「こども庁」創設は必要か──内閣府の肥大化と教育への政治的介入の危険性を考える 寺脇研さん&前川喜平さん講演レポート

文部科学省、厚生労働省など複数の省にまたがる「こども政策」を一元化するとして、政府が創設を目指す「こども庁」。衆院選の公約にも入るのでは? と言われていますが、報道などを見ていても、その必要性がいまひとつ明確に見えてきません。そしてまた新たに組織を創設することで生まれてくる問題などはないのでしょうか? ともに元文科省官僚である寺脇研さん、前川喜平さんによるオンライン勉強会の内容をお伝えします。 
※2021年7月30日に行われたオンライン勉強会〈「子ども庁」創設案を考える 前川喜平さん×寺脇研さん/主催:FILA’s(全国自治体議員立憲ネットワーク・無所属議員の会)〉の内容の一部をマガジン9編集部でまとめました(この勉強会に関するお問い合わせ、録画の配信を希望される方は FILA’sまでご連絡ください)。

寺脇研(てらわき・けん)…1952年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、1975年に文部省(当時)入省。広島県教育長、政策課長、大臣官房審議官、文化庁文化部長などを歴任し2006年退官。07年より京都造形芸術大学教授。映画・落語の評論家としても活躍。
前川喜平(まえかわ・きへい)…1955年奈良県生まれ。東京大学法学部卒業後、1979年に文部省(当時)入省。官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て、2016年文部科学事務次官に就任し、17年1月に退官。今年9月に寺脇さんとの共著『官僚崩壊 どう立て直すのか』(扶桑社)が発売された。

20年前の「改革」の失敗を、繰り返してはならない

 最初に発言されたのは、2006年まで文科省に勤務していた寺脇研さん。こども庁が必要な理由として常に持ち出される「行政改革」について、ご自身の経験もまじえながらお話しくださいました。
 日本で最初に「行政改革」の必要性が叫ばれたのは、今から40年ほど前のこと。1981年、鈴木善幸内閣のときに、「明治以来膨らみ続けてきた日本の行政規模、行政予算をどこかで抑えなくてはならない」として、経団連会長などを務めた土光敏夫氏を会長とする「第二次臨時行政調査会」(土光臨調)が設置されました。ここで出された提言は、国鉄、電電公社、専売公社の三公社民営化などが中心でしたが、自身も2年間にわたって臨調に出向していたという寺脇さんは「おおむね必要な改革だったと思う」と振り返ります。
 「機構改革の必要性も指摘されましたが、求められたのは省庁統合のような組織再編ではなく、それぞれの省庁がそれぞれに機構改革をし、自分たちで政策を考えられる『政策官庁』になることでした。そして、そのように自分たちで政策を立案していこうとすると、自分の所属する省庁のことだけを考えていればいいわけではないことが見えてくる。結果として、この提言に基づく機構改革が行われた後は、各省の間の垣根はずいぶん低くなり、連携を進めるための体制が整えられていきました」
 その後、80年代後半から90年代にかけての霞ヶ関は、縦割り行政の弊害がどんどん除去され、非常にいい状態になっていたと話す寺脇さん。生涯学習政策の立案を担当した際にも、厚生省、労働省など他の官庁と密接に連携を取りながら進めていったといいます。
 しかし、そうした状況に再び変化をもたらしたのが、90年代末の橋本龍太郎内閣における行政改革でした。縦割り行政の排除や行政のスリム化を掲げた「改革」の中心になったのは、省庁の再編。文部省は科学技術庁とともに文科省へ、厚生省と労働省は厚生労働省へ、自治省と総務省(旧行政管理庁)と郵政省は総務省へと再編されました。寺脇さんはこれを「まったく必要のない改革だった」と強く批判します。
 「あの改革は、省の数を減らせば合理化できる、公務員の数を減らせるという考え方に基づいていました。しかし、省があるから公務員がいるのではなく、国民のためにやる仕事をこなすのに公務員が必要なのです。公務員を減らすというのはつまり、国民のための仕事を減らすということ。それなのに『予算が浮く』からと公務員を削減し、何もかもを民間に丸投げして中抜きさせるという、現代にまで続く流れをつくってしまったわけです」
 こども庁の創設は、このときの失敗をまた繰り返すことになりかねない、と寺脇さんは言います。
 「子どものための政策を進めるためにはこども庁が必要だというのは、生涯学習を推進するために生涯学習庁をつくれというようなものです。今の形でできないことがあるとすれば、それは役人の政策立案を政治がつぶしていくような、誤った形の政治主導がまかり通っているからではないでしょうか。こども庁という新しい役所をつくらないとできないことなんて、私は一つもないと思っています」

子どもの幸せのために必要なのは、こども庁ではない

 文科省での寺脇さんの後輩にあたる前川さんも、「こども庁は不要だということについては、寺脇さんとまったく同じ意見」だと明言。「自民党内で総選挙をにらんで『何か目新しい政策を』というので出てきただけの案で、中身はすかすか」だと批判しました。
 こども庁創設の前提としてよく言われるように、現状、子どもに関わる国の政策は、いくつもの行政機関にまたがって進められています。中心となるのは、児童福祉や保育などを担う厚生労働省ですが、教育や文化、スポーツなどの側面を担うのは文科省。また、法務省は少年法を通じて子ども政策に関わり、警察にも少年課という部署があります。
 こうした状況が「縦割り」といわれ、政策が効率的に進められない原因として批判されてきました。しかし、「きちんとその間の連携がされていれば、何の問題もないのではないでしょうか」と前川さんは指摘します。
 「縦割りそのものがダメだというのなら、全部一つの省にしてしまえという話にもなるし、仮にそうしたとしても、その中にまた局や課ができる。結局仕事は分けてしないといけないのですから、どう連携を深めていくかということのほうが大事です。そして現状でも、厚労省と文科省、警察などの間の人事交流は頻繁に行われていますし、連携はある程度うまくいっていると考えています」
 こども庁が必要だという主張の際に、よく取り上げられるのが、幼稚園と保育所を一元化するという「幼保一元化」ですが、これについてもすでに一定の成果は出ている、と前川さんは言います。「幼稚園を管轄する文科省、保育所を管轄する厚労省では、かなり前から人事交流などの連携を取ってきており、今はその間に内閣府を入れた「三府省体制」での連携が進められているのです。
 「それでも、どうしても完全に一元化するべきだというのなら、文科省か厚労省、どちらかに幼保双方の機能を持ってくることはできるでしょう。私は、OECDの幼児教育に関する会議に何度か参加したことがあるのですが、どこの国でも幼児教育というのは福祉系と教育系の役所に分かれていて、それを一元化しようという機運も多くの国で出てきている。国によって考え方は違いますが、大きな流れとしては教育系のほうに一元化するケースが多いようです」

前川喜平さん

 日本でも、厚労省の業務増大による肥大化が指摘されていることを踏まえ、幼保の政策を文科省に一元化するという選択肢はあるかもしれない、と前川さんは言います。具体的には、厚労省で児童福祉などを担当する内部部局「子ども家庭局」の部分を文科省に移し、保育所なども文科省の管轄とすることになりますが、「それも、どうしてもやらなくてはいけないというのではない。今のままでそれほど支障があるわけではないと思います」。
 一方、日本の子ども政策全体を見てみると、あまりにも貧困であると言わざるを得ない、とも前川さんは指摘します。
 「児童手当を増額する、保育所や幼稚園における職員の配置基準を見直す、保育士や幼稚園教諭の待遇を向上させる、35人学級を小学校だけではなく中学校や高校でも実現する……子どもにとってもっといい環境をつくるために、お金や人をつぎ込むべきところは、教育の分野にも児童福祉の分野にもたくさんあります。こども庁なんてものをつくらなくても、そうした必要な政策をちゃんと実行すれば日本の子どもはもっと幸せになる。そして、政治家がその気にさえなれば、今すぐにでも政策実現はできる。私はそう考えています」

「こども庁」創設で進む、内閣府の肥大化と教育の民営化

 参加者との質疑応答の中では、こども庁創設によるさまざまな問題点についても指摘がありました。
 一つは「民間への丸投げ」。こども庁の創設を機に、教育や保育分野での民営化が急速に進められるのではないか、という懸念です。
 「かねてから教育や保育を『官製市場』と呼び、公が独占せずに営利事業に開放すべきだという声があります。水道民営化などと同じで、市場に任せたほうが効率化されてよりよいサービスが提供されるはずだと思い込んでいる人たちがいるんですね。実際には『株式会社立高校』などの例からも明らかなように、『安かろう悪かろう』に終わる危険性のほうが高いのですが……。そうした新自由主義的な考えを持つ人たちが、こども庁創設を機に、自由競争的な政策を教育や保育の世界に持ち込もうとする可能性はあると思います」(前川さん)
 もう一つ、お2人がそろって懸念を示したのが「内閣府の肥大化」です。本来、各省の仕事の調整役であるべき内閣府の権限が近年どんどん拡大しており、こども庁の創設はそれを加速させるのではないかというのです。
 こども庁がどの省のもとに創設されるのかはまだ明らかではありませんが、創設に向けた「準備室」はすでに今年7月に内閣官房に設置されており、「おそらく内閣府の庁という形になるのでしょう」と寺脇さんは言います。「文科省や厚労省からも、どんどん人材が内閣府に移されているようです」。
 他の省にはトップとなる担当大臣がいますが、内閣府には全体に責任を持つ大臣がいません。結果として、内閣府の下のこども庁には、総理大臣が直接指示を出せることになり、すべてが官邸主導で進められるようなことにもなりかねないというのが、寺脇さんの指摘です。
 そしてもう一つ、内閣府の問題点として寺脇さんが挙げたのは「チェック機能がないこと」。これも他の省と異なり、内閣府には専属の記者クラブがありません。「もちろん、記者クラブ制度そのものの是非はあるにせよ、文科省なら文科省記者クラブの記者たちが、しょっちゅう役所の中をうろついている。役所側が何か隠そうとしてもなかなかできないという効果はあると思います。内閣府にはそれがないんですよ」。
 記者会見に関しても、他の省の大臣の場合は、大臣が質問に答えなければある程度記者は食い下がるし、大臣のほうにも「答えなくてはならない」という意識がある。仮に「質問はここまでです」と会見を打ち切られたとしても、後から「さっきのはどういうことですか」と聞きに行く記者がいるはずだ、と寺脇さん。しかし、内閣府の記者会見では、官邸記者クラブの記者たちが出席してはいるものの、総理大臣や官房長官に凄まれるとあっさり引き下がってしまい、それ以上質問を重ねようとしない姿が目立つのだといいます。
 「だから、前川さんがおっしゃるような、民営化やそれによる『中抜き』の問題があったとしても、なかなかチェックできない状況になってしまう。その危険性を、はっきり認識しておく必要があります」

寺脇研さん

学校教育への、政治的介入が強まる

 さらに前川さんは、こども庁に与えられる権限によっては、学校教育の内容が政治的にゆがめられてしまう可能性にも言及しました。
 「たとえば今文科省が担当している、小中学校の学習指導要領作成などの機能がこども庁に移されるとしたら、かなり危ないことになると考えるべきでしょう。教科書検定などもそうですね。今は文科省に権限があってさえいろいろと政治的な介入がある。それがより政府からの影響を受けやすい部署の管轄になるとすると、さらに政治による不当な介入の危険性が大きくなるのではないかと思います」
 参加者からは、「そうした動きに現場の役人が抵抗する動きはないのでしょうか?」との質問もありましたが、前川さんの回答は「抵抗はできないですね」。抵抗どころか、ちょっと意見を言っただけでも閑職に飛ばされてしまうのが霞ヶ関の現状。どの省も、抵抗しない、意見を言わない幹部ばかりになってしまっているので、教育への政治的介入が強まったとしても、現場の抵抗はないままに進んでいってしまうかもしれない、といいます。
 さらに最後に、寺脇さんが「内閣府の肥大は、地方自治をやめて中央集権化を進めようとするようなもの」と話してくれました。
 「内閣府が肥大すればするほど、国の権力構造が中央集権的になり、責任の所在がわからなくなる。すべてが国民から見えないところで決められていって、何か問題が起こったときにも、その責任を追及することもできなくなります」
 オリンピックがそのいい例だ、と寺脇さんは言います。官邸が「やる」と決めただけで、スポーツ庁や厚労省の意見が問われることもなく、開催に向かって進んでいってしまった。専門家が「オリンピックの影響で感染拡大している」と指摘しても、総理が「私はそう思わない」と言えば、何の科学的根拠もなしにそれが通ってしまう。そんな恐ろしい状況が、すでに始まっているのです。
 「こども庁をつくるというのは、その内閣府の肥大化をさらに推し進めること。これは、絶対に阻止しなくてはならないと思います」。

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 9月16日には、こども庁創設に向けた政府の有識者会議が初開催されるなど、すでに創設に向けた動きは加速しつつあります。「こども政策の強化」「子どもを産み育てやすい環境の整備」といった、聞こえのいい言葉に流されることなく、そこで何が起ころうとしているのかを見ていく必要がある。改めてそう感じました。(西村リユ)