回収率の男女比率においては、女性が61.7%、男性は38.1% となっており、「男女平等になっていない」と回答した割合も、女性の方が高いという結果になっています。このことが何を表しているか。これでは「男性職員は区行政の男女共同参画への意識も低く、またジェンダー平等を目指そうという意識もなく、自らのジェンダーバイアスについての認識もしていない」、そう見られても仕方がないということではないのでしょうか。

 さらに自由記述を見てみると、「あまりにもアンケートの数が膨大で仕事に支障が出る。次回からは回答をしない」「設問には、女性は差別を受けている前提での設問が多くて違和感があった」「女性の活躍支援ばかりが言われているが、性別は関係なく能力や適応力で選ぶべきではないか」などなど、おい! と思わず突っ込みたくなるコメントも並んでいて、5年ぶりのアンケート結果がこれなのかと、執行部の「SDGs実現!」の掛け声とは裏腹の、職員の心の中にある深い闇を見たような気さえしました。

あらゆる政策にジェンダーの視点が必要なのに

 2月28日付の「東京新聞」の一面に、首都圏の主な31自治体における防災部門の常勤職員に女性が占める割合と防災会議委員における女性の割合が一覧表になって掲載されていました。東京新聞が行ったアンケート調査によると、28の自治体で女性の常勤職員が30%を切っているのだそうです。

 そして、なんと豊島区は女性の常勤職員が0人で、31市区調査の中でもダントツ最下位なのでした。議員も構成メンバーになっている防災会議委員には女性が15人おり、割合は25%となっていましたが。

 豊島区では一昨年に「女性のための防災講座」が開かれ、地域の民生委員や地域で活動しているNPOの代表らの他、女性議員も私を含め数人参加していました。外部の女性講師は、救援センター(避難所)の開設や運営フローにおいて指示を出す立場に女性がいることの必要性を力説されていたように記憶しているのですが、本部機能であるところの防災管理課の人事配置にそれが活かされていないとしたら、あの講座はいったいなんだったんでしょう。

 そういえば、今年になってから実施された新型コロナウイルス感染症をふまえた救援センターの開設や運営訓練の際も、指揮をとっていた防災課の職員は男性のみでした。なぜ女性職員の配置がゼロだったのかについては、所管の人事課に聞いてみる必要がありますが、どこかに「防災は男性の仕事」というジェンダーバイアスがあり、支援センター開設などの防災の現場にもジェンダーの視点が必要だということへの理解が足りず、そのような人事配置になっているのではないか、と想像します。

なぜ女性の問題がここまで可視化されてこないのか

 今、コロナ禍で浮かび上がっているのが、従来からあった女性の貧困や生きづらさ、DVの増加や自殺の急増といった問題です。これまでも本コラムで言及してきましたが、これこそまさに、ジェンダー平等からかけ離れたジェンダーギャップ指数121位の国、日本が作り出した制度によるところの構造の問題です。

 悪いのは、生活の問題を抱えている女性個人ではありません。税制度をはじめ、今ある制度を作って運用してきたのは男性優位社会なわけですから、乱暴な言い方をすれば、「男性のあなた方が女性を排除し画一的な社会を作ってきたせいでこうなった」と言い切りたいくらいです。

 先ごろ野村総研より発表された推計では、女性のパート・アルバイトで仕事(シフト)が半分以下に減り休業手当も支払われない「実質的失業者」が、2月時点で103万人いるとのことです。これらの層は生活困窮に陥っていても把握が難しく、公的な支援からもこぼれおちやすいと見られています。

 路上や炊き出しの場に女性たちの姿が以前より目立つという支援団体からの報告があります。また支援活動団体が行う電話相談への問い合わせには、女性からの相談が以前よりも増えているとも聞きます。 しかし一方で、行政の困窮者対応窓口に来られる方は男性が圧倒的に多い。これは豊島区でもそうです。この差をどう考えればいいのだろうか? というのが、この間ずっと頭を悩ませていることです。

 「女性たちは稼ぎ手の夫がいる場合が大半だから、住む家もあるし困っていないのだろう」というジェンダーバイアスもあって、女性たちの問題が可視化されていない、また女性たち自身も声を上げてこられなかったということがあると思われます。この歪んだ認識は、行政をはじめ支援する側にもあったのではないか、というのが私の推測です。

女性の多くの問題の根本には、ジェンダーの問題が横たわっている

 ジェンダーバイアスが、女性の貧困、生きづらさの現状を見えなくしており、必要な人への支援が届きにくくなってしまっているのではないか。

 コロナ禍が長引く中、今まさにジェンダー平等の認識をきちんと持って対応していかないと、人の命を左右するような重大な局面が、これから半年から1年後にものすごい数で出てくるのではないか。

 女性支援政策をなんでもかんでも、少子化対策に矮小化しないで欲しい……。

 そういった漠然とした危機感や問題意識がますます高まってきている今日このごろ、DV被害者支援など女性からの相談を長く行なってきた一般社団法人「エープラス」の代表である吉祥眞佐緒(よしざき・まさお)さんと意見交換をする機会がありました。

 吉祥さんは、2008年から2009年の日比谷の年越し派遣村の時から、困窮者支援、特に女性の支援を続けてこられ、一過性の支援だけにとどまらず、当事者の課題を解決するために様々な支援プログラムの開発や行政への提言、啓発啓蒙活動も行なってきた方です。豊島区の女性相談にも尽力されています。

 彼女は「女性の生活困窮者の中には、夫のDVから逃げている人もいます。そういう男性によって怖い思いをしたDV被害者は、相談窓口のテントの中に男性がいるというだけで、相談したくてもできないものです。また相談を受ける側にジェンダーの意識が欠落していると、無意識に放った一言によって深く相手を傷つけてしまうことになります。『あなたはまだ若いんだから、早くいい人見つけて一緒になればいいのよ』なんていう言葉は、無意識だとしても許されるものではないのです」と。

 彼女たちを助けるためには今こそ公助であり、行政の出番でもあるはずなのですが、実態が可視化できていないため、どう対策を立てていいのか正直わからないのだ、という行政トップの声もまた聞いています。

 しかし、このまま困窮している女性たちを放置しておくと大変なことになってしまう。その危機感から「女性による女性のための相談会」の必要性をずっと訴えてきた吉祥さんらが呼びかけ人の一人となり、この3月13日、14日に新宿区の大久保公園で開催することが決定しています。

 「女性相談会」を立ち上げたメンバーたちは、メディア発表や東京都の小池百合子都知事への要請をはじめ自治体への呼びかけも行ない、また支援や相談が必要な人に届くよう相談会案内のチラシの事前配布などを行なっていくとのことです。私も、是非多くの方にこの取り組みを知ってもらい、「悪いのはあなたじゃないからね! この社会だからね」と、強く訴えたいと思う一人です。

 ジェンダー平等がこの国で進むと、女性も男性もあらゆる人にとって、生きやすく自由な社会になる。そう私は本気で考えているので、今が頑張りどきだと思って、やってます。

「女性による女性のための相談会」
〜がまんしないで、一人でかかえないで、ご相談を〜
@sodanforher2021
3月13日(土)・14日(日)
10時〜17時(16時半受付終了)
場所:新宿大久保公園

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塚田ひさこ
塚田ひさこ(つかだ・ひさこ):豊島区議会議員・編集者。香川県高松市生まれ。香川県立高松高校、成城大学卒業後、サントリー(株)など民間会社勤務を経て、2005年憲法と社会問題を考えるウェブマガジン「マガジン9条」(現「マガジン9」)の立ち上げからメンバーとして関わり、運営・企画・編集など事務局担当。2019年5月地方統一選挙にて初当選。email:office@toshima.site twitter:@hisakotsukada9