無意識の偏見に気づくきっかけに。大学生が主催する「ジェンダー・ギャップ映画祭」

12月4日から東京・渋谷のユーロスペースにて「ジェンダー・ギャップ映画祭」が開催されます。日大芸術学部の映画ビジネスゼミに所属する大学3年生たちが毎年異なるテーマで主催している映画祭で、第11回目となる今年は「ジェンダー・ギャップ」をテーマに15作品が上映されます。テーマに込めたメッセージ、どのように上映作品を選んだのかなど、ゼミ生のみなさんに伺いました。数名の発言をまとめて紹介します。

私たちにとって身近な問題だった

――これまで日大芸術学部ゼミ生による映画祭では、マイノリティ、宗教、天皇、スポーツなどをテーマにしてきましたが、今年度のテーマを「ジェンダー・ギャップ」に決めたいきさつからお聞かせください。

 このゼミでは毎年映画祭を学生自身で主催しているのですが、今年4月に、日大芸術学部「映画ビジネスⅣ」のゼミ生19人がオンライン授業で集まり、今年の映画祭のテーマを何にするか話し合いました。「人種差別」「戦争と性」など、時代の価値観を反映するさまざまなテーマが出されましたが、最終的に、私たち学生にとって、男女を問わず一番身近な問題である「ジェンダー・ギャップ」に決めました。
 ちょうどJOCの森喜朗前会長の女性差別発言が話題になっていたときでしたが、「日本の男女平等指数は世界で120位」とか、日本は男女差別や無意識の偏見が根強く残る国だと日頃から感じています。私たち学生もそれぞれに「女だから」「男だから」と理不尽な扱われ方をされた経験があります。
 たとえば、親から「男はちゃんと仕事をして稼いで家族を養うもの」「女はいずれ結婚するのだから、大学に行かなくてもいい」と言われたことがあったり、「女性がはっきり自分の意見を言うと、“男みたい”と同年代の友人からも言われる」「私個人の言葉、行動なのに、すべて“女子学生”という冠がついてまわる」など、一人ひとりの人間である前に「男」「女」という枠にはめられ、自分らしさを否定される違和感、生きづらさを、私たちゼミ生の誰もが多少なりとも感じています。そうした当事者意識から、「ジェンダー・ギャップ」を今年のテーマに選びました。
 

日大芸術学部「映画ビジネスⅣ」ゼミの様子

「あなたのままでいい」というメッセージ

――作品選びのなかでは、どんな意見が交わされたのですか?

 だいたい30作品くらいをピックアップして、みんなで見て話し合いました。その過程でまとまったのは、男女の格差があるなかで、「個としての自分」の信念を持ってたくましく生きる女性の姿を描いた作品が、今回のテーマにふさわしいのでは、という意見でした。
 全員一致で一押しだったのは韓国映画『はちどり』(※)でした。14歳の女子中学生が主人公で、家庭で強権的にふるまう父親、学校での友だちや下級生との葛藤、塾の女性教師との心の交流など、少女の繊細な心情を描いた作品です。
 この映画では女性だけでなく、「男なんだから」というプレッシャーから妹に暴力を振るってしまう兄、ふだんは威張り散らしていても実は子どもを深く愛している父親とか、男女ともに抱えるさまざまな心模様が描かれていて、とてもよかったと思いました。
 なかでも、少女が慕うキャラクターとして塾の先生が出てくるのですが、人間関係に悩む少女に「あなたはあなたのままでいい」と励まします。先生の何ものにもとらわれず、まっすぐ自分の信じるところを行く姿がすてきで、私たちがこの映画祭で伝えたいのは、あの先生の生き方そのもの、と言ってもいいくらいです。

映画『はちどり』

※『はちどり』(キム・ボラ監督/2018年/韓国・アメリカ)女性監督キム・ボラの長編デビュー作。家父長制の残る韓国社会のなかでの少女の生きづらさ、少女期ならではの心の揺れを描いた作品

――テーマに合うか否か、意見が分かれる作品もありましたか?

 ゼミの指導教官が60代の男性なのですが、先生が「この映画祭に合うんじゃない?」と候補に挙げてくれた作品が、私たちの感覚と少し違うなと感じることはありました。たとえば女性監督のアニエス・ヴァルダの作品から1点選ぼうという話になったとき、先生が挙げたのは『歌う女、歌わない女』でした。「女性解放を描いた作品といえばこれ」みたいな代表的な映画ではあるのですが、男性を極端に悪く描いているように見える点が私たちには引っかかり、ちょっと共感しづらい気がしたのです。
 それに対して学生の側から提案したのが、同監督の『5時から7時までのクレオ』(※)です。主人公が女性として、またひとりの人間として、生き方を探っていく姿が感動的で、今回の映画祭で私たちが目指すところにも合うと思い、こちらに決めました。

※『5時から7時までのクレオ』(アニエス・ヴァルダ監督/1961年/フランス・イタリア)ヌーベルバーグの祖母といわれるアニエス・ヴァルダ監督の作品。がんの診断結果がわかる夕方5時から7時までの間、パリの町を彷徨うポップシンガーのクレオ。不安に襲われる彼女の心象と街の風景が交錯しながら描かれる

すでに見た映画でも違った発見がある

――ほかにおすすめの作品と、選んだ理由をいくつか教えてください。

 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(※)は、多くの方に見てもらいたい作品です。前作の『この世界の片隅に』は戦争中の暮らしを描いたアニメとしてヒットしましたが、その続編ともいえる『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では、遊女リンが多く登場することで、よりジェンダーの視点が加わっています。
 主人公・すずは、若くして見合い結婚して、「嫁」として戦時下の暮らしをやりくりしています。かたや遊女のリンは体を売ってひとり生きている。ふたりは同世代なのだけれど、まったく違う環境に生きていて価値観も異なります。けれど互いを認めあい、気持ちを通わせるさまがさりげない会話のなかに描かれています。
 また、『少女は自転車にのって』(※)は女性差別が厳しいイスラム社会にあって、なんとかして自転車を手に入れて、思うままに乗り回したいという夢を追う少女の物語です。社会や宗教に抗するというより、自分がやりたいからやるのだという天真爛漫さ、目標に向かってまっすぐ突き進む少女の輝きに惹かれました。

映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

※『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(片渕須直監督/2019年/日本)こうの史代の漫画『この世界の片隅に』をアニメーション映画化したヒット作に、250を超える遊女リンのエピソードを追加したバージョンアップ版

※『少女は自転車にのって』(ハイファ・アル=マンスール監督/2013年/サウジアラビア)サウジアラビア初の女性監督の作。女性の権利が厳しく制限されているサウジアラビア。女の子が自転車に乗ることさえはばかられる社会にあって、自由闊達に生きる少女の奮闘を描く

――古くは1935年の中国映画から現代の日本映画まで、場所も時代もバラエティにとんだラインアップになっていますね。

 なるべく多くの国、時代の作品を集めるようにしました。それらを「ジェンダー・ギャップ」という一つの視点から見直してみることで、すでに見た映画でも違った発見があるのでは、と思います。それも映画祭のひとつのだいご味ではないでしょうか。
 上映作品を比較しながら観てもおもしろいと思います。たとえば、サウジアラビア初の女性監督による2012年の映画『少女は自転車にのって』と、1955年の田中絹代監督による日本映画『月は上りぬ』は、時代も国も異なりますが、どちらもジェンダー・ギャップの大きい社会でのパイオニア女性監督の作品点であり、どんな共通点、違いがあるのかも見所です。

※『月は上りぬ』(田中絹代監督/1954年/日本)戦争で妻を亡くした父と暮らす3人姉妹の恋模様から当時の女性を取り巻く社会が見えてくる

「私の感じていた生きづらさって…」

――映画祭の企画・運営に携わってみて、気づいたこと、変わったことはありますか?

(男子学生Aさん)これまで「男は一家の大黒柱でなければ」と親にも言われてきて、そんなものかと思っていたけれど、今回のプロジェクトを通して、「それは違うんじゃないか」と疑問を持つようになりました。昔はそうだったかもしれないけれど、いまは男女ともに働くし、子育てもする時代。当たり前だと思っていたことが、崩れ始めた気がします。

(女子学生Bさん)私は伝統的な校風の女子高校で窮屈な思いをしてきたのですが、当時は「まあしかたない」とあきらめていました。でも映画祭の企画を進めるなかで、「あれ? 私の感じていた生きづらさって、ジェンダー・ギャップだったのでは」と気づきました。もともと問題意識があってこの企画を始めたのではなく、企画に携わるなかで日常に潜んでいたジェンダー・ギャップに気づいたという私の経験を、この映画祭で多くの人にも共有してもらえたらと思っています。

――最後に改めて、映画祭についてのメッセージをお願いします。

 このジェンダー・ギャップ映画祭は、私たちから「これが正解だ」とか、「こうすべき」と提示するものではありません。私たち自身、上映作品を選ぶ作業の中で、自分たちのなかにある無意識の偏見に気づく体験がありました。この映画祭が、そうしたものに気づいたり、ごく身近にあるジェンダー・ギャップの問題に意識を向けるきっかけになればうれしいと思っています。

(構成/田端薫)

主催する日大芸術学部のゼミ生のみなさん

ジェンダー・ギャップ映画祭

会期 12月4日(土)〜12月10日(金)
会場 ユーロスペース(東京都渋谷区円山町1-5KINOHAUS3F)
主催 日本大学芸術学部映画学科映像表現・理論コース3年「映画ビジネスⅣ」ゼミ/ユーロスペース

公式ホームページ http://nichigei-eigasai.com

期間中に全15作品を上映。プレミア上映作品や、活弁・伴奏付きサイレント映画上映、上映後トークショーなども予定されています。チケット詳細などは公式ホームページをご覧ください。

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