今日からできる![実践]将来海外で法律家として働いてみたいあなたへ 講師:長岡隼平氏

2016年に西村あさひ法律事務所で弁護士としてのキャリアをスタートされた長岡隼平弁護士は、2018年から昨年まで同事務所のベトナム・ハノイオフィスに駐在されていました。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で一時帰国し、東京からリモートワークでハノイでの仕事に対応されています。ハノイでの仕事や暮らしの話も交えながら、海外で法律家として働くために今日から実践できることを教えていただきました。[2021年3月6日@渋谷本校] 
※本講演の内容及び本記事の内容は弁護士個人としての見解であり、所属する組織の公式見解ではありません

海外経験がなくても心配はいらない

 いま私は31歳で、平成元年に京都で生まれて大学まで京都で育ちました。東大のロースクールを受験したときに、伊藤塾の京都校にお世話になりました。無事合格して入学する春に、この伊藤塾の渋谷本校で、現在所属している西村あさひ法律事務所の弁護士の講演を聞く機会があったのです。そのとき初めて海外案件も扱う大手法律事務所の所属弁護士からお話を聞き、こういうところで働いてみたいなと思いました。現在、その法律事務所にお世話になり、こうして講演者の立場でお話しさせていただいていることは非常に感慨深いです。
 さて、ロースクールを卒業すると、司法修習まで若干の空白期間があります。それまでは数日間の旅行でしか海外に行ったことはありませんでしたが、この期間に東大のプログラムに応募してシンガポールの大手法律事務所でのインターンを1ヶ月半経験させていただきました。それが私にとっての初めての海外生活でした。ですから、もし「現時点で海外経験がない」という方でも、将来英語を使って法律の仕事をしていくにあたって心配しなくてもいいのかなと思います。
 その後は、沖縄の那覇地裁で司法修習生となり、2016年1月から西村あさひ法律事務所に入り、東京オフィスで2年間勤務しました。企業法務が中心でしたが、そのなかでも日本の企業がベトナムへ進出する際にサポートする仕事が徐々に増え、ベトナムにあるオフィスとよく仕事をするようになりました。そこで、顔が見える環境で一度働いたほうが効率的に仕事もできるのではないかと思い、現地駐在を希望。2018年からハノイオフィスに駐在となりました。現在は、コロナの影響で一旦帰国していますが、東京からリモートワークでハノイオフィスの弁護士と協働して仕事をしています。

海外駐在について、よく受ける質問

 海外駐在について、よく受ける質問は「どんな仕事をしているんですか?」です。私がしている仕事の一つは、日本の会社がベトナムに進出するときのサポートです。ざっくりと説明すると、ベトナムに進出する際には、新しく会社を現地に設立するか、すでにベトナムにある会社を買うかの大きく2つに分かれます。また、新しく会社を作るといっても、ゼロから設立する場合と、現地のパートナーと合弁会社を設立する場合があります。
 既存のベトナムの会社を買うというのは、一般的にはM&Aと呼ばれるもので、もちろん政府の許認可の論点などベトナム特有の事情はありますが、基本的には日本のM&Aを担当するときの実務とよく似ています。合弁会社を作る場合は、問題が起きたときにどう解決するかなどを事前に現地のパートナーと決めて、合弁契約をしておく必要があります。ほかにも株式譲渡契約書を作ったり、政府に許認可の申請をしたりと、いろいろなサポートをしています。
 もう一つは、すでにベトナムに進出している日本の企業が1900社ほどあるので、そうした会社からの法律相談です。これは本当に幅が広くて、労務相談やコンプライアンス、また業務上必要な契約書作成などの相談を受けます。著作権や特許といった知的財産に関する相談もありますし、取引先からお金が返ってこないといった紛争の相談も受けています。これらはベトナムの法律を読めば分かることもあるのですが、法律だけでは単純に解決できないような問題が起きることもあります。
 日本だと、そういう場合には過去の判例や解説書、当局のガイドラインなどを調べて解決できることがほとんどですが、ベトナムにはそういう類のものが十分にはありません。そこで、事務所で扱ったことのある例を参考にしたり、当局の担当官やその法律を作った人がどう考えているのかを調べたり、人的ネットワークも駆使しながら、問題をダイナミックに解決に導いていく必要が出てきます。

駐在員としてのハノイでの暮らし

 もうひとつよく受ける質問が、「どういう一日を送っているんですか?」というものです。ベトナムでは、多くの駐在員が社用車で通勤しています。私の場合は7人乗りのバンが近くの家を回ってくれて、先輩弁護士と一緒に出勤していました。朝8時前にはオフィスに着きますが、日本との時差がマイナス2時間なので、すでに日本から仕事のメールがかなり来ている状態です。午前中は、そうした対応に追われているか、依頼者との会議が入ることもあります。
 午後はデスクワークが多く、契約書の内容を協議したり、お客さんのところに契約交渉に行ったりなどしていると、あっという間に夜になります。ハノイには商工会があって日本人のビジネスマン同士の集まりが非常に多く、情報交換の場やイベント、講演などもあるので、夜はそうしたところに参加していました。
 「ベトナム語は話せますか?」というのも、よく聞かれる質問ですが、話せないし読めないという、ちょっと残念な状況です。しかし、それでも仕事上は全く問題ありません。ベトナムの法律はほとんど全て英語に翻訳されていて、その精度もある程度高いからです。また、西村あさひ法律事務所のハノイオフィスでは、ベトナム人の同僚も全員英語ができます。ベトナム語が話せなくても、日本の弁護士資格があれば現地で外国弁護士登録ができ、それが就労許可の代わりになります。そのため、現地で資格試験を受ける必要がありません。
 余談ですが、ハノイでは日本の裁判官と検察官にも会いました。ベトナムではJICAの法整備支援事業を通じて、1996年から日本政府が法律の制定支援を行なっています。現在まで続いているプロジェクトで、ベトナムの民法や民事訴訟法、破産法など重要な法律が日本の支援で作られています。海外の仕事をするために裁判官・検察官になるという人はあまりいないかもしれませんが、弁護士だけが海外で仕事をする法律家ではありません。裁判官・検察官志望の方でも海外で働くチャンスがあることをお伝えしておきたいと思います。

「今日からできる!」実践編①論理的な思考

 ここから本題ですが、将来海外で働くために必要なことが、大きく2つあります。それは「論理的な思考」と「外国語(英語)」です。
 海外で働くときには、さまざまな関係者と母国語ではない言語で話さなくてはなりません。ベトナムの場合、日本人にとってもベトナム人にとっても母国語ではない英語を使って話したり、交渉したりすることが多くなります。慣れない言語であるうえに、共通の文化的背景がないことによるコミュニケーションの難しさがあります。「日本人の会話には主語がない」とよく言われますが、法律家同士の話では、曖昧さを排除して、きちんと言葉にして正しく伝えることが大事です。そのため、仕事上のコミュニケーションにおいて論理的であることが非常に重要になるのです。
 では、実際に「今日から何を実践するのか」ですが、司法試験の勉強と同じく「三段論法」の訓練をすることが非常に重要です。三段論法は「問題提起・規範定立・結論(当てはめ)」からなりますが、国や言語が変わっても、法律の世界では常に重要なものです。この流れに沿って説明しないと相手には伝わらないし、日本語で伝わらないものは当然外国語でも伝わりません。逆に言うと、ネイティブのように英語を話せなくても、法律の議論をする際に、どういう順番で何を話せばいいのかわかっていれば、それが自信につながります。
 具体的な例を挙げて話しますと、ベトナムでは旧正月に贈り物をする文化があるので、企業の方から「日頃お世話になっている政府の方に贈り物をしたいけれど、違法な賄賂にならないようにするにはどうしたら良いか」という相談をよく受けます。この「贈答行為は賄賂に当たるのか」という質問自体が既に問題提起になっていますね。では、次に「その国で賄賂とは?」という規範を立てる必要があります。
 当然、刑法を見る必要がありますが、自分でも英訳の法令を確認するだけでなく、ベトナム人の同僚にも法令の原文を見てもらいます。刑法には各構成要件(犯罪が成立するための原則的な要件)がありますが、その解釈は条文を読んだだけでは分からないものです。国や地域によっても当局の解釈が異なる場合があるので、それらを確認する必要があります。ベトナムは原則として裁判例に「先例拘束性」がないので、過去の裁判例は当てになりません。また刑法学者の本も十分にないので、当局担当官に考え方を聞くなどします。賄賂罪にあたる金額基準がいくら以上なのか、無形のものでも罪になるのか、その他の構成要件は何か、といったことが「規範定立」となります。
 そこから、事実への「当てはめ」になるのですが、規範定立を意識した上で、お客さんに「何をあげようとしていますか」「いつ渡す予定ですか」「その政府の方とどのような関係ですか」「金額はどのくらいですか」という質問をしていきます。司法試験では、「これは贈賄に当たる/当たらない」が結論的な回答になりますが、実務の場合はそれでは不十分な場合があります。依頼者の質問は、「贈賄にならないようにするには、どうしたらいいですか」なので、「こうすれば大丈夫です」という回答が求められています。「その贈り物ではダメなので、こういう風に変える必要があります」とアドバイスが求められているのです。

「今日からできる!」実践編②英語

 次に、やはり英語の能力は非常に重要です。日本人がベトナムでビジネスをする際には英語が共通語になってくる場合が多いので、ベトナム人と英語で話す・聞く、契約書を作る・読むといった技能が必要になります。契約書以外にも、現地の法律家が日本人に報告するために英語で作った資料や法律の文面も読む必要が出てきます。
 今日の講演のテーマは「今日からできる!」ですが、司法試験の勉強だけでもすごく大変なのにどうやって勉強していくんだ、と思いますよね。しかし、語学の勉強には時間がかかります。就職時点である程度できている必要があると考えると、今から始めなければならないと私は思っています。ただ、「読む・聞く・書く・話す」のすべてを司法試験の勉強と並行してやるのは正直言って無理なので、効率的にやらなければなりません。
 まず司法試験を受けるまでの間は、受動的な勉強(=聞く・読む)がおすすめです。これは「ながら」でできます。たとえば、電車の中で英語ニュースやネット上の文献を読む。食事中や入浴中、歯を磨いてるときにリスニングの勉強をする。そういう隙間時間を使った効率的な学習で十分、といいますか、それしかできないかなと思っています。
 司法試験が終わったら、話す・書くという能動的な英語学習の機会を増やしていきます。これはやはり外国人に聞いてもらう、読んでもらうことが非常に重要です。日本人同士ですと、どうしても共通の文化理解に委ねてしまう傾向があるからです。外国に住むチャンスがあれば一番いいですが、司法修習まで時間が限られていますし、司法修習が始まればその都道府県から動けないのでなかなか難しいかもしれません。ただ司法修習中は、17時以降には自由な時間がありますので、計画を立てて積極的に外国人と話す機会を作りましょう。
 私の場合は、司法試験受験期は本当に少しずつリスニングの勉強をしました。ポッドキャストやYouTubeなどの無料リスニング媒体で「ながら」の勉強を続けて、寝る前にはスマートホンのアプリで語彙力を増やしていました。司法修習までの期間にシンガポールで働くことができたので、受験期のリスニングの積み重ねに加えて、現地で英語に囲まれて生活したことで一気にリスニング能力が良くなったのを実感しています。沖縄での司法修習期間中も、英会話スクールに毎日通いました。とにかく話しまくった1年間で、スピーキング能力も非常に伸びたかなと思います。
 漠然と勉強するよりは、TOEICやTOEFLのような試験を受けるという目標を持つほうがいいと思います。先に受験する日を決めてしまえば、受験料を無駄にしたくないのでそこに向かって勉強します。私も司法試験と並行して、何回かTOEICを受けました。スピーキングテストのないTOEICの点数が高くても、必ずしも英語を話せることの証拠にはなりませんが、就職の際に一つの指標にはなります。先輩・上司から「英語ができるんだな」という評価をしてもらえると、英語の仕事を頼まれやすくなり、仕事で使う機会が増えてさらに英語力が上がるという相乗効果があります。
 さて、最後に「今日からできること」をまとめますが、まずは目の前の司法試験の勉強を大切にしてください。そのなかで日常的に三段論法を訓練し、それが身について当たり前の思考方法になっていけば、海外でも活躍できる素地ができます。その次に英語です。これは司法試験勉強の隙間でも構いません。そして、司法試験が終わってからも機会を見つけて英語の勉強を続けていただけたらと思います。

弁護士(西村あさひ法律事務所所属)。元伊藤塾塾生。2012年、京都大学法学部を卒業。2014年、東京大学法科大学院を修了。同年、司法試験に合格。2016年から西村あさひ法律事務所に所属。東京オフィスでの勤務を経て、2018年~2020年同オフィスのベトナム・ハノイオフィスで勤務。現在はコロナの影響で東京からリモートワークでハノイでの仕事に対応している。