Diversifiedキャリアのススメ~弁護士としての社会課題への取り組み方 講師:松澤香氏

10歳のときに女性弁護士のテレビドラマを観て、「正義の味方」──弁護士を志したという松澤香さん。大学在学中に司法試験に合格、大手法律事務所に入所後はM&A案件などに携わり、キャリアを積み重ねていきました。一方で、最先端の社会の課題に取り組みたいとの思いから、留学を転機に、公的機関の調査・改革などさまざまなパブリックな仕事にも従事。国政選挙に出馬したほか、今年は、企業の多様性の確保をサポートするOnBoard株式会社も立ち上げています。弁護士としての枠にとどまらず、多様な分野にチャレンジしてきた約20年間の経験をお話しいただきました。[2021年10月2日@渋谷本校]

弁護士としてスタートした後の迷いと葛藤

 私が弁護士を志したのは10歳のときのことです。「火曜サスペンス劇場」の女性弁護士のドラマを観て「正義の味方、弁護士になろう!」と決意しました。そのまま走り続けて、四大法律事務所といわれる森綜合法律事務所(のちに森・濱田松本法律事務所)に入所したのは、事務所が当時「Best for Clients」というミッションを掲げていたからです。依頼人に対してベストを尽くす。これはまさに正義の味方ではないかと思って、入所を決めました。
 入所してから、さまざまな案件に携わらせていただきました。M&A案件や企業法務の仕事は、知的好奇心が満たされるし、とてもやりがいがありました。また、刑事事件や個人の方々の案件は、一件一件解決していくことにパッションを感じていました。
 でも、常に迷いや葛藤がありました。これが本当に自分のやりたいことなのか? 私には、社会の制度や課題に直接関与するパブリックな仕事をしたいという思いがありました。そうやって悩み続けていたときに、尊敬するパートナー弁護士から「M&Aローヤーとして専門性を高めたいなら、証券会社に出向してはどうか」という話がありました。迷いはありましたが「とりあえず来た波に乗ろう」と決めて、大和証券SMBCに出向しました。20代後半、2006年のことです。

転機となったロースクールへの留学

 証券会社ではいろいろなプロジェクトに入れていただいてとても楽しく、勉強になりましたし、チームで社長賞をいただくなど、仕事も評価していただきました。ただ、このままM&Aローヤーの道を進んで法律事務所のパートナー弁護士になることをめざすのかというと、事務所のことは大好きだけれど、なんとなく違うんじゃないかというのが当時の正直な気持ちでした。
 そんな私を見て、「将来のことをちゃんと考えないといけない」と熱心にアドバイスしてくれる方もいました。そこで、パブリックな仕事にも関わってみたい、そのためには留学すればチャンスが開けるんじゃないかと直感で思って、2007年にハーバード大学ロースクールに留学しました。
 ロースクールで他の国から来ている留学生たちや、ハーバードの他の大学院の生徒たちとディスカッションをしていて、気づいたことがあります。世界銀行やIFC(国際金融公社)などで途上国のために尽くしたいと考えている、尊敬する友人たちは、「開発系の仕事(貧困をなくすという仕事)というのは、単に寄付をすればよいということではない。課題の根本的な解決のために、途上国の人々が自力で発展していくためのプロジェクトをつくるんだ」と言うわけです。それはたくさんの人を、たくさん幸せにできる仕事です。じゃあ、私は何ができるのか、彼らのように海外で開発系の仕事をするのかと考えたときに、「やっぱり、私は自分の国を良くしていきたい。この国の課題を解決していきたい」というのが、そのときに出した結論でした。
 私は留学中にそういう思いをブログに綴っていました。自分の名前は出さずに、ロースクールに留学中の女性弁護士として、パブリックな仕事をしたい、いつか政治家になりたい、こんな政策を実現したいということを率直に書いていたのです。そしてアメリカでの生活も終わって、事務所に帰ってきた後、2011年に国会に設置された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会事務局に「出向しないか」というお話がありました。私のブログを読んでいたパートナー弁護士の一人が「政治家になりたいんだって? それならこれはあなたのキャリアにプラスになると思う」と提案してくださったのです。
 こっそり綴っていたブログが読まれていたことに大変びっくりしましたが、日本で起きた未曽有の原発事故の調査に関われる機会があるなら、これを逃すことはあり得ませんでした。「ぜひやらせてください」と回答しました。

国会事故調・調査の経験から気づいたこと

 国会事故調は、憲政史上初めて法律上の根拠のもと国会に設置された独立の調査委員会です。私は、さまざまな分野の専門家で構成されていた事務局の総務・調査部に調査課長として出向しました。
 委員会のゼロからの立ち上げに主体的に関わらせていただき、法律に基づいて、この委員会のミッションは何なのか、どのように調査をし、どのような報告ができればクライアントである国民の信頼に応えられるのか、みんなで考えながら調査、検討を進めていきました。これまで法律事務所で鍛えてもらった弁護士としてのプロフェッショナリズム、論理的思考力、コミュニケーション能力がいかんなく発揮できたかなと感じましたし、この経験は自分のキャリアにおいて、大きな意義があったと思っています。
 また、原発事故の分析の課程では、行政とは何だろうということを考えました。ロースクールに留学中、やはり留学で来ていた日本の官僚の方々にもお会いしています。彼らは、国のために熱い思いで働いている。行政組織はそういう優秀な官僚の方々で成り立っている。でも、こういう重大な事故が起きた。行政の役割とは何か、国会は行政に対する監視が十分にできているのか、三権分立は機能しているのだろうか。そういうことを改めて考えさせられたのも、この国会事故調のときでした。
 毎日長時間の業務でしたが、調査委員会としてのミッションがあり、国民の信頼に応えるという使命感があったから走りきれたと思っています。そのときに実感したのは「好き」と「得意」と「使命感」の3つが揃っていれば、どんなに大変な仕事でも、楽しく、嬉しく、一生懸命になれるということです。自分のキャリアにおいてさまざまな気づきを与えてくれた経験で、このようなチャンスをいただいたことに今でも感謝しています。

パブリックな仕事から国政選挙出馬へ

 国会事故調での仕事は、私のDiversified(多様化・多角的)キャリアが始まるきっかけとなりました。2012年に事務所に戻って、またM&Aローヤーとして生きていくのかと、ふたたび悩むところでしたが、国会事故調の経験があったおかげで厚生労働省の年金局・年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)ガバナンス強化担当参与の仕事や、公的機関・民間企業の調査案件、改革案件といったパブリックな仕事に次々と携わることになったのです。
 2017年には、東京都知事を座長とする「東京未来ビジョン懇談会」のメンバーになりました。これは都が政策の推進や形成に新たな発想を取り入れるべく、いろいろな領域で活動、活躍している若い世代のメンバーがプレゼンテーションや意見交換を行う場です。このとき私は、主に2つの提言をしています。ひとつは、国会事故調の経験から、組織や企業の意思決定主体において多様な視点が欠如することの問題点。もうひとつは、女性も男性も仕事や社会活動と育児、家事、介護などが両立でき、だれもが自分の生き方を自己決定できる社会づくりをめざすべきではないかということ。この2つを懇談会で提案させていただきました。これらの社会課題は、ライフワークとして自分の仕事の中で取り組んでいこうと思っていました。
 そしてこの年の10月のことです。1本の電話がかかってきました。「東京1区から衆議院議員選挙に出馬しませんか」というお話です。私は留学中にブログに書くほど政治家になりたいと思っていましたが、弁護士としてのキャリアも方向性が決まらず、どうしたら政治家になれるのかわかりませんでした。そんな時に、このようなチャンスが来ました。夫も「やりたいことをやったほうがいい。全力で応援する」と言ってくれましたので、翌日「出ます」とお答えしました。そして急きょ希望の党から出馬することになりました。
 初めての選挙で右も左も分からない中、煩雑な手続きに追われ、怒涛の20日間でしたが、多くの事務所の同僚や友人が手伝ってくれて、何とかかんとか選挙戦を走り切りました。本当に感謝しかありません。しかし、結果はあえなく落選。いただいた一票は本当に重いもので、このときいただいた40376票に込められた期待をこれから社会にどういう形でお返ししていけるのかということを今も日々考えています。

新たにプロフェッショナルファームを設立

 衆議院議員選挙が終わってから、私は一人で法律事務所を開設しました。選挙に出るにあたって退所した法律事務所からは「戻ってくれば」と言っていただいたのですが、独立することに決めました。さらに2019年の1月に志を同じくする弁護士たちと三浦法律事務所を設立。新時代のプロフェッショナルファームをつくろうということで、共感する弁護士たちと共に立ち上げた事務所です。
 三浦法律事務所はFull Coverage & Top Quality、全分野を網羅し高品質のリーガルサービスを提供することをめざしています。Diversity & Inclusion を掲げ、女性弁護士や、男女を問わず育児と仕事を両立させている弁護士が多いのもひとつの特徴です。また、新たな事業・社会課題に挑戦するスタートアップの支援にも力を入れています。現在、所属弁護士は66人。大手事務所があまり扱わない新しい分野もカバーできる、この規模の事務所はなかったことから、ありがたいことに忙しく仕事をさせていただいています。
 私が今、手がけているのはM&A案件の他、医療関係のプロジェクトなど。倫理審査委員会や教育委員会などのパブリックな委員会の委員もしています。
 医療関係のプロジェクトは、医療の課題が日本の未来にとって重要課題であることから、国会事故調の仕事をして以来、弁護士の枠にとらわれず自分が社会に対してできることは受けようと思ってやってきました。具体的には、日本医療政策機構でアドジャンクトフェローとして感染症対策プロジェクトに参画。それから日米医学医療交流財団では、この超高齢化社会において多臓器の疾患に対応できる総合診療医の増加を推進するためのサポートにも関わりました。
 こうした医療関係のプロジェクトのお手伝いをしていたところ、昨年、内閣官房の「スマートライフ実現のためのAIシミュレーション」専門家委員会に弁護士として参加しないかとのお話がありました。これは新型コロナウイルス感染症の拡大防止と経済活動の両立をはかるためにAIなどを活用したシミュレーション開発事業です。これも現在の日本の重要な課題だと考え、協力させていただきました。
 その他、私はいくつかの企業の社外取締役、社外監査役も務めていますが、社外役員はこれからますます弁護士に求められる仕事のひとつになっていくと思います。取締役会において、他のメンバーが気づかない法的な論点を明確にすることも重要であると考える企業の経営者の方々からは、アウトサイド・カウンセルではなく「法律の専門家に取締役会に入ってもらうことが大事だと考えています」という、たくさんの声を聞いています。

社会のニーズに応えて起業した思い

 ここまで弁護士になってから取り組んできた仕事や活動のお話をしました。今年はさらに、弁護士で滋賀県大津市の元市長、越直美と「Diversityは成長戦略」を掲げるOnBoard株式会社を立ち上げました。企業における多様性の推進はかねてから社会のコンセンサスとなっており、今年東京証券取引所が公表した改訂コーポレートガバナンス・コードにも、上場企業の管理職における多様性の確保ということが明記されています。私は越と話し合って、企業の取締役会の多様化を確保するためのお手伝いができる会社をつくることにしたのです。
 私たちは、日本の企業の問題は多様な経営人材の供給不足だと考えています。経団連は、2030年に企業の役員に占める女性比率を30%にすることを目標にしています。しかし、昨年2020年7月時点のデータではわずか6%に過ぎません。約1万人の人材が足りない状態です。
 そこでOnBoardは、女性役員をめざす候補者向けのトレーニングセミナーおよび候補者と企業のマッチング、人材紹介を行うことにしました。能力があるのに機会がなかった人たちが性別、国籍、年齢にかかわらずチャンスを与えられる企業が増えてほしい。そして、だれもがフェアに評価され、制度や枠組みの制約なく活躍できる社会になってほしい。そんな思いで私たちは起業しました。セミナーの参加者は越と私のネットワークでお知らせしているので女性弁護士が多いのですが、男性も参加していただいていますし、問い合わせもたくさんいただいています。今後も、より幅広い方々に参加していただけるように周知していきたいと思っています。

「夢はかなえるためにある」

 弁護士をめざしている方は、分かりやすい法分野の専門性を高めていかないと食べていけないのではないかと思われるかもしれません。私は、これまでに原発、年金、医療、企業のスタートアップ支援や多様性の確保と、さまざまな分野の仕事をさせていただいています。ですから、私の専門性は「最先端の社会課題の現場にいること」と決めました。いつも最先端の課題の現場にいよう、そこに突っ込んでいこう。それが私にとって「好き」なことで、「得意」なことで、「使命感」を感じることだと結論付けたからです。
 私はいたって普通の弁護士だと思っています。ですから、常に目の前の仕事に一生懸命に取り組んできました。自信と謙虚さを併せ持ち、失敗しても落ち込まず、誠実に仕事に向き合って、考え抜いて、クライアントのためにベストを尽くす。そういう地道な積み重ねで、みんないい弁護士になっていくのだと思っています。
 その上でチャンスが来たら、これは無理かもしれない、無謀かもしれないと思っても、飛び込んでみることは大事です。弁護士として自分が本当にやりたいことが、すぐに見つかるとは限りません。自分のミッションはどこかにあると信じて、いろいろなことにチャレンジして可能性を広げていくことも大切だと思います。
 夢はかなえるためにある。これは高校生くらいの頃から、自分に言い聞かせてきた言葉です。弁護士になって20年間がむしゃらに走り抜けてきたつもりですが、もっと他にもできたことがあったんじゃないかという思いもあります。でも、人生100年時代といわれていますし、一生をかけてかなえる夢があってもいい。私自身、20年前に伊藤塾で塾長から「弁護士として自分の理想を実現していくことが重要だ」と教えられました。夢はかなえるためにある。このメッセージを私も自分の仕事を通じて、これから弁護士をめざす方たちに伝えていければいいなと思っています。

まつざわ・かおる 弁護士・ニューヨーク州弁護士。2001年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、08年ハーバード大学ロースクール修了。02年から17年まで森・濱田松本法律事務所に所属し、独立後の19年に法律事務所を共同パートナーと設立。株式会社センシンロボティクス、株式会社メディカルノート社外取締役監査等委員、一般社団法人日本IT団体連盟監事などを務める。OnBoard株式会社代表取締役CEO。

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!