2021年も、もう年末です。コロナ禍が広がってから約2年、時間があっという間に過ぎていく気がしますが、振り返れば今年もたくさんの出来事がありました。マガジン9スタッフが1年を振り返りながら、それぞれの視点で「わたしの三大ニュース」を選んでみました。みなさんは、どんな出来事が心に残っていますか。2022年こそは嬉しいニュースでいっぱいの年になりますように!
【2022年の更新は1月12日(水)からです】
助田好人
●国交省、基幹統計を無断書き換え~日本の信用が失われる~
建設業の受注実態を表す国の基幹統計の調査で、国土交通省が建設業者から提出された受注実績のデータを無断で書き換えていたという。回収を担う都道府県に書き換えさせるなどし、公表した統計には同じ業者の受注実績を「二重計上」したものが含まれていたとのこと(12月15日『朝日新聞』)。ショッキングなニュースだ。国の根幹を揺るがしかねない。
書き換えが始まったのはアベノミクスのスタートとほぼ同時期だとのこと(12月17日『ダイヤモンドオンライン』)。官僚が、自らの意志で書き換え(改ざん)をするというリスクを冒すとは考えらえない。指示は誰が出したのか。世界に対する日本の信用を失うことよりも、自己の保身を優先するような、自分ファーストの人は政治家をやるべきではない。こうした人が増えると国が衰退していくことは、かつてのソ連・東欧社会主義圏が身をもって体現している。
●メルケル・ドイツ首相が引退~自由と民主主義の後退をどう押しとどめるか~
ドイツのアンゲラ・メルケル首相の退任式が12月2日、ドイツ国防省で行われた。東ドイツの物理学者として民主化運動に参加してから2016年でドイツの首相に、そして16年にわたりその職を務めた。彼女の在任中、世界では自由と民主主義に対する懐疑が広がっていった。その原因のひとつには旧社会主義諸国が資本主義諸国から一方的に学ぶという関係に対する反発があり、それを背景にロシアや中国の権威主義的な体制が台頭してきたともいえる。旧社会主義圏を生きてきたメルケルだからこそ、そのような反動に対する防波堤的役割を担うことができたのではないか。同氏の引退は世界にどのような影響を及ぼすのか。
ちなみに退任式は、首相や大統領などが選んだ曲を軍の音楽隊が演奏するのが慣例であり、メルケル氏は、18世紀のキリスト教の聖歌のほか、戦後ドイツの人気女優・歌手ヒルデガルト・クネフの「私には赤いバラが雨のように」、さらには、東ドイツ出身の人気パンクロック歌手ニナ・ハーゲンが東ドイツ時代にヒットさせた「カラーフィルムを忘れたのね」を選んだという。個人的にはニナ・ハーゲンのパンク風「マイ・ウェイ」も聞きたかった。
●東京オリ・パラ大会組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で辞任~お追従笑いはやめよう~
いまさらの東京五輪に何の物語があるのだろうか。1964年の東京五輪には日本の国際社会への復帰という国民の多くに共有できるものがあった。21世紀の私たちは首都一極集中から個性豊かな地方の集合体としての日本を目指す。日本から五輪開催に手を上げるならば、東京と立候補都市を争った福岡市であるべきだったと今でも思う。民主化を実現した韓国でのソウル五輪、かつてファシズムの台頭で中止となったスペインのバルセロナ五輪、経済発展著しいブラジルや中国におけるリオ五輪、北京五輪にそれなりの説得力があったように。ところが、開催都市云々よりも、そもそも五輪自体が胡散臭いイベントではないかという疑惑が、IOC(国際オリンピック委員会)と日本政府がコロナ禍での東京五輪を強行開催する過程で明らかになった。標記のニュースもそのうちのひとつだろう。
2月3日に日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」などと発言(2月4日『毎日新聞』)。森氏のユーモアらしいが、これのどこが面白いのか? 会長に合わせてお追従笑いをする評議員の面々を想像するに、コロナ禍の有無にかかわらず、いまのような五輪が必要なのか、多くの人々が考えるきっかけとなったのが2度目の東京五輪であった。
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西村リユ
●最高裁「夫婦同姓を強制」する民法の規定を合憲と判断
半ば予測はしていたものの、やっぱりかなりかなりショックだったこの判断。「私が結婚するころには(当然)別姓可能になってるだろうから、関係ないや〜」なんて呑気なことを思っていたのは学生時代、まさかそれから30年近く経ってもこんな状況のままだとは……。判決文には「制度の在り方は国会で議論され、判断されるべきだ」との内容もありましたが、そんなことは百も承知。その「議論」が一向に進まないから司法に訴えているのに、何を寝ぼけたことを言ってるんだ、と言いたくなります。
「別姓で家族の絆が壊れる」と思う人は、どうぞ同姓を。「好きな人と同じ名字になるのがうれしい」と思う人も、もちろんそうすればいい。ただ「私は」そうしたくない。それだけのシンプルな希望が、どうしてここまで無視され続けるのか……。絶望しそうになるけれど、来年もめげず声をあげていきたいと思います。
●入管施設に収容中だったスリランカ女性が死亡
名古屋入管に収容中だったスリランカ人女性・ウィシュマさんが、体調不良を訴えるもまともな治療を受けられないまま死亡。これについては、ニュースの内容そのもののひどさはもちろんですが、そこに付けられたコメントに「不法滞在者だからしょうがない」といった内容のものが散見されたこと(中には体調が悪化して食事が取れなくなっていたウィシュマさんが「支援団体のアドバイスで自ら食事を拒否していたらしい」といった、少し調べればすぐ嘘だと分かるレベルのデマも)に、強い衝撃を受けました。「不法滞在」という言葉の陰にはいろんな事情があるし、仮に「お金を稼ぎたい」などの理由で「不法滞在」していたのだとしても、それが病院に連れて行ってさえもらえないまま命を落とす理由になり得るでしょうか? 背筋がゾッと冷たくなりました。
●政府が「従軍慰安婦」の言葉は「誤解を招く恐れがある」から使用すべきでないと閣議決定
詳しくは以前の「こちら編集部」にも書いたのですが、今年4月、政府は馬場伸幸議員(日本維新の会)の〈「従軍慰安婦」という用語は軍により強制連行されたかのようなイメージがあって、政府が用いるには不適切だ〉という質問主意書に対し、〈「従軍慰安婦」という言葉は誤解を招くおそれがあるから単に「慰安婦」という用語を用いるのが適切であると考えている〉という答弁書を閣議決定。これを受けて、一部の教科書の記述が変更されるという事態になりました。
学問的な裏付けではなく、政府の意向によって教科書の記述が変更されるという恐ろしさ。今後も、さまざまな形でこの「閣議決定」が「効いて」きてしまうのではないかと、強く懸念しています。
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仲松亨徳
●盛り上がらなかったオリパラ
今となっては「そう言えばやったよな…」くらいの東京オリンピック・パラリンピック。皆の記憶が朧になっても、その巨額費用は厳然としてあり、今後赤字必至の施設などが「負のレガシー」として残る。一体、誰のための、何のための大会だったのか。始まる前の不祥事は枚挙にいとまなく、バッハIOC会長には「ぼったくり男爵」のあだ名まで。コロナ禍と猛暑の中の強行開催は、高い理想と裏腹にスポーツ界への不信を澱のように積もらせたことだろう。何の検証もされぬままの札幌冬季五輪招致はもちろん、人権が抑圧されている中国で開かれる今冬の北京冬季五輪への日本政府の対応にも厳しい目を注いでいかねばなるまい。
●トランプ支持者の米議事堂乱入
民主主義を標榜するアメリカの恐るべき一面を見せつけられた事件だった。議会制民主主義の根幹を暴力で攻撃し占拠する、しかもこれを煽ったのが当時の現職であるトランプ大統領だったというのだから。前年11月にバイデン氏の大統領選当選が決まり、その後支持者の間で乱入が計画されていたのではないかとも言われている。トランプ氏は2度の弾劾を受けたものの、有罪判決を免れ、次期大統領選への再出馬も囁かれる。共和党は、白人至上主義者など根強い支持者の離反を恐れ、トランプ氏の独断専行を許し、偏狭的保守主義に陥った。本邦の自民党政権はトランプ氏のご機嫌取りに躍起だったが、なるほど似た者同士だったのだ。
●リコール不正あらわに
2019年の「あいちトリエンナーレ」をきっかけに始まった大村秀章愛知県知事を標的にしたリコールだが、提出された署名の83%が無効であると判明したのが2月。同月署名偽造にアルバイトが動員されていたことが報道され、5月にはリコール団体の田中孝博事務局長が逮捕された。リコール運動を主導した河村たかし名古屋市長や高須克弥高須クリニック院長らは口を閉ざし、田中氏に全ての責任をおっかぶせようというのか。性善説に則った地方自治法のリコール規定を悪用した罪は重い。この問題が明るみに出たのは西日本新聞(福岡市)への情報提供。中日新聞(名古屋市)と連携を取り、両紙がスクープした。文春砲ばかりが持て囃されるが、全国紙でなく地方紙の奮闘に今後も期待したい。
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海部京子
コロナ第3波の感染が拡大している中で迎えた2021年。マスクを外せない日常は延々と続き、「感染者が増えているのにまさかほんとにやるの?」という声も上がっていた東京オリンピック・パラリンピックが開催され、岸田政権が発足し、衆議院選挙が行われ、悲惨な事件や災害、政権周囲の疑惑やあれこれがあって、あっという間に師走になった。
いろいろなことが起きていたのに、いいニュースはあまりない。しかも、自分の生活はといえば、仕事をする他、今年も旅行に行けず、遠出をすることもほとんどなく、家族以外の友人知人と会食をしたのも数えるほど。大半は自宅から半径数キロの範囲で行動していたので、暮らしにかかわるニュースを3つ選んでみました。
●自由と人権を脅かす「土地規制法」成立
6月16日に成立した「土地規制法」。これは自衛隊基地や米軍基地などの「重要施設」と、原発などの重要インフラの周辺区域で、国が土地利用を規制する法律。問題は、法律が成立したことによって、指定された地域に住んでいる人に対して、国はいつでも聞き込み調査ができるということだ。
この法案が出たときから警鐘を鳴らしてきた参議院議員の福島みずほさんは、「本来の目的は市民の監視ではないか」と指摘している。たとえば基地や原発の周辺に住んでいて反対運動をしていたら、あるとき自衛官がいきなり家にやって来て「ちょっと話を聞かせてください」と言われる可能性もある。これ、怖くないですか!? こういうことが法律に基づいて行われ、国は大手を振ってできるようになったのだ。
「土地規制法」は来年9月までに全面施行されるという。「私の家のまわりには重要な施設やインフラはないから関係ない」ではなく、どこであっても生活の土台にこんな法律が存在していることが嫌だ。施行後の運用は注視していかねば、と思う。
●外国人を排除? 武蔵野市・住民投票条例案否決
外国籍の住民も投票できる住民投票条例案が12月21日、東京都武蔵野市議会の本会議で否決された。反対14票、賛成11票。条例案では、18歳以上で3カ月以上市内に住んでいれば投票できるとしていた。
この条例に注目していたのは、今年、自分の高齢の親たちが相次いで入院し、病院で外国人スタッフの姿を目にすることが多かったからだ。母の長いリハビリ入院生活を支えてくれた看護師さんの1人は中国人だった。丁寧に対応してくれた彼女には「よく来てくれました。ありがとう」という感謝の気持ちしかない。否決のニュースを見て、浮かんだのは病院で出会った彼女たちの顔だった。全国の自治体で、外国籍の住民の住民投票資格を認めているのは43自治体。今後は、条例を制定する自治体が増えて、多様な人々が助け合い、支え合い、共生できる社会になってほしい。
●渋谷再開発で失われるもの
いま渋谷駅は迷宮化している。先日、西口に出ようとしたら工事中の駅構内をグルグル迂回して数分かかってしまった。渋谷駅再開発計画が発表されたのは2008年。2012年に東急文化会館がヒカリエになり、2013年に東横線が地下化。それから年々、駅周辺は巨大な工事現場となっていき、2021年の渋谷はカオス状態である。
変わったのは駅に隣接するエリアだけではない。山手線の車窓から見えていた、宮下公園もなくなった。そこにできたのはMIYASHITA PARKという名の商業施設。宮下公園にはフットサルやバスケをする若者たちや、子どもからお年寄りまであらゆる年代の人の姿があった。そしていろいろなデモのスタート地点でもあった。そんな公園がひとつ街から消えて、駅の周囲にはピカピカの高層ビルが次から次へと建てられている。
世界のどこでも魅力のある街には、ただ歩道を歩いているだけで目に入る、その街ならではの風景があるのだと思う。高層ビルの中に入って、そこで食事や買い物にお金を使わなければ楽しめない街のどこが面白いのだろう。再開発が完成して各エリアをつなぐ広いデッキができたら、駅前はきれいで、新しくて、キラキラした、おそろしくつまらない近未来的な場所になるのだろうなと想像している。
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中村
マガジン9に今年掲載した連載コラムやインタビュー記事にからめて、「わたしの三大ニュース」を挙げてみました。入管関連、生活困窮者支援などのニュースも入れたかったのですが、とても3つではおさまらない……。それだけ大きな問題があちこちで起きていたということですが、ともすれば感覚が麻痺してしまいそうになるのが怖いです。
●東日本大震災から10年
今春からマガジン9で渡辺一枝さんによる連載「一枝通信」がスタート。東日本大震災以降、福島に通い続けている渡辺さん。現地の状況や地元の方からの聞き書きから、ニュースではなかなか見えてこない10年という時間の長さと重みが毎回伝わってきます。
原発事故に関連していえば、4月に政府は福島第一原発で増え続けているトリチウムなどの放射性物質を含む汚染水を海洋放出する方針を決めました。あんなに疑問や不安の声があがっていたのに!? という思いで、公聴会やパブコメ募集をしたところで、結局は結論ありきだったのではないかと思わずにいられません。
まだの方にはぜひ読んでいただきたいのが、マガジン9で『福島第一原発の「廃炉」を考える――廃炉制度研究会レポート』として掲載している、作家の尾松亮さんらが立ち上げた廃炉制度研究会の報告会レポートです。第2回目の記事ではアメリカ・スリーマイル原発での汚染水処分の決定プロセスと日本との比較をしていて、法的定義の共有や住民の声の尊重など、その姿勢に大きな違いを感じます。
●沖縄で起きていることは沖縄だけの問題ではない
三上智恵さんの連載「沖縄〈辺野古・高江〉撮影日誌」で取り上げられている内容も、どれも三大ニュースにあげたいものばかりです。最新の第106回では、宮古島への自衛隊ミサイルの搬入、自衛隊の大規模演習と米軍参加などについて書かれていて、この国がどこへ向かっているのか恐ろしくなります。
第101回コラムの『「助けてぃくみそーれー!」~戦没者を二度殺すのか? 具志堅隆松さんら県庁前でハンスト~』にも心が締め付けられました。沖縄戦の犠牲者の骨が残る沖縄本島南部の土を採掘して辺野古の埋め立てに使う計画に反対して、遺骨収集のボランティアを続けてきた具志堅隆松さんたちが沖縄県庁前で行ったハンガーストライキの記事です。その後、全国の地方議会から土砂を使わないように求める意見書が出されているようですが、こんなことが、人として許されるのでしょうか。
「沖縄で起きていることは沖縄だけの問題ではない」。マガジン9でも何度も取り上げてきた言葉ですが、来年も繰り返し伝えていきます。
●コロナ禍で考えた「公共」のこと
「この人に聞きたい」のインタビューで、とNPO法人官製ワーキングプア研究会・理事長の白石孝さんに「コロナ危機で明らかになった『壊された公共』と非正規エッセンシャルワーカーの実情」についてお聞きした記事を掲載したのは、今年1月のことでした。コロナ禍のなか、保健所や病院、行政の各種給付金の窓口などがパンク状態になり、日本の「公」の体制は大丈夫なのだろうか、と不安を覚えたからです。生活保護申請に関連して福祉課での対応の問題が取り上げられていますが、やはりそこにも公務員の人手不足や非正規職の問題があります。
ヨーロッパ在住でオランダ・アムステルダムを拠点とするシンクタンクに所属する岸本聡子さんは連載「ヨーロッパ・希望のポリティックスレポート」で、住民と地方自治体が対等な立場で協働する新しい公共の在り方の事例をいくつもあげてくださっていますが、抱えている課題や目指す形には国を超えて共通するものがあるように思います。新しい社会への転換が求められているいま、岸本さんのコラムは幅広い世代の方に読まれていて、関心の高さを感じています。
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田端薫
●小室夫妻を巡るバッシング報道の狂騒。天皇制終焉の予兆か
デジタル時代にあってなお紙の新聞を手放せない理由の一つが、週刊誌の広告を見たいがためである。電車内から姿を消したあの視覚に訴える吊り広告を見れば、世の中の空気が一瞬にしてわかる。その週刊誌の、本年最多登場人物と言えば、小室眞子・圭夫妻とその家族であろう。「暴走婚」「わがまま婚」と書き立て、その立ち居振る舞い、服装、髪型、発言や文書の片言隻語のいちいちにケチをつけ、バッシングする。皇族であるゆえ、言葉遣いは敬語なのに、内容はひどい人権侵害という前代未聞の記事が延々と続いた。
天皇制を今すぐ廃止せよとは言わないが、生身の人間に「象徴」という役割を押しつけるのは、もうやめませんか。男女同権の立場から、女系天皇を認めるべきという意見もあるが、当事者の気持ちを考えるととても賛成できない。ノーモア小室騒動。天皇制は時代の流れのなかで穏やかにフェイドアウトするのがいい。
●ウィシュマさん、名古屋入管で死亡。入管法改正案提出。感染防止水際対策における外国人入国禁止措置。東京都武蔵野市の住民投票条例案を巡るヘイトスピーチ……。外国人への偏見、差別が止まらない。
ごみ置き場の周辺でカラスが騒がしい。プラスチックごみといっしょくたに出された生ゴミを狙っているのだ。「まったく、分別しない人がいるから、最近隣のアパートに越してきた若い男にちがいない」と舌うちする私。ところが後日「犯人」とにらんでいた若い男性がゴミ出ししている現場に遭遇、話を聞いたら、「以前住んでいた自治体では分別不要だったので、そのまま一緒くたにしていた。ここのゴミ出しルールをよく読んで、これからは気をつけます」と、素直に頭を下げるではないか。「市民社会のルールを守らない、だらしない人」とレッテルを貼ってしまって、ごめんなさい。
不法滞在となった外国人に対しても、私たちはこういう偏見を抱いているのではないか。犯罪者なのだから収監して当然といった論調があるが、かれらは日本が勝手に決めたルールをよく知らなかっただけかも知れない。盗人とか人殺しとはわけが違う。
その偏見の根っこにあるのは「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」であろう。外国人は何をするか分からない、怖い、治安が悪くなる、乗っ取られる、へんなウイルスを持ち込むのではないか……。いやいや、パスポートが違うだけで同じ血の通った人間だよ、ということは、中島京子さんの『やさしい猫』を読めばすとんと腑に落ちる。人間をまず国籍で判断する習性、いいかげんにやめてほしい。
●総理大臣、野党党首の顔が変わった。外見や印象で人を判断してはいけないとは重々承知の上で一言
いつまで続くのかとうんざりしていたアベスガ政権が終わり、新しい総理大臣が誕生した。元・前総理の映像や音声がテレビに出ると、反射的にチャンネルを変えたくなっていたのだが、岸田総理になってからは、それはない。聞かれたことに普通の日本語で応えている姿にほっとする。岸田さんって、無味無臭で、つるつるのどごしのいいマロニー(鍋料理に入れるはるさめ麺)みたい。ヘルシーでいくら食べても安心と思いきや、材料はデンプンだからそれなりのカロリーも糖質もある。あなどるなかれ、マロニー岸田。
野党第一党の党首も替わった。こちらは胸にブルーリボンバッジをつけた明るい体育会系の40代。あの笑顔がどうにもまぶしくて、つい目を伏せてしまう。枝野さんの福耳が懐かしい。
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技術スタッフK
●国債残高1000兆円超へ
緊縮・反緊縮の対立にもっていこうとは思わない。政府は2021年度補正予算案の財源として国債を22兆円追加発行、21年度末の残高は初めて1000兆円を突破する見通し。1000兆円超といわれても麻痺してわけがわからなくなっているのだろう。経済白書にGDP比における国債残高の比較がある。他国と比べてもこれは異常と思わずにはいられない。年末には国の基幹統計「建設工事受注動態統計」を同省が無断で改竄し二重計上も発覚、GDPが下がれば比率はさらに上がってしまう。
→財務省:財政に関する資料
●コロナ収束みえず、水漏れ対策
182:34:149 これは2021年東京都の緊急事態・まん延・解除の日数になる。
莫大な税金を投入して安全だったと成果を強調する東京五輪。徹底的に検査・隔離で感染拡大を防げたエビデンスを今こそ国民へ還元してほしい。年の瀬にはオミクロン株の市中感染が確認された。東京五輪の赤字も清算しないうちに札幌招致など愚の骨頂。
●衆議院選挙での野党協力
日本共産党は候補者を降ろし、広報カーでは「選挙区は立憲民主党〇〇、比例区は共産党」とよく耳にした。閣内・閣外関係なく、国会を開かず、閣議決定で事を進める自公政権から、まずは国会に戻そうとする姿勢。それに比べると立憲民主党は胡坐をかいていたような感じが受け取れた。2022年には参議院選挙が開催される、密室政治から国会へ政治を取り戻せる足掛かりの年になってほしい。
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編集者C
●壊れたモノ
思えば21年は、同僚がPCR検査の結果が出るまで自宅待機と言われ正月休みを10日まで延長したことから始まった。社内で感染者が出たという緊急お知らせメールを何度受け取っただろう。そんな不安な日常だったからか、私の周りでは、21年は壊れた人が多かった。アル中で会社に来られなくなった人。仕事場で倒れ救急車で緊急入院した人。評価を過剰に気にするあまり自分を保てなくなった人。いやはや、今年の3大ニュースを考えていて、無観客オリンピックと彼らの顔しか思い浮かばないとは!
しかし、壊れたのは人ばかりでなく、町も壊れていった。営業をやめる店、恒例だった祭りやイベントの消滅などに私たちは慣れ始めている。
そして、社会正義も壊れていったのではないだろうか。選挙違反をしない。公的文書を書き換えない。嘘をつかない。差別をしない。そんな当たり前のことが、当たり前でなくなってしまった。新しい年は、人も町も正義も取り戻さなければならないと思う。
●リモートワーク
「リモートワーク」が推奨され、「在宅」仕事が増えた。同時に常にネットワークで追いかけられることになる。スマホをもっていれば、メールやチャット機能で連絡、確認、指令がどこにいてもやってくる。家のみならず、どこにいてもだ(無視することもできるが、それってストレスになりますよね?)。どこにいても、仕事がやってくる。打ち合わせもできる。いつでもどこでも。Wi-Fiさえあればいい。逃げられない。
ズーム会議やウェビナーでの講演会やセミナーも当たり前になった。大きなホールや講演会会場に行かなくても、家から職場のデスクから参加できる。追っかけ再生だってできる。遠くに住んでいる人を画面上で取材し、打ち合わせし、一度も直に会うことなく記事を作ることができる。時間と場所の制約がなくなる。便利なようで不便なようで。うれしいようで、ある意味つらい。この変化は21年に加速度的に進んだ。
そうなるとスマホもWi-Fiもない人はすべてにおいて取り残される。ゲームもできない。映画も見られない。ユーチューブも見られない。スマホもWi-Fiも料金が支払えなくなったら、人生は閉ざされる。求職活動も本人確認もみなスマホがなくては始まらない。
知らないあいだに(5Gのような?)新技術が進み、それを手に入れられない・使いこなせない人は、社会的サービスから疎外されることになるのではないか。私は自分がそうなるのでは?と最近不安に慄いている。
(締め切りを過ぎたこの原稿も、ネットを介して「遅れてごめんね~」と帰省している編集スタッフに送られ、彼女は九州の田舎で公開作業することになる。すまん)
●ミャンマーの軍事クーデターと民主主義の危機
年の瀬に、池袋にあるミャンマーレストランに食事に行ってきた。バイキングでミャンマー料理が食べられる、日本在住のミャンマー人の有志で立ち上げたレストラン(店名は「春の革命」=国軍への抵抗運動のこと)。国軍の弾圧に苦しむ人々を助けるために運営されているという。店内には、ミャンマーの人々に対するメッセージが張られていたり、募金箱もありました(ご飯もおいしかったです)。
そうです。ミャンマーの軍事クーデターはまだ終わっていません。ミャンマーのみならず、香港のこともウイグルのこともベラルーシのことも忘れてはいけない。そして、日本の民主主義も大切にしないと、いつ足下をすくわれるかもしれません。21年の衆議院選挙、投票率は戦後3番目に低い55・3%でした。コロナ禍でみんな苦しんでいるのに、給付金やワクチン政策など政治に不満があるのに、どうして選挙に行かないのか、これは私の「21年の最大の謎」でもありました。22年も参議院選挙があります。私たちの民主主義ですからね、みなさん。