第98回:新年早々に経済失速か(森永卓郎)

急速な感染拡大

 オミクロン株による新型コロナの感染急拡大が続いている。1月9日の全国の新規陽性者数は8249人で、一週間前の552人から15倍に増えている。ただ、こうした事態は、3週間前から十分予測されたことだった。例えば、フランスのカステックス首相は12月17日に、国内ですでに数百人の感染が確認されており「2~3日ごとに倍増している」と話した。その上で、1月初めには感染者の大半を占めるようになるという見通しを明らかにしていたからだ。
 また、国内でも、京都大学の西浦博教授が率いる研究チームが、オミクロン株の実効再生産数が、デルタ変異株の4.2倍に達する可能性があるという研究結果を厚生労働省の専門家会議に示している。
 一方で、オミクロン株の重症化率や死亡率がかなり低いことも、確実になっている。イギリスの調査によればオミクロン株の致死率は0.15%で、季節性インフルエンザの0.1%と、さほど変わらないとされているのだ。
 こうしたなかで、世界のオミクロン株対策は、二極化している。一つは、アメリカやイギリスのように強い行動規制をかけずに、経済活動を優先させるやり方だ。オミクロン株の重症化率は低いので、感染が急拡大したとしても、感染第5波のときのような医療崩壊のリスクは小さい。感染症は、大きな変異をするたびに、感染力の拡大と弱毒化が同時進行するのが常だ。新型コロナの場合も同じ道をたどっている。だから、オミクロン株が急拡大して、多くの国民が感染することが、新型コロナの終息をもたらすことになると見通す感染症の専門家もいる。その理屈から言えば、オミクロン株への最善の対処は、抑制策を取らずに、感染を蔓延させることだということになる。正直言って、私も、経済のことだけを考えるのであれば、それが最善の策である可能性は否定できないと思う。
 もう一つのオミクロン対策は、中国がやっているような徹底的な封じ込めだ。12月9日に集団感染が発生した中国の西安では、住民全員のPCR検査をするだけでなく、原則外出禁止となり、食品などの買い物は、家庭ごとに指定された1人のみが、2日に1回の外出を認められているだけだ。また、北京市から140キロと距離的に近い天津市では、1月8日に20人の新規感染者が発生したことを受けて、29カ所の住居団地を封鎖して、1500万人の市民全員に対して検査を行っている。住民は、ロックダウンの懸念から商店に殺到している。

場当たり・小出し・後手後手の日本

 こうしたなかで、岸田政権は、当初、外国人の入国を禁止する強い水際対策を採ることで、国民の支持率をアップさせた。私は感染拡大を遅らせるという意味では、この対策には、大きな意味があったと思う。しかし、そこには大きな穴があった。米軍基地だ。今回の感染拡大が沖縄や山口から広がったという事実は、明らかに米軍基地が震源になったことを意味している。岸田政権も、事実上そのことを認め、1月10日から、米軍が14日間の不要な外出を控えるという合意を得た。しかし、これだけ感染が広がってしまった以上、この対策だけで感染抑制が達成されることはないだろう。
 現時点からやれることは、やはり米英方式か中国方式かの2つだと思う。米英方式は、実現可能な重要な選択肢だ。しかし、そこには大きな犠牲を伴う。イギリスのオミクロン株の致死率は0.15%だというが、イギリスでは61%の国民が3回目のワクチン接種をしているのに対して、日本はまだ0.6%だ。また、経口薬の普及も日本では十分できていない。実際、長崎大学の森内浩幸教授は、オミクロン株の致死率を0.3%と見込んでいる。まだ日本ではオミクロン株感染のピークアウトが見えていないから、全国の感染者数は、少なくとも累計100万人程度になるだろう。そうなると3000人もの人が、命を落とすことになる。後遺症が残る人も、かなりの数が出るだろう。
 その時、岸田総理はこんなセリフを言えるだろうか。「3000人の死亡者の大部分は高齢者で、経済への悪影響は小さい。経済を止めれば、失業を通じた死亡を招く。だから、コロナによる死亡の発生はやむを得ない」。
 私は、岸田総理にそんなセリフは言えないと思う。日本人の感性に合わないからだ。
 一方で、中国方式のゼロコロナ対策はどうだろうか。私はオミクロン株の潜伏期間が3日程度と短くなっていることから、1週間限定の全国ロックダウンを断行することで、かなり有効な感染抑制が実現できると思う。しかし、そんなことをできるのは、強いリーダーだけだ。
 結局、岸田政権がやることは、これまで通りの場当たり、小出し、後手後手の対策だけになる。実際、岸田政権は1月9日から沖縄、山口、広島に対してまん延防止措置を発動した。JNN(TBS系のニュースネットワーク)の世論調査でも、重点措置の対象を「もっと広げるべき」と答えた人が50%だったことから、これから対象地域が広がっていくことは間違いないだろう。
 飲食店やイベントに対する規制をかけることが、どれだけの感染抑制効果を持つかは十分わかっていない。感染症の専門家でも、疑問を投げかける人がいる。ただ一つ明らかなことは、飲食店やエンターテイメント産業に甚大な悪影響を与えるということだ。もし行動制限を強めるのであれば、きちんと補償をすることが必要なのだ。

信じがたいサボタージュ

 ところが、現時点では、今回の行動規制に対する補償をどうするのかという議論が、ほとんどなされていない。それどころか、補償に関しては、いまとんでもないサボタージュが行われているのだ。
 岸田内閣は、「中小企業が今年度の見通しを立てられるように」と、最大250万円の事業復活支援金の給付を決めた。ところが、この申請受付がなかなか始まらない。それどころか、いつから申請が始まるのかさえ明らかになっていないのだ。
 昨年度の持続化給付金は、補正予算成立の翌日から申請受付が始まった。ところが今回は12月20日に補正予算が成立したにもかかわらず、それから3週間経っても、何の動きもないのだ。コロナ禍に苦しむ中小企業のなかには、年末年始の資金繰りがひっ迫しているところが多い。給付対象となっているフリーランスのなかには、明日の生活にも窮している人がたくさんいる。10月分まで実施されてきた月次支援金のシステムを使えば、すぐにでも給付が可能なはずだし、今回の事業復活支援金は、月次支援金の給付作業を受託したデロイト トーマツに随意契約で発注している。給付の申請受付へのハードルは何もないはずだ。給付の遅れは犯罪的なサボタージュによるものではないのか。
 私には、岸田政権が中小企業の資金繰りやフリーランスの暮らしのことをまるで考えていないと思えてならない。
 事業復活支援金の給付が始まるまでは、国会議員の歳費と国家公務員給与の支払いを、とりあえず停止したらどうだろうか。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。